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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
3-3.貴様は祖国を裏切った?
146/216

いつもと同じ。いつもと違う

「――というわけで、これに承認のサインを」

「はい。……これで大丈夫ですか?」

「結構です。ありがとうございます」


 いつもの兵站局、いつもの業務。

 いつも劣勢魔王軍、いつも優勢人類軍。魔王軍働け無駄飯食ってる暇あるなら勝て。


 相も変わらず戦線は停滞。

 小規模な攻勢は頓挫するか、一度成功しても呆気なく追い散らされるかのどちらかが続くこの状況下、今日も魔都は平和です。


「ソフィアさん。例の件、憲兵隊はまだ足取りも掴めていないんですか?」

「……そのようです」


 ただし、スパイが潜入してることがなんとも言えぬ不安感を煽る。


 コレットと、偽アキラ。

 俺の名を騙っておきながら人類軍の為にスパイ活動を行うこの二人の所在はわからず、魔王軍の新兵器たる氷山戦艦「ハイドラ」の情報をリークした。


 憲兵隊も必死に探していることは、クレーメンスさんの態度から見てもわかるのだけど。


「嫌なことばかりですね。何かいい事がないと、気が滅入りそうになります」

「なら新しいことをすればいいじゃないですか。仕事じゃなくて、趣味とか友達とか」


 どこかウキウキと楽しそうに語るソフィアさん。


 最近、彼女がなぜか楽しそうである。

 ソフィアさんは休日でも仕事のことばかり考えているそうで、俺と一緒に休暇を取った日でもその傾向がある。


 だが最近は違うのだ。休日を楽しみにしている。


 まぁ、いいことなんだけどね。休日を楽しむこと、それもまた仕事。


 一方、俺は楽しめていない。ソフィアさんと休日をかぶせることが思ったよりも出来なくてな……。


「って、そう言えばソフィアさんは明日定休でしたっけ」

「はい。ようやくです」


 聞きました奥さん?

 ワーカーホリックに片足突っ込んでるソフィアさんが「やっと休める」って言いましたよ。


 本当に何があったんだろう。


「最近楽しそうですね。なにかあったんですか?」

「……そうですか? 別に何もないのですが」


 読心術が出来ない俺でもわかる。ソフィアさんは嘘を吐くのが下手だ。


 事実、ちょっとにやけてるし、立ち去る彼女の背中と尻尾を見ると感情が見え隠れする。

 狼ではなく忠犬と化していくソフィアさんはそれはそれで可愛いのだが……。


「なにがあったんだろう……」

「そりゃあアレだろ。楽しい事があったんだろ」


 いつの間に、近くにユリエさんが寄ってきた。その手には「来月どこでも良いので有休ください」と下手な文字で書かれた有給休暇申請書がある。


「ユリエさん、またですか」

「いいだろ別に。好きに取れって言ったの局長さんだし」

「いや、いいですけど」


 局員のシフト表を確認し、ユリエさんが休んでも問題ない日をいくつか候補に挙げて彼女に伝える傍ら、ソフィアさんの表情の変化について語り合う。


「何があったんですかね」

「そればっかりだな局長さん。そんなに気になるのか?」

「そりゃあ……恋人ですから」


 恋人だよね? そういうことになってるよね?

 仕事の関係上、デートみたいなことがあまりできないのが非常に申し訳ないけれども。


「どうだろうな?」


 が、ユリエさんは悪魔のような笑みを浮かべる。


「い、いったいなんなんですか」

「ほら。局長さんってばソフィアさんとデートしないだろ?」

「したくなくてしてないわけじゃないですよ?」

「知ってる。でもな、ソフィアさんがどう思っているのか……」

「何が言いたいんです?」

「つまりな? ソフィアさんが局長さんに愛想尽かせて別の男に乗り換えたんじゃないかというわけだ」

「ハッハッハ。なんだ。そんなことあるわけ――」

「ないって言い切れるか? 自分の胸によく聞いてみな?」

「…………」


 一、俺は恋人であるソフィアさんとデートを(仕事の関係上)できていない。

 二、にも拘わらずソフィアさんは文句を言わない。

 三、そしてなぜか最近、楽しそう。

 四、理由を聞いても、下手な嘘ではぐらかされる。


 そこにユリエさんの悪魔的な笑みと考え、そして俺の不甲斐なさが合わさると……。


「あば、あばばばばばばばばば」

「あ、やべえ。やりすぎた」


 そ、そうだよね。

 俺なんかのごとき「人間」が、誇り高い狼人族で可愛くて有能で可愛くて可愛いソフィアさんと釣り合うわけないもんね。ふぅ、いい夢みたぜ……。


 鬱だ死のう。


「ちょ、ちょっとユリエちゃん! 局長様に何やってるの!? 泡吹いて死にかけてるよ!?」

「いやぁ。なんか最近、局長さんの惚気が微妙にウザくて、つい」

「『つい』じゃないよー! 局長様しっかりして! まだ仕事が溜まってるよ! それにソフィアさんはそんなことする人じゃないよー!」


 時間にすれば一分、体内時計では数十分を経て、俺は現実へ戻ってきた。

 

