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みなさん目を閉じてください

 兵站は事前準備が全て、と言ったな。あれは本当だ。嘘偽りはない。


「というわけでソフィアさん、急な話で悪いんですが明日陸軍の方と会食ですよ」

「……はい? あの、話が見えないのですが」

「事前準備をしようという御話です」


 ふむ。こっちのメンバーは……一応業務命令だから明日出勤の人がいいな。どいつもこいつも忙しいからあまり兵站局から人員を抜きたくないが、重大局面だから仕方ない。


「とりあえず参加するのは私とソフィアさんとエリさんとユリエさん。リイナさんは明日休みですけれど、振休使って裏方に回しましょうか」

「あ、アキラ様?」

「そうそう。レオナにも連絡入れておかないとな。今回は個人的な頼みになりそうだから借りが出来てしまうが背に腹は代えられないし。あと開催場所はサツキ亭にしましょう。今から予約取れるかな……」


 あ、でもその前に、急な話であるから相手が乗ってくれるかどうかはわからないか。親衛隊のダウニッシュさんとかに頼んで手をまわしておこう。これも借りになるから早いとこ返済しないと。社畜にローンはつらいぜ。

 もっとも、自分も足を運んで誘わなきゃいけないんだけれど。そこはちょっと憂鬱かな。


「そうだソフィアさん。明日は精一杯のオシャレをしてきてくださいね。なんなら兵站局で必要な衣服とか化粧品の類は確保できますし、エリさん――いや、この場合はリイナさんとかが適任ですかね――に頼むとしましょう」

「はい!?」


 まぁ女性のおめかしだのオシャレに関しては門外漢もいいところなので専門家に任せよう。あとはまぁ、情報収集であるけれども相手は魔王軍内部では有名な軍の高官だ。労せずとも情報は手に入る。

 それにいろんな商会やギルド、軍内部組織を奔走していると自然と耳にする情報というのは多い。今回はそれが武器になる。


 うん。これくらいかな。あとは高度の柔軟性で以って臨機応変に対処すれば――、


「あ、あの!」

「はい? どうしました?」

「お話についていけないのですが!」


 ソフィアさんは混乱しているようだ。どうやら一足飛びにし過ぎたかもしれない。


「あぁ、まぁ、要するに接待ですよ」


 料亭政治とか接待ゴルフとかそういうものの類だと思ってくれれば幸いである。

 明後日、滞る兵站作業の責任を問い詰める会が開催されることとなるのだが、その機先を制することが今回の目的だ。その会議の前に好感度を多少なりとも上がればいいし、なんならこの会食で全てを決しても良い。


「うまくいきますかね」

「うまくいかせるんですよ。ともかく、明日は気合入れてオシャレしてくださいね」

「…………こんなことで気合入れたくないです。こういうのはせめて――」


 そこからボソボソと呟くだけで何を言っているのかは聞こえなかった。聞き返しても「……何でもありません」とそっぽを向かれた。


「コホン。ともかく、これで命運が決すると」

「そういうこと――と言いたいですがこれはまだ序章ですね。第一関門突破後はどうなるかは神のみぞ知る世界と申しますか」


 そんなに難しい話ではないと思うけれども。

 しかしあえて問題点を挙げるとするのならば、とてつもなくブーメランが突き刺さる行為であるということだけだ。その点に関してはなんというか、ソフィアさんに申し訳ない。


「あ、そうだ。ついでにクレーメンスさんにも連絡とろう」

「はい? 何故です?」

「保険」

「……?」




---




 翌日の昼。

 寒空の下、サツキ亭の前には俺、ソフィアさん、エリさん、ユリエさんが集まった。

 特筆すべきは、やはりみんなの格好だろう。


 エリさんは年長者ということもあってオトナの女の服である。身体のラインが出るような服でありつつ、あまり主張しない塩梅のものである。ユリエさんはいつもの職人魂溢れる活発なものではないが、それでも明るい性格の彼女らしい服装。


 だがそれ以上に、ソフィアさんの服は絶大な破壊力があるものだった。ファッションというものに詳しくはないが、一時期ネットで話題になった童貞を一撃必殺するアレにも似ている。さすが数多くの男を射止めてきたミイナさん監修である。

