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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
3-3.貴様は祖国を裏切った?
133/216

標的(キミ)の名は

 遡って、ある冬の日。

 山小屋、あるいは魔王領地潜入中の人類軍の拠点にて。


「――というわけで、お前さんの仕事は魔王を殺すことじゃねぇ。情報収集だ」

「…………」


 無精髭を生やした人間の男と、うら若き魔族の女性が、今後の方針を話し合っていた。


「せめて返事をしてくれ。わかったか? それとも何か質問あるか?」

「……嫌だ」


 なお、たまに会話が成立しない。


「魔王を殺す。これは決定事項」

「んま将来的にはそうなるが……お前、魔王を倒す算段はついているのか? 俺ら人類軍の大規模攻撃をものともしない魔王を倒す方法」

「…………」

「ないなら、大人しく俺の言うことを聞いとけ」

「………………」

「返事は?」

「……わかった」


 コレットのコミュニケーション不足に悩まされるジンであった。


 魔都と前線の中間、町外れの山小屋が彼らの拠点である。

 ジンの故郷、北洋連合王国は遥か彼方にあって、物理的な支援は皆無である。加えて、ジンは人間であり、他の魔族が見れば一発で敵だと判断できてしまう。


 しかしジンはそんな環境下でも、諜報員としての仕事を一流にこなしていた。


 街道を走る物資の動き、町の状況、そしてたまに空巣や荷馬車の襲撃などによって物資・金銭のみならず情報を得るのが彼の仕事だった。


 小さな、そして細かな任務であり、大局にはなんら影響のないものと思われていた。

 だが彼の得た情報によって人類軍は事前に攻勢を察知し得たり、あるいは無防備な地点を割り出すことにも成功していたのである。


「とは言え、それも限界がある。だから本国に連絡してお前さんを呼んだんだ。数少ない魔族の協力者をな」

「……」


 へらへらと笑いながら説明するジンに対し、コレットは何の感情も浮かばずに、必要な情報だけを聞き入れあとは流す。

 合間合間に、如何にして魔王を倒すかを考えていた。


「……仕事熱心だこと」


 それを見たジンは、呆れながらそう感想を漏らした。


 カリスマを持つ優れた指導者であっても必ず誰かしら反発を持たれ、最悪暗殺の対象となることくらいジンも知っている。

 人とはそういうものであり、魔族もまたその例外とはならない。


 しかしそれであっても、コレットの、魔王に対する殺意は並々ならぬものである。


 どうしてそうなったのか、ジンはそんなコレットの内面に興味を持ち始めていた。


「……ジン。質問がある」


 そんなことを考えていた時、仕事熱心なコレットが話しかけてきたことによってジンは思考を中断した。

 懐から紙煙草を取り出した彼は、それに火を付けながらジェスチャーのみで発言を促す。


「本国との連絡手段は」

「俺の後ろにある機械を使う。発信は暗号にしてモールス、受信はだいたい乱数放送だ。本国もモールスで発信すりゃいいんだろうが、色々と問題あるんだろうよ」

「乱数放送……?」

「なんだ? 本国はそんなことも教えなかったのか? ったく、使えない奴らだ」


 言って、ジンは時計を見る。


 小屋にある時計は二種類。どちらも振り子時計だが、時計の針が指し示す時刻は全く異なる。そしてその一方が、一四時〇〇分になろうとしていた。


「……そろそろか」


 ジンがそう言うと、ラジオを付けた。ペンと紙を用意し、それが来るのを待つ。


 そして連合王国標準時十四時ジャスト。妙に軽快で、妙に不吉な音楽がラジオのスピーカーを介して繰り返し流れたのである。


 一分ほどそれが続いた後、淡々とした女性の声で、


『6 3 8 2 0、6 3 8 2 0』


 と、ひたすら数字を流し始めたのである。


 ジンはその数字を書きとめ、放送終了後は暗号乱数表片手にそれを解読する。

 手間のかかる作業だが、これがジンの数少ない日課と呼べる作業である故に、手慣れたものである。


 数分して、その意味のない数字が意味のある文章となった。


「喜べコレット」


 そして、ジンはにこやかな顔で、新しい相棒に本国からの命令を伝達する。


「お前さんの好きな暗殺命令が出てるよ。手段問わず、期限は設けず、だとよ」

「……!」


 コレットの顔が明らかに変わった。目には殺意が宿り、心なしかウキウキとした表情になる。

 その変化を楽しんだジンは、飄々と言葉を付け足した。


「ただし、魔王じゃない」

「…………」


 コレットの顔が再び変わった。目には失意が宿り、心なしか呆れた表情になる。


 案外、感情の豊かな女だ、とジンは内心思う。


「まぁ、そんな顔するんじゃない。魔王じゃないにしても、ターゲットは魔王に近しい奴らしいしな」


 そう言って、彼は解読した暗号文をコレットに見せる。


 そこにかいてあった、ターゲットの名は――、


「俺と同じ――いや、お前と同類って感じだな、こいつは」


 コレットは、汚い字で書かれたその名を口にする。


 魔王軍唯一の、人間の名を。


「アキツ・アキラ」



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