 俺を心配するリイナさんの顔と頭掻いて申し訳なさそうに笑うユリエさん、そしていつも通り真面目に働きつつこちらに目線を寄越すソフィアさんの姿があった。


「すみません。ちょっと発狂してました」

「ちょっとで『発狂』する方が色々とおかし――あぁ、いや。すまん。だからリイナそんな目で見るなって。悪いと思ってんだから」

「まったくもう……。局長さんもですよ! その、毎日ソフィアさんのこと見て『楽しそう』ってこともわかるんですから、ソフィアさんがどう思ってるかなんてわかるでしょ!」

「そうそう。局長さんはソフィアさんのこと『だけ』はよく見てるからな!」


 おい待てユリエさんや。それじゃ私がストーカーみたいじゃないかね?


 確かにソフィアさんのことは見てて飽きないし楽しいし可愛いけど、だからと言ってその他の局員の事も見てないわけじゃない。


 が、そのことを告げるとユリエさんからはジト目を向けられた。


「なんですその目は」

「いや、絶対局長さんはオレらのこと見てねーだろうなって」


 失礼な。ちゃんと見てる。


「ユリエさんは先週髪の毛切りましたよね。特に後ろ髪が短くなってます。暑いからですか?」

「へ!?」

「リイナさんはカバンにつけてるブローチが変わってます。この間、街でミイナさんに会った時似たようなデザインのブローチを身に着けていたので、たぶん旅行の時にペアで買ったのでは?」

「ほえ!?」

「エリさん、今日は休みですけど、あの人の場合はわかりやすいです。髪留めの色をその日の気分で変えてるようです。赤色の時はちょっと怒りっぽくなるんですよねー」

「「…………」」


 他にも、まぁ全員と言うわけじゃないがよく会話する人の変化には多少気付く。

 調子悪いなと思ったら休暇を無理矢理にでも取らせているし。


 そして俺が部下をよく見ているという事実を突きつけられた二人は、ポカンとしている。


「ま、そういうわけなんで心配は――」

「「気付いてるなら言ってください(言えよ)!」」


 怒鳴られた。


「局長様! 女の子の変化に気付いたらちゃんと言わないとダメです! 『あ、変わったな』で終わったら何も意味ありませんって!」

「いやでもソフィアさんには」

「ソフィアさん以外にもやるんだよ! オレも一応女の子なんだぞ!?」


 そうだった。ユリエさん意外と乙女だったんだっけ。にしてもファッションに興味ないようだけれども。


 そしてリイナさんにも言った方がいいのか。

 いやでも、男性恐怖症になっている(?)リイナさんにそんなこと言ったらまた嫌われるじゃないかなって思うじゃない。


「やれやれ、心配して損した」

「なんなんですか、局長様……」


 ユリエさんはともかくリイナさんにそんな目で見られると結構傷つくな……。


「行こうぜリイナ。てかもう帰ろうぜ」

「帰りはしませんけど仕事に戻りますね……」

「いやいや二人とも待ってください。長々と話しましたけど根本的な問題がまだ解決していないんですけれど!?」

「大丈夫だと思いますけど……」


 そんなあっさり言われましても。不安感はぬぐえない。

 ソフィアさんはいったい何をやっているのか、私、気になります。


「あ、じゃあさ」


 そこで「私にいい考えがある」とでも言いたそうなユリエさんが提案。


「局長さん、明日オレと渉外だろ?」

「え? あぁ、そうですね」


 一部物資の仕入れ先が変更になるから、ユリエさんと一緒に価格交渉をしに行くんだった。


 そのことを確認すると、リイナさんは俺の耳元にまで顔を近づけ、彼女の荒い息を吹き付けつつこんなことを提案した。


「だったらよ、そのついでに休日のソフィアさんストーキングしようぜ」

「は?」

「ついでにリイナもな!」

「ほえ!?」


 なんだかとっても、嫌な予感がする。いつものように。


皆さんコミケは楽しんだでしょうか。

私は金土日3日間仕事でしたが(涙)

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