人類軍の兵站事情 1
汎人類連合軍が人界北大陸でいくつかのブロックに分けたエリアの中で、北から4つ目の内陸にあるのが、汎人類連合軍第Ⅳ方面管区である。
その司令部があるのは、河川沿いに建設されたイズマイールという都市。
元は獣人が住んでいたその都市は名前を変え、現在人類100%で構成されている。
軍政が敷かれ、河川には砲艦が鎮座し、鉄路には装甲列車が、道路には牽引砲が、高い建物の上には対空砲やアンテナがあり、そこら中で煙草を吸う軍人の姿を見ることが出来るだろう。
しかし名残が全て消えたわけではない。拡幅工事の終わった幹線道路沿いの光景は人類国家の都市そのものだが、ひとつ路地に入るとそこは魔族の街に様変わりする。
そんな不可思議な景観を持つその都市の真ん中に、司令部がある。
その司令部の一角、煙草の煙とインクと紙の臭いで充満したその部屋で、
「無理なもんは無理だって言ってるだろうが、この阿呆! 幼年学校にでも行って出直せ!!」
前線部隊からの要請に怒鳴り散らす、ひとりの男がいた。
彼の名はライナルト・ルッツ。人類国家八大列強のひとつ、ライン都市同盟出身の将校であり、第Ⅳ方面管区第45軍団隷下の第4513兵站管理中隊の隊長である。階級は大尉、37歳独身。
そして電話の相手は、同じ第45軍団にして最前線にて魔王軍と対峙している戦闘部隊である。
『無理と言われても困る! 最近、奴らは攻めに転じてる。配備されてる37ミリポンコツ砲じゃ発射速度も貫通力も低くて対処できない。新式の76ミリをこっちに回してくれ!』
「だから無理だって言ってんだろ! 76ミリは生産が始まったばかりで、激戦地の第Ⅶ方面管区が最優先でこっちには来ないんだから!」
『じゃあ50ミリでいい! なんなら帝国製45ミリでもいい。新式76ミリが配備されているのなら余剰があるだろう!?』
「余剰なんてねーよ! そも、50ミリは生産数が少ないんだからよ!」
『帝国製45ミリは!?』
「帝国の奴らがうちらに回してくると思うか!?」
ルッツは電話の向こうにいる昔なじみの戦友と喧嘩に似た口論を続ける。事務をやる者にとって、この電話は酷く五月蠅いのだが、悲しいかな、これは日常茶飯事であるため彼らは既に慣れきっている。
「だいたい、魔王軍の魔像なんぞ37ミリでも十分なはずだ」
『それは石魔像の話だろ! 鋼鉄製の魔像は37ミリじゃ貫通できない! そいつらが来たら――』
「そいつらが来たら片目つぶってよく狙えば弱点に当たるだろ。関節部とかは37ミリで十分に破壊できる!」
「だったら、噂に聞く新型の魔像が来たらどうするんだ!? そいつ50ミリも弾くって話だぞ!?」
「そん時は両目つぶれ!」
そう言って、彼は受話器を叩きつけた。軍需品である電話は決して安くはないが、ルッツはそのことも忘れてぞんざいに扱う。
ちなみにこの電話、2代目である。そして多分、近いうちに3代目に移り変わるだろう。
そんな荒れに荒れている隊長を見て、彼の部下はひそひそと会話する。
「……隊長、不機嫌だな」
「いつものことさ。戦闘部隊の奴らが調子よく進軍するたびに、本国と前線の距離が伸びて補給線に負担がかかるんだからな。あいつらのせいで仕事が増えるとあれば、怒鳴るのも仕方ない」
「とはいえ停滞するよりマシでしょう……。それに、怒り方がいつもと違うような……」
さすがに、数年も働いていれば怒り方の違いで隊長の心理状態がいつもと違うことに気付ける部下である。
「あぁ……たぶんそれは……あれだな。ラジオ番組のせいだな……」
「は? ラジオ?」
「お前も知ってるだろ。半年くらい前、隊長がハマってた……」
「あぁ、えーっと、確か『アニマルワールド』でしたっけ? 俺も1話だけ聞きましたけど、面白さがわからなくてそのままでしたね……」
人類が近代に生み出した発明品のひとつ、音声を遠くまで運ぶ電信・無線技術の応用であるラジオは、既に一般にまで普及しつつあった。
娯楽の少ない前線ではさらに好まれており、ルッツのようにラジオドラマに魅了される者も多い。部下の言う「アニマルワールド」もそのひとつで、人間が動物たち交わりその日常を過ごしつつ彼らの生態系を紹介するという変わった番組であった。
一部の人間たちにはその斬新な世界観とストーリーが受けた。ルッツもその一人。
「で、そのアニマルなんちゃらがどうしたんです?」
「あぁ。大人気ドラマだったから第2期の放映が確実視されていたんだが、どうも権利関係で制作側のエイトミリオンと出版社のカカワド社が揉めたらしくてな。ドラマを成功させた立役者である監督――名前は確かスタンドウッドだったかな?――が解任されたんだと」
「……え、まさかそれで落ち込んでるとかイライラしているとか言いませんよね?」
「そのまさかなんだよなぁ……。お前の好きなSFで例えるなら、レルズの『火星戦争』が出版社の意向でトライポッドが登場しないことになった、みたいな話だ」
「それこそ戦争では?」
部下は瞬時に事の重大さを理解した。なるほど、確かにそれなら理解できる、と。
「そうだよ。俺たちは戦争してるんだ」
そして部下たちの会話を聞いていたルッツが近づいて言ったのである。
「これでカカワドが無能だってことがハッキリした。だからお前もカカワドから本買うなよ」
「あ、それは嫌です。私の好きな作家はカカワド専任なんで」
「これだから『大手』は嫌いなんだ。まるで大昔の貴族みてえだ」
無論、彼がその大昔の貴族を知っているわけではないのだが、ルッツの怒りはまさに革命的精神に突き動かされた市民の如く、なのである。
「ま、いずれにしてもこれで2期はなくなった。あったとしても1期と同じには見れねえ」
「ご愁傷様です、隊長。でもおかげで仕事に集中できるじゃないですか」
「あぁ、そうだな。そうだったな。仕事しようか。んじゃSF、ちょっと付き合え」
そう言って、ルッツは部下の肩を叩く。彼がそう言う仕草をした時、殆どの場合は面倒事であり、そして隊長としての命令であり拒否権はないことを、SFと呼ばれた彼は理解している。
「だから私のことをSFって呼ばないでくださいよ! いくら名前がステファン・フェルステルで頭文字がS・Fになるからって!」
「SFオタクで頭文字がSFとかもう『SF』って呼んでくださいと言ってるようなもんだろ。いいから行くぞ」
「行くってどこにですか!?」
「決まってる」
ルッツは身支度を終えて、行き先と目的を告げた。
「第75軍にいる帝国軍の奴らにだよ。余剰になってる45ミリ対魔像砲を、ちょっとちょろまかしに行くんだ」
「…………えぇ!?」
あんなに怒鳴っていたくせに、やるのかよ。そう文句も言いたくなるフェルステルだった。




