面倒くさい×面倒くさい
銀蠅問題が提起されてから二ヶ月経った。
我らが兵站局の前に立ちはだかる銀蠅問題は厄介だ。本音で言えば憲兵に丸投げしたいのだがそうもいかないだろう。
ワンオペ牛丼屋を襲った強盗犯を捕まえるのは警察の仕事だが、強盗犯を減らす努力は牛丼屋もしなければならない。
対策は基本的なものである。
監視の目を増やすことを主軸とし、業務全体を見直して銀蠅が起きる余地をできるだけ減らすということが挙げられる。
またクレーメンスさん協力の下、銀蠅等の輸送途上における損失が多発する地域を統計的に纏めて、地域にあった対策を考える必要もある。
どれもこれも基本中の基本で、なにも捻ってはいない。
「とはいえ、大変なのは変わりありませんが」
「はい。人手を増やしたいですが、安直に人手を増やすとかえって銀蠅を増長させることが大きな問題ですね……。アキラ様、やはり憲兵に任せた方がいいのでは?」
「うーん……。憲兵との協力や連携はいいんですけど、丸投げすると憲兵からの横やりのせいで兵站に滞りが出る、という事態になりかねませんからね」
クレーメンスさんは今の所兵站業務に協力的だが、元憲兵である彼女が、兵站局に憲兵隊を招き入れて業務を妨害する、という可能性がないわけじゃない。
元々俺が色々とやりすぎたせいでもあるが、だからと言って面倒事はごめんだ。
「それに憲兵とかそういうの大嫌いですしね!」
「……そっちが本音ですよね?」
仰る通りです。
ま、銀蠅問題が片付けば憲兵の監視の目を気にすることなく普段通りの兵站業務に戻れるわけだし、さっさと終わらせてしまおう。
この二ヶ月、輸送総隊司令官のウルコさんと協議し、色々な改善案を出しては検討し、そして試験運用をしてきた。輸送隊の構成員の大半は、知力の低いオークやゴブリンであるため、こう言った問題に関しての対処は単純化しないといけないのが厄介だ。
そして最終的に、荷揚げ荷下ろし役と監視役を分けることになった。これは輸送隊で度々発生していた、荷物の誤配問題を解消するための策でもある。
荷物を荷車に載せる役と、荷物が間違っていないかを確かめ、途中で謎の損失が起きないように監視する役というわけだ。
単純な策だが、単純だからこそ費用対効果に優れる。
無論、問題がないわけじゃない。先ほどソフィアさんが言ったように、単に人手を増やせばいいと言う話ではないということがあるのだ。
つまり監視役自身が銀蠅するなり見て見ぬふりをするなりをしてしまうということだ。
これに対する策は、彼らに銀蠅ではなく監視する事の方が実利的なメリットがあるとわからせなければならないということ。
「エリアごとに監視役を任命して、彼らの俸給を成果給にしますか? 例えば、銀蠅犯を捕まえた場合は手当を出すというのは?」
ソフィアさんはそのように提案したが、たぶん問題の方が多いだろう。
「うーん、手当はちょっとやめた方がいいですね。下手をすれば冤罪が増えるだけですから」
「では物資の損失率がゼロに近いほど、俸給が上がる、とかでしょうか?」
「そっちの方が現実的かな。もともと損失率が大きい所は、損失理由を調査して人員を増減させ、他のエリアと不公平がないようにしませんと」
「わかりました。とりあえず、そのように手配します。それと来週の視察についてですが、どうしましょうか?」
視察?
……っと、そうだった。忘れる所だった。
銀蠅問題についての対処を考えるためにいくつかの地域を回ったけど、ひとつ地域が残っていたんだった。
銀蠅というより、輸送隊の列を襲って荷馬車ごと奪う強盗行為が数件発生している。憲兵隊が犯人を追っているようだがまだ捕まっていない。
最近は沈静化しているようだが、前線にもそこそこ近い地域でもあり近くには町村もあるため、治安維持の観点からも視察が必要なのだ。
「では来週の……そうですね、七月二日に行きましょうか」
「随員はどうします?」
「私とソフィアさんで大丈夫でしょう」
「…………」
まともな提案をしたつもりだが、なぜかソフィアさんが黙った。
「アキラ様。お忘れではないかと思いますが、アキラ様を監視するために陛下からの勅令によって兵站局へ派遣された元憲兵隊所属の上級大尉はどうしますか?」
「…………みんな幸せになろうよ」
いいじゃん別に。クレーメンスさんを置いてソフィアさんと二人で視察に行っても。
彼女が来る前は結構やってたし、今更だよ。
「しかしばれたら後々さらに面倒なことになる気がするのですが……」
「じゃあソフィアさんの代わりにクレーメンスさんにしますか?」
「ダメです」
即答だった。
「……そんな子供が小遣いを欲しがっているわけじゃないんですから、ダメはないでしょう」
クレーメンスさんのことを気にして公私混同をしないと思わせてこれだから、最近のソフィアさんは結構可愛いと思いました。
それはさておかないけれど、どうしたものか。
確かにクレーメンスさんと二人きりというのは俺も嫌なんだよな。かと言って、俺が行かないのもそれはそれで問題だし……。
となれば、三人で行くか、あるいは四人で行ってその四人目にクレーメンスさんを押し付けた方がいいかもしれない。
うん、そうしよう。
「アキラ様、悪い顔をしていますよ」
「……コホン。ソフィアさん、来週の視察は四人で行きましょう。私とソフィアさんと、監査のクレーメンスさんと、彼女の補佐としてあと一人」
「……クレーメンス様の補佐?」
「えぇ。彼女も私を監査しながら前線視察をするわけですから忙しいと思いまして」
「棒読みで言っても説得力がありませんよ、別にいいですが。それで、誰を連れて行かれるおつもりですか? さすがにこれ以上幹部要員を連れて行くのは……」
ごもっとも。ユリエさんあたりが適任かと思ったのだが、そうなると幹部要員が二人だけになってしまう。
今回はやめておこう。
となると、準幹部か、あるいはまったくの平でも連れて行くべきか。
でもクレーメンスさんみたいな人を軽くあしらえるような人がいるとは――、
「リイナさん! 例の銀なんちゃらの問題の対策案を自分なりに考えてみたんですけど、どうでしょうか!」
「ふぇっ!? 銀蠅対策なら局長様あたりがもう考えてるんじゃないかな。それにワカイヤくん、自分の仕事は終わったの?」
「あのへなちょこヘタレすっとこどっこいアキラサマ局長の案なんて目じゃないくらいの良案だと思います! どうぞ見てください!」
「え、えっと、私の質問に――」
「この案の素晴らしいことはまず、手間がかからないことだと思います!」
「ね、ねぇワカイヤくん私の話聞いて? あと対策案の表題が銀蠅殲滅討作戦って名前からしてもうダメな感じが……」
なんだかいつにもまして五月蠅いなあいつ。あと誰がへなちょこヘタレすっとこどっこいだ。
そんな意識高い系の部下を持つリイナさんも大変だ。休暇は楽しめたかどうかわからないけど、あれがまだ続くならリイナさんと彼は少し距離を開けるべき……ん?
「よし、あいつにしよう」
ワカイヤくんはクレーメンスさんの補佐として勉強してください。あと面倒な人同士というのは意外といいんじゃないかと思います。
「……本気ですか?」
ソフィアさんは不安そうな声でそう聞いてきたが、私は至って本気です。
たぶん、大丈夫だから!




