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冬将軍、魔都ヲ蹂躙ス

 魔都「グロース・シュタット」は、元々寒冷な気候である。


 夏は涼しく湿度は低い。そして冬も当然寒い。

 だが地形の関係上、日本の北海道・東北地方のように豪雪が降ることはない。雪は降っても結構あっさりしていて、積もっても数センチ。それよりも路面の凍結の方が心配、という感じである。


 だが今年はどうやら違ったらしい。俺、能力値は平均でって神様に言ったわけないので気象予報士資格なんて持っていないし、当然気象学にも詳しくない。


 けれども目の前の事実は揺れ動くことはない。


「グロース・シュタット王立天文台からの報告によりますと、現在の積雪量は約12インケです。雪が収まる様子はなく、今後もこの数値は増えると思われます」


 ……だいたい30センチかぁ。

 北海道基準だと「なんだ少ないな」という感じなんだろうが、魔都基準では豪雪も良いところ。


「気温はどうですか」

「32度です」


 アツゥイ!

 というわけではなく、華氏である。摂氏にすると0度。覚えてよかった計算方法、摂氏=5/9*(華氏-32)。


 なんで魔王領は度量衡がヤード・ポンド法で温度は華氏なんだろう。

 いじめか? いじめなのか? 俺じゃなくてシュワ○ツネッガーとかセガ○ルとかの方が何かと頼りになったんじゃないだろうか。


 それはさておくとして。


「積雪12インケ、気温32度が雪の降らない魔都に、しかも十月に襲ってくるというのは想定外の外ですよ。どうしてこんなことに……」

「天の神か陛下に聞いてください」

「陛下に言ったら何かわかるの?」

「天候変化の大規模魔術を持ってます」


 マジかよ。陛下最強じゃないか。


「ただ、あまりにも大規模なので月単位で時間がかかりますし、その間陛下は何もできなくなります」

「……ですよね」


 そんな虫の良い話あるはずがなかったのである。


 ともかく、この状況は色々とまずい。

 冬の備えがまだできていないのに、冬将軍が電撃戦を仕掛けて来たのである。雪に弱い魔都は、雪の降った東京並の大混乱に陥ることは容易に想像ができる。


「……とりあえず、情報収集です。特に戦闘部隊と輸送総隊への影響、必要物資の種類と量を算出しなければならないですから」

「畏まりました。各部、分担して行います」

「頼みます」


 ソフィアさんは俺の指示を受けて走り出す――その前に、窓の外を眺めた。そこには銀世界が、という生易しい景色はない。

 銀色の地獄があったのだ。




 想定外の事態ということで情報の収集には時間がかかる。

 そう思っていたのだが、「良くない情報というものほど簡単に集まる物だ」というロシアンマフィアの言葉通り、俺の手元に集まった情報はよくない物ばかりだ。


 情報というより、それは悲鳴なのだ。


 兵站局の一角にある会議スペースに、兵站局主要幹部+その他が全員顔を合わせて現状確認と対策会議。

 ただし若干、葬式ムードである。


 会議劈頭一番、リイナさんからの報告。


「あ、あの…………輸送総隊からの報告によりますと、厳寒地向けの改造が施されていない輸送用石魔像が不調を起こしているようでして……その……」

「んなことだろうと思った……」


 現在、輸送総隊が使用している輸送用石魔像はレオナが開発した魔像の中でもかなり真面目な良兵器である。生産コスト、運用コスト、整備コストに優れ、拡張性が高く、且つ使用者に扱いやすいという夢のような魔像だ。

 なのだが、欠点がないというわけではない。


 コストや量産性を追求した結果、特殊な環境で使用する魔像以外にはその環境に適応する改造を施していない、という点である。


 魔王領は広大で、天候などの環境は様々。例を挙げるのならば、平地、湿地、高山、森林、雪原、砂漠……などなど。

 それらすべての環境に適応する魔像なんて作った日には、生産コストうなぎのぼりである。全天候型輸送用石魔像とかさすがのレオナにも作れない。


 ……いやアイツが本気出せば作れるか。なおコスト。

 だから環境によって、改造を施せるような余裕を持たせたというわけである。それもできれば現地で。


「今から魔都周辺の石魔像を厳寒地向け仕様とすることは出来るとして……だいたい何日程かかります?」

「石魔像は簡単な改造が出来る設計でしたから、1台当たりの改造時間は短く済みます……。しかしこれだけ雪が積もっていると既存の馬車を馬橇ばそりに改造しないとなりませんし、それに量が量なので……概算で90日程は」

「1ヶ月半。その間補給が滞るというわけですか」


 状況を考えれば短い方だと喜ぶべきなのだろうが……外套だの燃料だのと必要品が多くなるこの冬に! 補給が滞る!

