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想定外は予定外

新章突入です。

番組の最後に重要なお知らせが。

 転移前、俺がいた世界である地球にロシアという国がある。ソ連という国があった、でもいい。

 広い国土、そして兵士が畑からとれることから来る動員数は何度も周辺諸国を苦しめてきたが、最も苦しませる要素はロシア最強の将軍である。


 それは誰か?

 クトゥーゾフとかジューコフとか名将はいくらでもいるのだが、誰もが認める「最強のロシア将軍」となると答えは一つ。


 冬将軍だ。


 とても有能な将軍で、天才ナポレオン率いるフランス帝国や、破竹の勢いで進撃していたドイツ第三帝国を追い返したほどである。たまにロシアに対しても猛威を振るのだが。


 冬の寒さというのは厄介極まる。殊、兵站に関しては。


 兵士に戦うに際して必要なのは食糧、装備、弾薬、医薬品、生活用品、娯楽など。機械化部隊がいるのなら兵器の弾薬、燃料、修理部品、工具などが必要だし、時代が下るにつれ数多くの物資を絶え間なく継続的に送らなければならない。


 本国から、広い国土を持つロシアでそれらの品を最前線に運ぶという事は、夏であっても苦労の多い事だ。しかもロシアのインフラは貧弱であるし。

 そこに「冬の寒さ」が加わると、兵站関係者の胃と補給線は限界を突破する。


 冬の寒さによって、必要な物資の量は増大する。


 代表的なのは防寒具や暖を取るための燃料。

 機械化部隊には厳寒下でも動くように更なる整備部品を求めるようになる。


 広いロシアにおける長い補給線に追加の品、んでもってそれらの品を運ぶために用意した馬車やらトラックやらも冬の寒さに耐えきれるようにしなければならない。


 どちらか一方なら兵站にかかる負荷は100だろうけれど、それがいっぺんに襲ってくると兵站の負荷は100×100で10,000になる。


 長々と説明したが、それだけ冬というのは恐ろしい。

 技術の進歩した現代であっても、冬の寒さはバカにできない。


 当然、技術の進歩していない魔王軍でも、冬の寒さはバカにできない。




---




 10月も半ば。

 フォールネーム峠のバトルから数日後。


 俺は休暇という事で布団の中でぬくぬくとしている。夜寝る時はあんなに冷たく当たっていた(物理)なのに、朝起きたら暖かく接して「ダメ、離れないで……」と言って(幻聴)離してくれない。


