番外編:カルリア岬沖海戦
兵站とは全く関係ない、人類軍と魔王軍の海戦です。
書いてみたかった&書く練習ってだけですので読まなくても問題ないです。
10月初旬。
魔王が統べる人界北大陸の南岸、人類軍がカルリア岬と呼ぶ岬の沖合を航行する人類軍の軍艦があった。
その数は8隻。後部マストに掲げられている海軍旗は全て同じ意匠であり、全艦が同じ国に所属していることを示している。
軽巡洋艦2隻、嚮導駆逐艦1隻、水雷駆逐艦4隻、艦隊随伴型給油艦1隻からなる人類軍艦隊は単縦陣を組み穏やかな海を航走している。
この艦隊におかしな点を挙げるとするのならば、そのどれもが最新鋭であることだろう。
というのは、今まで人魔の戦いにおいて人類軍が投入した海軍戦力は一部特殊作戦で投入された艦艇を除いてそのほとんどが旧式艦だったのである。
魔王軍の持つ海軍艦艇の殆どが木造帆船であったため、鋼鉄蒸気船に移行していた人類軍にとって最新鋭艦を呼び込む必要性は皆無だった。
先頭の軽巡洋艦には採用されたばかりの最新兵器である複葉水上機を搭載し、水雷駆逐艦も従来より重武装で高速力を発揮する新鋭艦である。
もしこれが数ヶ月前だったら、艦隊の先頭を走っているのは軽巡洋艦ではなく、防護巡洋艦や装甲巡洋艦だったりしただろう。最後尾を走っているのも給油艦ではなく給炭艦だったかもしれない。
――いや、そもそも人類軍艦隊が、カルリア岬沖を航行すること自体がなかったことだろう。
「提督。指定海域に到達。現在、カルリア岬の南東30キロ地点です」
「ご苦労。司令部に打電。『ヨークタウンは晴れ』だ」
軽巡洋艦「シャーロット」以下8隻の艦隊はジョージア・グレイ准将の指揮の下で行動している。彼らは連邦海軍に所属しており「シャーロット」の艦橋にいる人物も全て連邦海軍の軍人である。
「司令部より、提督宛てに返電です」
「読んでくれ」
「ハッ。『封緘命令書A-140』 以上です」
「……わかった。参謀は全員作戦室へ集合せよ。艦長、あとは任せる」
「了解」
封緘命令書とは、機密度の高い重要かつ重大な命令を出す時にものである。事前に封をされた命令書に、指定の時間、あるいは指定の海域到達時、その他司令部の判断により「開封せよ」と指示され、その時初めて関係者に事の次第が判明する類の命令である。
大抵の場合、戦局を左右する程の意味を持つ命令であることが多い。
そして今回の場合も、重大な作戦を伝えるための封緘命令書だった。
グレイ提督の指示で、シャーロット艦内の狭い作戦室に集められた艦隊参謀一同は、提督が発した命令の内容に、一度戸惑いを見せた。
「――港湾襲撃ですか?」
「そうだ」
聞き間違えようのない提督の言葉に、やはり困惑の色を隠せない参謀たち。
それもそのはずで、古今東西、艦隊による港湾襲撃というのは非常に危険なものだからである。だからこそ最新鋭艦が投入され、かつ足の速い艦艇でのみ構成された艦隊なのだとも彼らは理解できたが。
「目標は現海域からさらに北西にある、魔王が統治する港町『ツィノヴィッツ』である。陸軍航空偵察部隊の情報によれば、この町には建造ドックがあるようだ」
「建造ドック……ということは、例の」
「あぁ。例の魔王軍最新鋭艦、氷の船だよ」
それはレオナ・カルツェットの狂気の塊、旧支配者級氷製戦闘艦のことである。
主にノルトフォーク海軍工廠で建造が開始されたその艦級は臨時予算承認の上、ついに魔王軍領地全土の海軍工廠で建造が開始された。
第一グループとして既に4隻が竣工済み。続く第二グループが多少の設計変更を受けて各地で生産開始。さらに第三グループや、新たに設計された艦艇群の建造も計画されている。
当然このような大規模な動きを人類軍に隠し通せるわけではなかった。今回のように航空偵察の結果判明することがある。
「陸軍の連中の情報ですが……信用できますかな? 最近はどうも調子が悪いようですが」
