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今日の特別講師

 技術的な問題はさておき、兵站局において必要な仕事というのはぼちぼち進んでいる。

 事業計画表と見比べて、遅れがないかを確認するが特に問題はない。


 だから油断していた……というか、その問題をすっかりわすれていたというか。


 事の発端は、ソフィアさんと他愛のない雑談をしているときだった。


「もし攻勢がうまくいって占領地が増えたら、地震のときみたいに人間たちと交流することになるんでしょうか。また尻尾とか耳とかを引っ張られるのは……」

「そうですね。まぁ、ソフィアさん自らが人間たちと交流する必要はな――」

「……アキラ様?」


 続く言葉が一向に来ないことに首を傾げるソフィアさん。

 他方、俺はそのとき何が起きたのか思い出していた。


「思い……出した!」

「何をです?」


 地味に大事なことを思い出してしまったのである。


「ソフィアさん!」

「はい」

「いい製本所知ってますか!?」

「……はい?」

「ついでにいい教員はいませんか!?」

「何の話をしているんですか?」



 というのが、1週間前のこと。


 製本所に関しては魔都にいくつかある商会にそれぞれ打診し、費用や能力を鑑みて決定といういつもの流れが出来たのだが、もうひとつの、本の監修ということについてはソフィアさんに頼った。


 そして今日が、その監修の人と兵站局メンバー、製本所の担当さんとの会合の日である。


「……アキツ・アキラ」

「なんでしょう」

「あなたって最低の男だわ」

「……私コレットさんに何かしましたっけ?」


 黒髪・黒目・黒翼の鳥人族コレット・アイスバーグが俺に向ける目は鋭くかつ冷たい。人類軍製ドライアイスの剣という感じである。

 ついでに元スパイにしてソフィアさんの親友だ。


「自称だけどね」

「え、あの、コレット様? そろそろその自称というのは……」

「親友ならこんな男のところに連れてこないでほしい」


 こんな男というのは間違いなく俺のことだろう。製本所から来たオッサンのことなわけがない。


「それはそうですがコレット様は一応、無期限の奉仕活動を言い渡されていますし……」

「自殺用の縄って兵站局でも扱ってる?」

「ありません!」

「自殺用じゃない縄なら腐るほどあるけどなー」

「ユリエ様は黙っていてくれますか!? そういう問題じゃないですから!」


 いやー、コレットさんがいるとソフィアさんが元気になるから見ていて楽しいなぁ。こういう、一見クールなキャラが振り回されているのを見るとグッと来るのですよ。そうは思いませんか。


「……局長様、結局なんで呼んだんですか?」


 と、リイナさんが袖を引っ張りながら聞いてくる。さすが小悪魔、何気ない仕種が凶悪。


「こんかいコレット・アイスバーグさんには特別講師としてお招きしました」

「アキツの招待なんて受けたくなかったんだけど」

「そうだね、三回招待状というか要請書送ったのに三回とも無視されたもんね」

「いくら判決で奉仕活動をしろと言われてもあなたの要請は受けたくない」

「でも同じ文面の招待状の差出人をソフィアさんに変えたら一発で来てくれましたよね」

「……それは、まぁ、その…………」


 やっぱこの人チョロいわ。


「まぁ、本文も署名も全部アキラ様が書いたんですけどね。私は『名前の使用』を許可しただけで」

「私帰る」

「……私が言うのもなんですけれど、同じ筆記なのに気付かなかったコレット様にも問題があるのでは? 仮にもスパイだったんですし、気づくだろうなって思ってたんですけど……」

