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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
4-1.世にも珍妙な短編集
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トイレの誰かさん 2

「――だからねアキラちゃん。これは私たちの愛の結晶なの。頑張って一緒に作ろう、ね?」

「確かに魅力的ではある」


 兵站局。

 いつもの如くレオナがやってくる。目の前には彼女の興奮した様子の、赤く染められた頬と荒い鼻息がある。


 ここ最近、彼女はこうやって俺に迫ってくる。

 必死に自分の思いを伝えようと、グイグイと、人目をはばからず俺の執務机に乗り上がって仕事の邪魔をするくらいには、彼女は本気なのだ。


「ね、いいでしょ? アキラちゃんには損はないんだからさ――」


 だからこそ、言わなければならない。


「……この茶番はなんだ?」

「色仕掛けで予算落ちるかなって」


 レオナはとっても正直である。

 申し訳ないが、MADなレオナの時点で「色」なんてものはないので落ちたりはしない。そもそも隣にはソフィアさんの冷たい目があるのだから余計何もできない。


 そういうわけでいつものレオナだ。


「でもねアキラちゃん、今回の私は珍しく兵站の事考えてこの案出してるのよ?」

「案を出してくれるのは嬉しいけれどね……」


 いつまでも机に身を乗り出し迫ってくるレオナを押し退けて、ぐちゃぐちゃになった書類を整理する。その中にはレオナが先ほど提出した、彼女の知的好奇心と欲求と男のロマンを詰め合わせた謎の船の設計案がある。


 新型氷製戦闘艦と新型魔導エンジンの新たな方向性を見出し、更に少ない戦力で海上補給路を確保するために必要な能力を付した新型輸送艦の設計案。こう聞いただけでロマン満載ではあるが……。


 なにせレオナ発案の船である。突っ込みどころも満載だ。


 それに気付いているのか無視しているのか知らないが、レオナは拳を振り上げその素晴らしさを演説する。


「艦体は現在鋭意建造中の新型氷製戦闘艦と同じく氷によって短期による建造を可能とし、さらに不屈の抗堪性能と速度に極振りしたこの推進力、最高速度は80ノットオーバー! 勿論自衛のための兵装と輸送艦として必要不可欠なペイロードは十分に確保した、新型の超高速海域封鎖突破輸送戦闘艦! その名も『ヴィルベ――」


 ここ一番の盛り上がりを前にして、兵站局のドアが勢いよく開け放たれる。泣きつくように、というか少し涙目の彼女が、柄にもない方法で入室してきたのだ。


「アキラさ――――ん!!」


 と、叫びながら。

 それはいつもならレオナがやる方法だったが、今回は違う。ヤヨイさんだ。


 ヤヨイさんは我が生涯に一片の悔いもないような感じで拳を天に突き上げて固まっているレオナの脇をスルーすると、そのまま俺の下に駆け寄って抱き着いてきた。かわいい。娘にしたい。


