人類軍の兵站事情 2
この星で最も繁栄している種族。それが人間。
だが人間は、魔族や亜人のように一つの国家の下にまとまっているわけではない。
民族人種、歴史、思想、宗教、政治、経済、資源など、様々な理由から、40以上の国家に分裂している。
その中に、ルッツ属するライン都市同盟と、東に国境に隣接する東大陸帝国という列強がある。
ライン都市同盟は、多くの貴族領や自由商業都市が寄せ集まって出来た国家である。統一の君主として皇帝を擁立するもののその繋がりは緩く国家としての統一感がまるでない職人気質の国家。
他方東大陸帝国は、絶対的な君主として皇帝が政治を行い、時に善政、時に暴政を振る舞う時代遅れの国家である。
この2ヶ国は長い人類の歴史の中で、時に手を組み、時に同じ手で殴り合いを始め、そしてまた利害の一致で間にある国を分割し、肩を並べて魔王軍を攻撃する傍ら足元では蹴り合いをするという、おおよそ模範的人類国家と言ったところである。
「――んで、隊長はその帝国とやらに喧嘩売りに行くんですか? それとも笑顔を見せて交渉しに行くんで?」
「俺に戦争始める権限ないんでね、仕方ないから交渉しに行く」
兵站将校のルッツとその部下ステファン、通称「SF」は軍用の連絡機に乗って隣の管区まで赴く。
元は魔王が治めていたこの地域に、鉄道や舗装道路といった贅沢な公共インフラはない。急造で作られてはいるものの、まだまだ未発達。
故に、人の行き交いだけならば適当に転圧して櫓を立てて、滑走路と管制塔を作って小型の飛行機や飛行船を往来させた方がまだ安上がりということである。
「交渉しに行くって言ったって、アテはあるんですか? 都市同盟と帝国の仲の悪さ、隊長も知ってるでしょう?」
「知ってる。が、安心しろ。アテはある」
「……参考までに聞いても?」
「帝国が今大変な事になってるのは知ってるか?」
質問を質問で返され、そしてあまり関係のないように思える質問に当惑するSF。だが実際には関係あるのだと考えて、必死に思い出した。
「えーっと……確か、改革に失敗した……とかありましたよね?」
「そうだな。具体的には、農奴解放に失敗して貧困者を増やしたばかりか下手に解放したもんだから食糧生産量も減ったという具合だな。戦禍に巻き込まれたわけでもねーのに、餓死者続出だ」
帝国が悲惨なことになっていることは、全世界的なニュースになっていた。ある意味、魔王に蹂躙される方がマシだったのではないかと思えるほどに、帝国の状況は凄惨。
このまま冬が来れば、餓死者と凍死者が帝都の街路を埋め尽くすのではないかと言われているほど。
「そんな状況下で、帝国内部で勢力を伸ばしている奴らがいる。アカの連中だ」
「アカ? アカって、赤ですか?」
「そ、赤だ。共産主義でもいいぞ?」
「なんです、それ?」
「……話せば長くなるがひとことで纏めると『人類皆平等』だな」
「はぁ」
イマイチ、ピンと来ないSF。共産主義という知られていない政治・経済思想であるため、致し方ない面もある。これについて話しているルッツでさえ「変わった思想が世の中にはあるんだな」という程度にしか思っていない。
彼らがその「アカ」の脅威、あるいは魅力に気づくのは、もう少し先の話となる。
「奴らの主義主張というのは本国じゃ疎まれてる……というか弾圧されてるらしくてな。まぁ帝政打倒、革命遂行を掲げてるから当たり前なんだが」
「……あの、全然話が見えないんですが」
「なんだぁ? ここまで話してもわからんか?」
「全然関係ない事のように思えるんですが……」
首をひねって必死に考えても、それがどうやって帝国製45ミリ対魔像砲に繋がるのかがわからなかった。
しかしルッツが言うには、事はごく単純な話なのだそう。
「いいかSF。ここは本国から遠く離れた人界北大陸。物理的な距離っていうのは、クソッタレ皇帝の権威と権限からも離れるってことだ。んでもって他方では、本国で弾圧されている『アカ』の野郎共はなんとしても自分たちの主義主張を広めたいと思っている」
「……あっ」
「気付いたか?」
「気付くも何も……つまり隊長がやろうとしていることって、その『アカ』の連中共に加担しようってことですよね?」
「『加担』じゃねぇよ。利害が一致してる。あいつらは活動の為の金が必要。こっちは対魔像砲が必要。単純な話さ」
まったくもって、人類社会というのは悪で満ち溢れている。そんなSFでありがちなテーマに辟易する、SF好きの兵の姿がそこにはあった。
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第Ⅴ方面管区司令部で彼らを待っていたのは、ルッツの言う通り、あるいは予言通り、どうにも異様な雰囲気を纏わせた帝国軍士官であった。
「ようこそ、ライン都市同盟の同志たち。どうぞお掛けになってください。飲み物は……豆が切れているので紅茶でよろしいですかな?」
「あぁ、構わない。わざわざすまないね」
普通、都市同盟軍士官がここまで腰の低い帝国軍の士官に出会うことは、まずない。
それはSFが言った通り、本国の仲の悪さに起因するもの。互いをよく思っていないからである。だからこそ、SFにとって目の前の男が、笑顔を絶やさず自分たちの為に紅茶を入れてくれる帝国軍士官が奇妙に映るわけである。
「本日は……どういうご用件でしたかな? 確か、人類軍同士の兵站の連携に関することでしたかな?」
「45ミリ対魔像砲が欲しい」
「ゴフッ」
咽たのはSFである。まさか、そんなド直球勝負だなんて……、という気持ちだった。
目の前にいる帝国軍士官は変わらず、こちらに背を向けて茶葉を用意しつつ香りを楽しんでいる様子。
「隊長? あの、何やってんです?」
「なんて声出してがる。交渉だよ」
「わたしの知っている交渉ではないですね……」
SFの言葉に、帝国軍士官もこちらに背を向けながら笑って受け答えをする。
「ハッハッハ。私も彼と同じ気持ちですよ。……同志。残念ながら私たちは、他国に武器を供与することを禁じられていましてな。特にあなた達都市同盟軍にはね」
「だろうな。だからこうしてお願いにやってきてる。……まぁでも帝国45ミリ砲は我が軍の50ミリ砲より数があるし……我が国と貴国の為替相場、今どうなっていましたかな?」
「…………」
沈黙は数秒もなかった。しかし、明らかに帝国軍士官の応対が変わったことに、SFは気付く。
「気が変わりましたな。紅茶よりも強い飲み物が必要なようです」
帝国軍士官はそう言うと、棚から蒸留酒とグラスを3つ取り出す。
「そいつはいい。だが交渉時にそんなもの飲んだら、ついうっかり変なことを決めてしまいそうだ」
「えぇ。全くですよ」
こんな茶番が必要なのかと悩む、SFであった。
兵站小説を書こう、と思い立った時は主人公を人類側にしようか魔王側にしようかで2週間ぐらい迷いました




