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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
3-3.貴様は祖国を裏切った?
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兵站会議 その2

前話「兵站会議 その1」の後半部分を大幅加筆しました。

そしたら2800字が6300字に増えました(

 兵站局定例会議では大小さまざまな報告がなされる。


 ここ数年で大きく兵站システムが変化したことによって、それによる不具合が各所で出ている。

 その不具合を報告し合い、話し合って、対策案を提示するわけだけど、今日は新輸送システムの他に非常に重要な案件があったことがいつもと違う。


「――というわけで、次の議題は『輸送路上の安全確保』についてです。クレーメンスさん、お願いします」

「はい」


 それは元憲兵のクレーメンスさんらしい案件とも言える。


「私が独自にまとめた資料によりますと、現在魔王城から各前線に配送される物資の内、少なくない量が失われています」

「……それが、何か変なのですか?」


 エリさんから当然の如く質問が来る。


 リイナさんが先ほどの報告で述べたように、輸送途中の物資損耗は別に珍しい話ではない。

 食糧は腐敗するし、魔石は荷馬車の振動で損壊する。


 そうならないような措置は多く施してあるが、技術的な限界と予算的な問題で全てを防げるはずもない。

 そろそろ、そこら辺の技術開発も提唱してみようか――


「いえ、小官が問題としているのは、通常考え得る物資の損耗ではなく、所謂『銀蠅(ぎんばい)』によって減少したことによるものです」

「ギンバイ……?」

「ハエのせいで減ってんのか?」


 イマイチ言葉の理解が及ばないリイナさんとユリエさん。

 一方で言葉の意味を理解しているソフィアさんと俺は頭を抱えた。


「いえ、ハエというのは一種の比喩です。刑法上は『窃盗』あるいは『横領』と呼称すべきなのですが、一部の戦闘部隊員は『銀蠅』と称して、理論の正当化をしているのです」

「……何が言いたいのかサッパリ」


 クレーメンスさんはわざとわかりにくい言い方しているんじゃないかと勘繰りたくなる。ユリエさんの頭上で疑問符がフラメンコしているように見えた。


「要はドロボウの軍隊バージョンですよ。俺たちが用意した物資を掠め取るんです」


「銀蠅」というのは、確かに原義はハエのことだ。

 金属光沢のあるハエのことで、人の食糧にたかって貪り食う様が何とも忌々しい。


 転じて、軍隊において物資を横領乃至窃盗、果てには恐喝や強盗という非合法手段によって不正に得ることを言う。


 当然発覚した場合は軍規に従って処罰される。

 ……建前上は。


「アキツ局長殿の仰るように、これは犯罪行為であります。しかしこれは軍内部、特に戦闘部隊においては『盗まれる方が悪い』という風潮があるのです」

「……え、そうなのですか?」

「そうです。軍規に照らせば軍法会議に掛けられるのですが、通常の場合、軽い刑罰が施されて見逃されているのが現状です」

「それ、憲兵隊もグルなのか?」


 ユリエさんは眉間に皺を寄せる。

 先ほどの話と言い、憲兵隊に対する不信感が募っている様子。ただクレーメンスさんは彼女の言葉を真っ向から否定した。


「以前の憲兵隊長の下ならばともかく、今はそんなことはありません。憲兵も必死で捜査にあたっています。ですが、発生件数自体が多く、また組織的な隠蔽を施している例が数件ありました。勿論、発覚した段階で関係者は処罰の対象ですが……この種の犯罪行為はなくなりません。それこそ、蠅のように次々と湧いてきます」

「なんとまぁ……」


 やれやれ。これまた根深い問題だ。


 クレーメンスさんがまとめた資料によると、物資損耗率の内約半数は致し方ない理由による廃棄処分となっている。


 だが残りの半数は「実用に耐え得るものじゃなくなった」ことにされて廃棄され、誰かの懐に入ったものや、輸送途中を狙われて一部物資を盗まれるなどの銀蠅行為によるものだと発覚したのである。


