兵站会議 その1
なんの変哲もないただの会議(3分割投稿予定)
6/26追記:後半部分を大幅に加筆。というか加筆部分の方が多いという珍事態発生しました。
「全員揃いましたね」
魔王軍総司令部兼魔王城内部にある兵站局にほど近い小会議室。
そこに集まったのは兵站局の幹部、即ち俺、ソフィアさん、エリさん、ユリエさん、リイナさん、そしてクレーメンスさん、計六名である。
六人全員が一堂に会したのはこれが初めてで、且つ兵站局執務室ではなく別室で会議を開いたのにはいくつか理由がある。
一つは単純に兵站局が手狭になったということ。
もう一つは、会議の内容が内容であるだけに、まずは幹部にだけことを伝えるのだ。
「では、ソフィアさん、よろしくお願いします」
「はい。それでは私ソフィア・ヴォルフが、会議の司会進行を務めさせていただきます。本日の議事進行は以下の通りで――」
ソフィアさんは立ち上がり、手元の資料をいつものように淡々と読み上げながら、今回の会議の内容を伝える。
こう言った会議の司会役はいつもソフィアさんなので、もう慣れたものだろう。
ただ、司会だからと言って別に立ち上がる必要はないのではと思う。
本人曰く「立った方がかえって落ち着くものですから」ということらしいのでこうなってはいるが。
「では初めに、リイナさんから『現行輸送システムの見直し』についてです」
「ひゃ、ひゃい!」
んでもって、リイナさんと言えば相変わらずオドオドしながら立ち上がって報告しようとした。
俺が「報告は別に立ち上がらなくてもいいですよ」と伝えると、「しゅ、すみません!」と言ってまたオドオドしながら座るのである。
いつ見ていて少し楽しい。
クレーメンスさん以外の俺らは彼女の態度は見慣れたが、リイナさんだけ慣れていない。
「え、えっと、先のペルセウス作戦と、南海岸の地震・津波災害後の作戦行動を教訓とし……て、ですね、その、えー、新たな輸送システムの提案を、局長様と協議の上に、策定しました」
これは前々から言っている、魔王城を中心とした、指揮命令系統を放射線状に敷いた兵站の見直しについてである。
まぁ、現代的にわかりやすく言うと、どれだけ現代のコンビニチェーンやインターネット通販のようなシステムを魔王軍で再現できるか、ということである。
「従来の、魔王城を中心とした輸送システムの場合、ですね、魔王城から指令を出して、その都度前線へと物資を運んでいました。で、でもこれは、魔王城付近では効果はあるんですけど……」
リイナさんの声が文末に行くほどしぼんでしまった。
「魔王城から離れると、どうにもならんってか?」
と、ユリエさん。
「はい……。生鮮食料品は腐敗が進み、輸送用魔像も長距離輸送に耐えられずに破損などの事故を起こしてしまいまして、その……すみません」
「リイナさんの謝ることじゃありませんよ。それに、あまり聞いてないけれど、新システムはもう考えてあるんでしょ?」
と、エリさんもフォローに入る。
「い、一応……」
「リイナさん自信持ってくださいよ。あれの半分はリイナさんが考えたんですから」
「わ、わわ私はただ局長様の意見を取りいれただけでふから!」
手をぶんぶんと振りながら自らの功を否定するが、俺はちゃんと覚えている。
二人で話し合っているとき、楽しそうに「ああでもない、こうでもない」と話した後、突然我にかえって赤面して耳から湯気を出すリイナさんをね!
