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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
4-1.世にも珍妙な短編集
170/216

頭文字G Final stage

『インベタのさらにインをついて、イカヅチがススマレを抜きました。33コーナーです! あぁ、34番でも差をさらに広げた!』

『おいおい、こりゃどうなってんだオイ。あんなのありかよ!』


 実況から放たれる解説にもならない解説に、誰もが首を傾げる。


 無理もない。彼らにも状況がハッキリと理解できないのだ。

 ただハッキリしていることはひとつ。


「カルツェットさんが抜かれた!?」

「33番とその先の34番はこの峠唯一の上り坂だろ。なんでパワーのないイカヅチがススマレを抜けるんだ!?」

「逆ならわかるが……」

「これ、どっちが勝つんだ? きついぞ、このバトル……」


 不利と思われていたイカヅチが、一気に有利になったということだ。

 そして状況を一から百まで全て理解できているのは、抜いた本人と、抜かれた本人。即ちヤヨイとレオナのみ。


 特に抜かれたレオナは、何をされたか、そして自分の敗勢が近くなっていることを理解できた。

 抜かされた時の情景が、衝撃的な走りが彼女の脳内で駆けまわる。


 上り坂33番ヘアピンコーナーでの出来事。上り坂になってイカヅチが失速し、ススマレとの差が開いたはずなのに、振り返って見た先は、とても彼女の操るゴーレム型には不可能な奇行だった。


 ヘアピンコーナーに差し掛かるその途上、高低差の関係で崖になっている部分を、イカヅチが駆け上がったのである。


『――悪く思わないでくださいね』


 崖を登り、自分の目の前に突然現れた車輪、もといイカヅチに搭載されたマイクからヤヨイの言葉が漏れてくる。


『イカヅチの原型は塹壕突破用兵器として開発されたタチバナ。タチバナにとってあの程度の崖、馬力が低くても簡単に駆け登ることができる。そして33・34番コーナー特有のあの高低差と崖、だからこそ出来る――』


 再び、34番コーナーで再現される走行。構造の違い、走り方の違いで、レオナのススマレには絶対に真似できないもの。

 上り坂ならパワーのある自分が絶対有利だと思っていただけに、レオナに降りかかる精神的圧力は凄まじい。


『アキラさんから聞いた――「掟破りの地元走り」なんです!』


 空中に舞うイカヅチ。2つ目のヘアピンをレオナが曲がった時、イカヅチはさらに離れていたのである。


 そして峠は、再び下り坂に突入する。

 パワーの低いイカヅチにのって有利な、傾斜のきつい下り坂である。


「……このままだと負けるわね」




---




 下りを猛烈に攻めるイカヅチとススマレ。

 

 その姿は全く違う。

 イカヅチはパンジャンドラム、もといタチバナを原型にした一輪自動車のような見た目を持つマシンである。エンジンパワーが違うため直線ではススマレには敵わないが、強力なエンジンを積んでいない分軽くなり、コーナリングスピードはススマレを上回る。


 一方、ススマレは強力なエンジンを使って直線やコーナーの立ち上がりでイカヅチを引き離す。

 そういう風にして距離を話したり縮ませたりしながら、どこかのコーナーでイカヅチが抜くんだろうなと予想したんだが……。


「まさか上り坂であんな抜き方するなんてな……」

「ありゃ二足歩行のススマレじゃ真似できないよな」

「そうですね。走り高跳びのようになりますので崖を飛び越えるだけなら出来るでしょうけど、問題は着地です。うまく着地のバランスが取れなければクラッシュ、出来ても関節にかかる負担が大きいので以降のブレーキングに問題が出来ます」


 ゴーレムであるレオナのススマレの弱点が露呈した形になった。

 実際の戦闘場面でも関節は弱点だったし、今回もその関節が、イカヅチの「掟破りの地元走り」を模倣できない最大の理由である。


 もっとも上り坂は既にない。ヘアピンはまだいくつもあるからどこぞの豆腐屋の息子みたいにコピーすることもできるだろうが……ススマレに出来るなら本家のイカヅチにも出来る。


