接待、あるいは交渉
お偉いさんとの接待に必要なのは、金、食事、可愛い女の子、そして最後に商談である。そこに事を荒立てないような工作を事前に準備して、いざ本番。
どこぞの国の官僚がノーパンしゃぶしゃぶ店を利用するのは、利用料を「飲食代」として経費で落とせるからとも言うし、その手の話がしやすいお店というのは異世界共通の事柄なのである。
そういうわけで、サツキ亭。
さすがにノーパンしゃぶしゃぶ店みたいな変態じみた性癖を暴露する店ではない(そういうことをするのは「ミルヒェ」という店である)けれど、ここも話がしやすい場所だ。
理由は単純。兵站局が開店に尽力した店で、店主が知り合いだから。
「い、いらいっしゃませ!」
店主でありミカサ設計局の主任技師たるミカサ・ヤヨイが出迎える。こういうことで利用するのは初めてだから少し緊張している様子で、その証拠に耳はピコピコ細かく震え、二つある尾は落ち着きなく揺れている。
そんなヤヨイさん他数名の狐人族スタッフが、リッテンハイムさん以下俺らを席まで案内した。
「いやぁ、魔都にこんな素晴らしいお店があるとは思いもしませんでしたな。それに店員の格好は特徴的で――なんという服なんですかな?」
「あれは『和風メイド服』と呼ばれる、この店のオリジナルですよ。余所でも形を真似て出店するところもあるみたいですが……今の所、ここ以上のクオリティを発揮している店はないですね」
「原点にして頂点、というわけですか」
ギラギラと見開きながら女性店員を目で追いかける様は、リッテンハイムさんが普通の男性であることを証明している。俺もこれが仕事じゃなかったらヤヨイさんのことをずっと見続けている自信あるし。
そんなみっともない男性陣に対して死んだ魚のような目を向けるのは、付添のソフィアさんたちであるが。
また今回、サツキ亭には今回限りの臨時の従業員がいる。
「あ、あの、いらっしゃいませ。名高きリッテンハイムさんのご来店、心よりお待ちしておりました……?」
おいちょっと、なんで疑問符つけた。台本これであってたっけ、みたいな演技をするんじゃあないぜリイナさんや!
が、しかしそんなことにも気づかない程浮かれまくっているリッテンハイムさんは「おぉ、これは綺麗な御嬢さんに『心よりお待ちしておりました』と言われてしまうとは、私も随分人気が出たもんですなぁ」と上機嫌である。
酒飲む前から酔っているな、こいつ。
そういうわけで店側の仕込みとしてリイナさんが店員としている。本人はあまり乗り気じゃなかったのだが、ビジュアル的に最適だったのは彼女だった。それに淫魔だし男相手には効果抜群だろうという事。
……後日有休あげるから許してほしい。
「本日の料理は、リッテンハイムさんの為に、と、普段この店で用意している料理を改良したもので――」
この店で出される料理は全て狐人族の民族料理、要は前世で言うところの「和食」に類するもので、今回リッテンハイムさんに提供されるのもその和食を、万人受けに改良したものである。
料理はどれも多種多様な食材を使用したもので、量も豊富。当然、こちら側にも料理は出てくるが形式上は接待する側なのであまり食べない。ユリエさんが食べたそうにしてるけど、今はやめておこう。
こういうのは食べ方のわからなかったりするものの方が客受けがいい。どうやって食べるのかを聞く度に可愛い女性店員が近づいて説明してくれるんだから鼻の下も伸びる。リッテンハイムさん、下心がスケスケですぜ。
「どうでしょうか、リッテンハイムさん。お口にあいますでしょうか?」
と、ソフィアさんがこっちを冷たい目で一瞥してから口を開いた。そうだった、このままじゃただの接待だ。本題に入らないといけない。
「あぁ。最初はどうなのかと思ったが、口にしてみると意外とイケるものだな。いやいや、魔都にこのような店があったとは……」
「先程も申したかもしれませんが、この店は魔都でも新しめの店ですからね。もう魔都ではそれなりに名が知られるようになったでしょうが、リッテンハイムさんがいらっしゃる では、まだその名は届いていないようで」
「辺鄙な場所ですからなぁ」
ハッハッハ、と笑いつつ、目の前の料理に視線を落とす彼。そしてこの会話が交渉事の入り口だと感づいたのかどうかは知らないけれど、次に彼が放ったのは皮肉の言葉だ。
「まぁ、貴官らが送る物資の量と同じくらいには、名は届いていますかな?」
笑っているけれど、笑えない話である。こっちはにこやかな顔を維持しておこう。
