これ無理だろ
時は遡り、魔都にまだ寒さが残っていた3月の上旬。
兵站局の主要メンバーを集め、いつぞやにヘル・アーチェ陛下から提案された「常夜の宴作戦」の概要と、それに必要な後方支援の一覧を説明した。
「で、これが予想される消費物資量と種類の一覧で、こっちが時系列ごとに分けた物資一覧ね」
「「「…………」」」
ソフィアさん、エリさん、ユリエさん、リイナさんは固まる。蛇に睨まれたカエル――いや、魔王軍的にはメデューサに睨まれた人間のように、彼女たちは動かない。
当然、魔法なんて高等技術を使えない俺がソフィアさんたちの動きを止めたわけではない。そんなことができるのなら何度も使う機会があっただろうに。
誰かがかけた凍結の魔法がようやく解けたあとも、四人は互いを見つめ合って「誰が先に言うか」ということを牽制し合った。何が言いたいかはそれだけでよくわかるが、一応待つことにする。
そして十秒ほどして、やはりというかなんというか、最初に声を挙げたのはソフィアさんだ。
「あの、アキラ様」
「なんですソフィアさん」
「……これ、無理では?」
まぁ、そうなるな。
「確かにこれは一見して無理なようには見えますが……」
「そうではないと?」
「うん。『無茶』だと思う」
「…………」
無理ではないが無茶ではある。この違いは大きい。
改めて作戦内容を説明しよう。
魔王軍春季攻勢作戦
作戦名『常夜の宴作戦』
春季攻勢と名のつく通り、作戦予定時期は4月から5月。ただし動員数を考えると5月。場合によっては「夏季攻勢作戦」と名が変わることもあり得る。
ただしそれは、兵站局の両肩に背負わされた責任の話でもある。
装備の面では魔王軍の主力兵器はその所属を問わず全て投入される、と言っても過言ではない。
具体的には、
戦闘用魔像 4000基。
長距離魔力砲 1万5300基。
飛竜 8000頭。
氷製戦闘艦 24隻。
動員される戦闘部隊の兵力は100万人。
これに輸送総隊やら兵站局やらの後方支援部隊がつくことになるので、総動員数はのべ140万人になる。
その人員を大陸北部に位置するガレリアから中北部のゲルリッツまで、南北およそ200マイラ(315キロ)の作戦域に配備する。そこを戦線正面とし、作戦開始と同時に一斉に前進を始める。
細かいことも作戦書にも書いてあるのだが、長くなるので割愛する。
「アキラ様。この作戦案を考えたのはいったい……」
「魔王陛下だよ。たぶん一人で考えたわけじゃないだろうけど、主考案者は陛下」
「……いったい陛下は何を考えて……」
ソフィアさんは不安そうにしているが、地球においてこれと似たようなことをした国があるのを知っている俺にしてみれば「不可能ではない」と思う。
ソ連って言うんだけど。
「はぁ……。それで、そのソレンとかいう国はアキラ様の世界では覇権を握ったんですか?」
「ん? いや? 俺がここに来る20年以上前に崩壊したけど?」
「…………ますます不安になってきました」
溜め息と何かとても残念なものが混じる吐息はソフィアさんを含めた四人全員の反応だった。
大丈夫だって、ソ連は一時的に構成国が0になっているだけで今も存在しているから安心してほしい。世界同時革命は近いぞ同志……!
「して、アキラ様。その遠大なる作戦実行時期までおよそ2ヶ月ということなのですが、間に合うんですか? 物資の集積だけで半年以上かかりそうですが……」
「まぁ、その心配は当然だな。一番のネックはそこだと思うけど、この作戦が俺に伝わったのは1月。1月末には作戦は内定されて既に戦闘部隊は前線に動き出してるんだ」
「知りませんよ、そんな話!?」
陛下はいつぞやのスパイ事件のことを気にして、あまり情報を他言しなかった。今もなおスパイが潜んでいるのではないか、と考えるのであれば真っ当かもしれないが……普段から物資の動きを見ている兵站局にとって薄々感づいた者も多い。
「でも、言われて見れば最近、当該作戦域における物資消費量と要求量が増えてましたわ……。それと、お給料も」
と、エリさん。
帳簿をいつも眺めている彼女ならではの視点だろう。
同様にユリエさんやリイナさんも、
「市井にある医薬品を買い占めてるせいか薬価が高くなってるってミイナお姉ちゃんが嘆いてたから……どっかの新興商会が妨害してるのかいい迷惑ー、って言ってた……。ま、まさか犯人が身内とは思わなかったけど……」
「あー、すまんリイナ。薬の買い占めしたの、オレだわ」
「そうだったの?」
「う、うん……。どうも医療隊の奴らからの注文が増えたから慌ててやっちまった……」
と、いろんなところから感づいた様子。
薬価の上昇は地球においても「戦争の予兆」とされるほどの重要な指標だ。世界情勢が悪化して「いよいよ世界の警察が軍事介入するかも!!」という噂が立ったときは薬価を見てみるといい。それで嘘か真かが見分けられる……かもしれない。
「た、確かに……!」
ソフィアさんもここにきて、何か思い出したようだ。
「なんかしつこく民間の商会の人たちが『おう、なんか軍事的にまずいことあったんじゃねーのか?』と聞いてくると思いましたよ! 市場に物資が足りなくなったからだったんですか……」
「ま、そういうことですね」
こういうところから情報を得てスパイに攻勢作戦がばれるんだろうなぁ、と思いました。
「コホン。で、話を戻します。2月ごろから既に準備を始めていて、開発局や設計局もこの作戦の為の準備を行っています。具体的に言うと、レオナ率いる開発局は兵站を支援するための兵器開発を、ヤヨイさんは塹壕突破兵器パ――タチバナの改良なんかを行ってますね」
「え、兵站支援兵器の開発をカルツェット様が……!?」
「ソフィアさん、気持ちはわかるけれどそんなに青ざめなくても」
レオナは優秀な猫人族なんだぞ! ただ物凄く残念なだけで!!
まぁ自分も同じことをレオナの口から言われた時は作戦の失敗を覚悟したけどな!!
「アレはアレで技術力は世界一ですから、信用してあげましょうよ。あぁ、そうだ。なんなら今から覗いてみます? 丁度今日、開発局へ様子見に行こうかと思ってたんで」
「は、はぁ……、まぁ、そういうことなら……」
と、ソフィアさんは狼猫の仲であるレオナの下へと向うことに同行した。こうでもなければ会うこともない二人だが、息はピッタリです。




