魔王軍兵站局の大攻勢開始
ドナドナドナドナ。
荷馬車が揺れて仔牛が連れて行かれることはないけれど、満載の積荷の中身は現代魔術に必要不可欠らしい魔石である。
それが数十台に亘って列をなしコンボイとなって前線へと運ばれていく。
見慣れぬ人から見れば異様な光景であるに違いない。がしかし、もっと恐ろしいのはこの大量の魔石でさえ、攻勢開始から数日で使い切る計算なのである。
「前線での倉庫容量に余裕は?」
「んなもんねーぜ? 今建設工兵隊が臨時に増やしてるところだけど、倉庫が出来た途端埋まっていくからなー……」
傍らに立つユリエさんはその体形と歳に似合わず、肩を叩いている。
「肩こりですか? 揉みます?」
「んぉ、局長さん助かるわぁ……」
「お客さんこってますねぇ」
「くぁー……きもじぃ……」
ユリエさんからオッサンみたいな声が漏れた。
「建設状況とか、今どうなってるかわかります?」
「昨日の報告書しかまだ見てねーけど……この調子だとちと問題アリって感じじゃねーかな。今までが今までだったから、余裕ないんだよ」
「建設用資材もありますし簡易倉庫の設計ノウハウは共有済みです。建設工兵隊じゃんじゃん作らせてほしいです」
「そもそも人手がねーよ」
「んじゃヒマな人を応援に出すか、さもなければ戦闘部隊を狩りだして……」
「攻勢作戦前に戦闘部隊を疲れさせるとかアホじゃね?」
「ぐっ……」
攻勢作戦はいくつもの戦線に分かれている故に輸送量は膨大かつ種類は豊富、そしてそれを支える人員には限りがある。
自己完結こそ軍隊の追い求めるものだが、今回は、あるいは今回も、民間輸送業者や建設業者の力を借りなければならない。
輸送に関して言えば、最優先で運ぶべきものは軍輸送隊が、そうでもない需要度の低い物品は民間業者が運んでいる。
どの業者が何を運ぶか、またどの物資を誰が運んでいるかは兵站局が管理する。手元の書類にはそれが記載されているが、業者と物資の種類がどうにも豊富過ぎて些か書類がわかりにくい。
例えば紅魔石100個を民間業者Aが前線Bに、コンボイC隊で運ぶとしよう。
兵站局はそれを管理するとき、場面によって紅魔石100個はどうなったのか、業者がなにを運んでいるか、どの地点に運ぶのか、出発時間はいつなのかをそれぞれチェックする必要がある。
その際、物品ごとにまとめればいいのか、業者ごとにまとめればいいのか、などの書類の形式が重要になる。
物品ごとに書類を分けてくれれば、その物品は誰がどこに運ぶかがわかるのだが、それだとどの業者になんの物品を割り当てたのかを調べる際の労力が凄まじくだるい。
じゃあ全部の形式を書き連ねればいいのかと言えば、そんなことはしたくない。1つの形式に纏めるよりも数倍の労力がかかるのだから。
……あぁ、これがパソコンだったら「項目別ソート機能」があるのになと思ってしまう。
「この辺りは改善の余地あり、かな。時間がかかることを覚悟で項目別に書類を作るか、我慢してひとつにまとめるか……いずれにしても今やっている余裕はないか」
「局長さん、そのあたりのことはまた今度にしてくれ。次はコンボイ12-5、積み荷は『食料品と生活用魔石一週間分』だぜ」
「りょーかい。ユリエさんは積み荷の確認を、私はコンボイ12-5の輸送責任者と会ってきますんで」
「あぁ、でもその前にもうちょっと肩を揉んでくれねぇか……局長さんうめぇから気持ち良くて」
「仕事が終わったらいくらでも揉んでやりますよ、いいから次!」
「へーい……」
ユリエさんの肩もみを中断すると、彼女の疲労度がイッキに増したらしい。肩を落としてやる気なく荷馬車の方に向っている。
無論ユリエさんだけで終わる作業でないので、兵站局や輸送総隊の面々も共にそれを行っている。
次の物資輸送は「コンボイ12-5」という番号を割り振られた輸送部隊。兵站局が雇った民間運送業者である。責任者は人馬族で名前はゲーデ。
「おはようございます」
「おう、おはようさん。荷馬車の調子は大丈夫そうだ。いつでも出られる」
