情報だだ漏れのようです
「ぶえーっくしゅ!」
「……局長、風邪ですか?」
兵站局執務室で、派手にくしゃみをした俺にエリさんが心配そうに声をかけてくれた。
こんなテンプレートな台詞を言われたのは人生で初めてだ。
ちなみに今日はソフィアさんはお休みなので、エリさんが俺の手伝いをしてくれている。
「いや、たぶんどこかでロクでもない噂をしているんだと思います」
何せ季節は夏。
半袖万歳、薄着万歳の八月十日とは今日のことを言う。
女性だらけの兵站局では肌色の率が高まり目のやり場に困る男性職員が激増し業務効率が落ちるという副作用がある。俺もその一人だ。
とは言え、緯度の高い魔都では八月だろうとなんだろうと、夕方以降の気温はグッと下がる。
そのため水着・下着姿は拝めない上に夏風邪を引きやすい。でも今回は風邪じゃない。
「その心は?」
「スパイが私の噂をしている! ……とか思いまして」
「スパイ? って、もしかしてこの前言っていたことですか?」
そういうことだ。
ジンとコレットというコンビが人類軍のスパイとして暗躍中。
目的は不明だが魔王軍の敵なのは間違いない。魔都に潜伏中というのはわかっているのだが、それ以降の情報が全くない。
そしてさらに問題なのは、こちらの情報が筒抜けになっているかもしれないということ。
なにせスパイに潜伏されるなんて想定外の外だったからな。
というか、既に情報が漏れているわけだが。
「昨日、竣工したばかりの新型戦闘艦『ハイドラ』が人類軍の攻撃を受けましてね。私も死ぬかと思いましたよ……」
「え、局長巻き込まれたんですか!? 怪我は!?」
「見ての通りピンピンしてます」
あの時ばかりは、レオナが設計した「航空巡洋艦」に助けられたわけだ。
あいつの作る物はなぜか土壇場で魔王軍を救いやがる。でも次期主力艦設計構想では飛行能力は外すから。
「問題は竣工当日に人類軍の航空隊――魔王軍では『鉄騎』って呼ぶんでしたっけ?――がやってきたことですよ。どう考えても偶然じゃない」
「……そうですわね。それに『鉄騎』は大型でも、前線からノルト・フォークみたいな奥地には潜りこめないはず……」
そういうことだ。
人類軍の技術力が第一次世界大戦レベルだとすると、爆撃機の航続距離はせいぜい五〇〇キロ程度だろう。
少なくともまだ千を超えることはできないはずだ。
エリさんの指摘通り、ノルト・フォーク海軍工廠は魔王軍領域の中でも奥地であるからして、人類軍航空隊の行動エリアの範囲外にあるはずだが……。
こりゃ、もしかしたら本当の意味での「航空巡洋艦」が人類軍でも就役しているのかもしれない。
世界初の港湾空襲を目論んで。
「つまり……どういうことですの?」
「非常に面倒ってことですよ」
制海権のない状態で、人類軍がついに空母まで出しゃばってきたら、待っているのは二次大戦末期の日本だ。
沿岸部は空襲・艦砲射撃祭であっという間に継戦能力は地に落ちる。
今はまだ人類軍の航空技術が未熟で、且つ近海の制海権はなんとか持ちこたえてくれているから時間的余裕はあるのだが……。
「しかしその辺のことまで兵站局が面倒を見るのは……」
「無理でしょうね、専門外ですし」
餅は餅屋、蛇の道は蛇。戦闘部隊に任せてしまった方が効率的だ。
現代日本知識が通じるのであれば多少の助言はできるが、俺もそこまで専門家というわけでもない。
「だから私たちは兵站局で出来る対策をします。具体的には、兵站の防諜ですね」
「え、防諜の必要があるんですの?」
「当然です。今まではスパイのことを考えずに済んだのでやってなかっただけです」
どこの地域にどの量の物資を送ったのか、という基本的な情報だけでも致命的になり得る。
送った物資の量で部隊の大きさ、攻勢・撤退の予兆などを把握できるのだから。
しかし防諜に拘り過ぎれば今度は通常業務に支障が出る。如何に、兵站に過大な負荷を与えずに防諜できるかが鍵だ。
その辺のことは、先の銀蠅問題でも言える話。
「銀蠅問題に引き続き、クレーメンスさんや憲兵隊と話し合いですか。やれやれですわね」
「全くです」
過去、憲兵隊の不正を糾弾した身として憲兵隊との折衝は疲れる。
この時ばかりは緩衝材となるクレーメンスさんが天使に見えるほどだ。尚、彼女は折衝が終わると途端に堕天するのだが。
「ともあれ、対策しないわけにも行かない。書類面における防諜から現場の防諜まで、やること考えることが多いです」
「そこも憲兵隊との折衝次第ですわね。クレーメンスさんを呼びますわ」
「その必要はありません」
「「!?」」
いつの間に、エリさんの後ろにクレーメンスさんがいた。背後霊か。
「話は全て聞きました。憲兵隊との連絡を取りたいと思います」
「え、あ、はい。素早い仕事ありがとうございます」
「いえ。私どもとしても憲兵隊の威厳に関わる問題ですので」
威厳ねぇ……。最初からないような気もするが。
「なにか?」
「なにもありません」
どうしてみんな揃って俺の心を読むのか。
「なら結構。時にアキツ局長殿。ひとつ聞きたいことが」
「……なんでしょうか」
クレーメンスさんの口調と眼光が憲兵隊モードに。
この感じは、かつて俺が部隊内訓練を怠って彼女に呼び出しを食らったときに味わったものだ。
つまり何が言いたいかというと、説教が始まる。
「なぜ、昨日の海軍工廠視察に私を連れて行かず単独で行ったのですか?」
「あぁ、いえ、それは、クレーメンスさんが関わったことのない仕事で……」
「私は魔王ヘル・アーチェ陛下より勅命によって『アキツ・アキラの監査』を主任務としていることをお忘れですか?」
「……いえ、覚えています」
「それではなぜ連れて行かなかったんですか? もしかしてあなたは何かふしだらな事を――」
もう勘弁してください。
助けを求めようとエリさんの方を見ていたが「頑張ってください」と言いたげにグッとガッツポーズをしてくれただけだった。
「局長殿、私の話を聞いてますか?」
「聞いてます……」
ソフィアさん、はやく帰ってきてくれないかしら。あぁでも休暇楽しんできてほしいとも思うのがなんとも悩ましい……!
時間軸がようやく3-2章ラストに追いつきました。




