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魔石が足りない

 たとえ冬だろうが寒かろうが、軍隊である以上、戦闘や訓練をしなければならない。

 そしてそれらの行為をすれば、自ずと物資を消費する。


 魔都防衛基地へと足を運んだ俺たち兵站局は、物資を回しつつ極寒の中での装備可動率を調べ、ついでにそこで行われていた飛竜隊の訓練を見学することになった。


 ……のだが。


「おはよう諸君! これより魔都防衛基地所属第Ⅲ航空隊特設飛竜中隊の飛行戦闘訓練を開始する!」

「お前たちは運がいい! なにしろ世界最強の飛竜に乗って世界最良の教官たる中隊長に教えてもらえるのだからな!」

「その通りだ! では飛竜航空隊訓、詠唱はじめ!!」

「何の為に生まれた!?」

「――飛竜に乗るためだ!!」

「何の為に飛竜に乗るんだ!?」

「――人間ゴミ共を叩き落とすためだ!」

「飛竜はなぜ強いんだ!?」

「――飛竜は優雅に飛ぶからだ!!」

「お前らが敵にすべきことはなんだ!?」

「――騎首と十連爆炎術式!!」

「飛竜とはなんだ!?」

「――妖精族より高く! 鳥人族より速く! 人間共よりよく回り! どれよりも強く美しい!!」

「飛竜乗りが食う物は!?」

「――ワインとハンバ――――――グ!!」

「「「我ら魔王軍飛竜隊! 科学上等! 紙装甲上等! 敵を恐れては空が飛べるか!」」」(×3回)

「ようし行くぞ! 総員騎乗! 長生きしたけりゃついて来い!」

「了解ィィィイイイ!!」


 ………………え、なにこれ。


「飛竜隊の訓練は独特ですね……」


 隣にいたソフィアさんも、若干笑顔を引き攣らせていた。

 他方、それが悪口の類だとは気付かない飛竜隊の士官は「いやぁ、そうでしょうそうでしょう!」と満足げな笑顔を浮かべながら首を大きく縦に振っていた。


 ま、まぁ、気合を入れることは大事だし。それにこの天気だし。


「こんな極寒の中でも戦闘飛行訓練をするんですね」

「当たり前です。というより、こんな気温は飛竜乗りには屁でもない。上空の気温は、地上よりも遥かに低いですからな。戦闘速度で飛べば風も強いですし」

「なるほど、そういえばそうですね」


 100メートル上昇するごとに気温は0.6度低下し、さらに風速1メートルの風が吹くと体感気温が1度低下するという話だ。海抜0メートル地帯で気温が30度あっても、高度3000メートル上空では12度になる。そして風防なんてものがない飛竜に騎乗すると、風を一身に受けてさらに体感気温が下がる。

 戦闘速度がどれほどなのかは知らないが、秒速28メートルであるとすれば体感温度はマイナス16度にもなる。生身であれば凍死の危険があるだろう。

 

 そこで飛竜隊は独自の防護術式で寒さから身を守りつつ酸素供給しつつ、さらには飛竜を操り、攻撃時には当然攻撃術式を発動せねばならない。

 魔術を使えない俺でもわかるほど、かなり高難度な技術だ。


 だからこその訓練、というわけでもある。


 けれども、戦時下における訓練というのは古今東西異世界前世どこでも兵站的にはとても辛いものがある。訓練用の物資が不足するというものだ。

 戦闘用の物資や装備の生産が優先され、訓練用物資が不足する。そのため訓練時間や質が低下し、全体の練度が低下する。しかし訓練用物資の生産数を増やしたら、今度は前線で物資不足が露呈する。


 あちらを立てればこちらが立たず。どうにもやるせない現実だ。


「普段から足りているというわけじゃあないんですがね、最近のこの寒さでもっと足りないですよ。訓練用空中標的から飛竜に食わせる餌まで。特に問題なのは飛竜や騎手の住む官舎で使う暖房用の魔石の不足が深刻で、このままだと年明けごろには底をつきます」

「そうか……飛竜も生き物ですから寒さ対策が必要なんですよね」

「えぇ。質の悪い魔石でも良いので、重点的に補充してくれませんかね。飛竜には寒さの耐性がありますが、流石に戦闘訓練や実戦で疲弊した身体で耐えられる程では……」


 確かにそうか。

 んでもって魔都でこういう事態が起きているのなら、前線でも同じことが起きているという事になる。前線は魔都よりも暖かいだろうが時期に冬が来る。魔石の供給量を増やさなければならない。