「コホン」
「…………で、リイナさん。その新システムに関しては、最終的にどうなったんですか?」
司会進行役に脅されたので、話を進める。
「はい。えーっと、資料の三ページを見てください。元々の草案は、魔王軍総司令部兵站局をトップとして、兵站局は魔王軍全体の兵站活動を戦略レベルで指令を出すことに専念します。そして各方面に作戦レベル、戦術レベルでの兵站局を創設して――」
「リイナ、ストップ。何言ってるか全然分からない」
「……いやいや、ユリエさんや、資料に図解が乗ってあるでしょう?」
「そうだけどさ。何が変わったのか……」
別段、そんな難しい事は乗っていないと思うが。
つまるところ、段階を設けるのである。
今までは「魔王軍兵站局」は各部隊への物資輸送を西から東まで、陸軍から海軍まで一手に引き受けてきた。
最初の頃は、魔王軍が前近代的組織だったために仕事は少なかったが、次第に文書主義の浸透や魔像や魔石の形式数削減などの改革によって近代化が進み、兵站局が引き受ける仕事が増えて行ったのである。
そうなると、局員一人当たりの仕事量は膨大なものとなり、それはミスを誘発する。
さらに中央集権的すぎる指揮系統は、軍全体の効率を押し下げる結果にもなる。物資や魔像の損壊もその一つだ。
そこで、兵站システム、特に輸送・補給システムを戦略・作戦・戦術レベルに小分けし、それぞれに司令部を置いて、従来の兵站局は戦略を統括する組織に改編するのだ。
つまり各作戦級・戦術級の兵站司令部は神経であり、兵站局が脳である。
そして各司令部には兵站倉庫を設けて輸送の中継・配送拠点たる「デポ」を置く。
「生鮮食料品や破損の激しい魔石なんかは、細分化によって破損率が下がりました。ペルセウス作戦が終わったころからこのシステムを構築して、今はやっと実用レベルに達しました……」
ふぅ、とリイナさんは一息吐いた。
一年そこらで、大規模な兵站改革を彼女はやったのだ。そりゃ疲れるだろう。
「じゃあ、やっと問題は解決ってことなのか?」
「はい……と、言いたいんですけど……」
言って、リイナさんは資料で顔を隠しながら答えた。
「まだ人材の確保が出来てなくて、まだ一つの管区でしか動いてないんです……」
「一年かけたのに?」
「ユリエさん、むしろ一年で管区一つとは言え改革を実行できたのがすごいんですよ」
「え、そ、そうなの?」
そうだよ。
「それに優秀な事務員なんてそう多く転がっているわけではありませんわ。魔王軍内は勿論、民間でも足りているというわけではありませんから」
と、エリさん。
兵站局立ち上げから問題になっている、この事務員の不足問題はかなり根深いことがわかった。
業務が指数的が増える一方なので人材を確保しないわけにはいかないし、無理に確保しようとすると人件費の壁にぶち当たる。
人件費は、業務の正当な対価と考えれば別にいいかもしれない。
でもそれより問題なのは「あまりにも人材不足で、無能な奴に高額な給料を払わなければならない」という事態に、いつかは辿りつくかもしれないというのが心配なのだ。
それが軍部と民間、両方で起きているとあればさらに事態は深刻と言える。
「となると、根本的な解決法を探るしかありませんね。つまり、教育によって事務仕事出来る人を増やすんです」
「つってもどうするんだ? 今迄みたいにその辺に居る奴雇って、そいつに教育するのか?」
「そんな非効率的なことしませんよ。時間がかかるし、兵站の仕事をしながら一から教育というのは負担が増えます」
「じゃ、どうするんだ?」
「簡単ですよ。……そうだな、クレーメンスさん、わかります?」
「はい?」
それまで黙っていたクレーメンスさんへ問いかけてみる。
彼女がこうした場に出るのは初めてだから仕方ないが、会議というのは発言してこそ意味がある。
出席することだけには意義はない。