 失った物資について「盗まれた」だなんて報告書に書いたら「盗まれる方が悪い」と言われてしまうだけ、そう考えた輸送隊の誰かが「やむを得ない損壊」として報告書を提出してもおかしくない。


 これらは、前線に届いた物資の量と、輸送途中で損耗した量、そして使用された量、廃棄された量、後送した包材の量などが不自然だったことで判明した。


 また輸送途中でどれだけ物資が損壊するかは経験則的に数値化が成されているのだが、それよりも遥かに多い量が損壊したと報告されているのだ。


 つまり、誰がやっているかはわからないが確実に銀蠅は多く起きていることがわかる。


 銀蠅によって失われた物資量は、一件一件は少ないが、推定される全体被害の大きさは、一つの陣地を三日養えるほどの量となる。

 これは無視できない。


「ですので、恐れながら私の方から対策を提案したいと存じますが、よろしいですか?」

「あるんですか?」

「はい。資料の二十八ページを見てください。銀蠅を含めた物資損耗率を、各方面、各時期に分けて統計的に纏めたものとなります」

「……これ一人でやったんですか?」

「はい。魔王軍規則改訂委員会が急遽中止になったせいで暇になりましたので」

「…………そうですか」


 憎しみたっぷりのクレーメンスさんの笑顔が怖い。


 ハッハッハ、まるで私のせいで委員会が中止になったみたいな言い方じゃないかね。

 まさにその通りなんだけど。


「コホン。それはさておき、この統計データは有用ですね。特にテネリフェ方面における損耗率が飛びぬけていることがわかります」

「恐らく組織的な横領があるのでしょう。これを叩けばだいぶ減るかと」

「クレーメンス様の意見は正しいと思います。問題は具体的な対策ですが……」

「三〇ページを見てください。損耗率の低いキックス方面と、損耗率が高いテネリフェ方面を比較したものです。ご覧のように、師団附きの法務士官や憲兵隊、輸送隊等の監視の数だけ、率が下がっています」


 やはり最後は人の目ということか。

 監視カメラやドローンがある現代でも、人の目による警邏も欠かせないものとなっているしな。


「となると、如何に監視の目を付けられるか、ということですわね。人件費が心配ですが……」

「じゃ、じゃあ一番費用対効果が高くなる、監視の数を探ればいいんじゃないかな?」


 こうしてテネリフェ方面における銀蠅対策が施されることになった。

 ただ実験的な要素があるので根本的な解決となるのはまだまだ先だろう。それこそ、人材不足の壁もある。


 それに――、


「アキラ様。テネリフェと言えば例のアレがありますよね?」

「えぇ」

「ソフィアさんも局長さんもどうしたんだ?」


 それを兵站局の中で知っているのは今の所俺とソフィアさんのみ。だからこそソフィアさんは全部言わなかったが……みんな知っても良いころだろう。


「いえ、ちょっとまだ内々の話で正式に決まったわけじゃないんですが……」

「ん?」

「実は、テネリフェ方面で攻勢が計画されてるんですよ。秋頃に」

「えっ……そうなのですか?」


 誰も聞いてないはずなので、ソフィアさん以外は全員がビックリした顔となる。魔王軍が攻勢を企てるのも久しぶりだしね。


「はい。と言ってもまだ正式決定じゃないので、黙っててくださいね」

「それは大丈夫ですが……」


 エリさんは、その言葉の続きを話さなかった。

 だが言わんとすることは明白で「攻勢計画を立てつつ銀蠅対策ってなにその無理ゲー」である。


「まぁ、こんなことはこれから先何度もあるでしょうし、練習がてらと言ってはなんですが、やってみるしかありませんよ」


 俺がそう言うと、皆が一同に頷いた。

 頼れる仲間たちである。


「ではこれ以上何かなければ、今回の会議はここまでとしましょう。皆さん、お疲れ様でした」


次話、例の人類軍スパイコンビ再登場。時系列が前後する予定です

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