頭文字G 4th stage
フォールネーム峠の頂上。
そこには2台の機械が鎮座している。
その日は雲一つない快晴で、そしてどこから湧いてきたんだってくらい多くの群衆がこの狭い峠に集まっていた。事前に入念に計画しただけあってお膳立ては完璧。
ただ映像配信技術がないため、観客たちは目の前を通り過ぎてしまうと後は音声による実況を聞くしかなくなる。それを如何に楽しませることができるかによって収益が変わる。
そこで、こういうときに謎の商才を発揮するエリさんが「飛竜隊に協力をお願いして、飛龍の背中からバトルを観戦できる特別席を販売しましょう」という案が採用され、現在峠上空では飛竜が数十頭舞っている。
一頭あたり客は2~3人が限界だが、その分単価が高い上に一瞬で見終わるはずのバトルを最初から最後まで見届けることができるとあって、販売即日完売で大盛況。
さらに「飛竜隊の安全を確保するため」と言って自力飛行可能な鳥人族などの飛行を制限し、もし飛んで見物したい場合は別途料金で許可証を発行(販売)した。
絞るところは絞りとろうというソシャゲ並のエリさんの発想、ハッキリ言って嫌いじゃない。この人クビにした商会だかギルド、ひょっとして無能では?
『――それではこれより! 魔王軍兵站局主催、開発局VSミサカ設計局による峠バトルの開催だあああああ!』
「「「うおおおおおお!!」」」
そしていつぞやと同じように、実況のマイクを握るのはユリエさんである。
『実況は兵站局渉外担当、ユリエ! そして解説としてお招きしたのはオレの上司であるアキツ・アキラ兵站局長だ!』
『よろしくお願いします』
「Booooooooooooooooooooooo!!」「男がいっちょ前に喋るんじゃねぇ!」「ユリエちゃんだけでいい!」「リア充爆発しろ!」「解説をソフィア様と交代させろ!」「いやここはリイナさんで」「いっそレオナさんとヤヨイさんがやればいいんだ!」「「「それだ!」」」
『お前らうるせえ!』
安い料金で一瞬で見終わるバトルを見るために集まった観客たちは、その不満を俺にぶつるけるかのようにブーイングをしまくるのである。
「あ、あの、みなさん。お、おおお落ち着いて、お茶でもいりませんか……?」
「「「いる」」」
そしてリイナさんが野球場でビールを売るお姉さんみたいに観客席を歩くと、いっせいにブーイングが止むのである。お前ら仲良いな。
こんだけ客が集まったのだから物を売りつけようとするのは前回と変わらず。
映画館のようにふんだくった価格で売るが、商品をここまで運ぶためのコストを考えればトントンなので我慢してほしい。
それに、リイナさんら売り子さんはみんな和風メイド服でそれを眺める分には無料だし。
「あ、あの、局長様、やっぱりいつもの服に着替えたいんですけど……」
「そうは言っても、今回の飲料・軽食販売は『サツキ亭』の出張販売って側面もありますからねぇ……」
狐人族料理を普及するためにヤヨイさんと兵站局が共同で作った「サツキ亭」も参戦。売り上げの一部が兵站局の予算になるので呼んだ。
ご存知の通り「サツキ亭」の店員はみんな和風メイド服なので、手伝うリイナさんも和風メイド服である。
「で、でも、さすがに恥ずかしいと言いますか……その……」
「いいじゃないですか。かわいいですし似合ってますよ」
「はぅっ」
リイナさんの顔が真っ赤になった。余りにも初々しい反応を見せるものだから、どうもいじりたくなってしまうのは男の悲しい性なのか、それとも淫魔であるリイナさんが無意識でやっていることなのか気になるところ。
「――局長さん、おい局長さんってば」
「なんですユリエさん。今考え事をして――」
「それよりも考えることがあると思うぜ?」
と言って、彼女が手元の機械を指差した。魔導通信機である。そこには、ゴール地点で待機しているソフィアさんの姿がバッチリ映っていて、その表情はドライアイスのように冷たかった。
「…………ユリエさん。もしかしてバッチリ聞こえたんですかね」
「バッチリどころかマイクも拾ったけど?」
うわー魔王軍のマイクは性能がいいなー。
実況用に使うので魔導通信機と併用して全ての観客席に先程の俺の音声は漏れている、ということである。
『アキラ様』
通信機の向こうから冷めた声が聞こえる。
「はい」
『あとでお話があります』
「はい」
『逃げないでくださいね?』
「……はい」
オイオイオイ。死んだわ俺。
『…………よーし、色々あったけどそろそろ始めるかー!』
そしてユリエさんが何かを誤魔化すかのように、声高らかに宣言したのである。
「賭けももうすぐ締め切りですわ! まだの方は早くしてねー!」
んでもってエリさんは商魂たくましくまだ商売をしていた。
---
実況組の俺とユリエさんは、その都合上飛竜に乗って上からバトルを観察することになる。バトルはもうすぐで、バトルに参加する二人は既に配置についていた。
『こちら頂上。各部準備はいいか』
『――こちら第一コーナー。準備良し』
『ゴール地点、封鎖完了。対向馬車なし、いつでも行けます』
『医療班も全ての準備完了しております』
『対空警戒用意よし。不審な者は見当たりません』
スタッフからの報告を受けて、全ての準備が完了したことを二人に告げる。
「ふふふ。ついに私の技術力と『スーパースピードラバー・マジカルレオナちゃん』が世界一だってことが証明されるわけね!」
「結局その名前にしたのかよ」
長いから「ススマレ」でいいかな?