「信用しなきゃ何も始まらん。それに連邦陸軍ではなく、どうやら共和国陸軍の偵察部隊らしいからな」
「なら信用できるというものです」
作戦室は一瞬笑いに包まれる。
最近はしてやられることの多い陸軍に不満を持っている海軍士官は多い。自分たちは完全に制海権を握っているというのに、という愚痴から来るものだ。
「それはともかくだ。港湾襲撃である以上、我々はある程度陸地に接近しなければならない。シャーロット搭載の水上機『Gr.1S』が弾着観測を行うとは言えな」
「ある程度の精度を期待するとなると、やはり10キロほどには近づきたいですが……」
「だがそれほど近づけば当然、敵も迎撃してくるだろう。時代遅れの木造船はともかくとして、警戒すべきは飛竜の存在ですか」
「では視界の悪くなる夜間に砲撃を行うのがよろしいでしょう。さすがの飛竜といえど、真っ暗な海上にいる我が艦隊を見つけ出すのは困難ですからな」
「対地砲撃は山側から行い、徐々に海側へと寄せて行きましょう。そうすれば逃げ惑う魔族連中を近くに寄せ付けて一網打尽に出来ます」
参謀たちは侃侃諤諤の議論を交わす。だがその中で脅威とされているのは全て飛竜だった。
しかし氷製戦闘艦の恐ろしさを知っていれば、これほど悠長に敵水上艦艇の存在を無視していられなかっただろう。
指揮官であるグレイ提督もまた、その一人であった。
翌日、グレイ提督の名で艦隊にいる水兵全員に作戦の詳細が伝えられると、その大胆不敵な内容に士気は盛り上がった。
木造船舶が相手ではただの砲撃訓練にしかならないが、対地砲撃となれば話は別だろう。
「――しかし敵も愚かではない。多少の考える知恵はある。総員油断することなく、奴らをじっくりと皆殺しにしてやれ」
そう言ってグレイ提督はマイクを切った。彼の乗るシャーロットの艦内では既に勝利の祝いすら行われていたが、提督自身も既に勝ち誇っていた。
それは海軍が今まで築き上げてきた「魔王海軍を完封できていることからくる油断であった」と、後に提督自身が述懐している。
さらに二日後。
艦隊がツィノヴィッツへと向かうその途上、魔王海軍からの歓迎を受けた。
「――敵艦隊発見。方位090、距離9海里。艦影2……いや、3! 艦首方向180、速力8ノット、増速中」
「クソッ。こんなところで出会っちまったか。動きから発見されたとみていいが……敵の速度はだいぶ遅い。対象の艦種特定急げ。それと、現在時刻と日没の時刻はいつか!?」
「ハッ。現在時刻14時30分、日没は17時30分ごろです」
「猶予は2時間か……。足の遅い給油艦がいては退避する余裕はなさそうだな。駆逐艦『アルバート・D・シュタイナー』は給油艦『ミスピリオン』と共に退避せよ。残りは転進、方位190。敵と同航しつつ対空警戒! 急げ!」
グレイはすぐさま頭を切り替え「奇襲」を捨てた。
敵に先手を取られたのは痛かったが、しかし相手は骨董品の木造船である。対水上戦闘では優位に立てるはず。さっさと沈めて、すぐにやってくるだろう飛竜に備えようとしたのである。
「了解。新針路190。総員戦闘配置、対空・対水上戦闘用意」
「総員戦闘配置、総員戦闘配置! 対空・対水上戦闘用意! 各員、艦首方向へは右舷側通路を、艦尾方向には左舷側通路を使用せよ!」
途端、艦内が慌ただしくなる。
接敵を報せる警報がけたたましく鳴り、よく訓練された水兵たちが規律正しく訓練通りに走る。木造船相手とは言え、歴戦の水兵たちだ。その動きは手慣れたもの。
「隻数修正。敵艦隊総数4隻。艦種は――不明です。帆船ではありません!」
「帆船じゃない……となると、まさか例の氷製戦闘艦か!?」
それ以外の選択肢はなかった。
魔王軍の持っている戦闘艦艇は木造船と、内航用の鋼鉄船、そして新型の氷製戦闘艦旧支配者級のみである。