 私も正気を保っていられるだろうか。


「それで局長さん、今日の相手は誰でオレたちはなにすりゃいいんだ?」


 そしてユリエさんは人の話を聞いていない。


「陸軍の方ですよ。具体的に言うと、明日の会議を主催した魔王軍イペリド方面軍司令官ケルンテン将軍の側近、リッテンハイムさんです。ケルンテン司令官の腰巾着――コホン、知恵袋的な役目を負っている方でして、彼を上手く手籠めにできればいいかな、という次第です」

「なんか不穏な言葉が聞こえたんだが……にしても寒い。店の中で待った方がいいんじゃないか?」

「出迎えるのに店の中で待ったらダメでしょう」


 まぁ、階級は俺の方が上だ。なにせ「局長」というのは魔王軍の中でも上位に入る。対してあちらは側近というか副官のポジションなので、ソフィアさんと同じかそれよりもちょっと上程度の階級である。

 故に、店の中で待つこともできる。というかそれが普通なのかもしれないが……。


「まぁこっちは会食に誘った側でもありますし、そこらへんの礼儀とか作法もわかりませんし。それにやりたいこともあるので」

「「やりたいこと……?」」


 首を傾げるエリさんとユリエさん。事情を知っているソフィアさんは複雑な表情でこっちを見る。さすがに今回はソフィアさんの目を真っ直ぐ見れなかった。


 とか言っているうちに先方がやってきた。

 少し豪奢な馬車から降りてきたのがその人物、リッテンハイムさんである。


「この寒空の中、来ていただき感謝いたします、リッテンハイム殿」

「なに。気にすることはありません。こちらも噂の局長と会食できるということで、楽しみにしていたところです。それに局長殿直々に、この寒い中出迎えてくれるとは……」

「彼の有名なケルンテン将軍を陰ながら支えているリッテンハイム殿ですから。無礼がないようにと思いまして。今日はよろしくお願いいたします」


 俺の挨拶に続き、オシャレをしてきたソフィアさんたちも礼儀正しくにこやかに挨拶をする。それを見たリッテンハイムさんもこれには赤面し、


「う、うむ。今日はよろしく頼みます」


 と可愛い反応を見せてくれた。ま、悪くはない。


 ……にしても、階級に似合わない豪奢な馬車で来たものだ。ヤのつく方々が黒塗りの高級車でやってくるようなものかな。確かに自分の凄さを相手に思い知らせる一番の手段は経済力ではある。


「しかし素晴らしい馬車ですね。馬も優美ですし……」

「ふむ。局長殿は人間と侮っていましたがこれは失礼な考えだったようですね。この馬車はかの有名なフォルクス商会が独自に設計したものでして、馬もギルドより最優の印を押されたものです」

「なるほど」


 ふーん。そんなに凄いものだとは思えないし、事前の調査によると中の下という感じの馬車で司令官のコネを使って購入したもの、でもリッテンハイムさん自身はそんなに馬に興味がないとも聞いたのだけれども。

 まぁ、でも安心してほしい。その手のことは兵站局の方が専門家なんで。


「しかし参りましたね、こんなに素晴らしい馬車があったなんて。――あぁ、いえ、お近づきの印というわけではなのですが、お渡したいものがあったんですよ」

「?」

「あ、丁度来ましたね」

「「「?」」」


 揃って首を傾げるリッテンハイムさんとエリさん、ユリエさん。溜め息をつくのはひとりだけ。


 ズシン、ズシンと、やや重く低い音を響かせながらやってきたのは、マッドなレオナ・カルツェットを載せた魔像である。


「やっほー! アキラちゃん、遅れてごめんね! ちょっと最終調整に手間取っちゃって!」


 誰を前にしても気にすることなく、クアッドテールをたなびかせながらフランクに話しかけるレオナ。リッテンハイムさんのことは眼中にないようである。


「いや、いいタイミングだったぞ。礼はまた今度な」

「今ここでそのお店で私を満足させる、って手もあるわよ?」

「すまんな。今日は貸切なんだ」

「ちぇー。じゃ、また今度ね!」


 口を尖らせつつも、どこか嬉しそうなレオナ。

 対して、存在を無視されたリッテンハイムさんはそんなことはどうでもいいようであった。


「き、局長殿!? こ、これは確か――」

「えぇ。魔王軍開発局が設計・開発した『ススマレ』号を民需用に改造した量産試験機ですね。まだギルドへの売り込みの段階ですので同型はこれを含めこの世に3台しか――」

「これが! あの伝説のスーパースピードラバー・マジカルレオナ号! フォールネーム峠で一大バトルを行い奇跡の勝利を勝ち得た、その名の通りスピードに愛されたハイスペックモンスターマシン! 小型の魔導機関を搭載し、エネルギー変換効率の高い純粋紅魔石を使用する! それに加えてこの流線型を主体とした革新的な外見! 既存のどの魔像よりも優美で耽美なデザインはあの車輪野郎とは全く違う!」