「当然、名前のカッコよさとパワーの違いが勝負を決めるのよ!」
「名前ではたぶんボロ負けだろうなぁ」
俺の言葉に、観客席からも無言の肯定が伝わってきた。
嘆息する俺に対し、グイッと割り込んできたユリエさんが実況らしくレオナにマイクを向ける。
「レオナさん! 今日の意気込みはどうだい?」
「絶対負けないわ! あんな小娘に私の技術力が負ける訳ないもの! 向かうところ敵なしよ! コーナー2個も曲がれば視界から消えるでしょうね!」
「なるほど。でも前回は負けたんだろ?」
「あれはちょっと油断してたからよ。あんなヘマは二度としないから!」
ビックリするくらい綺麗にフラグを立てたレオナ。
一方、それを見ているヤヨイさんは冷静だ。ただ、目には微かな闘志があるように見える。
「ヤヨイちゃんはどうだい? 勝てそうかい?」
「……負けない」
「おー、珍しくノリノリだね。いいよいいよー。……あ、ところでそのマシンの名前なんて言うんだ?」
「………………」
……あれ、随分長い事黙ってるな。
「ん? おい、どした?」
「考えてなかった」
「……おい局長さん、いつぞやみたいに考えてやれ」
「それは流石に無茶ぶりですよ!?」
え、うーん。峠バトルで名前つけるとしたら頭文字がDなアレしか思い浮かばない。
元がタチバナだから日本語名の方がいいだろうし……。
「じゃあ『Type86 イカヅチ』で」
「花の名前じゃないのか」
「その方が速そうじゃないですか?」
「んで『Type86』ってなんだ?」
「や、なんとなく」
まさか地球のスポーツカーのことを言ってもわからないだろうし……。
ヤヨイさんの方はそれで満足したように頷いたので、イカヅチで決定。
「……まいいか。よし、それじゃあカウントはじめるか!」
ユリエさんの言葉と同時に、レオナとヤヨイさんはそれぞれのマシンに乗り込む。レオナは二足歩行をするススマレの背中に、ヤヨイさんは一輪自動車であるイカヅチの中に。
魔石に内包された魔力で駆動する二つのマシンは、地球の車とは違う独特のエンジン音を出す。そして面白いことに、ススマレとイカヅチでは音が全く異なる。
ススマレは重低音、イカヅチは割と高音だ。それが実際の走りにどうかかわるのかが見所だろう。
「カウント十秒前ですわ!」
エリさんがカウントを取る役。両手を前に出して、声をあげながらその指を折った。ユリエさんと俺は飛竜に乗って、実況の準備。
「――八、七、六――」
飛ぶ直前、ヤヨイさんの方をちらっと見た。
レオナを倒すためにこちらが無理を言って参戦させた形になったのにも拘わらず、なんだか楽しそうな表情をしている。
「――三、二、一」
そしてエリさんが右手を勢いよく振り下ろす。
「Go!」
途端、ススマレとイカヅチがエリさんの両脇をすり抜けて飛び出したのである。
数十メートルある直線で二つのマシンはどんどん加速する。だがパワーに拘ったと豪語するレオナのマシンが飛び抜け、そしてスタート地点から見えなくなるころにはだいぶ差がついていた。
「――それじゃあこっちも行くか、局長さん」
「はい。面白いものが見れそうですね」
こうして、二人の技術者の意地と矜持を賭けたバトルの幕が上がったのである。




