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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
4-1.世にも珍妙な短編集
169/216

頭文字G 5th stage

「……で、局長さん。ぶっちゃけどっちが勝つと思う? 出だしはレオナさん優勢みたいだけど」

「それは第一コーナー曲がってから判断しましょう」


 スタート地点を飛び出したレオナのススマレを飛竜で追いつつ、ユリエさんが実況らしく聞いてくる。俺も解説らしく、みんなにわかりやすく説明せねばならない。


 ストレートの速さは確かにレオナのススマレが有利だ。

 しかしその速度を保ったままコーナーに侵入しても、慣性の力が摩擦力を上回りコースから外れてしまう。コーナーに入る前にブレーキをかけて減速しなければならない。


 一輪自動車型のイカヅチならまだしも、二足歩行のススマレはどうなんだろう……と思ったが、


『行っけええええ私の技術力ぅぅぅうううううう!』


 というレオナの叫び声が搭載されているマイク越しにこちらに伝わってきた。それと共に、ススマレは一瞬飛んだと思ったら両足のカカトを使って豪快にブレーキングした。

 舗装されているはずのないフォールネームの峠道が土煙でいっぱいになる。それはすぐ後ろを走っているイカヅチにとっては、視界を遮る妨害手段としても役立つだろう。


『どうよ!』

『…………むぅ』


 レオナのドヤ顔とヤヨイさんの不貞腐れた声が同時に流れた。レオナは減速したゴーレムで豪快にコーナリングを決めて、そして自身の持つ高馬力を活かして立ち上がった。


「やっぱりストレートは速いですね。加速勝負じゃ、イカヅチは手も足も出ないでしょうね」

「んー。やっぱりイカヅチ不利か? 確かにオッズで言えばレオナさん有利なんだよなぁ」

「勝負はまだ始まったばかりですよ。ほら来た、イカヅチが第一コーナーに入ります」


 ヤヨイさんの操るイカヅチは、地球では普及していない一輪自動車である。

 見た目パンジャンドラムのタチバナを改造したためそうなったのだが、タチバナと違うのは人を乗り込むスペースを作ったことにより、その他の機器を積むスペースが減ったことだ。


 これはゴーレムの背中に乗る形になっているレオナのススマレと違い、機械的なパワーアップが望めなくなっている。

 レオナのススマレが加速競争でイカヅチをぶっちぎるのは、そのスペースの差異によってエンジン出力を高めることが出来たからだ。


 だからイカヅチは、それ以外の点を利用してススマレを追いかけなければならない。


「――お、おい、局長さん! 明らかにオーバースピードだぜ!? ススマレよりも高速度でコーナーに……!」

「あれでいいんですよ」


 イカヅチは、ススマレがブレーキをかけた地点よりさらに前でブレーキをかけた。誰もがオーバースピードだと恐怖した。コーナーの先には観覧席。遅れて出てきた、少なくない土煙が舞う。

 観覧席にいた数人は事故を直感して逃げてしまった。


 だが、イカヅチは寸前のところでで曲がっりきったのである。

 地面と車輪の摩擦力とイカヅチの持つ慣性を完璧に計算し尽くした、ある意味ヤヨイさんらしい天才的なコーナリング。


「……曲がった? あれで? い、いったいなにが……?」

「ほらほら、ユリエさんは実況でしょ。実況してください」

「お、おう。コホン。えー、第一コーナーではイカヅチがだいぶ遅れたけど、コーナー進入時の速度は明らかにイカヅチが上だ。あんだけ速度が乗ってれば、立ち上がりもほぼ互角……だと思う。おい局長さん、なにが起きたんだ?」

「そんな難しい話じゃないですよ」


 イカヅチがススマレに勝っている点。

 それは強力なエンジンを積んでいない、ということ。つまり強力なエンジンを積んでいない分だけ、慣性重量が小さくなる――即ち「軽い」のである。


「……軽いのが重要なのか?」

「はい。下り坂(ダウンヒル)では、エンジン馬力の差というのは重力の影響を受ける分、その差が小さくなりますからね。それに『重い』とブレーキのタイミングをだいぶ前にしないと、その重さに引っ張られてコーナーを曲がりきれなくなるんです」


 ブレーキのタイミングがだいぶ前になるから進入速度が落ちる。

 だがイカヅチはそれがない。だから進入速度が上がる。


 他にも流体力学を考慮してない人型のゴーレムよりも、ほぼ円形のイカヅチの方が空気抵抗が小さくなるということ、足の摩擦力を利用したブレーキよりも車輪の摩擦力を利用したブレーキの方が強くなるだろうということが、あのコーナリング速度の違いになっている。


「この勝負、ススマレがストレートで突き放してイカヅチがコーナーで追い詰める、って展開になるのか……?」

「そういうことですね。でも、フォールネーム峠は見た所コーナーの方が多く、また傾斜がきついんです。これ以上ないほど、軽量コンパクトを掲げたイカヅチに見合ったコースはありませんよ」


 ユリエさんは絶句して二の句が継げなくなっている。

 峠道を疾走するイカヅチは、コーナーを抜ける度に確実にススマレに迫っていた。


 これなら「ハチロク」の名を冠させた甲斐がある。フォールネーム峠の下り坂で「ハチロク」が負けるはずないのだ。


 勝ったな、ガハハ!

