頭文字G 2nd stage
事の始まりは、そう遠い昔の話ではない。
いつものように兵站業務をし、いつものように兵器開発状況をチェックして、いつものようにミサカ設計局へと足を運び、ついでに一緒にご飯でも食べてしまおうかと思った時の話である。
ミサカ設計局の扉を開ければ、そこにいたのは――
「――姉御、このままじゃ自分の気が収まりません!」
「そうです。あんだけ言いたい放題やりたい放題されといて、ここで泣き寝入りなんて!」
「ミサカ様!」
「どうかご決断を!」
ここはミサカ組の本部ですか? どう見ても出入りを提案する逸った舎弟がボスや幹部を取り囲んでいる図式である。入る建物を間違えただろうか。
でもヤヨイさんいるんだよな。半泣きでオロオロしながら。
ミサカ設計局って入るたびに何かトラブルあるような気がする。もしかしてまだ幽霊がいて呪われていたりするんじゃないだろうか。
「あっ……」
ヤヨイさんが俺を発見すると、舎弟、もとい局員の間を縫ってトコトコとこちらへやってきて、そのまま俺の身体を壁にして隠れてしまった。
可愛い。このまま持って帰りたい。
事案はさておき。
「なにがあったんですか?」
「……別になにも」
「なにもないわけないっすよ!!」
ヤヨイさんの小さな声に対して、局員は大声で否定する。ヤヨイさんがそれに驚いてさらに隠れてしまった。
「……あの、落ち着いて」
「落ち着いてられませんよ! あんなことがあって!!」
「あんなことって?」
どうにもヤヨイさんが喋りたくなさそうだったので、致し方なく舎弟から話を聞くことになってしまった。
曰く、ミサカ設計局が民需用の魔導機械を開発した。これは元々、タチバナの研究開発ノウハウを活かし、それを民需用に転換させたものだという。
パンジャンドラムのように自動で回る車輪でありながらある程度自律制御が可能だったタチバナから自律制御システムをオミットする代わりに人一人が乗せられるようになった。
ちなみに外見はタイヤの中に操縦席のある一輪自動車だが、荷車の牽引も可能。
「コストや需要のことはわかりませんけど、結構いいんじゃないですか。何か問題でも?」
「……だろ? 俺らもそう思う。ミサカ様だって、自信満々で作り上げたんだ」
どうでもいいけどお前らヤヨイさんのことを「ミサカ様」って呼ぶんだな……。
「でもあの野郎……!」
「あの野郎?」
「ドルディ商会の奴らのことですよ!」
「ディルド?」
「ちげーよ! いや似たようなもんだけどな!」
こっちの世界にもあるのか。
「でぃるどってなに?」
「ヤヨイさんは知らなくていいです」
それはともかくとして。
ドルディ商会は荷馬車用の馬具、荷車、及び馬や魔獣等の牽引動物の育成を行っている民間企業である。兵站局もお世話になっていて、俺も何度か商会に足を運んだことがある。
そんなドルディ商会に新開発の民需用タチバナの設計図を持って、ヤヨイさん他数名が売り込みをかけたのだという。
だが……、
「『魔王軍輸送隊で輸送用魔像として採用実績のある魔像の改良版ならまだしも攻撃用の車輪を採用しろだって? 無理無理、そりゃ無理だ。第一基礎設計がそこにいる10歳そこらの女の子だって? ハハハ。商品っていうのは夏休みの宿題とは違うんだよ御嬢さん』なんてぬかしやがって……!」
「なるほど」
前半はわかる。実績がないから、いくらいい商品でも不採用というのはよくある話だ。でもそこら辺は重要じゃない。彼らもそれはわかっているだろう。
重要なのは後半である。
「…………よし。A班は正面から突入。B班は商会の裏口を封鎖。C班は正面口で待機してA班の脱出支援。D班は隣の建物から内部を観察して逐次A班に情報を共有してください」
「「「ラジャー!」」」
「アキラさん待って! なにしようとしてるの?」
「ヤヨイさん、今夜は安心して眠れますよ。私たちは急用を思い出したので……そう、掃除をしにいくので」
「待って」
その後ヤヨイさんの必死の説得もあり、ドルディ商会制圧作戦は実行前に中止となった。
「あのね、別に怒ってるわけじゃないの」
「え? そうなんですか?」
「うん……。どっちかって言うと、みんなが怒ってるのが怖かったというか……」
結局お前らのせいじゃねーか。
ジロっと睨むと、局員一同一斉に壁の染みについて語り始めた。
「候補はドルディ商会だけじゃないし……なんだったら兵站局で使ってくれたらな、とも思ってたし……。それに……」
「それに?」
「レオナさんも同じこと考えてるみたいだから……」
うん? レオナが民需用の魔像を開発しているってことか?
なにそれ怖い。レオナの狂気が魔王軍だけではなく民間にも出回るってことでしょ。魔王軍唯一の良心を自称する自分としてはなんとしても阻止せねばならない。
「そうなんですか……」
「ほら、さっき言ってたでしょ。『魔王軍輸送隊で輸送用魔像として採用実績のある魔像の改良版ならまだしも~』って。それってつまり、民間用魔像の開発に関して具体的な話が持ち上がってるから、そういうこと言ったんだと思う……」
「あぁ、そういうことか」
そしてレオナも同じように民間企業に共同開発なりライセンス生産なりを申し込んだということかな?
レオナが民需用魔像の開発なんて……とも思わなくもないが、すぐに動機が推測できた。もし成功すればレオナの下にはレオナが思いのままに使えるライセンス料が――つまり研究資金が舞い込むのだ。
兵站局の手によって以前のように思うがままに開発資金をぶっこむこともできず、我が儘で作っている超巨大魔像の開発も制限されている。それを一気に解決するために、民需用魔像の開発をしようと思い立っても不思議ではない、か。
それは困る。開発局はあくまでも魔王軍の一組織。それが予算的に独立して使えないものを量産されたら困るのだ。
「……ヤヨイさん」
「なに?」
だから俺は、この時独断でヤヨイさんに提案した。あとでクレーメンスさんとかに怒られそうだな、とは思っていたけれど。
「設計局で民需用タチバナを完成させて、レオナをぎゃふんと言わせましょう! そうすればドルディ商会に対する復讐にもなりますから!」
この提案から数週間後、レオナ・カルツェットの民需用魔像「エフジーちゃん」がフォールネーム峠にて民需用のタチバナに惨敗したわけである。