「…………」


 やっぱこの人ポンコツだわ。


「なぁ、局長さん。本当にこの人から聞くことがあるのか?」

「私もそれを不安がっているところですが、今回のこととは関係ない事なので問題ないはずです」

「ほんとかぁ?」

「ホントホント。たぶん、きっと、Maybe」

「本当に大丈夫かよ……」

「まぁ、冗談抜きにしても大した話じゃないので大丈夫ですよ」


 俺がそう言うと、仲よく喧嘩している二人が即座に反応する。ほぼ同時に。


「大したことじゃないのにあんな真剣な顔していたんですか?」

「大したことじゃないのにあんなしつこく要請書送ったの? バカなの?」


 どっちが誰の台詞かは言うまでもない。


「確かに今の所は無視してもいい話かもしれないんですが、後々のことを考えると今から準備した方がいいかなという話です」

「……はぁ」


 なんにもわかっていないという顔。

 製本所のオッサンも「いつまでやってるんだろう……」という顔をしているので、さっさと本題に入った方がいいだろう。


「コホン。というわけで、今回みなさんにお集まりいただいた理由というのは、今度行われる魔王軍の作戦において生じる問題を解決するための準備というところでしょうか」

「解決するのではなくて、準備なのですの?」


 と、エリさん。


「準備です。兵站局は基本的に準備が仕事です」

「それはわかりますけれど……」

「先に問題の方を言っておきましょう。今回問題となるのは、この間ソフィアさんと他愛のない会話で『思い……出した!』ときの話です」

「あぁ、この間のですね」


 そう、魔王軍は人類軍の領域へと進軍する。

 元々は魔王軍の土地だったそこへ向かい、解放する。


 しかし人類軍の戦争目的が種の生存競争である以上、そこには魔族や亜人はいない。

 だが魔王軍が人類領域を奪取した時はそうではないかもしれない。


「当該領域において魔族や亜人の人口は当然0なのですが、これだと生産力が皆無です。魔王軍には無人の荒野を統治する経済的余裕はありませんので、人類軍が我々に対して行っていること……つまり、魔族や亜人に対する『民族浄化』とも言うべき行為は実施しません」

「……理屈はわかりますけれど、気分は複雑ですわ」


 再びエリさんが、ふっと漏らす。

 今までの人類軍の所業を思えば当然のことだが、じゃあ無人の荒野を抱えたいかと言えばそうでもない。土地の生産力を確保するにはどうしても人口が必要だ。


「ま、統治が失敗して人間が反発するようであれば我らが魔王陛下が如何に魔王であるかを人類に教えることになるでしょうから、まずは成功を前提とした準備を行う、というのが今回の会議の趣旨です」

「なるほど。して、コレット様を呼んだ理由は……?」


 人類軍とかかわりのあったコレット・アイスバーグにしか頼めないこと。

 いや、他にもいるのだろうが安心して頼みごとをできるとなると彼女くらいなものだ。


 俺はこの場にいる全員に、人間と関わるうえで非常に大きな壁があることを伝える。神妙な面持ちを前に、皆がつばを飲み込み待っていた。


「それは……言葉がわからないことです!」


 そして俺がそれを伝えた途端、世界が止まった。


 ……ふふふ。ついに俺もWEB小説かオトナの薄い本でよく登場するタイムストップの魔法を手に入れてしまったようだ。これならどんだけ事務仕事をしても時間は進まないよ! やったね! 時給も出ないけど!


 と、冗談はさておき。


「みなさん、固まらないでください」

「いやだって、あんたがわけわかんないこと言うから……」


 さすがのコレットさんも呆れているようだ。おかしい。彼女なら賛同してくれると思ったのに。


「何を言っているんですか、重要な問題ですよ!」

「はぁ」

「言葉がわからないんじゃ、コミュニケーション取れないじゃないですか!」


 ピンと来てないらしい面々。代表してユリエさんが声を上げる。


「コミュニケーションが取れないとどうなる?」

「知らんのか? 会話が成立しなくなる」

「言い換えただけじゃねーか!」


 でも会話が成立しないって恐ろしいよ。殊、統治では大事。


「統治失敗したら陛下に頼んで……」

「失敗前程はやめろ!」


 そんなこんなで、意外にも会議は紛糾することになる。

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