鉄道の代わりになる物
開発局の扉を開けると、レオナがなんか死んでいた。
「……ぐふ」
「なにやってんだレオナァ!」
レオナは開発局の床に突っ伏し、何かダイイング・メッセージを残そうとしているのかそれともお前らが進むその先にレオナがいることを指示しているのかは知らないが、左手を挙げて倒れていた。
なんだこの絵面。
一緒についてきたソフィアさんもドン引きしてるんだけど。
「おいレオナ。止まってないで起きろ」
「止まるってなによー! 死んでるんだからもうちょっと構いなさいよー!」
「なんだよ。結構余裕そうじゃねぇか……」
うつぶせになりながらそんなこと言われても、無理なものがある。
「最近私の扱いがなんか雑だし、死んだふりでもしておけば構ってくれるかなって……」
『開発局に来るとレオナが必ず死んだふりをしています』とタイトルつけて知恵袋で質問した方がいいのだろうか。後々歌になって映画とかになったりするんだろうか。
「いや、レオナの扱いって最初からこんな感じだったろ?」
「昔はもうちょっと優しかったよ!」
そうだろうか? まぁ最初は自分の立場が弱かったこともあって自重しているけれど、最近はそうでもない。
「まぁそれだけレオナのことを対等な友人だと思っているのさ」
「ほんとにー?」
「ホントホント」
「便利な開発屋だと思ってない?」
「オモッテナイヨー」
「うわぁ信用できる発言ねー」
レオナの声と目が死んでいた。
諦めたのか飽きたのか、のそのそと起き上がる彼女。血糊が準備されているわけではなくただ倒れていただけだったので、掃除はしなくても済みそうである。
その場にいた助手によって淹れられた紅茶に手を取りつつ――って、助手さんあの光景を無視していたのかよ――レオナから進捗を聞く。
開発局に依頼した兵器はいくつかある。
普通ひとつの局に複数の兵器を、しかもそこそこ規模の大きいものを要請するなんてことは地球だったらまずしない。現代日本でもある輸送機と哨戒機を同時開発すると企業が発表した時、業界ではかなりの話題となったほどである。
それはさておき、兵站局が開発局に依頼した兵器というのは、当然兵站に関するものだ。
昨年の秋から続いた長期の、そして例年にない寒さを襲った冬将軍。ナポレオンやらヒトラーやらを困らせたのと同じくらい、兵站局を悩ませた寒波は魔王軍の兵站的脆弱性をこれでもかと暴露させた。
最近は大丈夫だと思っていただけに、あの冬将軍はいい教訓となった。
その教訓を生かすために、開発局へ依頼だ。
「依頼内容は確か『大規模陸送を可能とする手段の開発』だったわよね?」
「そうそう」
魔像と馬車頼りの兵站網しかない魔王軍にとって、冬の到来による補給線の寸断は痛かった。結局物資が困窮して人類軍との対処に苦慮した戦線もあって、えらく戦闘部隊に怒られたものだ。
「ああいう体験は嫌だし、大規模攻勢作戦を支えるためにあらたな輸送手段が欲しかったところなんだよ」
「それを作戦前までに実戦配備しろっての、普通無理でしょ」
「無理なのか?」
「私を誰だと思ってる! この天才レオナ様にかかれば1ヶ月あれば実戦配備可能なのよ!」
ない胸を張るレオナ。だが実際本当に可能だから困る。いや困りはしないけれど、困るのは絶望的なネーミングセンスと型破りすぎる性能だ。
だから、今回は段階をちゃんと踏むように依頼した。いきなり実物を作るのではなくて。
「で、できたか?」
「うん。初めてだからちゃんとできたかは不安だけど、試験場にあるわよ。見に行く?」
というわけで開発局の試験場へ。最早見慣れた光景の場所に、布にかぶせられた物体があった。大量輸送を可能とする兵器というわけで大きなものを想像していたのだが……随分小さい。
「見よ! まだ未完成だけど、これぞ私が作った兵站革命だッ!」
そう叫び、レオナが勢いよく布を剥がす。
そこにあったのは多脚の魔像で、木製だった。
一見大量輸送に向かない頼りない素材で出来ているが、これには理由がある。
「これが試作兵站輸送兵器『グレートトランスポートマジカルレオナちゃん』――のモックアップよ!」
「グマレか」
「グマレじゃない!」
レオナの命名はともかく、最後に付け足した「モックアップ」というのが味噌。
今回、レオナには試作兵器を作るに際し「モックアップ」、つまり模型を作れと言っておいた。模型の為動きはしないし色々な部分は省略しているが、いきなり実機を作るよりは安いし短いしこの時点で意見は出せるし、なにより失敗した時のダメージが少ない。
というか今までモックアップなんて作らずいきなり完成品を出してきたことの方が驚きなのだが。
で、今週のビックリドッキリメカとなる予定のものがこちら。試作兵站輸送兵器「グマレ」。
鉄道のような大規模兵站輸送を担える兵器を……という要請をしたのだが、できあがったものは少し小さい気がする。いや気がするどころじゃない。大きさで言えば田舎の農道を爆走する田んぼルギーニを若干大きくした程度である。
それ以外の特徴としては、今までの魔像のように二脚ではなく四脚であるということ。そして前後に鉄道車両のような連結器があることだ。これで荷車を牽引するということだろうか?
