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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
4-1.世にも珍妙な短編集
158/216

トイレの誰かさん 1

いいアイディアが思いつくまで短編投稿して誤魔化そう企画です(半年ぶり2回目)。

 ある夏の日。


 ミサカ設計局の食堂に二人の男女がいる。 

 一人は幼女にして設計局の長、ミサカ・ヤヨイ。もう一人は兵站局局長アキツ・アキラ。


 アキラはよく、ヤヨイの作る和食を求めてここへやってくる。決してロリコンだからではない。少なくとも本人はそう主張している。


「ん、今日の肉じゃがは味変わりましたね」

「……わかった?」

「そりゃわかりますよ。少し味が濃くなりましたよね?」

「う、うん。アキラさん、味が濃い方が好きみたいだから……」

「なるほど。ありがとうございます、美味しいです」


 嘘偽りなく、アキラに味を褒めて貰えるというのは作った甲斐があるというものである。それに食べてくれる人の少ない和食ともなれば、さらに嬉しさ倍増となる。


 意図せずつい口角を上げて微笑んでしまうくらいには、嬉しい事だ。ヤヨイにとって、アキラとの食事は新兵器の開発に次いで楽しみなことになっている。


 逆にアキラに「なんかちょっと違うなぁ」と言われた日には物凄く落ち込むわけだが。


「仕事の方は順調ですか?」

「うん。魔王軍に採用実績があるってことと、あと、しょーかん? の人が褒めてくれたおかげで、仕事いっぱいなの」


 ヤヨイの言うように塹壕制圧兵器「タチバナ」の採用は、確かに大きい。公官庁に採用実績があるというのは、どの世界でも一定の信頼を勝ち取るものだ。


 しかしそれだけでなく、後者、すなわち「娼館の人が褒めてくれたおかげ」というのも大きい。


 なにせ娼館を利用する各軍、各商会・ギルドその他のお偉方が娼婦から「ミサカ設計局の洗濯機のおかげで~」などと言われたら、興味を持つだろう。


 が、そんなオトナの事情をヤヨイが知るはずもない。


「そうなんですか……。意外な効果だ……」

「いがい? どうして?」


 ヤヨイは娼館が何をする場所か知らない。年端もいかない、現代日本で言えば小学生にあたる彼女に「娼館が何か」を教える訳にもいかない。


「ヤヨイさんが18歳になったら教えてあげます」

「…………?」


 18歳という中途半端な区切りに、首を傾げるヤヨイであった。


 好奇心旺盛な年頃、そして研究熱心な研究者である彼女は溢れる知的好奇心を抑えられずにいたが、アキラに何度「娼館」のことを聞き出そうとしてもはぐらかされるだけ。

 じゃあ他の設計局の誰かに聞こうと問い質せば「誰からその単語を聞いた」を逆に問い質され、それに答えた翌日にアキラの頬に痣が出来たことまである。


「……まってる」


 だからこれ以上深く聞くことはしない。


「18になったら、アキラさんから聞く」

「……」


 それはそれで困るという表情を見せるアキラだが、ヤヨイの決意は固かった。


「と、ところでですね」


 こういった、どうしようもないほどに不味い状況に陥ったとき、アキラは話題を変える。あまりにも唐突且つ、普遍的な事象であるため、ヤヨイ他、誰もがこのアキラの逃げ道を知っている。


「設計局に関して変な噂を聞きましたよ」

「変な噂?」


 事業者であれば「自分たちに対する変な噂」には敏感になる。ヤヨイも例外ではなく、どんな悪評が世間に流れているかが気になってしまう。


 だが今回は、そのような類のものではなかった。


「噂というか……まぁホラーの類なんですがね?」

「……ほらー?」


 馴染みのない単語に、首を傾げるヤヨイ。


「その……出るって話なんですよ」

「なにが?」

「幽霊。お化け」

「…………」


 年端もいかない幼女に、幽霊の話をすることによって強引に流れを持ち込もうとするアキラである。


 が、目の前にいる幼女は唯の幼女ではない。


「……それで?」

「え? あぁ、いや、それだけなんですけどね? 設計局というか、この建物は出るっていう話を風の噂で聞いただけなんです。はい、なんでもありません」


 しどろもどろ、慌てるアキラに、ヤヨイは冷静なひとことで話題を終わらせた。


「幽霊なんていないもん」


 強がりではなく、冷静に、そうキッパリと言った。




----




 ミサカ・ヤヨイがそれに気づいたのは、その日の夜のことである。


「ふぁあ……はふ」


 草木も眠る丑三つ時。

 彼女はまだ寝ていなかった。パッと閃いたアイディアを図面に写し、そのまま詳細設計までやろうとしてしまったからである。


「ここはもう少し角度をなくして……あぁ、でも魔石が近くにあって熱が籠っちゃうかなぁ……? 廃熱用の空気取り入れ口をつけて……でもそれは重量が……」


 ヤヨイは考えることが好きだ。

 製図台の前に座り、一本増えた尻尾を揺らしながら新兵器の設計を考えるのが好きだ。


 時間を忘れ、集中力の増した頭をフル回転させることに、彼女は無情の喜びを得る。


 しかしその大好きな時間が、ちょっとしたことで途絶えてしまうこともままある。


「…………うぅ……トイレ……」


 ちょっと一息、と気を抜かした時点で襲ってくるもの。だいたいはトイレか空腹であり、今回は前者だった。

 さすがに設計が大好きと言っても、トイレを我慢できるレベルの話ではない。ましてや漏らしたりなどは出来ない。


「…………」


 だが時刻は真夜中。

 窓から差し込む月明かりだけが頼りの廊下の先に、目的地はある。


 賢くも、まだまだ子供であるヤヨイは、その暗さに怖気――


「まぁ、いるはずないし」


 ――付くこともなく、明かりをもってスタスタと廊下を進んだ。


 この子供の神経は、案外図太い。

 勝手知ったる設計局の中、トイレへといたる道は僅かな明かりの中でも進むことができる。


 何事もなくトイレに入る。あとは何事もなく用を足し、何事もなく製図台の前に戻って設計を続けるだけだ。

 が、


「…………」


 そうはならなかった。

 仄かな明かりに照らされた設計局のトイレの中で、淡く光る「ソレ」がいたから。


「……ひっ」




 草木も眠る丑三つ時。


 ミサカ・ヤヨイの声にならない小さな悲鳴が設計局に木霊し、ついでにトイレ前の廊下が少し濡れたのであった。


【書籍に関して重要なお知らせ】


 レッドライジングブックスより9月21日発売予定の書籍版「魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません」は、諸般の事情により発売が延期になりました。

 楽しみにしてくれた読者様には非常に申し訳ありません。

 続報があり次第、あとがきか割烹で報告したいと思います。

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