その煙草やめてください
ジンと拠点近くの街を歩くことになった。
目的は物資の調達と情報収集。
いつものスパイ活動だ、と彼は言う。
でも、不思議だ。前々からやっているというのなら、尚更不思議な事がある。
「……人間の区別は魔族にならすぐにわかる。どうしてばれないの」
「すぐにわかる。そこの露店にしよう。そこでだいたい必要な者は揃うはずだ」
ジンと二人で街を歩く。
彼はいつもと変わらない態度で紙煙草を吸いながら堂々と歩いている。彼の煙草の臭いは独特で嫌いだ。
でも彼の姿や煙草の臭いを、街の人は気にすることない。なぜか。
その疑問は、店の前に立った時、店番をしている犬人族の老婆に話しかけた時に解決した。
「ようばあちゃん、生きてるかい? いつもの欲しいんだけど」
「おやおや、また来たんだね。いらっしゃい、アキツさん。珍しいわね、連れがいるなんて。しかも……ふふっ、なんだか可愛いし」
……は?
今この老婆、何と言った?
「お嬢ちゃん、名前は?」
「…………えっと、コレット・アイスバーグ」
「コレットちゃんね! ようこそ、ウィチタ商店へ! お嬢ちゃん可愛いからおまけしちゃおうかしら!」
「お、コレット大戦果だぞ! 勲章ものだ!」
「ふふっ、そうね。あ、そうだ。――おじいさん! アキツさんが来てますよ! 可愛い女の子連れて!」
老婆は振り向き、露天の背後にある窓を開け中にいる誰かを呼び出す。
ここで言うおじいさんとは、彼女の祖父ではなく旦那のことだ。
「断る! 俺はあいつの臭いが嫌いなんだよ! 窓閉めろ! 開けた途端臭いがこっち来たじゃねーか!」
「はいはい。……ごめんなさいね、主人はやっぱりダメみたいで」
「なに。構いませんよ。確かに変な臭いの煙草吸ってますからね」
変な臭いって自覚あったのかコイツ。
なら吸うの自重してほしい。
そういう目を向けたら、ジンは悪戯な笑みを浮かべてウインクしただけだった。どうやらやめる気はないらしい。
燃やす。
「私は好きだけどね? いっそ私もその煙草吸おうかしら」
「そうしてあげたいがこれはレアでな。世話になってるばあちゃんでもやれんさ」
「あら残念」
名の知らぬ、店主らしき老婆はにこやかな顔のままジンと会話をする。
健康の話とか、街の話とか、店の売上とか、孫の話とか、他愛もない話だ。
違和感はない。気の良い老婆と変なオッサンの、楽しそうな普通の会話だ。
だからこそ違和感しかない。
老婆は、ジンのことを「アキラさん」と呼んだ。
そして本国からの秘密指令は「アキツ・アキラ」なる人物の暗殺だった。
いったいどういうことなのかがわからない。
「――ットちゃん! コレットちゃん!」
「……え、あ、はい?」
深く考え込んでいたら、どうやら私は呼ばれていることにも気づかなかったらしい。
「あぁ、ばあちゃん気にしないでくれ。こいつ時々ボケーッとしてる奴でよ」
ジンはそう言ってフォローすると、私の肩を抱いて思い切り引き寄せた。
彼の身体に染みついた煙草の臭いと加齢臭が、どうにも鼻について嫌悪感を抱かせる。
でも傍から見れば、これは――
「まぁまぁ。もしかして二人は……そういう関係なのかしら?」
老婆は歳不相応に、口を両手で覆い隠して頬を染めている。この老婆、元気すぎだ。
「ハハッ。みんなには内緒だぞ?」
そしてジンはジンで、小指を立て、それを口元に持ってきた。
なるほど、スパイというものは嘘を吐くのが得意というのがよくわかった。
魔王を殺した後でこいつも殺してやる。
「はい、お会計。ちょっとおまけしといたから」
「ありがとよ、ばあさん。長生きしろよ」
「お互いにね。また来て頂戴」
「おう。……と言いたいが、ちょっとグロース・シュタットに行く用事できちまってな。次いつ会えるかわかんねーんだわ」
「あら、そうなの? 寂しくなるわね……魔都は遠いし。できるだけ早く戻って、また来てくださいね?」
「おう。なるべく仕事終わらせて帰るわ。じゃあな」
「ありがとう、またね。コレットちゃんも、アキツさんのことよろしくね」
老婆に笑顔でそんなことを言われた私は、件の嘘に付き合うために嫌がるのではなく、むしろジンと魔都に行くことが光栄であるかのように振る舞わなければならない。
「はい!」
人生で一番の作り笑顔を老婆に見せながら、私は心の中で呟く。
嫌な仕事だ。さっさと殺さないと。
ともあれ、街での用事は終わった。
ジンは何かしら大量に物を抱え込んでいるが、いったい何に使うのか見当がつかない。
そしてもうひとつ、見当がつかないことがある。
「ジン。あなたがアキツ・アキラだったの?」
私は周囲を確認し、ばれないように服の中で彼に銃を突きつけて真偽を問う。対するジンの反応と言えば、
「嬢ちゃん、わかってやってるだろ?」
答えにはなっていないが、殆ど答えみたいなものだろう。
「……じゃ、なんであなたがそう名乗っているの」
「それも簡単な話だ。魔王軍って奴らは、まだ写真機とか持ってないんだろ? そんでもって、魔王軍唯一の人間アキツ・アキラはこのちっぽけな町にも知られてるくらい有名だ。ただし、人間であることと、その名前だけが有名なのさ」
「…………なるほど」
つまりこの町の人間はジンを魔王軍兵站局長アキツ・アキラだと勘違いしている。
……ついでに、私がアキツ・アキラの恋人であると勘違いしている。
「ジン、あなたって最低の男だわ」
「どうしてそうなる?」
彼は、本当にわからないと言った風で、眉間に皺を寄せていた。
コレットちゃんの外見設定全然決めてない




