番外編:兵站局のお風呂事情
異世界のシャワーの話がTwitterで話題になっていたので便乗しようかと思ったら全然違う話になりました。
番外編という感じですので読まなくても結構です。読む場合は余り深い事考えずに。
シャワー。
その歴史は地球においては、古代まで遡る。
と言っても半着座式浴槽の上に穴の開いた水道があってそこから水が出てくるだけのシステムであり、それがシャワーと言えるかどうかは微妙である。
中世に入ると、伝染病や宗教、迷信により欧州における入浴の文化が廃れ、そして近代に入ってから宗教や伝染病、迷信によって入浴の文化が復活する。歴史は繰り返すが結果が真反対だ。
この時に完成したのが、シャワー。コルクを捻って頭上からお湯が出る、今でも使われているシャワーの原型である。
こうして、身体を清潔に保ったことにより衛生環境は飛躍的に向上し、人類の平均寿命向上に貢献することになった。
めでたしめでたし。
……と終わったらこの報告書を書いている意味がない。
世界を跨ぎ、人類人口1人、その他魔族・亜人・獣人たちがたぶん億単位でいる魔王領。
多種多様な種族がおり、その種族の数だけ文化があり、そしてその文化の数だけ衛生観念がある。
日本文化に最も近いヤヨイさんのような狐人族は、肩までお湯に浸かって100まで数える習慣がある。ただし現代のように髪を毎日洗う習慣はない。昭和初期の日本でも某企業が「5日1回はシャンプー」と広告をうっていたのだから推して然るべし。
ユリエさんのようなハーフリングやドワーフと言った種族には水で身体を清める習慣はなく、せいぜい月に1~2回入るかどうかである。
逆に最も清潔にしているのがエルフである。エリさん曰く、水事情が許せば1日3回、最低でも1日1回の入浴を行うそうである。
ただしお湯ではなく普通の水。真冬だろうが水。鼻水を垂らしながら入浴を行う姿は果たして清潔なのか不潔なのか。流石に見ていて可哀そうだし風邪をひかれても困るので今は無理矢理ぬるま湯程度の温度で入浴させている。
淫魔であるリイナさんについてだが、尋ねた所「そ、そそそそんなこと、皆が見てる前で言えるわけないじゃないですかぁ!」と顔を真っ赤にして逃げられてしまった。最初は「まぁ男が女の子の入浴事情を聴くのはセクハラか」と納得したのだけれど、どうやら事実は違うようである。
それは彼女の姉にして娼婦のミイナさんからヒントを貰った。リイナさんと同じ質問をしたときの回答が以下の通り。
「うん? 結構入るよ? 日によっては5回くらい入るかもね、お客さんと」
お察しいただけたら幸いである。
最後にソフィアさん。
彼女は狼人族であるが、イメージ的には犬が近いかもしれない。狼人族は週に1回の入浴が基本である。ただソフィアさんはお風呂好き……というより、ある日ユリエさんと一緒に浴槽に浸かったことにより風呂の魅力にはまってしまい、水事情が許すのなら毎日入るようになったらしい。
が、ここで問題が出た。
知っての通り、魔王軍兵站局はこのところ忙しい。そうでなくても毎日が忙しいのだが、最近はそれに輪をかけて忙しい。故に帰宅時間が遅かったり、そもそも帰宅できない日々が増えてきた。
ソフィアさんもその一人である。幸い、魔王軍司令部には自分も使っている公衆浴場がある。のだけれども……。
「……怒られました」
風呂に入って満足気と思ったらシュンと眉を下げてソフィアさんが帰ってきた。身体はホカホカしてるのに。
「ソフィアさんが怒られるって珍しいですね?」
「そうですね……。私に常識がなかったというだけなんですが……」
ソフィアさんが非常識だなんてまさかそんなことがあるなんて思いもしなかった。いったい何をしたんだと聞くと、
「お風呂に入ると身体が濡れるじゃないですか」
「そりゃあね」
「だから水気を飛ばさなきゃいけないじゃないですか」
「そうだね」
「そしたら怒られたんです」
「…………?」
「水気を物理的に飛ばしたから……」
そう言って、彼女は身体を身震いさせる。水を浴びた犬が水気を飛ばすためによくやるアレである。僅かに残っていた水が飛び、俺や周りの書類に飛んだ。
なるほど。そりゃ怒られる。
「今まで家でやっていたので失念していました。一生の不覚です」
「こんなことが一生の不覚になるの、ソフィアさんくらいですよ……。まぁ、次からはタオルやら布やらを持って行ってください」
「それなのですが、アキラ様。ひとつ問題が……」
「まだあるんですか?」
「はい」
ソフィアさんから放たれた言葉は衝撃的であり、そしてちょっと役得と言うところもあった。んでもって、その前に突っ込んだ。
「子供か!」
と。
後日の事。
多忙を極める兵站局はソフィアさんを家に帰さなかった。
なのでソフィアさんはいつも通り入浴を満喫し、公衆浴場から出てきた。脱衣所から出てきたばかりの彼女の身体からは随所から湯気が立っているが、それ以上に身体全体から水滴が落ちている。
「さ、さむいです! はやく……!」
「はいはい……」
公衆浴場入口前は、ちょっとした休憩所になっている。温泉宿でマッサージチェアがあったり自販機がある区画みたいなものだと思ってほしい。
そこで俺がソフィアさんを出待ちし、彼女が湯から上がったところでタオルを使って彼女の髪や尻尾なんかを拭いてあげるのである。
「……子供みたいですよ、本当に」
幼い頃、母親に拭いてもらったときのことを思い出す。
「し、仕方ないじゃないですか……やったことないんですから……」
そして顔を赤くしつつ身体縮こませるソフィアさん。
「へくちっ」と小さなクシャミをして鳥肌を立たせているので、本当に寒いらしい。一応暖房はあるが限界がある。風呂上りで身体を満足に拭けないため、衣服も最低限のものしかないのも要因。
まぁ、そのおかげでソフィアさんの生脚とかを鑑賞できるんだけれど。
「アキラ様、変な視線を感じるのですが……」
「気のせいです」
「それに妙に手つきが遅いような気がします」
「気のせいです。ソフィアさんの髪は長くて綺麗ですから、丁寧にやらないといけないんですよ」
「そ、そうですか」
髪の毛をくるくる弄るソフィアさんの姿がなんと愛おしい事だろうか。こんな子供が欲しい。
「で、でも本当に早くしてくださいね! じゃないと、風邪を引いて業務に支障が……」
「ここで現実に戻るのが実にソフィアさんですねぇ」
「どういう意味ですか!」
こんなどうでもいい会話をしながら彼女の髪や尻尾を拭くのが、俺の新しい習慣となったのである。もっとも、この忙しい冬が終わればこの習慣も消えるのだけれども。
「あっ……そこ、気持ちいいです。そこをもう少し……ひゃぅ」
「…………」
勿体ないからもうちょっと堪能しておこうと考えるのは、悪い事だろうか。




