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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
4-1.世にも珍妙な短編集
160/216

トイレの誰かさん 3

 ミサカ設計局。


 毎週、ヤヨイさんが作る和食を食べるところである。ついでに新兵器の設計開発も行っている。

 そういう理由から、関係者以外立ち入り禁止。和食が食べたければ魔都のメイド喫茶「サツキ亭」で販売しております。売上金の一部は兵站局の予算になるので是非お越しください。


 是非お越しください。ていうか来い。


 そんな設計局だが、今日は静かだ。


 いつもであれば、設計局の局員であるヤヨイさん親衛隊兼研究員が侃侃諤諤の議論をしていたり、何かの機械を製作している関係上、それなりの喧騒があったりするのだが、今日は静かである。


 けど、理由は想像できる。

 ヤヨイさんの幽霊話を信じず、ヤヨイさんが泣いて出て行かれた親衛隊がどうなるかなんて……。


「し、死んでる……?」

「なんかこの光景、最近見た気がするんだが」

「奇遇ですね、私もです」


 親衛隊、無事死亡。


 まぁ、これについては彼らの自業自得でもある。お線香は後で与えるとして、今は幽霊が出たというトイレに行ってみる。


 ヤヨイさん曰く、親衛隊には幽霊は見えないものの、トイレの前にまだいるらしい。


 俺、ソフィアさん、レオナがヤヨイさんの案内でトイレ前に到着した時の反応は、様々だ。


「……誰もいませんね?」

「え? アキラ様、いるじゃないですかそこに」

「うんうん。見た感じは獣人じゃないから、魔族かな……? 人間ではないね」


 俺だけはぶられた。ちょっと見たかった。


「その幽霊って足ある?」

「なにを言っているのかよくわかりませんが、普通はあるでしょう?」


 こっちの世界では足がある、と。まぁ日本でも最近の幽霊は足があるもんね。演出上。


「魔族の中に幽霊に類する種族がいたりは……しないか」

「しません。いたら『幽霊がいた』なんて騒ぎませんよ」


 ですよね。


「あ、幽霊ちゃんがこっち見た。手振っとこ」

「ついでに挨拶でもしておきます?」


 ……。


 ねぇ、この二人、というかヤヨイさん含め三人、幽霊を見たときの女子の反応してないんだけど。やられても困るけど、もうちょっとこう、怖がって俺に抱き着くとか、そういうのないの?


「アキラちゃん、なんでそんな大きな溜め息ついてるの?」

「いや、俺だけ姿見えないのは不公平だなって……」


 状況がサッパリわからないから描写しようもない。トイレ前の空間は何もないし、トイレの中にも当然誰もいない。そうかぁ、昨晩ここでヤヨイさんが用を足していたんだ、という不思議な感情が湧きあがってくるとと共にそんな感想が出てくるくらい。女子トイレだけど、一応中に入ってみようかな。


「って、あれ? なんか肩が急に重くなってきたんですが……」

「……アキラ様、よくわかりませんがその幽霊が憑りつき始めていますよ」

「はぁ!?」


 肩をバンバンと払って飛び退ける。トイレから出て、数メートル程移動したところで肩の重みがなくなった。

 そしてレオナはそれを見て腹を抱えて笑っていた。現代的に言うと「アキラちゃん必死過ぎワロタ」だろうか。あとでぶん殴ってやろうか。


「あぁ、大丈夫です。離れました。凄い形相でアキラ様見つめていますが、もう何もしないと思いますよ」

「よ、よかった……」


 しかしなぜ、急に俺にスタンド攻撃を仕掛けてきたんだこの幽霊。

 もしかして男の俺が、女子トイレに入ろうとしたからだろうか……?