クレーメンスさんは急な問い掛けに驚いたのか、ずり落ちた眼鏡を慌ててかけ直しながら唸り、そして答えを思いついたのか、
「……士官学校の卒業生を採用する、でしょうか? 憲兵ではそれをしていますし、私も士官学校の卒業生です。ですが、兵站局は採用していませんよね? すれば解決するかと存じます」
と、答えた。
まぁ、及第点かな。
「悪くはないですが、いくつか難点があります」
「…………なぜです?」
いやいやクレーメンスさんや、そんな怖い顔しないで欲しい。
別に嫌がらせで却下したわけじゃないから。
「ソフィアさん、士官学校卒業生を採用しない理由はわかりますか?」
「はい。思いつく理由は二点。まず一点は、士官学校は戦闘部隊を率いる士官を育成することを目的としている、ということです」
ソフィアさんがいつもと同じ口調で淡々と、でもちょっとトゲのある言い方で説明する。
名目上は俺に言った言葉であるが、実質上はクレーメンスさんに放つ言葉である。それがトゲのもとだろうか。
「士官学校では戦闘に役立つ戦術や戦略などの知識を学びます。当然、補給などに関しては兵站局とのやり取りが必要なのである程度事務も習いますが、それだけです」
「そうですわね。それに士官学校に入ろうなどと言う人は、大抵は前線に行きたいと望む戦争狂ですから、余計兵站局へは行きたくないんじゃないですか?」
ソフィアさんの答えに、エリさんも追従する。
これは兵站局局員の大部分が民間出身者で占められているというのと、原因は同じだ。
魔王軍に志願する奴は、大抵武勲を立てたがっている脳筋だから、というもの。
またエリさんに続いて、ユリエさんも肘をテーブルにつけながら行儀悪く答えた。
「だいたい、士官学校出身者なんて性格悪いぜ? 兵站局に来てもぜってー文句ばっかり言うに違いないわ。特に輸送隊は、アイツらから嫌われてるしな」
「……その根拠は?」
「んや。先月くらいだったかな? オレ、輸送隊のウルコ司令官と一緒に、十一番街の酒屋で酒飲んだんだけどよ」
「ユリエちゃんなにやってるの……」
「ちげーよ。偶然だよ、ぐーぜん。オレが一人で飲んでたら、隣の奴が一人寂しく飲んでるウルコ司令官でさ。で、知らない仲じゃねーからそのまま飲んでたんだが――」
ウルコ司令官がユリエさんに話したことによると、輸送隊構成員の約三割は士官学校落第者であるらしい。
自分も魔王軍で役立ちたいと望んだオークやゴブリンたちが士官学校に入学するも、元々の知能が低い彼らには士官学校の教育は高度過ぎるらしい。
故に、殆どは中途で成績不振を理由に退学となる。退学とならず卒業できても、成績は下から数えた方が早い。
そう言った連中が戦闘部隊で華々しい戦果に恵まれると言うことはない。
落第者の汚名を着たまま辺境の閑職やら、輸送隊に回されるのである。
「んでもって、士官学校を優秀な成績で卒業した連中に嘲笑されること幾数十年、士官学校時代の成績と見た目を理由に嫌がらせを受けること多くてイライラする、って酔っぱらったウルコのおっちゃんが言ってたぜ。特に優秀者が集まる部署にはな」
「どこです、その部署って?」
俺がそう聞くと、ソフィアさんとエリさんとリイナさんは目線で、ユリエさんに至っては指でクレーメンスさんのことを差した。
一方当事者たるクレーメンス元憲兵は、目を逸らして窓の外を眺め、
「そう言った連中が多いのは確かです」
と呟いた。
まぁ確かにクレーメンスさんや、今は亡き憲兵隊長を見ると無駄にプライド高そうだな、という印象を受ける。
だがクレーメンスさんはどこまでも軍規に忠実な人なので、その手の嫌がらせにも参加してないだろうこともわかる。
「コホン。ま、その辺のことは追々また対策を考えるとして、理由二つ目はなんですか、ソフィアさん」
