再会
数日後。
ソフィアさんは、軍服で魔都を歩いている。
軍服を着ている彼女はそれだけで威圧感がある。憲兵隊かと勘違いした魔都在住の臣民には特にそう感じさせるものだ。
でも魔王軍の軍服、特にソフィアさんの着ている軍服ワンピは可愛い。間違いない。
一方俺と言えば、彼女と一緒に手を繋いでデートを満喫、するということもなく、ただ後ろからストーキングしているのだ。
別にソフィアさんの後ろ姿が綺麗だとか、尻尾が可愛いとかモフりたいとか、そんな事情があるわけじゃない。
彼女は、これから友人のコルネリアさんと会う。
いや正確に言えば、友人のフリをしてソフィアさんに近づいたスパイのコレットに会う。
事前にお約束があったらしいが、どんな約束なのかはわからない。
ソフィアさんは魔都中央の繁華街から歓楽街、そしてさらにその裏にある、普通の女性なら入ることなど決してない怪しげな街区へと臆することなく突入する。
当然変な奴の目に晒されて絡まれたりするが、元魔王陛下の側近はそんなに軟じゃない。
ていうかストーキングしているこっちの方が身の危険を感じるほどだ。
だが俺の身が実際に危険に晒されることはなく、蝙蝠のような鳥に付き纏われたり鳩っぽい何かから糞の空爆を受けたりするのみで、目的地『魔都十三番街』へと到着した。
「――呼び出しておいて遅刻なんてあなたらしくないわよ、ソフィア?」
そしてそんな所に、彼女はいた。
捜し求めていた人物、偽アキラの相方。
この期に及んでもなぜかコルネリアのフリをしているのかはわからない。
それに気付かせてあげようと、ソフィアさんは喋る。
「こちらの台詞ですよ」
「……?」
「普通の女性なら待ち合わせ場所が『魔都十三番街』に指定されても来るはずがない、どうして来たのです? いえ、どうして来れたのですか? 軍服を着ている私でさえ、二度三度怪しげな男に声をかけられたというのに」
「――!」
偉大にして強大な魔王ヘル・アーチェ陛下とて世に巣食う格差は取り除くことはできない。魔都十三番街とはそんな場所、有り体に言えば「貧民街」なのだ。
そんな場所に普通の女性が来ようだなんて思わない。待ち合わせ場所に指定されたとしても、普通は疑問を口にするはずなのに、コルネリアはそれをしなかった。
「なぜなら、普通の女性ではないから。そうですね、コレット様?」
クレーメンスさんがポンコツだと彼女を評した理由が、よくわかった。
「……初歩的なミスというやつね。――なら」
その瞬間、彼女の顔から表情が消えた。
先ほどまでの良き友人の顔から、冷徹な殺人者の顔になった。その証拠に、彼女は懐から見慣れた、そして見慣れぬ物を出した。
回転式拳銃。
魔王軍が作れるはずのない、火薬による衝撃を利用し弾丸を発射させる装置。
驚くべきことに彼女は、その先端を迷うことなく「俺」に向けたのだ。
「いるんでしょ、そこに」
「…………エスパーですか、あなたは」
「気配消すのが下手なだけ。さっさと来て」
口調も先程と全然違う。感情が消え失せている。淡々と喋るその姿こそ本性というわけか。
しかし俺が影から姿を現すと、失っていた感情が再び彼女に戻った。まさに「目の色が変わった」という言葉通りに。
「――人間! じゃあ、あんたが本物の『アキツ・アキラ』ということね!」
「なんだ。人類軍でも俺の名は知られているのか」
有名になっちまったなぁ。
手を挙げながら、ソフィアさんの隣まで歩く。その間コレットが発砲することはなかった。
「のこのこと出てきて、手間が省けた」
「というと?」
「私がこんなところに来た理由は、あんたを殺すため。魔王を殺すついでに、ね」
「え?」
なんてこった。こりゃとんだ誤算だ。
まさか人類軍における俺の評価がそこまでのものとは思いもしなかったぞ。いや兵站局の誰かが冗談で「俺が暗殺されるかも」とか言ってたが。
詰んだ。この距離で拳銃を持っている奴と対峙して無事でいられるはずはない。
なんとかしてソフィアさんだけでも逃がしたいが、彼女はそこまでポンコツじゃないだろう。
しかしコレットは引き金に指をかけることはしなかった。
暴発防止のために指を真っ直ぐにするところは流石と言うべきなのだろうか?
「殺す前に、あなたたちに聞きたいことがある」
「答えられる範囲なら答えるけど?」
「じゃあバカっぽそうなあなたにもわかるように単純明快に問う。なんでこんなことしたの?」
「……単純すぎて質問の意味がわからない」
てかバカっぽそうって。そんなにバカに見えるかしら……。
「私がスパイであることがわかっているなら、こんなことしなくていいはず。呼び出しだけして憲兵なり警察なりに拘束させるのが普通。でも来たのはソフィアたちだけ。どうして?」
そのコレットの質問に、ソフィアさんはノータイムで答えた。
「それは私が望んだことだからです」
「…………は? なにそれ」
コレットは鼻で笑った。
ただ相変わらずの無表情のまま鼻を鳴らしただけなので「笑った」と言っていいかはわからない。
そんなコレットを見ても、ソフィアさんは変わらず説明する。
「あなたがスパイであることをわかった上で、その上で、あなたにあったのです」
「どうして?」
「それは……」
ソフィアさんは数秒躊躇った。
言って良いのか悪いのか、言うにしてもどう言ったら信じてもらえるのか、どう説明したら伝わるのか、それを一生懸命頭の中で考えていた。
そんなソフィアさんに俺は近づいて、彼女の手をそっと繋ぐ。
正直に言えばいい。そういう意味を込めて。
そして一連の様子を見ていたコレットは何かに気付いたように目を丸くした。
「……なるほどね。ソフィアが好きな彼って、そいつのことだったの。その、忌々しい人間だったのね」
「はい」
「ふんっ。なら、一緒に逝かせてあげる。恋人同士が仲良く同時に天へと昇るというのは、映画ではよくあることだし」
コレットはそう言って、銃口をソフィアさんに向ける。
ソフィアさんの回答がまだ途中であることに本人は気付いているのか、興味がなくなったのかはわからない。
ただソフィアさんはそれを指摘することはせず、ただ、正直に言った。
「お願いします。愛する者と死を分かち合うのは望むところ――」
コレットが、引き金に指をかける。
あとは引くだけというところで、ソフィアさんは言葉を繋いだ。
「そして私の初めての友達に殺されるというのは、その次にいいことです」
弾は、発射されなかった。
レビューを貰いました。書いてくれた方、ありがとうございます₍₍ (ง ˘ω˘ )ว ⁾⁾