「ありがとうございます。一応積み荷の再確認を部下がやっていますので、私達の方はルートの再確認と注意事項なんかを――」
輸送総隊が動かすコンボイならまだしも民間業者、そして動力が魔像ではなく旧来の「馬」という事もあって、確認作業は慎重に行う。万が一民間人に死者が出れば大変だ。
「軍のお偉いさんがそこまで手厚くやってくれるというのは俺からしてみればオカシイ話だと思うがね」
と、ゲーデさん。
「いえ、民間人を前線に向かわせなければならないのでこれくらい当然ですよ」
「そうかなぁ。ずっと前に同じような事をさせられたが、そん時は会いにもこなかったぞ?」
「……書類だけで済ませたんですか?」
「書類なんてものもないけど? 下っ端のゴブリンが2、3人来ただけだ。まぁ安い仕事だったしそんなものかと思っていたが」
改革してよかったな、と思う。そうでなかったら俺は今頃死んだゲーデさんと調整を行っていたかもしれない。
「コンボイ12-5はルート44を通る予定でしたが、途中ササムの村付近の橋で荷馬車の横転事故があって通行困難です。復旧見込みがまだついてませんのでササムの15マイラ手前にあるテノールの街からルート51を通り、イェリカの街でルート44に復帰してください。それに伴い輸送時間が半日程伸びますが、大丈夫ですか?」
何を言っているのかを日本的にわかりやすく言うと「東京から北陸方面へトラック輸送するのには上越自動車道を使うのが最適だったけど長野IC付近で事故が起きて通行止めになったから関越自動車道使って迂回してね」という感じである。
ゲーデさんにルート変更に伴う運送計画書を渡して確認を求める。
「ん……ん、大丈夫だ。特に問題ねぇな。秣や食料の予備もあるし、もし足らないとしてもルート51の途中にあるゲフォードと、合流地点のイェリカにはウチらの支店があったはずだ。そこで補給すりゃいい」
「わかりました。追加費用に関しては領収書と共に後日兵站局に提出を。あ、私たちが持つからと言って無駄遣いしないでくださいね? ちゃんと監査しますからね?」
「むっ、経費で豪遊は我ら人馬族が憧れることだぞ?」
「人間の私もしたいですけどダメです」
そう冗談を言いいながら(冗談だよね?)、そのほかの細かい部分を詰める。輸送に関しての注意とか、不慮の事故や事態に見舞われた場合の対応、目的地到着時の注意事項などなど。
それらの事項を伝え終わって、さぁ後はユリエさんたちの仕事が終わるだけと思った時、ゲーデさんがふと口にした。
「そういや、小耳にはさんだんだが……」
「はい?」
「どうにも最近、人類軍の飛竜の行動が活発になっているってらしいのは本当なのかい? 何かをしてくるとかは聞いちゃいねぇが、もし何かあったら……」
「…………」
まぁ、これだけ大規模にやっていれば人類軍も感づくか。前線付近のことだろうが、さすが地球人類史上初の軍用機は偵察機と言われるだけある。
こちらが攻勢を行おうとしているのはバレバレなのかもしれない。
「安心してください……とはあまり言えませんかね、戦争中ですし」
「おいおい、それじゃあ」
「いえ、無策というわけではありません。我ら魔王軍領地上空を我が物顔を飛ぶなんて不届き者すぎます。前線の飛竜部隊に連絡して防空を徹底するよう私から依頼しますので」
「あぁ……そうか。……信用していいのか?」
「えぇ。兵站局は貴方たちを支えるのが任務です」
俺がそういうと、ゲーデさんは「俺らもお前らを信用するのが仕事だ」と返してくれた。
「局長さーん、オールオッケーだぜ!」
遠くから、ユリエさんの声が聞こえる。そちらを向けば大きく「〇」を作っていた。
「了解です、ありがとうございました。……それではゲーデさん、よろしくお願いしますね」
「おう。来たる魔王軍の勝利の為に、な」
「はい」
こうしてコンボイ12-5は定刻より少し早く出発した。
彼らが無事に帰ってこれるよう祈りつつ、次のコンボイである「コンボイ13-8」の出発準備にかかる。
魔王軍兵站局の大攻勢、はたして戦闘部隊は受け止めきれるだろうか?




