頭文字G 1st stage
地球世界の車とこの世界での魔像などの移動手段は当然ながら駆動方式も何もかもが違うので適当に好きなユーロビートを流しながら雰囲気で読んでください。
バカと天才は紙一重。
レオナ・カルツェットというマッドに対してその性格を表現するに最も適切な言葉はこれだろう。
彼女はバカである。ビックリするほどバカである。
しかし一方で、天才である。
「作って」と言われて素直に良い物を作るなんてことはない。ある程度手綱を握ってコントロールすれば想像以上に良い物を作る。
そんなことが今までに何度もあった。
輸送用魔像がその最たる例だろう。
最初は無駄に足が早かったり無駄に戦闘力があったりしたが、こちらが条件を突きつけたらその条件の範囲で洗練された魔像を1週間かそこらで作り上げてしまった。
この輸送用魔像は、今や魔王軍の各輸送隊や一部戦闘部隊の行李にまで配備されている。戦闘用魔像もそれに並行して洗練化が進んでおり、軍全体に与える影響は大きい。
レオナ一人で、ここまで軍事的パラダイムを引き起こした。まさに天才である。
その一方で、やっぱり彼女はバカなのである。
「アキラちゃん、ちょっと私、暫く新型の魔像作れないかも!」
「…………は?」
「峠の王に、私はなる!」
天高く拳を突き上げそう宣言するレオナを見て、そう思わない奴はこの世界に果たして何人いるのだろうか。
輸送用魔像の改良やその他魔王軍各種装備の開発依頼などが立て込んでいるというのに、レオナが突然「新型作れない」などとのたまう。
「……レオナ。説明」
さすがに説明あるよね? なければぶっ飛ばす。
「話せば長くなるんだけど」
「どうせ大したことない事だろうから手短に頼む」
「そう、あれは1週間前のこと。魔都の北西にある、フォールネーム峠での出来事だったわ……」
あ、これ長くなるやつだ。
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「よし、エフジーちゃんの足回りはこんなものね……。あとは実際に走らせてみないと……」
その日、レオナ・カルツェットは輸送用魔像の改良案のひとつ、仮称「FG3S」、愛称「エフジーちゃん」の試験走行を、ここフォールネーム峠で行っていた。
この峠は傾斜がきつくタイトなカーブが続く、典型的な「峠」である。
普通の馬車や魔像にとっては走行に適した道とは言えないのだが、そういう場所だからこそ、試験する意味がある。
「この峠を無事に麓まで走らせることができれば、どんな険しい道だろうとこのエフジーちゃんなら踏破できる! まぁ、輸送用魔像として見るとちょっとパワーがありすぎるからアキラちゃんにまた怒られそうだけど、パワーは正義よ。POWWWWWEEEEEEEEEEEEEEEERRRRRRR!!!!!! って叫びたくなるじゃない!」
この新型輸送用魔像FG3S設計案は、彼女が作った初代石魔像の欠点を改良しつつどこまで性能を高められるかという物で、実用と言うよりは試験用のもの。そこから不要な性能を削り落として最終的な設計案として提出する……という建前で作った魔像である。
実際には、趣味も混じっているし、遠大な陰謀も含まれていたのだ。
「でもこれが後々の『民生用魔像』量産計画の礎となるのよ。そして私はその魔像の特許を取得して技術を公開、ライセンス料をガッポガッポ稼いでそれを新たに研究費として充てるのよ。兵站局のあんちくしょうに邪魔されずに好き勝手開発できるバラ色の未来が私を待っている! フーッハハハハハ!」
ちなみに現在時刻は午前4時。
夜明け前の真っ暗な峠道のど真ん中で魔像をいじりながら高笑いする女性がそこにいた。
「さて、と。じゃあ走らせますか!」
そう言って彼女は魔像に跨る。
魔像はどれも基本的には無人なのだが、今回は試験であるため各種データの採取や分析の為、レオナが乗れるよう設計されている。それに合わせて、マニュアルによる運転も可能にしている。
そのスペースやシステムの分デッドウェイトになるのだが、こればっかりは仕方のない事だ。
「魔導機関始動、魔石残エネルギー80%で問題なし。魔力周期数も安定……よし、れっつごー!」
彼女がそう叫んだ瞬間「エフジーちゃん」は雄叫びをあげながら勢いよく発進し、フォールネーム峠の下りを疾走し始める。
魔像に搭載された魔導機関がその出力を高めさせるたびに高い音を上げて唸り、足が地面に着くたびに重量のある音を周囲に響かせる。その度にレオナは興奮して、わけもわからない叫び声をだす。
「イイイイィィィィイイイヤッホウウウウウウウ! 最高だわ!!」
コーナーに差し掛かり、ブレーキを作動し制動をかける。その際にかかる足や関節の負担は大きい。特に今回はくだりであるため、余計そこに負荷がかかる。