「うんうん、そうでしょうそうでしょう!」


 興奮して早口に語るリッテンハイムさん。そしてその設計者も自分の趣味がわかる者がいて嬉しいのか、同じく早口で語り合う。


「脚部の間接は既存の石や鉄を使った陳腐なものではなく、滑らかな動きができるようにオリハルコン合金を使用しているの。さらに――」

「なんと。となると既存の魔像で問題だった関節部の故障頻度が――」


 まぁ、事前の調査通りの人間だ。

 この人は魔像マニアなのである。いや、オタクと言った方がいいかもしれない。とにかく、好きなものを前にすると興奮して早口になって鼻息が荒くなるという人種である。

 決して馬車や馬に興奮する人ではない。その辺のことを、どうやら彼の上司は勘違いをしてしまったらしい。憐れな事である。


「いやいや、このような素晴らしい物を見せていただき、すこし興奮してしまいました。見苦しいところをお見せしまして、申し訳なく――」

「見せる? これはこれは、リッテンハイムさんは何か勘違いをしてらっしゃる。私はこれをあなたにプレゼントしようかと思いまして、ここまで運んできてもらったのです」


 一瞬世界が止まった。事情を知るソフィアさんだけは以下省略。レオナにも話は通してあるので「いいスタートが切れたわ! これで量産間違いなし!」と喜んでおられる。まぁ、実際はギルドの反応はよろしくないようであるが。


「そ、そそそんな! わ、わたくしのような身分でこんな素晴らしい品を貰うことなど――!」

「いえ、遠慮なさらず。私のちょっとした気持ち、ちょっとした御節介ですから気にせず。あぁ、レオナ、この人に始動キーを渡してくれ。ついでに取説も」

「らじゃ!」

「で、ですがこれは貴重なものです! これは然るべき博物館に寄贈すべき、そんな一品で――」

「これは飾る物ではなく乗る物ですから、その方が魔像も喜ぶでしょう。な、レオナ?」

「そうよ! 私も嬉しいし!」

「しかし、私は――だ、ダメです! ダメです!」

「あぁ、そうだ。ついでです。この魔像の動力源である純粋紅魔石もつけないといけませんね。それと碧魔石エメラルドもありますよ。確か将軍は貴重な魔石を集めが趣味と小耳に挟みました。きっとこちらを渡せば将軍もきっと喜ぶことだと思います」

「そ、そんなものまで!? う、うううう受け取れませんよ! ダメです!」


 ダメです、と言いつつ身体は正直である。

 リッテンハイムさんは目をキラキラさせながらレオナからキーを受け取ってしまった。


 まぁ、ポルシェ博士から直接ポルシェの試作車を「善意で」手渡されて受け取らないオタクはいないだろう、というだけのこと。

 それに上司への土産というのが出来たら出世ポイント的に美味しいだろうし。そうやって上へ這い上がった者と言うのは、こういうシロモノに目がない。


 ヤバいと思ったら握らせる。それは物だったり異性だったりするわけだが、今回は前者である。ソフィアさんたちはリッテンハイムさんの理性に揺さぶりをかけるひとつの罠だ。


 ……賄賂? はて、なんのことだろうか? これはプレゼントだ。時期的には少し早いがクリスマスプレゼントだよ。魔石もただの動力源にすぎないし。

 あ、みんな目を閉じてるね。うん、えらいえらい。こういうのは当人だけで済ませるものだから。あとソフィアさん、それじゃあ目を閉じているというより呆れてものも言えないって感じじゃあないですか。溜め息つかないでほら、接待なんですから笑顔笑顔!


 他方、顧客の喜ぶ姿を見られたレオナは満足気な顔を浮かべて去って行った。みんな幸せ。誰も困らない。


「あぁ、この寒い中お時間取らせてすみません。さてリッテンハイムさん、どうぞ中へ。歓迎の準備はできておりますから」

「う、うむ……!」


 こうして俺らはリッテンハイムさんをサツキ亭の中へと案内する。


 ようこそ負け戦確定の戦場へ。歓迎しよう。盛大にな。


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