それが既に4隻あるということは、魔王軍はこれを成功作と見做し、量産体制にあるという紛れもない事実。
「……我々の任務の重要性が改めて認識されたということだな」
「そうなりますね……」
のほほんと、彼らは言う。
氷製戦闘艦の真の脅威を、彼らは知らない。連合王国軍の爆撃機があの船に落とされたと聞いてはいるものの、たかがそれだけとも思っているからだ。
だがその油断を覆す出来事が、すぐに起きた。
「……閣下! あれを!」
艦橋にいた誰かが指差す。その先には氷製戦闘艦から飛び立つ飛竜の姿があった。
「まさか。あの船は飛竜を搭載しているのか!? だとすると、とんでもない脅威だぞ……」
科学の発展した人類であるが、殊、航空戦力で言えばまだまだ魔王軍に「やっとおいついた」程度である。飛竜の性能は高く、1on1で戦えば人類が負けると言われているほどに。
だからこそ人類は物量や戦術でそれをカバーしようとしたのだが、まだまだ飛竜は脅威だ。
それに飛竜を操る騎士から放たれる魔術は艦艇にとって脅威そのものである。
故に、艦隊には大量の対空火器が積んでおり、またそれらの火器を有効に活用するための射撃管制装置や戦術も確立しつつある。艦載化はまだだが、地上では電探も既に利用されている。
科学の力は飛竜に対抗できている。
その確信はあるが、当初の余裕ムードは消え去っている。
「閣下。主砲はどちらを攻撃なさいますか?」
「……全艦右砲戦・魚雷戦用意。主砲は敵艦を攻撃、副砲群は飛竜を攻撃をせよ」
「了解です。右砲戦・魚雷戦用意」
対空射撃と対艦攻撃を同時に行うと、提督は決断した。
これが吉と出るか凶と出るかはわからない。だがとてつもなく忙しない海戦になることは明らかである。
遭遇戦ということもあって、提督や艦長らは司令塔へと移る暇もなく、また着弾観測用の水上機を上げる暇もなく戦闘に入った。見張りが「距離8000!」と報告した時、敵味方の艦隊は並走していた。
提督は教本通り、試射を開始する。
敵艦隊の諸元から偏差を取り、それが正しいかの試し撃ち。幾度か繰り返した後、命中ないし夾叉が出た時に全力射撃を開始する。
だがその手順に入る前に、魔王軍が先手を打った。いや、撃ったのである。
まばゆい光が、魔王軍の艦艇から放たれる。
「なんだ?」
提督は呟いた。
爆発事故だろうか? それとも発砲炎だろうか? 誰かが命令無しに射撃して、初弾命中デモしたのだろうか? そんな疑問が彼の脳裏に飛び交っていた。
だがその推測はどれも間違っていたことに、数秒後気付いた。
光は、光線だった。
魔術的エネルギーの奔流が光線となって、真っ直ぐに、重力の影響を全く受けずに、高速でこちらに突っ込んできたのが見えたから。
「――なっ!?」
気付いた時には光線は「シャーロット」を掠めていた。
そして同時に、艦橋の後ろにある3本の煙突のうち1本が、損傷していたことにも気づいた。
……いや「損傷」なんて生易しいものではない。
より完全に表現するのならば――、
「に、2番煙突、熔解!」
「よ、熔解だと!? そんなバカな話があるか!!」
「しかし提督、これは事実です! 2番煙突の上部1~2メートルが完全に溶け落ちています!!」
その瞬間、誰もが気付いた。
歴戦の水兵も、余裕こいていた参謀も、提督も、艦長も、誰もが気付いた。
死ぬ。少しでも早く敵を沈めなければ死ぬ、と。
重力の影響を受けず高速で直進する攻撃をする相手に、距離8000はあまりにも近すぎた。逃げる余裕があるかどうかすらも、彼らにはわからなかった。
「――試射はいい! 撃ちまくれ!」
「了解!」
教本とは違う戦いをせざるを得なかった。なぜなら、敵は教本とは違う兵器を持ってきたのだから。
「主砲副砲、斉射始め! 魚雷もすぐに撃てる用意をしろ!」
「各艦、個艦単位での回避行動も許可する。とにかく動きまくれ!」