 ちなみに俺はイカヅチに有り金全部賭けました。


『そ、そんな……私の「スーパースピードラバー・マジカルレオナちゃん」が負けるなんてこと……あるわけないのに!』


 ススマレのマイクがレオナの悲痛な叫び声を拾う。

 その間にも、ヤヨイさんが無言で操るイカヅチが迫ってくる。気がつけばテール・トゥ・ノーズ。ほんの少し長い直線でススマレが差をつけても、イカヅチがコーナーで迫る。


『……でも、所詮車輪にはあの程度の芸当しかできない。立ち上がり加速はこちらが上。進入時に差が迫っても立ち上がりで差を広げられる』

「そうなのか、局長さん?」

「そうですね。確かにこのままだとレオナ有利です。これは下りの一本勝負。ゴール地点で頭取っていた方が勝ちですから」


 でもあまり心配はしていない。コーナーの多いこのコース、抜きどころは多い。


『……速度よし。路面状態良好。エンジン回転数問題なし。ブレーキも問題なし』


 マイク越しに、感情のない機械的な幼女の声が聞こえてくる。平静を保っていることがよくわかった。そしてこの時点での点呼に、何かを仕掛けていることが、全員が理解した。


『――仕掛けるべき点は3つ先!』

「……3つ先ってなにがあったっけ?」


 ユリエさんに言われて地図を見て確認する。そこにあるのは、ごく普通のヘアピンカーブだ。

 高低差はないし、似たような形のヘアピンはこの前にもある。なぜ3つ先と特定したのかはわからない。


「そこが勝負どころになりそうですね。騎手さん、先回りお願いします」


 飛竜を操る騎手さんにお願いして先回りする。

 そして現地に到着し、そのヘアピンカーブの特異性に気付いた。単純で細かな地形が乗っていない地図ではわからなかった。


「――ここだけ上り坂(ヒルクライム)になってるのか!」


 地形の関係でこのヘアピンから上り坂になり、数個のコーナーと直線の後にまたキツイ下り坂になっていたのである。なんてこった……下り坂一本道かと思ったら複合コースだったとは……不覚!


「えっ、ということは……」

「はい。軽量で低出力のイカヅチにとってはこれ以上ないほど不利になる地点です」


 だからこそ、仕掛ける点なのだろうか。

 確かにここでススマレに突き放されたらキツイ。でもここに来るまでに前に出てしまえば、いくらでも進路妨害できる。


 あれ? でもヤヨイさんは「仕掛けるべき点」としてここを選んだんだよな?

 どういうことだろう……?


「あ、来たぜ! 2台ならんで突っ込んでくる!」


 そうこうしている間にススマレとイカヅチが突っ込んでんきた。車(?)間距離は殆どない。あんなに差を詰めると、ススマレの出すブレーキ時の土煙に視界を遮られてしまうだろうに。


 でもそれを意に介さず、イカヅチは突っ込む。

 そしてススマレがブレーキをかけようと少し浮き上がった時、それが起きた。


「はっ!?」

「なんだ!?」


 俺とユリエさんは同時に叫んだ。イカヅチが起こした、その奇怪な走りに――。




---




 ゴール地点で、ソフィア・ヴォルフは流れてくる実況を耳にしながら溜め息を吐き、そして手元にある紙を見ていた。

 それは、どちらが勝つかを予想した紙。

 見た目に反して賭博に興味があり、豪運の持ち主で、且つ大穴を狙うことが多いソフィアは、イカヅチ操るミサカ・ヤヨイに賭けようとした。


 だが彼女の恋人にして上司のアキツ・アキラが「ヤヨイさんが勝つはずですよ。なんてたって――」と前口上してからよくわからない機械性能の差を言い始めてヤヨイに有り金はたいて賭けてしまったのである。


「それで負けたら帰りの交通費がなくなってしまうじゃないですか……まったくもう」


 冬が近づく魔都周辺。特に山の天気は冬の到来に厳しい。今年はどうも例年より気温が低いため、さらに大変なことになる。交通費がなければ凍死するかもしれない。

 嘆息しながら、ソフィアはそれを避けるためにアキラに変わってレオナ操るススマレに賭けた。無論、想定外の事態が起きても良いように手元にいくらかお金を残して。


 彼女はしぶしぶ、犬猿の仲、いや狼猫の仲のレオナに賭けたが、時が経つにつれて「レースはススマレが勝つ」と予想したのである。


「……でも、意外と勝ってしまうかもしれませんね、カルツェット様は。機械の性能については詳しくはないですけれど……」


 と一人ごちる。

 確かに、アキラの言う通りヤヨイのイカヅチは凄いのだろう。


 けどレースにしても何にしても、勝負の世界では絶対的な性能差よりも大事なものがある。


「カルツェット様はあれでもミサカ様より70年以上長生きしてますからね。そこが勝負の決め手になるかもしれません」


 そう言ったところで、実況が慌ただしくなったのである。


『はっ!?』

『なんだ!?』

「えっ? あの、どうかされたのですか?」


 そしてつい、仕事用の通信機で実況に横やりを入れてしまった。当然ソフィアの声はアキラに届いてしまう。

 だがアキラはそれを気に留めず、解説らしく、あるいは解説らしくもなく、不明瞭すぎる状況を伝えてきた。


『あぁ、ソフィアさん……なんて説明したらよいか……。イカヅチがススマレを抜きました。インベタのさらにインをついて!』

「……はい?」


 そのよくわからない説明は、誰もが首を傾げただろう。

 ソフィアもその一人だった。


 しかし誰もが同じことを思った。


「――このバトル、波乱に満ちたものとなりそうですね」


 と。

5th Stageで終わらせるつもりが終わらなかったので次回がFinal Stageです。それでも終わらなかった場合Legendに突入するかも……?

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