情報収集するコレット
魔都を歩き、暫くしてジンの待つ山小屋へ戻り、なぜか大量の金を持っている彼から小遣いをふんだくり、コレットは再び魔都へ向かおうと戸を開けようとした時、
「唇の端にソースがついてるぞ」
「…………」
ジンの指摘に思わず口を拭うコレット。
だが拭いても拭いても袖が汚れないことに気付き視線を戻すと、意地の悪い少年のようないけ好かない笑みを浮かべている人の姿があった。
「……あなたって最低だわ」
「この程度の引っ掛けに気付かないなんて、スパイ失格だと思うがね」
そのぐうの音も出ない正論に、コレットは反論すること叶わず、思い切り戸を閉めて翼を羽ばたかせた。
別に食い意地が張っているわけじゃない。
先日のような、街中で発砲事件を起こしかけることのないよう頭を落ち着かせるために、物を食べるというのは適切な行為なのだ……と彼女は誰から問われたわけでもなく空中で言い訳をする。
決して、そう決して、魔都の屋台で売っていたマンドラゴラの串焼きが美味しかったからというわけではない。
観光目的ではない。断じてない。
ただ効果はあったようで、あれ以来懐にある無骨な拳銃が日の光を浴びたことはない。
それ故に、彼女は本来の目的である諜報活動に専念できた。
魔都は情報と人で溢れている。
それだけ多くの情報と人がいれば、それに比例した多くの噂や流言が飛び交うものだ。
たとえば、
「この間進水したっていう魔王軍きっての船がぶっ壊れたそうだ」
「おいおい。ノルトフォークの奴ら、自慢げに語ってたと思ったらそんなヘマやらかしたのかよ。ドワーフって言ってもその程度か」
こんな情報だ。
これはあとでジンに報告すべきだろう。
魔王軍の新型艦艇を調べるなり、破壊するなりをしなければならない。
酒場で話される内容というのは、真実二割、虚構三割、誇張された自慢話五割で構成されている。
スパイとして真実二割を聞き逃さないのは勿論の事、誇張された自慢話五割から真実を見出す能力も必要になる。
「そういやこの前、海軍工廠で人間見たぜ。あれが例のアキツ・アキラってやつか」
「おう、幸運だったな。そいつ魔都に家持ってねーから、仕事じゃないと魔都に降りてこないんだよな。おかげで魔都で人間見つけると幸運になるジンクスがあるって、娘が言ってたぜ」
「マジかよ!」
これは嘘。どう考えても嘘、と彼女は考える。
なぜなら人間を見かけただけで幸運になるというのなら、毎日ジンと言う名の臭い煙草を吸ってるオッサンに会っているコレットはもっと幸せな人生を歩んでも良いはずだから。
少なくともコレットはそう考えている。
「で、そのアキツだがよ。綺麗な狼人族の嬢ちゃん隣に侍らせてたぜ」
「何だって!? クソッ、先を越されたか……」
「……お前、ホモだったのか? 奥さんとの生活は仮初だったのか?」
「ちげーよ! 娘がその人間のこと気に入ってたから、どうにかしてくっつけてやりてえなと……」
「お前の娘さんまだ十四歳だろ!? それにそこまでされた娘さんドン引きするだろ!」
「…………え、そうなの?」
「お前なぁ……」
アキツ・アキラは女性を侍らせている。いざというときは役立つかもしれない。人質とか、そういうのだ。
重要な情報を一縷も聞き逃さないようにすべく、彼女は耳を澄ませる。
曰く、狼人族といちゃついているところを見た。
曰く、淫魔が経営する娼館の店長と個人的に仲がよく毎夜世話になっているらしい。
曰く、さらにその店長の妹とも仲がよく、三人で歩いているところを見た奴がいる。
曰く、狐人族の少女に娼館の仕事を紹介した。
曰く――
聞いていてうんざりするほど、アキツ・アキラの情報で溢れている。
どれが本当なのかなんて見当もつかないが、流れる噂の八割以上が女性に関するもの。それから類推するに、彼は相当に女にだらしのないロクデナシのようだ。
これ以上、この酒場にいる理由はない。コレットはそう判断した。
酒の臭いは嫌いだし、それ以上に、下劣な話題ばかりが聞こえてきて仕方なかった。
こういう仕事はどちらかと言えばジン向きだ。
でも彼が動けないから、自分が動く。
そう考えつつ、コレットは立ち上がってさっさと会計を済ませた。
その際、粗雑でずぼらな魔族らしくない態度の女性店員が、不思議な接客でコレットを見送った。
「行ってらっしゃいませ、お嬢様♪」
「……はぁ」
どういう意味だかわからない。仕事に行くことが前提なのかと、コレットは首を傾げる。
そう思いつつ、店を出る。店には『冥土の酒場』と書かれた派手な看板が立ててあった。
「……料理はまずいし、店員は変な格好だし、バカみたいに高いし。なんだろうこの店……」
そう呟きつつトボトボと歩くコレットが、その店が最近魔都で流行っている「メイド喫茶」から派生した「メイド酒場」であると知って赤面したのは、だいぶあとの話である。
コレットちゃんもかわいい