士官は叫び、砲声が鳴り、視界は砲煙に包まれる。だがその砲煙の隙間から複数の光が放たれたことを知った。
光芒と砲弾では速度に差があるが、発射のタイミングは人類軍の方が早かったために、先に着弾したのは砲弾だった。
「着弾――今ッ! ダメです。全て遠弾! 偏差も左に逸れました!」
「修正射撃。主砲2下げ、右寄せ1!」
「敵弾来ます! 命中コース!」
見張りからの報告のすぐ後、旗艦「シャーロット」に複数の光芒が群がる。
先頭艦から狙うのが常とは言え、この時ばかりは誰もがシャーロットの運命を嘆いたことだろう。
一筋の光芒は、艦橋のすぐ後ろを掠めるように通った。ある光線は後部マストに掲げられた海軍旗を後部マストごとこの世から消滅させ、そして遅れてやってきた光が艦体に直撃した。
爆発はない。何かの蒸気が艦橋を包んだ。
遅れて伝声管から声が聞こえる。
『第一砲塔に被弾!』
「被害は!?」
『――第一砲塔、じょ、蒸発!』
「はっ!?」
にわかに信じがたい報告だった。
煙突ならまだしも、装甲の施されている砲塔が蒸発? 冗談も程々にしてほしいと。
だが立ち込める煙と蒸気が晴れて視界が戻ると、その報告が正しかったことを提督や艦長らは理解した。理解してしまった。
艦橋から見えるはずの1基の砲塔が左側面を残して消え去っていたのだから。露出した揚弾機には怯えた顔の水兵の姿が見え、当然砲塔内にいただろう水兵はいなくなっている。
そしてさらなる凶報が、次々とシャーロット艦橋に舞い込んでくる。
『二番艦「ファイエットビル」より『シャーロット』へ! 機関室に直撃弾、発揮可能速力10ノット!』
「提督! 駆逐艦『バラク・ハムマン』が沈没します!」
提督は、ついに理解した。相手が悪すぎると。
海戦開始後、僅か十分足らずで2隻が戦闘不能になったことが、その証左である。
「取舵一杯、煙幕を炊きつつ最大速力で離脱せよ!」
こうして、後世「カルリア岬沖海戦」と呼ばれることになる戦いは、人類側の惨敗という形で呆気なく幕を閉じた。
そしてこの海戦は規模は大きくなかったが、人魔戦争の転換点として永遠に教科書に載ることになるのである。
以下、本編で語られることはないだろう兵器の設定。例によって読まなくても大丈夫です。
・人類軍軽巡洋艦「シャーロット」「ファイエットビル」
イギリス海軍軽巡洋艦アリシューザ級をイメージしてます。
魔王軍木造船が相手の場合、必要なのは一発あたりの砲火力ではなく手数だろう、ということでこの世界は軽巡洋艦で溢れています。魚雷があるのは人類を相手する用だったり内航用の鋼鉄船に遭遇した時。
・魔王軍氷製戦闘艦「旧支配者級」
魔導エンジンというファンタジー機関によって魔力を得て、それを推力やら砲に回しています。砲は魔力砲であり、魔力によって砲弾を射出するのではなく、魔力そのものを光線の形で発射する仕組みなので、上のような感じになります。
魔導エンジンから得られるエネルギーは膨大で、砲の威力を高めれば鉄なんて余裕で溶かせます。旧支配者級はそんな魔力砲を6inch×8門、3inch×14門搭載しています。さらに観測用&防空用&攻撃支援用の飛竜も載せられます。悪魔かこいつら。って悪魔だったわ。
でも魔力は推力や艦内空調などにも使うため、そのあたりのバランスをよく考えて撃たないといけませんし、魔力砲の耐久力の問題もあるのであまり大威力では撃てません。また弾道は直線なので間接射撃が出来ず射程が短くなります。
しかしその射程問題、天才レオナ様が見逃すはずがありません。
「船が浮けば水平線の向こうまで攻撃できるから射程が延びるわよね!」
というわけで浮く理由は魔力砲の射程を延ばすためです。
でも浮くために必要なエネルギーは膨大なので、そこから威力の高い攻撃が出来るかというとその……。
改良型では浮上機能はオミットされるでしょう。