 この温もりこそ冬の醍醐味。二度寝し甲斐があるというもの。

 休暇だし、昼まで寝てしまおう。


 前日までの激務の影響が残っているのか、泥のように沈み込む意識。寝ようと思い立って数分もすれば夢の中へと旅立つ。

 夢の中は映像が不明瞭ながらも「アキラ様、アキラ様」と呼びかけてくるソフィアさんの声がリアルにハッキリと聞こえる。クールで澄んだ声は誰もが魅了されるもの。


「アキラ様、起きてください」


 しかしソフィアさん、夢の中でも結構厳しい事を言う。二度寝はいかんと申すか。仕事しろというのか。いいじゃないか今日は休暇なんだから。


「緊急事態です。お休みのところ申し訳ありませんが――」


 ゆさゆさと身体が揺さぶられる感覚。なんだ、最近の夢はリアルに作られてるみたいだな。僅かにソフィアさんの体温や息遣いを感じる。


「キスしてくれたら起きますよ」


 夢の中だ。

 言うだけならタダだし、怒られたところで直ちに影響はない。


 奥手なソフィアさんはこういうことをあまりしてくれない。こちらから頼むというのはがめつきすぎる感じもするし好感度が下がりそうだが、夢の中だから問題ない。


 そして夢と言うのは、自分が夢だと認識していると自由に物語を操作できるという。さぁソフィアさん、俺の胸に飛び込んで――、


「な、なな、なに寝言言ってるんですか! いいから起きてください」


 バサァ、と布団が宙を舞い、俺は「寒い!」と悲鳴を上げた。


 リアルな夢ではなく、現実世界に俺らは生きていたようであるとようやく理解できた。最悪の目覚めの悪さは、それまで見ていた夢の記憶を微睡の奥深くへと追いやってしまう。


「……あれ? ソフィアさん、なんで?」

「申し訳ありません。なかなか起きないもので。緊急事態です」


 ソフィアさんは、やや頬を赤く染めて受け答えした。


「どうしました? 顔が赤いですが、風邪でも引きましたか?」

「……アキラ様が変な事言うからです」

「はい?」

「なんでもありません! とにかく、緊急事態なんです!」


 何かを誤魔化したいのか、それとも本当に緊急事態なのか、ソフィアさんは牙を剥きながら窓の外を指差す。

 なんだなんだ? 魔都が空襲でもうけたのだろうか。だとしたら確かに一大事だが、爆撃音とかは聞こえなかったし違うだろう。


 そう思いながら、眠気の残る瞼を擦りながら外を見ると、そこは一面銀色に包まれた魔都が見えた。


 ……うん? 銀色?


 しっかりと目を見開くと、天から綿のようなものが窓を殴りつける様に降ってきている。それが文字通り積もり積もって、魔都の道路を、家屋の屋根を、平原を、山々を銀に染め上げている。


 雪だ。


 それくらいは知っている。

 問題は、今はまだ十月の半ばだという事。寒冷地帯にある魔都だが、初雪はだいたい十一月の初旬から中旬で、そして当然初雪が吹雪であることなどないし、積雪もたかが知れている。


 が、目の前にある光景は違う。


「なっ……」


 吹雪なのだ。窓のヘリに積もった雪を見て予想するに、積雪は既に10センチ以上。尚も止む様子はない。前日まで秋らしい天気が続いていた癖に、今日で一気に真冬に突入した。


「な、なんじゃこりゃあああああああ!?」

「雪です」


 俺の叫びに、ソフィアさんは雪よりも冷徹に答えた。


「アキラ様、例年より二〇日以上早い初雪です。しかもご覧通り、猛吹雪です。至急対策会議を開きたいと思いまして」

「…………あぁ、はい」


 俺はその場でへこたれてしまった。冬将軍がやってきてしまったのだから。


「あの、アキラ様? 大丈夫ですか?」

「全然大丈夫じゃないです。胃が……」


 穴が開きそうだ。


「え、あの、本当に大丈夫ですか? もしかして無理に起こしてしまったばかりに……」


 一応罪悪感があったのか、オドオドした様子で介抱しようと近づくソフィアさん。なんだかちょっと可愛いと感じて再びいじわるをしてやろうかと思ってしまった。


「大丈夫です。キスでもしてくれれば治るかも」

「ふぇっ!? あ、あの……」


 顔が一気に赤く染まる。ふふふ、そんなに照れてかわい――、


「もしかしてさっきの、起きてたってことですよね? そして記憶にあるという事ですよね?」

「…………」


 違った。怒ってる。つい目を背けてしまい、ソフィアさんは確信を持って怒りを露わにする。表情は崩さないが、長い付き合いなので俺には分かる。それもまた彼女の可愛いところだということも。


 このままだとまずいと思うので、


「あぁ、ソフィアさん。これから着替えるので少し外に」

「アキラ様、話しはまだ――」


 無理矢理外に追い出して、いつもの仕事着に着替える。

 休暇が潰れたことに嘆息しつつ、先程までのやり取りを思い出して、


「次は壁ドンとか股ドンとか試してみようかしら」


 とひとりごちて、絶望的な状況下で仕事を開始するのである。


【お知らせ】


拙作『魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません』が無事(再?)書籍化決定でございます。

出版社、絵師、発売時期については続報をお待ちください。

割烹:https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/531083/blogkey/1880815/


一度出版中止になった小説が再び書籍化決定したのは皆さまの支えあってのことです。本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします

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