限界スピードのコーナリングにおける関節の負荷を逐一計測し、それを改良設計に生かす。こんなふざけた言動をしているが、一応仕事はしていた。
「やっぱり下りは負担が大きいわね。関節の強化、コーナリング時のスピードの調整、あとは……いっそコーナーの方法を変えてしまおうかしら」
ドスドスと下りを駆ける魔像の上でぶつぶつと呟くレオナ。
それ故に、考え事に夢中なあまり、後方から近づいてくるソレに気付くのが遅れてしまった。
「……ん? なにか来るわね」
後方から明かりが近づく。
真っ暗な峠道を照らす光は、レオナが試験走行の為に峠道に設置した魔導照明具と、魔像自身が持つ投光器だけである。そのはずである。
しかし、近づいてくる明かりは明らかに、レオナの用意した光ではない。
「こんな夜中に珍しいわね。誰にも見られたくないから夜中の試験走行選んだのに……。荷馬車かしら、それとも人馬族……?」
その質問に答える者はいない。
ただ光は追いつき、レオナのすぐ後ろに張り付こうとし始めた。暗闇の中で、それをはっきりと認識することは到底不可能だ。
「――上等じゃない! コーナー2個も抜ければ視界から消してやるわ!」
レオナは咄嗟に運転をマニュアルに切り替える。オートでは遅い。限界スピードを発揮させるのは、ドライバーだけだ。
「エフジーちゃん、あんたの心臓が頼りよ!」
レオナはギアを切り替えてフォールネーム峠の下りを攻める。
ストレートのトップスピードは約120マイラ。人馬族や荷馬車どころか彼女自身が開発したどの魔像よりも速い。彼女はその圧倒的な性能差で後ろにいる誰かを振り切ろうとした。
しかし、できない。
コーナーを2つ超えても、3つ、4つと超えても、後ろにピッタリ張り付いている。明かりがあるとは言え真っ暗な峠道では後ろの物体がなんなのかも確認できない。
「どうなってるの!? この私がちぎれないなんて……そんなはずが……!」
そうこうしている間に、何度目かのコーナーに入る。フォールネーム峠に何ヶ所かある難所のひとつで、緩い右コーナーの後にキツイ左コーナーのある、所謂S字コーナーだ。
レオナはキツイ左コーナーを安全に曲がれる最低限の速度にまで落とす。だが後方にいる「何か」は、ロクに減速せずに一つ目の右コーナーに侵入したのだ。
これは如何にバカなレオナでも、驚きを隠せない。
「なっ……死ぬ気!? オーバースピードよ、曲がり切れるわけない!」
そしてその「何か」が横をすり抜ける際、彼女は見た。
二足歩行の魔像とは何もかもが違う見た目の魔導機械。一度、次期主力装甲戦力性能評価試験でしのぎを削り合った、あのライバルの姿である。
「――ヤヨイちゃんの―――――タチバナ!?」
瞬間「タチバナ」がキツイ左コーナーに侵入する。レオナが見れば明らかなオーバースピード。曲がり切れるわけない。
道から少しでも外れれば、そこは崖。数十メートル下にある谷底まで遮るものは何もない。
見た所無人に見えるけれど、もし自分のように中に人がいたら死ぬことは間違いない。人がいなくても、タチバナは木端微塵に砕けるだろう。
だがそのレオナの予想は、全てが外れた。
「――――そんな!?」
谷底へ落ちる、そんな予想をしたタチバナが苦も無く2個目のコーナーを処理して、そのままトロトロと走っているレオナをぶっちぎってしまったのだから。
その日、暗い夜道で何があったのか理解できず、レオナはその場で魔像を止める以外、何もできなかった。
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「こんなことがあって、天下のレオナ様が黙ってられるかああああああああ!!」
「……あ、そう」
なんなんこいつ。
「そういうわけだから、ちょっと暫く輸送用魔像ちゃんに構ってられないから! よろしく!」
「…………まぁ、急ぎの用事というわけでもないからいいけど、なるだけ早く解決してくれ」
「当たり前! 一週間で決着つけてやるんだから!」
勢いよく全金属性の兵站局のドアを閉めるレオナ。怒り心頭というわけらしい。
頑丈になって壊れることのなくなったそのドアを見つめながら、ソフィアさんが近づき耳元でこう囁いてきた。
「……予定通り、ですかね?」
「ま、そういうことかな。今のところは」
レッドライジングブックスから書籍化予定だった『魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません』ですが、出版社事情により書籍化中止、出版契約の解除を行いました。出版権も返ってきました。
割烹:https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/531083/blogkey/1855070/