だからユリエさんステイッ、ステイッ。まだだ、まだだ。ここで怒っちゃなにもかもが無駄になるからそのサバサバ系女子を殺りにいくような目はやめるんだ。こいつが天然で気付かないうちに皮肉を言っているという可能性もあるじゃないか。世の中にはそういう人がいるんだから。
「……なぁ、局長さん」
待てって……待てって言ってるだろうが! ピギュ。
机の下で彼女を制止しつつ、にこやかで楽しいお食事会は続くよどこまでも。
「確かに、今前線への物資輸送が遅滞していることは事実ではありますが」
「そうだな。全く困ったものです。いえ、私の所はまだいいんですが、物資が足りないと騒ぎ立てる部下も多くて、ケルンテン司令官殿も苦慮しているようで……」
にやにや。不吉な笑い。
これは「まあ私は困らないんだけどね? 困らないんだけどー、きみはー、困るんだろうなー。私に頼った方がいいと思うよー?」みたいな意味だろう。露骨すぎる要求である。
ここで要求に応じて、はいはいどうぞこちらが南蛮のカステェラなるものでございますと渡せば万事めでたしめでたしだろう。
こんなクズが「俺の方が立場が上なんだから上納金寄越せ」と言っているのが腹が立つ……が、まずその前に伝えるべきことがある。
「リッテンハイムさんは勘違いしているようです。……いえ、事の重大性を理解してないようで」
「……どういうことかな?」
「物資が足りていないわけではないのですよ。ご覧のように、ね」
そう言って、目の前に広がる料理を見せる。すし○んまいのように。
使用される食材は多種多様。当然酒も準備しているし、その他諸々必要なものは揃っている。そしてなにより重要なのは、この店は軍人用ではなくあくまでも民間経営であるということ。
戦争中において物資は基本、民需より軍需が優先される。当然、魔王軍でも同じ。
なのに、民間の店でこんなに多くの品が準備されているのだ。
当然これはリッテンハイムさんのために準備されたものじゃない。
つまり「物資はふんだんにある」ことを見せつけるパフォーマンスである。
だが前述のように、あるいはここ最近の兵站局の忙しさに示されるように、前線では深刻な物資不足が起きている。
その原因は魔都から補給廠、補給廠から前線に至る補給線の長さ、戦線の広さから来る輸送力の不足だ。
これを、前線帰りで中央の実態を知らない野郎に理解させる必要がある。
『……普通の物語だったら、逆なんでしょうね』
と言ったのはエリさんだ。
現場の実態を知らない中央の横暴、っていうのは確かによく見る展開である。
だが中央には中央の言い分があるのだ。中央の実態を知らない前線帰りの出世主義者たちに、この現実を見せないといけない。
「我々の手元には、十分な物資がある。しかし、運ぶ手段がない。というのが本質的な問題なのです」
「……ほう」
「つまるところ、我々が必要としているリッテンハイムさんとの『協力』の内容は、その点に尽きるのです」
「なるほどなるほど。まぁ、こちらが手伝えることであれば――貴官の相談に乗ることも吝かではないがな」
チラチラと見える、誠意を見せろという合図が忌々しい。
そっかぁ、魔像じゃ足りないかぁ。
しかし案外、話が通じる相手でもありそうだ。ここはもうひと押し。とは言っても、金品をあげるだけじゃあ芸がない。ここは兵站局らしく行こうじゃないか。
「実は、今回の会食の主意はそこにありましてね。リッテンハイムさんに是非ともお願いしたいことがあるのですよ」
「なんだね?」
「まずはこちらを見てください」
そう言って俺はソフィアさんに目配せする。彼女も黙ってうなずき、鞄の中から書類を見せた。
少し近眼の入っているらしいリッテンハイムさんはメガネを懐から出して装着し、その書類の表題に数度の瞬きをした。
内容は『イペリド方面戦線縮小案』である。
たかが天候不順を理由とした戦線の縮小なんてばかげているだろうと捉えられたかもしれない。リッテンハイムさんも鼻を鳴らして、
「……なるほど。これに『同意してほしい』というわけかな? 確かに、普通に会議で提出しても跳ね除けられるだけの内容だが」
と、不機嫌そうに答えた。
まぁ及第点と言ったところだろうか。
「あぁ、いえ、誤解しないでいただきたい。私たちがリッテンハイムさんに求めることは『同意』ではありません」
「…………?」
「その戦線縮小案を、あなた方から提出してほしいのです」
「……はぁ!?」