 前線の兵士が何人餓死・凍死するかを予想しようとして、やめた。そんなことより考えることは代替輸送手段を用意することだ。


「こうなると昔ながらの手段に頼った方がいいですわ。幸運にもここは魔都。それに魔像は導入開始からそう多く日が経っておりませんので、人馬族や馬匹は多くおります。彼らを一時的に復帰させて輸送任務に就かせるのがよろしいでしょう」


 と、エリさん。

 かつて輸送総隊に所属していた人馬族、あるいは馬匹たちは、輸送用魔像の生産と普及に伴い順次配置転換や引退、民間への再就職等の措置が施された。


 それを呼び戻す、ということだ。


「それでも馬車を馬橇に改造しなければなりませんし、配置転換だなんだで魔都から離れている者も多くいます。絶対量が足りません」

「馬車馬のように酷使すれば……あぁ、でもダメですね。数日ならともかく、90日では」


 なんか一瞬酷い言葉が聞こえた気がするがそれはさておいて。


「河川輸送の方はどうなってます?」

「昨日今日の出来事なのでまだ川面の凍結は認められていませんが、上流からの流氷が少しありますね」

「その程度なら、まだ大丈夫ですね。川面が凍結したら、いよいよもってまずいですが……」


 木造船では砕氷能力は期待できない。どうにかして砕氷能力のある船を造って……ってそれを川面が凍結するまでに用意する方が無理か……?


「あっ」


 とここで何か思いついたらしいユリエさん。


「そういや、氷と言えば、例の氷製戦闘艦……旧支配者級だっけ? あれで何とかなるんじゃないか?」

「なんとかって……一体何なのよ、ユリエ」

「いやさ。同じ氷だからなんとかなるかなって」

「なにその雑な考え……。第一ユリエ、あれは戦闘艦であって輸送艦ではないの。輸送量はたかが知れているし」

「そ、それに荷揚げ能力もないです……」

「あー、じゃあ無理かな……」


 エリさんとリイナさんから氷より冷たい冷静な突っ込みを受けて、頭を掻いて「やっぱオレには考え事は無理かー」と天を仰いでいたが……。


「……いや、意外といいかも」

「は? いやいやいや、局長さんや。エリたちの話聞いてたか?」

「聞いてましたよ」


 確かに輸送として使うのは無理だろう。

 だが、川面の氷を何とかする、なら使い道はあるだろう。


「旧支配者級を砕氷船として使います。氷を砕いて出来た通り道を、輸送船が航行するんです。確かノルトフォークの海軍工廠で同型艦が建造中でしたよね?」

「はい。6番艦『ダゴン』です。もうすぐ進水が終わり、艤装作業に移るところだったかと」

「その艤装作業は中止……というより中断ですかね。武装は施さず、エンジンと居住区、航海関係の設備だけ取り付けて竣工させてください」


 すぐに「ダゴン」を完成させ、輸送任務に就かせる。

「ダゴン」が道を切り拓き、その後を専用の木造輸送船が通る。これならひとまず河川輸送は出来る。


「なるほど。すぐに海軍との調整に入ります」

「頼みますよ。これが実現しないと海軍にとっても物資が届かない事態になるんですから」

「はい。分かってます」


 ソフィアさんに交渉を託せば、まぁなんとかしてくれるはずだ。


 水路はこれで目処が立った。あとは陸路だ。


「現状、使える輸送手段は河川輸送だけです。その河川輸送の拠点から人馬族なり馬匹なりで陸路での輸送を確保しなければなりません。当然、魔都からの輸送も」

「けど魔像も馬も使えないんじゃ、やれることはもう限られてるぜ。つまるところ、人力だ」


 あぁ、そうなるか。陸路で人力輸送は極めて効率が悪いが……。


「遠隔地への輸送は人力ではとにかく無茶な話です。とりあえず現場には緊急用の物資がありますから、それでなんとか持たせて、私たちは各種輸送手段の改造作業を始めます。厳寒地からも魔像などを融通してくれるよう交渉も」

「はいよー」

「しかしそれでも持つかどうか……人類軍の動きもありますし、前線はそれほど寒くありませんからね」

「いざとなれば飛竜で運びます」


 ベルリン空輸作戦の魔王軍バージョンだ。


 とにかく時間との勝負。ミスは許されない。

 適切に指示を飛ばしていかないと、魔王軍兵士の凍死体が増える。やるべきことが多すぎる。こりゃ、暫く休日は貰えそうにない。


「――では各部、そのようにお願いします」


 こうして、俺の休日は銀色の世界へと消えて行ったのである。



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