「レオナ、ちょっとトイレに入ってみろ」

「えっ?」

「あとソフィアさん、虫の息になってる設計局の男の人を適当に連れてきてくれます?」

「はい?」


 まず実験1。

 生物学的には一応女の子であるレオナにトイレに入らせる。


「……入ったけど?」

「何もない?」

「何もない」

「幽霊は?」

「幽霊ちゃんは殺気放ちながらアキラちゃんのすぐ脇で拳構えてるわ。ちょっと面白い」


 おい幽霊離れろ。


「アキラ様、連れてきましたよ?」


 そしてソフィアさんが、幽霊よりも生気がない男性設計局員の腕を掴んで連れてきた。

 局員の目はまるでグリルで焼かれた秋刀魚の目をしている。口からは「キラワレタ……キラワレタ……」と意味不明な言葉を吐き続けている。


「体調悪そうですね。ちょっとそこのトイレで胃の中のもの出した方がいいんじゃないですか?」

「え? あぁ、すまない。そうするか……」


 局員は、特に何も疑問に思うことなく俺の指示に従い、先程俺が肩の重みを感じた女子トイレに入っていく。


「あ、アキラ様?」

「うーん、これは酷い」


 ソフィアさんとレオナはドン引きしているが、人体実験は必要な事なのだ。まぁ、多分死なないでしょ。


「グワァァアアアアアアアアア!!」


 あ、死ぬかなこれ。


「アキラ様、幽霊が局員の首を絞めにかかっているんですが」

「完全に殺す気満々じゃないですか」


 急いで彼を引きずり出す。しかし局員は口から泡を出し、意識は既にない。


 ……死亡、確認。


「死んでないです。一応、医者を呼びますが」


 ソフィアさんは懐から通信機を取り出して、魔王軍医療隊へ連絡する。通信機の向こうでは「なんで設計局って集団で人が倒れるんですか?」という至極真っ当な疑問が呈されていた。


 ある意味、原因はヤヨイさんである。


「それはさておき、尊い犠牲のおかげで幽霊の行動がわかりました」

「つまり?」

「幽霊は女子トイレの守護霊です」

「…………はぁ?」


 ソフィアさんはポカンと、レオナは「あー……」みたいな顔をしている。ヤヨイさんは死んだまま放置されてる局員の傍で座って彼を突いている。かわいいけれど、


「でもちょっと移動しようかヤヨイさん」

「ふえ?」


 その座り方すると彼にパンツが見えてしまうので、彼が回復する前にヤヨイさんを移動させる。これでよし。


「レオナ。この幽霊、あとは何か特徴とかあるか?」

「特徴?」

「えぇ。外見的な特徴」

「そう言われてもなぁ……よくいる軍人の格好にしか見えないけれど」


 おいちょっとなんでそれ最初に言わないの。


「軍人なの?」

「軍人だよ? たぶん」


 ソフィアさんの方を見ると、こちらも首を縦に振っている。


「見慣れた格好ですからつい頭から抜けていました。この格好は憲兵隊ですね」


 あー……。

 憲兵隊なら仕方ないか……。死んでからも職務に忠実とは……。


「それでヤヨイさん。この人……人? どうしたいんですか? 悪い人じゃないみたいですが」


 なにせ女子トイレの守護霊である。ヤヨイさんには何もしないし、女子トイレで悪さしようとする親衛隊を追い払うくらいのことはできる。放っておいても大差はない。


 しかしヤヨイさんは、そうは思わないようで。


「……どういう理由があるかわからないけれど」


 ヤヨイさんは、幽霊がいるだろう方向を見て、ハッキリと言う。


「成仏させてあげたいなって……」

「なるほど。で、私たちに相談、ってわけですか」

「うん。兵站局にはなんでもあるからって、前にアキラさん言ってたし……」


 うーん。言った気がするけれどさすがに除霊師までは知らないなぁ。魔都には自称除霊師はいるだろうけれど、公的機関がそれに頼るというのもなんだかなぁ。


 ……しかし、死んでからも職務に忠実な憲兵隊の幽霊か。となると、除霊師以外の方法で除霊できるかもしれない。その方が、彼にとっても良いことかもしれないし……。


「よし。任されました。普段からお世話になっているヤヨイさんの為に、ひと肌脱ぎますよ」

「……ありがとう」


 微笑むヤヨイさんの顔を見るだけで、十分である。




 ……で、ここで終わらないのがレオナ。


「ねぇ、ヤヨイちゃん」

「……な、なに?」

「この幽霊ちゃんってさ、トイレを守ってるんだよね? 憲兵隊らしく、歩哨に立ってる感じだよね? それずっとなの?」

「え、うーん。たぶん。私が見かける時、トイレの前で屹立してるから……」


 まるで軍事基地を守る衛兵なのか、幽霊さん。


「ということは、立ちっぱなしで疲れてるってことよね?」

「いやレオナ、なんでそうな――」

「確かに」

「ソフィアさん?」


 おかしい。いつも真面目なソフィアさんがレオナに乗せられているだと!?


「……つまり幽霊さんの為に椅子が必要かな?」

「うんうん。いくら幽霊ちゃんとは言え休憩も必要でしょ。ついでにヤヨイちゃんが好きな緑茶も出してあげたら?」

「!」


 あのヤヨイさん、なんでそんな「良いアイディア!」みたいな顔してるの? 相手幽霊だよ? これから除霊しようって相談してるんだよ?


「まぁ、除霊するまでには時間はかかるでしょうし、いいんじゃないですか」

「ソフィアさんも何を言っているんですか……」




 結局、レオナの意見は採用され、設計局2階の女子トイレ前にはテーブルと椅子と、ヤヨイさんが淹れた緑茶と御茶請けが置かれることとなった。


 ……仏壇の供え物みたいだ、と思ったのは言わないでおこう。

優しい世界

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