普通に考えて、兵站局がこの手の案を出したところで笑われた後罵倒されることはわかりきっていることだ。しかし戦線の縮小策という抜本的解決を図らなければ、仮に今年がなんとかなっても来年はそうはならない。
となるとこれくらいしかやることはなくなる。
イペリド方面軍は他の戦線に比べて突出しており、それが兵站上のウィークポイントとなっている。その地点を戦略に組み込められているのならまだしも、そうではない。
ここで大胆に後退してしまった方が、まだ戦力を均等に配置し兵站上の負荷を減らせる分マシである……考えたのである。もっとも、戦略云々を語れるほど自分も頭がいいというわけじゃない。
そこら辺は、エリさんやソフィアさんと考えて煮詰めた結果である。
そしてその案を、当該者が提出することになれば、兵站局に対する無駄なヘイトを分散できるし、彼らにとっても「ただの金に汚いクズかと思ったら意外とみんなの事考えてるんだ……」という周囲の心理的プラス効果を得られるかもしれない。
問題となるのは、その戦線を統括している責任者がその屈辱に耐えられるかどうかという話。そしてその場にいるのは超出世主義でお金に汚く賄賂も簡単に受け取るどころかさらに要求してくるケルンテン司令官とその腰巾着リッテンハイムである。
「――そ、そんなことが呑めるとでも!」
憤りで立ち上がるリッテンハイムさん。
どう考えても理性より感情を優先させるこの人に、どうやって納得させるか。
答えは決まってる。戦線縮小することによって彼らが得られる実利を彼らに理解させることである。
「……お話は変わりますが、イペリド基地の西南西40マイラの丘陵地帯にカデッツァという小都市があるのはご存知ですか?」
「は? 急になんの――」
「このカデッツァという都市ですが、丘陵地帯であるが故に連絡が取りづらく、ここも兵站上のネックになっているんですよね。ですがまあ、各戦線を40マイラも後退してくれることを考えればこちらにとっては利益になるのです。そこに新しい司令部を建設しようという案が既に持ち上がっています。既に工兵隊に連絡し具体的な施設設計も始めようというところです。まあ、そこの主である司令官の承認が得られればの話ですが」
「…………」
茫然とし、そしてそのまま座る。
どうやらこちらの言っている意味を理解できたようだ。このことに関して頭の回転は早い。
言っていることは単純。
『外部との連絡が取りづらく不正をするのには絶好な場所にお前らの意見を取り入れた司令部施設を作ってやらんこともないよ』
ということ。
いくら不正大好きっ子だからと言って、最前線の施設を改造することはできなかっただろうこの人たちにとって、この提案はどう聞こえただろうか。
「…………」
あ、ニヤニヤしだしたぞコイツ。
好感触である。どうやらもう、これ以上の説得の必要はないようだ。
「あぁ、すみません。お食事中に仕事の話は不躾でしたね。忘れてください。……あ、その紙はメモ代わりにでも使ってください。ゴミみたいなもんですから」
「……まぁ、うん、そうだな。戴こう」
こうして、美女美少女美幼女に囲まれつつ美味しいご飯を食べ終えたリッテンハイムさんは、会食終了後、もらった魔像に乗り妙に速く撤収していった。
そして後日開かれた会議の席上で、兵站の負荷を減らすための戦線整理案がイペリド方面軍司令官から 提出されたのである。
「……はぁ」
その会議の途中、ソフィアさんは周囲に聞こえないよう、しかし俺には聞こえるような規模の溜め息をついた。
「どうしました?」
「いえ、あの方たちがこれからもっと派手に不正をするのかと思うと、胃が……」
あぁ、そのことか。それならば問題ない。
「安心してください。そのことに関しては予めクレーメンスさんを通して憲兵隊に情報を流しています。今回のことは囮捜査の一環、ってことになってますんで」
「……は?」
前にも連絡を取ると言ったはずだが……あぁ、でも細かい事までは言ってなかったか。まぁいいか。
「兵站局でいろんな物資の動きみてると、不正を働いている人が誰で、どこでどれくらいの規模で何をしているのかが見えて面白いですよね……」
「え、あの、ちょっとどういうことで」
「ソフィアさん、会議の途中なんで後でお願いします」
しーっ、と彼女の口に人差し指を当てる。
自分たちが注目されていないことを確認した後、ソフィアさんは、
「このモヤモヤ感を維持したまま会議を続けろって言うんですか!?」
と、小声で怒っていた。




