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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
3-3.貴様は祖国を裏切った?
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裏切り者の過去

 夢を現実と錯覚することがある。

 現実では到底あり得ないことでも、私は夢を夢と思わない日がある。


 今日も、そんな日。


 太陽は地平線の向こうに沈みはじめ、空は赤く染まる。


 そして空をより一層赤くするのは、目の前に建つ家。


 正確には、家だったもの。それは天高く火柱を上げて燃え盛り、ダレかを焼き続けている。


「オマエのせいだ」


 真っ赤に染め上がる家の中で、同じく真っ赤に染まったダレかが喋る。

 譫言のように、まるで私の耳元で喋っているかのように。


「オマエのせいだ」


 私は、彼らの名前を知らない。

 ここがどこかもわからない。


「オマエのせいで!」


 でも私がなぜここに立っているのかは、わかっている。


「オマエのせいで!」


 彼らの言う通り、私のせいだ。でも、それで悲観したりはしない。


 私は私にできることを、必死にやっているだけだ。私には私の義務があるから。


 そんなことを意に介することはない屍人は喋り続ける。呪われているかのように、私を罵る。

 私はそれを、ただ見ている。私もまた呪われたかのように、足を地面に縫われたかのように動けないでいた。


「オマエのせいだ」


 ふと気づけば、左手に暖かい感触があった。


 首を動かせば、そこにいたのは小さな子供。中性的だけど、たぶん男の子。私をそのまま小さくしたかのような見た目の、弟にそっくりな男の子。


 そんな彼を愛おしく感じて、私は彼に笑みを浮かべる。


「大丈夫。家に帰れるから。大丈夫」


 私はその夢の中で、初めてそんなことを言った。大丈夫、大丈夫と。


 その言葉の意味を理解したのか、男の子もまた私そっくりの笑顔を浮かべた。

 私は彼の、弟のそんな笑顔が好きだ。


 だから私は、弟の笑顔を守るために――、


「オマエのせいだ」


 弟が、喋った。

 笑顔でそう言った。アイスブルーの目が黒く濁り、そのまま顔の上半分が闇に呑まれ始める。


「オマエのせいだ」

「オマエのせいだ」

「オマエのせいだ」


 男のような、女のような、若者のような、老人のような、悪魔のような声で、私を罵るそれ。


 私の手を握るその手が、だんだんと冷たくなっていく。

 氷を素手で触っているようなそんな感覚に私は襲われていた。


「オマエのせいだ」

「違う……!」

「オマエのせいだ」

「違う!」


 気付けば、私は必死に否定した。

 左手も両足も動かせない。目は弟のようなものを見たまま動かせない。耳はそのものの声しか捉えない。

 口はただ否定する事しかできない。


 私を罵る言葉だけが、脳内を駆け巡る。


「違う!」


 そしてそいつの手を握っている反対側、即ち右手に、固く冷たい感触があった。


 良く手に馴染むその感触だけで、ソレがなにかを理解した。


「オマエのせいだ」

「違う、違うの」


 私の腕が、勝手に動く。


 右手によく馴染むそれ。

 人類軍が開発した、回転式拳銃。冷たい殺意を六発装填したそれは、今の私には魔術よりも手慣れたもの。


 しかも安全装置なんてケチなものはついてない帝国製の拳銃。

 躊躇なく撃てるから、私は好きだ。


「オマエのせいだ」

「違う――違う!」


 だから私は、これを、弟だったものに銃を向けて、


「オマエが、コロシタんだ」


 トリガーを引いた。


「――違う! 私は――」






「やめろ!」


 気付けば、目の前にはジンが立っていた。

 彼は弾倉を掴み、撃鉄に指を入れて銃弾が発射されないようにしていた。


「寝ぼけて拳銃ぶっ放そうなんて、とんだ戦争狂だな、嬢ちゃん」


 拳銃を持つ右手の力が、スッとゆるんだ。


 私は肩で息をしている。体中が汗まみれで、ベッドも服も下着も、そして頬も濡れていた。何があったのかを、数瞬で理解した。


 夢を見ていたのだ。


「…………」

「落ち着いたか?」

「……ごめんなさい」


 危うく、ジンを射殺するところだった。


「見ての通りピンピンしてる。気にすることはない。ただ、今度からはそんな安全装置のついてないボロのシングルアクションなんてやめて、こっち使うことだ」


 そう言って、彼は懐から拳銃を差し出して、私の拳銃を没収した。

 彼から渡された銃は使い古されているからか、傷の多い黒い銃だった。


 装弾数は六発。安全装置はちゃんとついている。


「……ごめんなさい」

「気にすんな。寝れないようなら、そこら辺散歩してきな」

「…………いや、大丈夫」


 そう言うと、彼は短く「そうか」と答えると、部屋から出た。


 散歩する気になんてなれない。特にこんな、薄汚れた魔力に満ちた大地を歩くのは。



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