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今なんでもするって言ったよね?

 正暦一八八二年 七月七日

 汎人類連合軍総司令部 大会議室


「――航空偵察の結果、現在第5方面管区を中心とした南北200キロの地帯に魔王軍の戦力が集結しつつあります。これは大規模な攻勢作戦の前兆と判断され、現地司令部では即応体制を敷いていると同時に、増派の要請が来ております」

「奴らの大規模な攻勢など何年振りだろうな?」


 士官の一人がふと呟く。

 人類軍は、ここ数十年「攻め一辺倒」だった。それもそのはずで、人類軍に比して魔王軍の質が数十年、あるいは数百年単位で遅れていたからである。

 ここ最近はようやく「十数年前の軍隊」になって手痛い反撃を受けることもあった。


 ……だが、「所詮は野蛮な連中」という意識を拭い去ることはできない。「奴らも必死なのだから数十年に一回はまぐれで反撃が成功することもあるだろう」と公に発言する者もいる。


 しかしそれを非難することは難しい。人類軍は「攻めっぱなしの軍隊」であり、軍に入ってから防御戦闘に参加したことがない、魔王軍の攻撃を受けたことがないという士官・将官も少なくない。


 故に「大規模攻勢の予兆」の報を聞いても、総司令部の反応は冷ややかで、楽観的で、非現実的だった。


「この規模となると数百人程度の死者を覚悟すべきでしょうかな。しかしこれで、我らにも反攻の理由が成り立ちます」

「昨年だか一昨年は地震による被害でこちらから仕掛けることはできませんでしたからな……」

「以前ほど我が国の政府も気前よく予算を寄越さなくなりましたが、これでようやく決着がつくというもの」


 誰もが「勝った後の話」をする。

 不敗の人類軍が負けることなどない。負けたとしても、大きく負けることはない。


 そんな前程で話が進むことに多くの人間は疑問を抱かない。今や人類軍の方が凝り固まった保守的な思想に縛られていることなど、知る由もない。


「今年は連邦で中間選挙もありますし、帝国でも共産革命の機運が高まっている。ここらで魔王軍を一気に殲滅出来れば戦勝の余波に乗って主戦派の連邦党、皇帝一家も盛り返すことでしょうよ」

「帝国も不憫ですな。ここ最近は労働者プロレタリアートなる者達の暴動やらが頻発しているそうで」


 気付けば、彼らは目の前の魔王軍よりも、はるか後方の人類国家たちの政治情勢に目を向けることになる。勝つことがわかっているのなら、どう勝てば自分たちの利益になるのか、具体的に言えば予算を獲得してどれほど自分たちの懐に入れられるかについて話し合っていたのである。


 こうなると、最早「作戦会議」とは呼べないだろう。


 頭を抱える、ある若い連邦軍士官以外は、そんなことに考えがつかなかったのだが。




---




 魔王暦一〇七一年七月七日 魔王城 魔王執務室

 ……あるいは、俺に対する拷問部屋。


「さて、被告人に対する判決を言い渡す訳だが、何か言いたいことは?」

「優しくしてください」

「善処しよう」


 拝啓、母上様、父上様。

 私は今、この星で最も恐ろしい存在に言質を取られていますがお元気でしょうか。


 こんなに「人類軍側に行きたい」と思ったのは五時間ぶりです。魔王、怖い。

 一方で、隣に立つレオナと言えばルンルン気分。遠足前の小学生のような風体である。


 そして諸悪の根源たる覇王にして魔王ヘル・アーチェ陛下は余裕綽々、ついでにチョコラスクもしゃくしゃくと食べている。


 ……なぜかヤヨイさんと一緒に。


「ヤヨイくんが前に作ってくれたヨーカンなるものも良いが、やはりチョコが一番だと思うんだ」

「ヨーカンが一番に決まってるの。だから甘味として採用すべき……」

「それはアキラくんが許可しなかったからなぁ」

「…………」


 恨めしそうな目でこちらを見るヤヨイさん。落ち着け、俺は羊羹好きだし羊羹を認めなかったのは有象無象無能の戦闘部隊の奴らだ。俺は悪くねぇ。


「さて、全員揃ったところで本題に入るとしよう。あ、アキラくんもチョコ食べるかい?」

「結構です」


 陛下が我が儘言うから、チョコの材料であるカカオ豆を封鎖突破船を使って人類海軍通商破壊艦隊を退けながら運んできたんだよ。ここで食べたら陛下が我が儘言うのが早くなるから。


「そうか。じゃあレオナくんはどうだい?」

「食べるー!」


 猫にチョコってアリだっけ? それとも猫人族ならセーフなの?


「レオナくんとヤヨイくんは食べたままで結構。おっと、話が長くなりそうだから椅子に掛けても構わないよ」

「……では失礼して……それで、なんです?」

「あぁ、レオナくんが先ほど君の所で騒いでいた『革新的な作戦』についてだ」

「……当然却下ですよね?」


 恐る恐る聞いてみる。が、


「それは無理だ。まずは、レオナくんの話を聞くところから始める。まぁここには事情を知らないヤヨイくんもいるし、アキラくんも意外と頑固な奴だから最初から説明してくれるとありがたい」

「任せられたわ!」


 ふふん、とドヤ顔でない胸を張るレオナ。最近気付いたが、レオナの張る胸はソフィアさんといい勝負と思っていたけれど、実際はレオナの方が火曜サスペンス並の断崖絶壁だ。


「まず私がこの発想に至った経緯を話しましょう! あれはそう、人類軍と魔王軍との大規模作戦……ペル……ペル……なんだっけ?」

「ペルセウス」

「そうそう、ペルショゴス作戦のときに私は啓示を受けたのよ! 私の作った最高傑作、マジカルスペシャルレオナちゃんたちを使った大規模作戦を! だから私はあらゆる妨害、具体的には予算を絞ろうとするアキラちゃんを投げ飛ばし、別のモノを作らせようとするアキラちゃんを無視し、ロマンのない兵站輸送魔像を作れというアキラちゃんを物言わぬ身にし――」