「やっぱり峠は違いますね。これが高速道路だったら『More Power, More Torque』なんですけど」

「こーそくどーろ?」

「首都高の掟ですね」

「いやなんだよそれ」

「ともあれ、これで形勢逆転。バトル中盤で一気にイカヅチ有利となったわけだ」

「おい謎の言葉解説してくれよ解説さん」


 これが野球中継だったら風呂沸かしてゆったりまったりのんびり。解説役なのでまだまだ上から見るが。


 おかげで帰りはかなり豪勢。勝てば財布に入りきらない程の金貨銀貨がザクザク手に入る。魔都で焼肉でも食って賭けに負けた奴らをいびろう。


『アキラ様、まだバトルは終わってませんよ?』


 通信機越しに、ソフィアさんの顔がうつる。彼女の嘆息している顔は最早親の顔より見慣れた光景であるが可愛いので問題ない。


「あぁ、ソフィアさん。そうですね。まだ仕事は終わって――」

『いえ、そうではなく』

「ではなんです?」

『試合はまだこれからですよ』


 と、犬猫の仲であるのにレオナに賭けているソフィアさんが忠告した。


「あ、わかりました。負け惜しみですね。ソフィアさんが持つ豪運も今日で終わりってことが悔しくて……」

『では私が賭けに勝ったら、今晩奢ってください』

「じゃあ私が勝てば、ソフィアさんが支払ってくださいね?」

『いつもなら「女性に賭けるなんて……」と怒るところですが、良いでしょう。乗ります』


 今日の夕食は他人の金で食べる焼肉に決まったな。


「なんだか局長さんがビックリするくらい負けフラグ構築してるんだけど」

「やだなぁユリエさん。フラグなんて迷信みたいなものですよ」


 第一世の中にはあらゆる死亡フラグを立てておきながら最後の最後まで生き残って幸せになった野郎もいるのだ。パインケーキは今日も美味しいしソフィアさんの夢は俺が守る。


「あぁ、うん」

「なんです、その微妙な反応」


 ユリエさんは頬をポリポリと掻くだけで、俺の質問に答えることはなかった。


「コホン。ところでよ、ソフィアさん。ソフィアさんはなんでレオナさん有利だって考えるんだ?」

『そうですねぇ……』


 ユリエさんは、役に立たないと判断したのか、俺ではなくソフィアさんに解説を求めた。


『確たる証拠があるわけではないのですが、あえて言うのなら年齢差でしょうか』


 ……年齢差?


『方や10代、方や80代。年齢差は70以上。この差は、峠の高低差や技術の差よりも大きいんじゃないかと』

「というと?」

『こういう勝負って、大抵は経験と精神力の差になると思うので』


 ソフィアさんの解説が続く中、二台のマシンは峠の八割程を下ったところにいる。

 残りのヘアピンの数は少なく、追い抜きポイントは少ない。そしてまだ、イカヅチが先行している。


『もしミサカ様が終盤で追い抜いていたらミサカ様の勝ちだったでしょうけど……抜いたのは中盤。その間、カルツェット様はそのショックから立ち直ることができる』


 そしてそのソフィアさんの言葉の直後、通信機がレオナの声を拾った。


『こうでなくっちゃ、面白くないわね!』


 という、どこか楽しい声を。


『……ね?』


 その声を聞いていたソフィアさんも、楽しそうな声を出したのだ。


 そして二台は、フォールネーム峠のゴール手前に差し掛かろうとしていた。

 俺ら実況勢はそこに先回りする。


 橋を渡った先に連続したS字コーナーがある。このS字コーナーのひとつで、レオナが操る試作中のススマレがヤヨイさんのイカヅチに追い抜かれた。

 そしてコーナーを抜けた先がゴールだ。


「橋の上は当然傾斜のない平坦な道で、直線だな。レオナさんが抜くならここか?」

「とは言え、あの33番コーナーで開いた差は大きいです。たぶん、追いつくのが限界でしょう。そしてS字コーナーはかつてレオナが抜かれた場所です」

「となるとソフィアさんの予想はハズレて局長さんのフラグがへし折られるのか」

「今日は豪華な夕食が待ってます!」

「クズだなぁ……」


 とは言え、女性で恋仲で部下でもあるソフィアさんにそこまで集るのは人間としてまずいだろうから割勘くらいにはしようとは思っているけれどね?