「あ、失礼。二つ目の理由は―― 一つ目の理由と重なる部分もあるのですが――もし士官学校から卒業生を採用しようとすれば、そのようなアクションがあった段階で戦闘部隊や憲兵隊などからも疎まれる、ということです。彼らは優秀者を在校時代から育成しており、かなりの予算をかけています。そんな状況下で兵站局が声掛けしようものなら……」
「嫌われるでしょうね。間違いなく」
まぁ、そんな優秀者に声掛けしても採用できないだろう。
成績優秀者の採用は絶望的で、中間の成績の者も多くは戦闘部隊に志願するだろうことを考えると……、
「士官学校卒業生採用は現実的ではない、と」
クレーメンスさんが先に答えを出した。
「そういうことです」
「しかし、結局どうすればいいのです? 士官学校の生徒を集められないとなると……」
「士官学校の生徒は殆どが戦闘部隊指向。であれば、兵站部隊指向の生徒が集まる学校を我々が作ればいいんですよ」
「……は?」
いや、は? ではなく。
至極簡単な解決法で、士官学校が戦闘部隊のためにあるのなら、兵站部隊のための士官学校を造ればいいということだ。
近代以前はともかく、戦争がありとあらゆる分野にまで手を伸ばした近代以降は、その分野ごとに多くのことを学ぶ必要性が出てきた。
故にその分野ごとに教育機関が必要となり、多くの軍学校が設立されることになる。
士官学校や幼年学校、軍大学を手始めに、
歩兵学校、騎兵学校、砲兵学校、兵站を担う輜重兵学校、経理学校、軍医学校、通信学校などなど様々で、入校要件や目的、管轄機関、退校後の配属先なども様々である。
「軍隊というのは古代からずっと進化し続け、徐々に専門家集団と化してきます。それ故に、教育機関の存在というのが重要となるわけです」
「しかし作れと言われてすぐに作れるものではありません。学校の建設は勿論、教員の確保も問題です」
「ソフィアさんの指摘はもっともです。だから最初は欲張らず小規模に始めましょう。志願者の多寡や教員の数次第で、それを拡大するか否かを決めることにします」
「局長様、その学校の運営とか教員の確保も兵站局がやるんですか?」
「さすがに無理ですね。理想は士官学校を運営する魔王軍教育総監部に頼みたいですが、兵站局とのしがらみとか戦闘部隊との関係を考えると、摺合せが必要ですね。最悪別組織を立ち上げてもいいかもしれません」
まぁ、その辺の詰めは後日改めて各部署と協議して決めよう。
特に兵站学校設立に異議はある人もいないし、クレーメンスさんは俺らの会話にポカンとしているし、これは決定事項と言うことで。
「なんだか先の長い話になりそうだな。輸送改革はまだまだ先か」
「うぅ……すみません。やっぱり私……」
「何を言ってるのよリイナ。一年そこらで一管区だけでも実行できたんですもの。よくやったわ」
うんうん、と俺も首を縦に振る。
事務員の不足がここまで深刻なものになるとは、一年前には予想できなかったしね。
それに改革に関しては魔王陛下のコネを使っていない、ほぼ独力の成果なのだ。
「だからリイナさんには褒美をあげないといけません。休暇と特別俸給、どっちがいいです?」
「ふぇっ!? え、そ、そんな、ご迷惑じゃ……」
「リイナ様、アキラ様が大丈夫だと言っているのですから、貰わないと損ですよ。それに成果は出しているのですから、ふんだくっても大丈夫でしょう」
ふんだくるって……、いや、いいけど。
「え、えっと、それじゃ……休暇を一週間ほどくれたら……」
「休暇ですか。聞くのも野暮ですが、何か御予定が?」
「い、いえ。ただ、お姉ちゃんと久しぶりに旅行にでも行こうかなって……」
あぁ、ミイナさんね。苦手意識があるとか言っていたけど、それが解消されたのだろうか。
でもあの妹を狂愛しているミイナさんと二人きりで旅行って――、
「わかりました。二週間ぐらいあげますよ」
「はにゃ!?」
なんか面白そうなことになりそうだからたっぷり楽しんできてほしい。