「アキラさん、出たの、出ちゃったの――!!」


 そしていつになく冷静さを失い2本ある尻尾をブンブン振るヤヨイさん。いつも無口な彼女がここまで取り乱すとは一体何があったのか。


「落ち着いてください。何が『出た』んですか?」


 数十秒ほどは慌てていた彼女も、平静を取り戻すといつものヤヨイさんに戻る。ついでにレオナもぶすっとした面持ちで凍結解除された。


「……あのね」

「はい」

「その…………ゆ、幽霊が出たの」


 幽霊。ゴースト。


 ……幽霊なんていないと言っていたヤヨイさんが、幽霊を見てしまって涙目になりながら兵站局に駆け込んできた、と。


「かわいい」

「ほぇ?」


 おっと、つい本音が。

 そしてロリコンに容赦ないソフィアさんがいつものように咳き込んで威嚇する。


「コホン。それで、いつどこで見たんですか?」

「えっと、ね、昨日の真夜中に――」


 だいたいのあらすじはこうだ。


 悪い子のヤヨイさんは真夜中まで設計に夢中になっていた。

 しかしその途中、どうしてもトイレに行きたくなる。「幽霊なんていない」派の彼女にとって真夜中のトイレはなんてことのない些末事だが、今回は違った。


 トイレに男の幽霊が現れた、というのである。


「だからビックリしちゃって……」

「なるほど」


 そりゃ誰でもビビる。

 しかし夜中にトイレに行ってトイレの中に幽霊がおり、そこでビックリした場合ってことはヤヨイさんはもしかして漏――、


「アキラ様?」

「なにも考えてませんよ?」

「…………」


 ソフィアさんに突っ込まれる前に聖水の話はこの際置いておこう。


「でもさヤヨイちゃん」


 と、ここでレオナが割って入ってくる。


「幽霊ちゃんに出会ったのは夜なんだよね?」


 なんだよ幽霊ちゃんって。


「う、うん……」

「ならなんで今頃になってアキラちゃんに泣き付いてきたの? ていうかなんでアキラちゃんに泣き付いてるの? 設計局の誰かでもよくない?」


 確かに。可愛いヤヨイさんを目にして考えることをやめていたが、レオナの言うことにも一理ある。


 これに対し、ヤヨイさんは言いにくそうにもじもじとし、ソフィアさんに「怒りも笑いもしませんから話してください」と諭されると、ようやく口にしてくれた。


「――実は、幽霊さんと会ったあとにね、その、幽霊さんと話したの」


 …………。


「「「えっ?」」」


 三者一様の困惑の声がハモった。


 え、喋った? 幽霊と? どういうこと?


「……笑わないの?」

「笑う前に状況がわからないんですが……」


 ソフィアさんも困惑の色を隠せていない。


「え、えっとね、私も混乱してたからところどころ覚えてないんだけどね……」 


 そう前置きして、ヤヨイさんは教えてくれた。


「私、幽霊さんにあったときビックリしちゃって、尻もちついちゃったの。そしたら幽霊さんが……」

「幽霊さんが?」

「……すごくオロオロしてたの」

「…………」

「それで、そこがトイレって気付いたみたいで、そこから出てきて……。私が、するのを待ってくれてたみたいで……」


 幽霊さんめっちゃいい奴だった。


「え、で、その後は?」

「その後……ちょっと……」


 と、言った後ヤヨイさんは顔を真っ赤にすると、ソフィアさんに駆け寄って何かしら耳打ちした。まぁ、何を言ったのかは想像できる。男の俺と信用できないレオナに話すようなことじゃないだろう。


「それで、トイレから帰ったあとは着替えてそのまま寝ちゃったの。朝にまた見てみたら、トイレの前にまだ幽霊さんがいて……」

「いるんだ……」


 どうやら魔族の幽霊は太陽が出ていたとしても主張するらしい。


「……泣いてここに来た理由がまだ見えないんだけど」


 レオナが再度突っ込むと、ヤヨイさんは少し怒気を含ませた声で話した。


「設計局の人に同じこと話しても、信じてくれなかったの!」

「「「あー……」」」


 そしてまた我らは同じ反応である。


 こんな話、容易に信じろという方が無理なのだろう。いかなヤヨイ親衛隊の面々であっても。ヤヨイさんの話を信じないなんて親衛隊名乗る資格ないから自害してほしいな?


 しかし親衛隊の奴らは、トイレの前に屹立する幽霊さんの姿を捉える事が出来ず、


「それでここに来たんですね」

「うん……」


 耳と尻尾の垂らし困り果てた様子のヤヨイさん。可愛い。


「状況はわかりました。それで、ミサカ様は我らにどうしろと?」


 ソフィアさんが聞く。

 ここに来たからには「設計局の人が話を聞いてくれなかった!」だけで終わらないだろう、ということだ。


 数秒ほどの沈黙の後、ヤヨイさんは重々しく口を開く。


「……相談があるの」


 と。

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