---




 レオナはこの時点で、勝ち負け半々だと思っていた。

 どこぞの誰かのように、ヤヨイの勝ちを確信してはいなかった。


 理由は2つ。

 まずパワーの差。そこに絶対の自信がレオナにはある。ゴール間近、峠の傾斜がなくなる直線区間がある。イカヅチとかなり差がついているが、そこで挽回が可能。ただし追い抜きは出来るほど長くはない。


 そこで理由2つ目。それは人生経験の差だ。

 レオナは無駄に、ヤヨイより70年長く生きているわけではない。


「後ろから見ていてよくわかるわ。『スーパースピードラバー・マジカルレオナちゃん』と『イカヅチ』の違い、そしてそれを操る者の違いも。――ヤヨイちゃん、まだまだ子供よね」


 相手が「子供」であることに、大人げなくつけ込む。相手が先行している分、その大人げなさを実行する罪悪感が薄れている――というわけでもなく、単に彼女の性格である。相手が大人だろうが子供だろうが勝負の世界にそれは関係ない。全力で迎え撃つのみ。


『――橋!』


 マイクがヤヨイの声を拾う。

 ここでレオナが仕掛けるだろうと、彼女も読んでいる証拠だ。


「急勾配区間はここで一旦終わる。ここから必要なのは、マシンの絶対的な『馬力』なのよ!」


 レオナは叫び、足でアクセルを操作した。目の前のエンジン出力計の針が一気に右に振れる。


「見せてあげる! レオナ・カルツェット様流、勝利の方程式をね!」


 エンジン馬力に物を言わせたススマレが加速する。馬力の低いイカヅチでは絶対に真似できない加速の伸びと駆動力の良さで、一気に差を縮める。


「橋は煉瓦造りで道は唯の土の道。常に地面と接触している車輪型のイカヅチは、その繋ぎ目で一瞬跳ね上がる!」


 レオナの推測通り、大きな車輪となっているイカヅチは、直線で速度が乗っていることも相まってつなぎ目で一瞬空中に向けて跳ね上がった。

 橋を渡りきるとすぐに急カーブが待っている。カーブは崖に挟まれていて、少しでもラインを外せば命がない。


「――高速区間に入った途端、繋ぎ目で跳ねてコントロールが難しくなったところでこの急カーブ。低速区間に慣らされた身にとっては心臓が飛び出るくらい恐ろしい。視覚的な錯覚で道路は狭まり、外には寄せ切れない!」


 後ろから見ていたからこそ分かる、先行者ヤヨイの「精神的な未熟さ」である。

 前に何かがあるかもしれない。障害物とか、対向マシンとか。落葉や落石もあるかもしれない。


 レオナが先行していた時は、その情報はレオナの動きを見て判断すればよかった。だけどいざ自分が先行になった時、判断は自分の目が頼りである。

 それはまだまだ幼いヤヨイにとっては難題と言っても良かった。


「やっぱりね! 私の後ろを走ってる時より、突っ込みが甘い! 鼻面をちょいと捻じ込んでしまえば――!」


 走っているときの情報処理の差が、ここにきて顕在化したということ。


 コーナリング速度が落ちたイカヅチに追いつくことなど朝飯前。それをさせるだけの馬力はあるし、なにより度胸がある。


「そんなっ……!?」


 レオナはヤヨイの声を聞いた。マイク越しではなく、並走しているからこそ聞こえるヤヨイの生の声を。

 このコーナーはS字コーナー。


 一度目の右の後、キツイ左に突入する。

 ただし前回のように、ヤヨイが先行しているわけではない。並走しているのだ。


 ヤヨイがここで前に出ようと思っても、馬力の差がある。そしてそれ以上に、度胸の差がある。並走したため、ヤヨイにとってただでさえ狭い道幅がさらに狭く感じただろう。


 自由な走行ラインを取ることも出来ず、何かあるかもしれないと考えているヤヨイと、そしてここで抜く以外の選択肢はないと考えて目一杯アクセルを入れているレオナが同時に次のコーナーに進入する。