「……なんか小さいような」
「大規模兵站輸送を担えるようには見えませんが……」
ソフィアさんも同じ感想。俺の目に狂いはあんまりない。
別に小さいからといって積載量が低いと言うわけじゃない。
例えば、某傭兵戦闘機乗り漫画でお馴染みのA-4スカイホークという艦上攻撃機は、小型軽量の航空機でありながら機体サイズに似合わない高い積載量を持っていたりする。
が、それを踏まえても鉄道の代わりになるような兵器には見えない……。
「ふふん。そんなことを言うと思ってもうひとつ作っておいたわ! 向こうに見えるあれがそうよ!」
と言ってレオナが指差したのは、全幅はほぼ同じながら全長がグマレの2~3倍ありそうな物体。もしかして第二案とかだろうか。まだそれでも大型トラック程度の大きさだけれど。
レオナが布を剥がすと、そこにあったのは――、
「ってこれ魔導機関じゃん! ハイドラ級の!」
「そうよ! 小型化した分出力はないけどね!」
魔導機関 on the 八脚魔像。
どういうことだってばよ。絵面が凄い。だいたい魔導機関むき出しで魔導機関はどう見てもモックアップじゃない。こいつまた完成品作りやがって。
「カルツェット様。もしかしてこの案ならば魔導機関くらいの大きさなら運べるということですか?」
「あ、違う違う。魔導機関は荷物じゃなくて本体。
「はい?」
「これはね、言うなれば牽引機関よ!」
「…………は?」
「あー」
首を傾げるソフィアさん。対して俺は納得する。
なるほど、鉄道だ。そしてさっきの軽トラみたいなこざっぱりしてる四脚魔像の存在意義を見出した。
つまり今目の前にある魔導機関を載せた八脚魔像が鉄道でいう機関車であり、後ろに貨車に相当する四脚魔像を繋ぎ合わせるという事だろう。
「その通り! そして魔導機関で出力したエネルギーをこっちの小さい奴にも回してこの足を動かす! わかりやすく言うと百足だ!!」
「なるほどねぇ……」
百足式の多脚式魔像か。確かにこれなら鉄道の代わりにはなり得る。鉄道と違ってレールと車輪を使わない分、鉄道よりは積載量がないだろうが、それは翻ってレールを敷かなくて済むという事でもある。
それに貨車の数を調整すれば各戦線の需要に対して柔軟な編成が取れる。貨車部分は結構粗雑な作りに見えるからそれは改良指示を出すとして……。
「レオナ」
「うん、決まり?」
「決まり。これで行こう」
文句はない。百点満点ではないが合格だ。
「やっぱレオナって天才だよな」
「うん、知ってる!!」
このドヤ顔で胸を張るこの行為あってこそレオナというのはわかるのだが、これがなければもうちょっといい女性という感じがするのだ。そう、ヤヨイさんみたいに。
そう言えばヤヨイさんの方にも頼みごとしてたんだっけ。そっちも様子見に行こうか。




