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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
3-3.貴様は祖国を裏切った?
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コレット、魔都の大地に立つ


 真のアキラに己の存在が魔都にいることがばれた、なんてことを知らないジンとコレットのコンビは、魔都潜入以来諜報活動に従事している。


 本国から与えられた任務は、人類の裏切り者「アキツ・アキラ」の暗殺。


 この人物は、現在魔王軍の幹部となって兵站局長として魔王軍内改革を行っているということだけが判明している。

 それは捕虜への尋問あるいは拷問、戦場において収集された資料に記載されていたことだ。


 だが肝心の素性、顔、人となりは全く不明。

 皇国系の人間であるということだけは名前で判別できるため、連合王国の諜報機関が調べている。


 だが、公的な記録や親類縁者の類も全く見つからないという異常事態。


 故に、ジンとコレット全くの手さぐりで、要人の暗殺をしなければならないのである。


「というか、私だけなんだけど」

「仕方ねーだろ。偽アキラが通じるのは田舎だけ。ロンドールよりもでけぇグロース・シュタットに出歩いたら一発でお縄だろう」


 ジンは人間である。


 人間と魔族の区別は容易である。


 実際、アキツ・アキラは街行く魔族らに指を差されながら魔都を歩かなければならない。

 それでも魔都においては「魔王軍唯一の人間」としてそこそこの名を馳せているためスパイ扱いはされなくなってはいるのだが……。


「俺にとっては幸か不幸かわからんね。有名人だから情報収集がしやすいと言えばしやすいし、俺が動けないから情報収集がしにくいとも言える」

「はぁ……。役立たずね」

「仕方ないだろ? ま、俺はここで本国と通信してるから、お前さんは街中で情報収集してな。ついでにメシも俺が作るぜ」


 彼らは、魔都郊外の山小屋に住処を見つけた。

 その山小屋にはドワーフの老人が隠居していたのだが、突然の来訪者の手によって既に老後の生活と人生そのものを終えている。


 そこでジンは即席のアンテナを立て、本国との通信を試み、成功させた。

 これはこれで苦労する作業なのだが、機械操作に不慣れな魔族にとってはそうは見えない。


「……気楽な仕事で羨ましいこと」

「見た目ほど気楽じゃないがな」


 煙草を吸いながら飄々と応答するジンの受け答えにコレットは肩を竦め、これ以上関わりたくないと言わんばかりに戸を開ける。

 懐かしくも憎い魔力の濃い臭いがコレットの鼻につく。


 戸を閉め活動を開始しようとしたその際、ジンが言う。


「ともかく、頼むよ。アキラを殺して余力があれば、憎き魔王も殺せばいい」


 コレットはジンの言葉に応じず、戸を閉め、もたれかかり天を仰いだ。

 遥か天の高みから人々を見下す太陽に、彼女は呟く。


「元より、そのつもりよ」


 と。





 魔王に忠誠を誓っていた一般的な臣民として数十年、そして人類軍の捕虜として屈辱的な生活を数十年、そして魔王を憎む諜報員として、これから数ヶ月ほど。


 そんなコレットは、魔都グロース・シュタットに戻ってきた。


「……何年振り……いや、何十年ぶり、かな」


 天下の往来、魔都グロース・シュタットの街並みは、コレットの脳内奥深くにある微かな記憶と合致していた。


 元々魔都の生まれではないコレットでもわかるほど、ここは何も変わっていない。


 人類の街は、牢獄の小さな鉄格子越しから見てもわかるほど、数十年でだいぶ様変わりする。

 天にも届きそうな高層建築物、海峡を一跨ぎする巨大な橋が出来上がる。


 対して魔都は、変化がない。

 時代に取り残された化石のように、何も変化がない。


 いや、変化はあるか。魔王の住処たる魔王城はそのところどころにヒビが入っている。煉瓦造りの建物には綻びが見え始め、いつ倒壊してもおかしくない。


 いかにも、魔王軍の現状を象徴しているようではないか。


「…………わかりきった結末なのに、どうして悪足掻きをするの」


 百年で、魔王軍の版図は半分以下に縮小した。

 もう百年もすれば、魔王や魔族というのは歴史教科書で語られるのみとなるだろう。


 そんな結末は、誰もが認めることではないのか。


 誰も現実を見ていないの?


 それとも魔族は、悲惨な戦場から目を背けることに生き甲斐を感じているの?


 だからそうやって、笑顔で街を歩くことができるの?


 コレットの頭の中で、疑問がわき出る。

 疑問を通り越して、恨み辛みとなって、言葉に漏れだしているようだった。


 ぶつぶつと怪しげな言葉を喋る彼女を見て、誰も通報しなかったことが彼女にとっての幸いだったかもしれない。


 その代わりにあった出来事と言えば、


「――わっ!」

「きゃっ」


 路地裏から飛び出してきた子供とぶつかってしまったことだけだ。おかげで正気に戻れたが。

 一方子供の方は、体格差もあって盛大に尻もちをついている。


「~~~っ」

「あ、ごめんね? 大丈夫?」


 コレットがぶつかってきた子供に左手を差し伸べる。

 すると、背中に羽根を生やした、コレットと同じ鳥人族であろう「少年」は笑顔で、


「大丈夫だよお姉ちゃん!」


 と言い、コレットの手を取ることなく、そのまま起き上がった。


 なんとも元気な子供だろうと、普通の人なら思うところであろうか。


 だが普通ではないコレットには、そんなことはどうでもよかった。

 少年の、年相応の笑顔を見て、コレットは目を見開き恐怖している。


「どうしたのお姉ちゃん。それに……それ、なに?」


 今、自分は何をしている?


 いや、もっと細かく言えば「なぜ自分の右手は、懐にある拳銃を、なぜ少年に向けているの?」という恐怖からくる疑問である。


 少年はコレットが懐から咄嗟に出したその黒い拳銃をまじまじと見つめている。


 銃口を覗き、ときどきツンツンと触ったり。

 人間が見れば卒倒しそうな絵面であるが、魔都に住む者の殆どはそれが何かを理解していないのが幸いだった。


 そしてそれ以上に幸運だったのは、自分の携帯する拳銃は、ジンによって安全装置のついたものに強制的に交換されていたことだ。


 彼女の人差し指は、引き金に触れていた。

 もしジンのものと交換していなかったら、今頃少年は頭に盛大な花を咲かせていたことは間違いない。


「……なんでもない。それより、急いでるんじゃないの?」

「あぁ、そうだった。お母さんに叱られちゃう。じゃあね、お姉ちゃん! ごめんね!」

「ううん。大丈夫、今度は気を付けてね」


 平常を取り戻し、背中に翼を持つ少年の背中を目で追って、コレットは冷静になった頭の中でいま起きたことを思い出し、そしてその記憶に寒気を感じていた。


 いくら魔王が嫌いでも、いくら人類の為に戦う諜報員であろうとも、




 なぜ私は、見ず知らずの、無垢なる少年を本能的に射殺しようとしたのだろうか。



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