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振り向けば……

「で、局長さん。ヤヨイさんとこのやつはどうなったんだ?」

「ちょっと微妙ですね。行き詰ってるようでして」

「まぁ人には向き不向きがあるもんなー」


 いつものように兵站局の執務室。

 攻勢準備のために忙しく動きまわる局員たちを横目に談笑するのは決してサボっているというわけじゃない。ただ適切な休憩を取ることが仕事を効率的に回すことを知っているだけである。


 いいね?


「でもなぁ、飛竜なんてなくても結構なんとかなるんじゃねーの?」

「なんともならんのですよ、残念ながら。敵に制空権を取られると人類軍の弾着観測機が自由に飛行できちゃいますし、こっちも航空偵察を出せなかったりしますし、それに……っと、これは機密情報だったかな?」


 手元にある作戦概要書をぱらぱらとめくって確認する。

 うん、やっぱり機密情報だ。机の上に放ってあるのに機密も何もないだろうと思わなくもないけれど、引き出しに仕舞うとなくしてしまいそうで怖い。


「オイオイオイ。オレら軍人だぞ? 機密も何も……」

「軍人ってのは階級によって機密が取得できるかどうかが決まるんですよ」


 わかりやすく言えば『あなたのセキュリティクリアランスには公開されていません』というアレである。今回の情報は局長級の幹部とその秘書・副官、そして当該部隊にしか確認できない。


「……でもさ局長さんや」

「なんですか、そんなメイドが再び悪徳の街に来た時の魚雷艇の運び屋にいるホワイトカラーみたいな顔して」

「いやそのたとえわかんねぇ」


 わかるように言ってないし。


「コホン。いやな、局長さん。オレ常々思っていることがあるんだ」

「それはなんですかユリエさん」

「…………ばれなきゃ犯罪じゃないじゃないかって」


 おい誰か今の発言を録音してないか? ちょっと脅迫の材料にしたいんだけれども。


「でもまぁ、言って大差はないか……? 知ってくれた方が何かと仕事を回しやすいし」

「そうそう。こう見えてもオレ様は口が堅い方なんだぜ?」

「……そうですね。じゃあ、ちょっと耳を貸し――」

「あ、やっぱいいや」


 なぜか寸前でユリエさんが拒否した。


「え、なんで? どうして? Why Isekai People?」

「どこの言葉だよ! いや、オレはいい、まだ死にたくないから!」


 そそくさと、何かに怯えるかのように逃げ去るユリエさん。なんだいなんだい。人が折角教えようかと思ったのに。


「どうして逃げたんだか」

「そうだな」

「不思議ですね」

「そうだな」


 …………。

 なんか誰かがしれっと会話に混ざってきた。


 いやいや、そんなベタな展開が現実にあるわけないじゃないか。という感じで冷や汗いっぱいで恐る恐る、後方を確認した。


「やあアキラくん。仕事は捗っているかな?」

「…………」


 振り向けば奴(魔王陛下)がいた。


「へ、へいか?」

「そうだよ。君の愛してやまない魔王陛下だ」


 兵站局執務室の局長の背後に何故かヘル・アーチェ陛下。笑顔は絶やさず、その躯体はいつ見ても妖艶というかエロティズムを感じさせる。

 ただし、今回は妙に気配が違うのである。擬音で表すなら「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」あるいは「ドドドドドドドドドド」だろうか。


 心当たり? イヤーマッタクオモイツカナイナー。


「……陛下、ご機嫌麗しゅう存じます」

「そんな堅苦しい挨拶をするような仲でもあるまい?」


 変わらずニコニコ笑顔の陛下。

 徐々に距離を取る部下たち。いつもと変わらないのはソフィアさんの仕事ぶりだけである。


「と・こ・ろ・で」


 笑顔が迫る。鼻先5センチまで。


「ひゃ、ひゃい」

「私の幻聴だろうか? それとも何かの間違いだろうか? どうにも機密情報をホイホイと漏らす奴がこの兵站局にいるらしいのだが……」

「まさかそんなことする人いないでしょう」

「だよなぁ?」

「そうですよ」

「「HAHAHAHAHAHAHAHAHA」」


 笑いあう主従。あー、なんてアットホームな職場なんだろうか。笑顔が絶えない家族のような関係を築ける、やりがいのある仕事ができる魔王軍、職員はいつでも募集中です。

 今ならなんと兵站局局長の地位も狙えるかもしれない。美人で狼っ子な秘書もついてくる。


「アキラ」

「はい」

「未遂でよかったな」

「はい」


 魔王陛下マジ魔王。


「コホン。そういうわけだ。局長もそうだが、全員、機密情報の取り扱いには皆気を付けて欲しい。少し前に人類軍のスパイが紛れ込んでいたことがあったし、念には念を入れたいのだ」

