魔王軍戦闘部隊の大攻勢開始
その日は、元日本人の俺にとって忘れがたい日である。
そして魔王軍の幹部となった今の俺にとっても、忘れがたい日になるだろう。
8月15日。
終戦記念日であるその日こそが、魔王軍大規模反攻作戦「常闇の宴作戦」の実行日と決定された。
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「リカルア補給廠は戦線正面に位置する予定です。補給廠の収容能力と輸送能力を増強させてはいかがでしょうか?」
「しかし作戦決行日まではあと1ヶ月もありません。それに作戦終了後は、増強した施設は全て無駄になってしまうのが問題となります」
「では臨時的な措置、と致しましょうか? 必要最低限の設備だけを拡充し、作戦終了後は他の施設として運用、あるいは解体を容易にするようにするとか……」
「そうですね……施設工兵隊の仕事次第でしょうか。流石に私も元の世界で建築設計とかやったことないので、下手しなくてもアネハ物件です」
「なんですかそれ……」
資格ない人が家を建てるとそうなるんです。まぁ下手くそな自撮りのせいで家が傾いているように見える、という使い方もあったけれど。
などという、おおよそ通じない単語をソフィアさんに説明する。
「もうこちらに来てから何年も経っているというのに未だに故国のどうでもいい言葉を覚えていらっしゃるんですね……」
「年が経つほど却って思い出してくるってのもあります」
こっちに来てもう何年経ったっけ。3年くらいだろうか。
そのくらいになると、もう読みかけのラノベがどういう内容だったか思い出せないし続きは気にならなくなる……と思っていたのに、未だに思い出せる。続きはまだだろうか。地球に帰ったら帰ったで打ち切りエンドが待っているかもしれないが。
「……帰りたいですか?」
「帰りたいですけど帰りたくないです。向こうの仕事ってのはやりがいがないので」
それにソフィアさんと別れるの嫌だから、と正直に言うと面倒なことになりそうなので今回はやめとこう。
「ではこちらで存分に仕事をしましょうか。締切まであと1ヶ月しかありませんので」
そういうわけで、仕事である。俺っていつも仕事してるな。
攻勢作戦開始日、D-Dayが8月15日と定められても、兵站局の仕事は変わりない。量が増えただけである。でも具体的な作戦案が承認されて何をどれだけ運べばいいのかわかったので、それを処理するだけとも言える。事前輸送計画は立てていたわけだし。
『これが上手くいけば、8月15日はいずれ戦争を終わらせた日として歴史に刻まれることになるでしょう』
と、もう勝った気でいる発言をしたのはソフィアさんだったかエリさんだったか。ユリエさんはこんな小難しい事言わずに「よし勝ったな、シャワー浴びてくる」と言うだろうし、リイナさんも「が、頑張りましょう!」くらいしか言えない。
「……個人的には、8月15日が『戦争を終わらせた日』とならないように祈りたいよ」
「なぜですか? 勝ちたくないんです?」
「勝ちたいですよ。私は負けず嫌いなんで……」
問題は8月15日が「全面降伏の日」なので、妙なジンクスを引っ張らないだろうかという不安である。
「そうならないように頑張るのが……と言っても、それは私たちの仕事じゃありません、か」
と、ソフィアさんが肩を竦める。
まさしくその通り。縁の下の力持ちは縁の上の事態に直接介入できないのである。前線指揮官の器量と才覚が試されるが、これまで出会ってきた司令官クラスの魔王軍将官にロクな奴いなかったなぁ、と考えると頭が痛い。
……これ戦争終わるのだろうか。ソフィアさんたちの御先祖様の時代から戦い続けているこの人魔大戦、終わる気がしない。俺たちの戦いはこれからエンドじゃなかろうか。
「人類が絶滅する日が来るのでしょうか……」
ソフィアさんはそう呟いた直後、「あ、ごめんなさい」と頭を下げた。一瞬意味がわからなかったが、俺が同じ人間であることを思い出したのだろう。
「気にしないでください。何時になるかわからない未来のことよりも、目の前の仕事です」
「畏まりました。……あ、アキラ様。第85師団からの嘆願がありましたのでそれを処理を優先的に願いますか?」
「んー? なになに……『魔王城に保管中の鹵獲した人類軍兵器の使用許可申請』?」
これって、以前魔像の性能評価試験の時につかったやつか? 野砲だの対戦車……じゃない、対魔像砲だの機関銃だのいろいろあったけれど。
「恐らくそれのことかと思います」
「……好きに使えばいいのに、と思ってしまうなぁ」
とはいえ鹵獲兵器の輸送自体、輸送計画にないので運びようがない。
それに運ぶことが出来ても、弾薬の補給は一切できない。
「あれは魔像と同様に燃料・弾薬・整備部品・消耗品を補給し続けなければなりません。送ったところで意味があるか……」
「とは言えこれだけの規模の作戦です。多いに越したことはないという事でしょう」
「だろうとは思うけどなぁ……補給不可能な物品をとりあえず運べと言われて『はいそうですか』とはならないぜ……」
すぐにガラクタになることがわかっている装備など送るのなら、それより弱くてもポンコツ魔像を送った方が生産的である。
「いっそ現地調達しますか?」
「同じ物が現地にあるとは限りませんよ?」
それに大きさが同じでもそれ以外の細かい仕様が違う兵器なんてものもある。127ミリ野砲弾と127ミリ戦車砲弾と127ミリ艦載砲弾が同じ弾ではないようなもんである。
人類軍がどういう兵站体制を取っているかは想像するしかないが、もし仮に「共通弾薬? 共通度量衡? なにそれ、食い物?」みたいなちょっと前の魔王軍みたいな状況だったら絶望的である。
まぁ、どうやら向こうはメートル法みたいな度量衡を使っているようだし、大丈夫だと思うが。
「下手に鹵獲兵器を送って前線で混乱したら大問題です。嘆願は『却下』で」
「了解です。そのように通知いたします」
世紀の大攻勢作戦を間近に控えて士気が高まっている魔王軍。あるモノ全て俺ら戦闘部隊に寄越せという要求攻勢、果たして我ら兵站局はその攻勢を支えきれることができるのか!?
「それとアキラ様。第1414竜騎兵旅団より『最新兵器優先配備に関する当旅団からの提案』という名の嘆願が来ておりますよ」
「ゴミはゴミ箱に捨ててください」
「新式兵器が無事旅団に配備されたときに、ついでに部隊が員数外で所持しているという『不良品と思しき』奢侈品を兵站局に移送する旨も備考欄に記載されていますが」
「ゴミ箱じゃなくてクレーメンスさんに見せてあげましょう。彼女にとってはそれが最高の奢侈品です」
「了解です」
これがあと30日も続くのだろうか。
攻勢前の突撃支援射撃を塹壕の中で耐える歩兵というのは、もしかしたらこんな気分だったのかもしれない。唯一違うのは、ソフィアさんがいることだ。