「次のコーナーでインとアウトが入れ替わる。私にとっては予想通りの展開ってこと。――並んだ時点で何もかも終わっているのよ!」


 かつてレオナがヤヨイに抜かれたS字コーナー。コーナリング速度の差で抜かれたそのS字コーナーで、レオナはエンジン馬力の差を活かして抜き去ったのである。


「……あぅ」


 あの日、自分が勝ちを決めた場所で、今度は自分の負けが決まったことに気付いたヤヨイは声を漏らして、アクセルを緩めたのである。



 ゴールで彼女を待っていたのは、今晩の夕食をどこで食べようか考えているソフィアと、博打で有り金全部溶かした顔をしているアキラ、そして万雷の拍手を送る多くの観客だったのである。




---




 後日のこと。


 約束通り、魔都の高級レストランでアキラ様を金欠に陥れることに成功しました。

 本当はもう少し高い料理を頼もうかと思いましたけれど、アキラ様の賭け金が意外とあったことで「これじゃあ金欠どころか破産になる」という理由で自重しました。


 まぁそれでも、勝手に仕事を増やしてあまつさえ有り金の殆どを一点集中させた罰にはなったと思います。あと前回の賭けで私のお金を奪ったことに対する仕返しも出来ましたし。


 他方、心配事があります。

 それはレースに勝ってしまったカルツェット様のこと。彼女のススマレは民需用として開発したものですから、今回のレースが宣伝になって注文が殺到しライセンス料で魔王軍の予算とかそういうのを無視して意味不明なプロジェクトを乱立するのではないか、というもの。


 勝ってしまったのは仕方ないのですが、もし大変なことになっていたら止めるしかありません。放心状態のアキラ様は役に立たないので私が変わりに行きます。


 ……で、開発局の扉を開けた時私が目にしたのは、アキラ様以上に放心状態になっているカルツェット様でした。


「……あの」

「ソフィアちゃぁぁあああああああああん!」


 そして私を見た途端、縋りつくように泣き始め私に抱き着くのです。暑苦しい……。


「あの、どうかされましたか。あと服が皺になるので離れて――」

「『スーパースピードラバー・マジカルレオナちゃん』が全然売れないのぉぉぉおおおおおおお!」

「……はい?」

「売れないの! せっかく勝ったのに! ギルドの連中『関節の負担が大きくて部品点数が多くて整備費用が跳ね上がるススマレより、多少性能に劣っても整備のしやすいイカヅチを改良した方がいい。拡張性も高いし』とか言うのよ! あのポンコツ車輪のどこがいいのよ!」


 全部説明してくれたじゃないですか、ギルドの人。


 しかしこれで民需用ススマレ増産計画は立ち消えですか。ライセンス料も当然ない。となると彼女が待ち望んでいた、自分が勝手に使える研究予算は――、


「うわああああああん、私の夢がああああああああああ!!」


 まぁ、ありませんよね。


「あぁ、もう。いい加減泣き止んでください」


 つまるところ、カルツェット様はマシンの性能差と経験差でミサカ様に勝って、兵站の差でミサカ様に負けたということでしょうか。


「試合に勝って勝負に負けたあああああああ!! ふぇえええええええええええん!」


 その方がわかりやすいですね。

 まぁどう表現したところで、私としての結論は決まっています。



 兵站局的には、ハッピーエンドですよね?


なんだかんだ言って綺麗にオチつけてくれるレオナ。


そろそろ冬だし、次章は真面目に兵站の話をする予定です。

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