「「「はい!」」」


 兵站局全員からのはきはきとした応えに満足して頷く陛下。あの返事が恐怖によって駆られたものだと知っているのだろうか。知ってるんだろうなぁ……。


「聞き分けの良い部下を持ってるな、アキラ」

「みんな優秀ですからね」

「私も君のような優秀な部下を持っているぞ?」

「恐れ多いです」


 さっき殺されかけたけどね。


「謙遜するんじゃないさ。私は無能な部下の下にわざわざ自分の足で出向いたりしないさ。大抵は向こうがゴマをすりにやってくるからな」

「あはは……って、本当に自分の『足』でここまで来たんですか?」


 いつの間にか背後に立つなんてことは、この部屋にいなかった人物にはできないように思える。部屋の中にいれば、気配を察知されず気付けば後ろにいるなんてことはあるよ。たまにソフィアさんにそれやられるから。

 まぁ陛下だからなんらかの魔法とかを使ったんだろうとは思うけれど。


「ふふふ。まさにそれが今日ここにやって来た理由というわけだよ」

「はぁ……? とりあえず、どうやってここまで?」

「簡単さ。魔法を使ってここまで『転移』してきたのだ。キミを召喚したときに使った地下の儀式場からここまでね」


 うわぁ。異世界ファンタジーものの小説で収納魔法と並んで1、2を争うチート魔法がいよいよ登場だぁ。どこで●ドアなんて22世紀の技術だよお母さん。


「そ、その魔法があれば兵站の輸送問題が一気に解決……! 陛下、その魔法の極意を教えていただくわけには……」


 どこ●もドアがあれば任意の場所に好きな量の物資を運べる! 魔像も鉄道もいらない! 収納魔法の簡易化研究は行き詰っているし、転移魔法にワンチャンかけてこの兵站小説を一気に完結させ――


「教える訳にはいかんなぁ。キミをまだ殺したくはない」

「えっ?」

「いやな、私はなんと言ってもこの世で最も強い存在だからなんとかなるんだが、それ以外の奴となるとなぁ……」

「どういうことでしょう?」

「聞きたいか?」

「機密情報でなければ!」

「やや機密に触れるから、場所を移そう」


 そう言って、陛下が兵站局の壁にあるドアを指す。俺の寝室だ。

 陛下に誘われて、寝室で二人きり。


 ……いや、特に意味はないよ?


「ふふふ。ついに君と二人きりになれるね……。私は初めてなのだから優しくしてくれよ?」

「「なに言ってるんですか陛下!?」」


 俺と、ついでに作業をしていたはずのソフィアさんが同時に叫ぶ。ソフィアさんの顔は真っ赤だ。それを見て陛下はニヤニヤしている。楽しそうで何よりで。


「ほう? どうかしたかいソフィアくん? 別に他意はないぞ?」

「そうだとしても文章が変ですよ!」

「なんだなんだ。全く君はいつまで経っても素直じゃないな。混ざりたいなら混ざりたいと言えばいい。なんなら一発目は譲って――」

「本当に陛下は何を言っているんですか!?」


 うーん、楽しそうだなー。混ざりてえなこの間に。


「ま、冗談は半分にしといてだな」

「え、半分なんですか?」

「あぁ。私は別に初めてじゃないからな」

「よりによってそこですか!?」


 ハッハッハ、と笑う陛下。本当に、この人は……。


「っと、君達も忙しいんだったな。さっさと話しをするために君をベッドルームに誘うとしよう。心配ならソフィアくんも来るかい?」

「…………お邪魔します!」


 うん、ソフィアさん、さっきの陛下の冗談を信じているから部屋に一緒に入るんじゃないよね? まだ執務中で隣の部屋にはまだいっぱい部下がいるのは知ってるよね?


 そんな俺の心配を余所に、陛下とソフィアさんが部屋に入る。続けて俺が入ろうとしたところで、事の一部始終を聞いていたリイナさんが小声で声をかけてきた。


「き、局長様……。あの、わ、私、応援してますねっ!」


 なんだかとっても誤解されてる気がする。


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