 だがそれでも無理となると、最後は原始的な手段、つまるところ森林を伐採して薪を確保するという事をしなければならないだろう。


 となると、土地的に薪が採れない場所や人手が不足している場所に優先して供給し、あとは応急的な対応として大自然を破壊するしかない。環境保護団体が卒倒しそうだ。


「とりあえずソフィアさん、各基地・戦線の魔石貯蔵状況と、森林の分布図、あとは人手について纏めた資料なんかを作成してください」

「畏まりました。それでも限界はあります。来年以降も魔石が大量に必要になるかもしれませんし、魔石の生産・供給体制についても見直しが必要なのではないでしょうか」

「そうですね……。特に緊急的な増産ができるのか出来ないのか、出来ないとしてどんな対策が必要なのかというのを調べないとなりません。数日中に視察が出来ないか、日程を調整してくれませんか?」

「了解です」




---




 二日後。

 魔都郊外、サン・チェンジュンガ山紅魔石第Ⅳ採掘場に足を運んだ。この採掘場を選んだのは、勿論日程が合ったからという理由もあるが、それ以上に採掘場の中で最も採掘量の減少が大きいところでもあるからだ。


「資料によると、この第Ⅳ採掘場の採掘実績は昨年同月比で15%減ですが……何があったのですか?」

「そ、それは、その……」


 鉱山長のオークは、まさにオークのお手本のような見た目。輸送総隊のウルコ司令官とは違い、背丈は小さく小太り。ソフィアさんの冷徹な質問に対し、真冬だというのに汗をだらだらと流している。暑いからなのか、冷や汗なのかはわからない。


「2年前は月産200トン程の採掘量がありました。しかし昨年は月産180トン、今年は150トンと減らしています。資料の報告欄には『資源の枯渇が原因とみられる』と記載されていますが、古くから採掘を行っている第Ⅰや第Ⅱ採掘場ならその可能性もあったでしょう。しかしここ第Ⅳ採掘場は採掘開始から10年程しか経っていません。作業員にも聞き込みしましたが、仕事量や内容も数年前から変わっていないそうです。だからそれほどはやく枯渇するとは思えないのですよ」


 容赦ない質問がソフィアさんから放たれる。俺が鉱山長だったら色々と漏らしていたかもしれない。

 その鉱山長は漏らしはしなかったものの、視線はウロウロ、汗はダラダラ、机に置く右手はガタガタ震えている。


 ちなみに、2年前以前の採掘量はわからない。理由は「俺が召喚される前の話だから」ということで察してほしい。概算とか試算はあるんだけどね……。


「……は、はは、話せばながくなるのですが」

「手短に且つ理論的にお願いします」

「ひぃ」


 怖い。

 ソフィアさん怖い。


「じ、実は……その、このことは内密にしてほしいのですが……」


 あ、これは鉱山長の首が飛ぶかもしれない。そんな前置きだ。

 ソフィアさんはあからさまに眉を顰めて不信の意を表している。たぶんこの後、彼女は「内密にするかどうかはあなたの言葉を聞いてから判断します」と口にするだろう。

 でもそうなると真相が見えない。口を開きかけたソフィアさんを手で制止する。


「……安心してください。私たちは魔石の生産量にしか興味がありませんので」


 そう言うと、少し安心したかのような表情を見せるオーク鉱山長。

 ま、君がその生産量低下の原因だったら問答無用で憲兵隊に通報するけど。


「実は……ですね、前の鉱山長がその……2年前に資料を請求された時に適当にやってしまったもんで……」

「あー……」


 結論は、やはりというかなんというか、旧態依然とした魔王軍だった。

 だが昨年に鉱山長が代替わりした事を機に、採掘量に関しては正確な値を出そうという事に決まったのだそうだ。

 しかしその時調べた採掘量は月産130トンで、今でもその数字は変わらないという。


 月産200トンだったのに鉱山長交替で急に130トンに落ちたら、自分の力量が劣っていると取られて人事考査に影響が……と考えた鉱山長は、資源枯渇を理由に報告書の数字を徐々に減らしていった。

 とは言え、それでも月20トン程の生産量水増しがあったわけだが。


「通りで年中魔石の枯渇が起きると思ったら、供給元からこれだったんですか……」

「月20トン程度の不正でしたから、まだマシでしたが……」


 資料を信用し過ぎた結果、ということならこれは俺にも責任はある。文書主義が根付いていない魔王軍が急に文書作成を初めたら、そりゃ偽造もあるだろう。


「鉱山長さん。申し訳ありませんがこのことは上に報告します」

「なっ……そんな! 私には妻子が……!」

「安心してください。このことであなたに何らかの人事的な不利がないように、手筈しますから」


 名目的には、現鉱山長が報告の不正を告発したという事になるだろう。あとは各鉱山の報告書を再度洗い直して本当の生産量を算出しないと……。


「まだまだ先は長いですね」

「ですね」


 ソフィアさんと揃って溜め息を吐きつつ、サン・チェンジュンガ山を後にした。




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