「全部俺じゃねぇか」

「五月蠅いわね最後まで聞きなさいよ! ――でなんだっけ? そうそう、啓示の話。私はあのマジカルスペシャルレオナちゃんの暴れっぷりを見て思ったの。アレこそが魔王軍に必要なの。戦争は紙の上で起きてるんじゃない、現場で起きてるんだって! そして現場で起きた事実こそが重要! 私は机に没頭し設計図を引いた。ペルニャル作戦でのデータを基に改良型を思案。魔王暦八五七年に活躍した魔法学者キリエスカ・キリエールが発見した『オーバークローツ現象』をさらに進化・洗練化させ私が独自に編み出した『レオナちゃんのスペシャル理論ナンバー004』とヘル陛下の魔術発生プロトコルと魔力保持理論を土台に作ったのが、ハイドラ級戦闘艦にも使われている新型魔導機関。それをさらに魔像用に改造し搭載させたのが肆号ちゃんってわけ。でもこれは失敗だったかもねー。肆号ちゃんは確かに強力で魔力保持力も陛下を100としたときは魔力量58という堅調な数字を残したけど、魔術発生プロトコルに障害があって魔力を活かした大規模な魔術行使は不可能だったわ。原因は新型魔導機関の回路不具合。私の見込みが甘かったのかしら。と思ったらここにいるヤヨイっていうガキンチョが兵器でもなんでもない洗濯機とか作っているときにその魔導回路不具合を克服しやがってたのよ! 私の知らない理論で……この恨み晴らさずにおくべきかということでさらにそれを凌駕しようと新型魔導機関の魔導回路の修正を行い、さらには防御魔術によって貴金属を使用した装甲に頼らず魔術防御を前提とした設計をしたのが伍号ちゃん。魔力量は53で微減だけど貴金属を削ったおかげで価格や重量が肆号ちゃんに比べて25%の削減に成功したのよ。なのにアキラちゃんってばまた予算がどうのロマンだけじゃどうのって五月蠅いんだからもうわけわかんないわ。けれど私はそれにめげずに、30年前に発表されるも学会ではあまり注目されなかった『魔導エネルギー循環理論』を見つけてね、それを応用して早速陸号の開発を――」

「へい、へーいへーい」

「――したところでここで問題が……って何よアキラちゃん、ここからが本番だってのに途中で止めないでよ」

「質問」

「なによ?」

「話の腰折って悪いんだけどさ……、その話、最後はどの辺だ? バルジ大作戦の時みたいに休憩時間挟むのか?」

「最初から話せって言われたから最初から話しているのよ! あとバルジ大作戦ってなに!?」


 ここまで一言一句漏らさず聞ける奴はいったいどれだけいるんだ……?


「……続き、気になる。わたしも『魔導エネルギー循環理論』は読んだけど眉唾モノかと思ってた……」


 結構間近にいたわ。ヤヨイさんってばすっごい目をキラキラさせてるし。そういや途中でヤヨイさんのこと間接的に褒めてたな。


「それで、今の話、陛下は得意の読心術で漏らさず見ていたんですか?」

「あぁ。キミが止めなけれなたぶんあと30分程おしゃべりが続いていただろうね」


 帰っていい?


「レオナ、核心だけ言って」

「ここからが面白いってのに……まぁいいわ。30分も陛下の時間を無駄にするわけにもいかないし」

「俺の30分も結構貴重なんだぞ……」


 こうして語られる、レオナの提案する作戦とはいったい――。


「マジカルスペシャルレオナちゃんを攻勢の中心に置いた作戦を立案します!」

「…………」

「……どうですか!!」


 ……え? 今ので終わり? 30文字くらいで終わったんだけど!?


「そのためだけにあんな前口上が必要だったのか!?」

「最後まで言わせてくれれば倍くらいになるわよ!」

「倍にしても一文で終わりそうなんだけど!?」


 えぇ……なにそれぇ。


「ふむ、というわけだがヤヨイくん。どうかな?」


 と、陛下。なぜヤヨイさんに作戦の是非を聞くのかわからない。


「……安心。あれなら、任せられる」

「重畳、重畳。私も同じように思っていたところだ」

「あの陛下。話が見えないんですが具体的な作戦書とかがないと兵站局は……」

「それなら直にわたしが作ろう」

「へ?」


 ごめん、意味が分からない。これは俺が物わかりが悪すぎるからなのだろうか?


「つまりだな。レオナくんの意見を採用する。だがそこに、ヤヨイくんが発明した品も投入するという、ごくごく単純な事だ」

「……? あれ? そういやヤヨイさんって航空戦力の改良担当ですよね? それに関係あるんですか?」

「…………」


 ヤヨイさんが目を逸らした。あぁ、まだできてないのね……。


「航空戦力改良については満足いく結果が得られなかったが、急場の対応策ならできたそうだ。時間はないから、今回はそれでいく。必要物資は後ほど書面で渡すよ」

「はぁ、ありがたいのですが……あの、私の意見は……?」

「キミは先程『なんでもする』と言ったよな?」

「………………」


 ……そこで使うかあ。


「作戦概要は後で必要物資のリストと共に書面で通知する。君は黙って、それを忠実に実行するように。いいな?」

「えっと、あのー」

「い い よ な ?」

「……はい」


 拝啓、母上様、父上様。

 人類軍に行けば、私の抱える悩みから解放されるのでしょうか。

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