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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
3-3.貴様は祖国を裏切った?
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監査役のクレーメンスさん

 四月六日。


 まともに仕事をしたら悩みの種が増えた。

 何を言っているのかわからねーと思うから、簡単に説明しよう。


 ノルト・フォーク海軍工廠で建造中の第五〇一号計画艦の正式名称が「ハイドラ」となった。そしてその艦級の正式名称が、兵站局長アキツ・アキラの不手際というか事故というかなんというかのせいで「旧支配者級戦闘艦」という名になってしまった。


 勝手に名付けされたことで海軍は激怒。日頃の鬱憤溜まって陛下に直訴したことにより、俺は陛下からお叱りの言葉と面倒事を貰ったのである。


 その面倒事こそが、今回の悩みの種。


「申告します。本日四月六日を以って、魔王軍兵站局監察官の任を陛下より拝命致しました、元憲兵隊のクレア・クレーメンス上級大尉です。以後、よろしくお願いします」

「…………」


「あぁ、ご不安に思うことはありません。憲兵隊で事務は一通りしておりましたので、天下のアキツ局長殿には至らぬでしょうがある程度こなすことはできます」

「…………」


「っと、それともうひとつ。大事な事を言い忘れていました」

「……なんでしょう」

「『魔王軍規則改訂委員会』が来月二十五日に開かれることになりました。まぁ、アキツ局長殿は参加できないでしょうが、覚えておいて損はないでしょう」


 ニッコリ、と笑うクレーメンスさん。ただし目は笑っていない。


「…………はぁ」


 というわけで今回の面倒事こと、クレア・クレーメンスさん再登場である。

 元憲兵のメガネの女性にして吸血鬼。


 陛下が言っていた監査役とは彼女の事だったのである。


 彼女とは、例の兵站局戦闘訓練騒動以来だ。

 あの時は法解釈の違いによってお帰り戴いたが、今回は勅命である。俺にどうこうする権限はない。


 そしてついでに例の魔王軍規則改訂も本気で取り組んでいるらしい。本当に面倒だ。


「ま、まぁ、何はともあれ歓迎しますよ。兵站局は常に人手不足ですので、着任理由はどうあれ、事務仕事できる経験者が欲しかったですし」


 んでもって初の魔王軍内からの異動者である。あまり感慨深くもないし嬉しくもない。


「というわけで監査役と言っても兵站局に来た以上、兵站の仕事をしてもらいます。まぁ、監査で元憲兵なら書類チェックみたいな仕事が向いているでしょう。構いませんか?」

「構いません。なんなりと、法的に問題なく、且つ道徳的・倫理的で、権限の範囲内でなんでも仰ってください」


 言い方がどこぞの狼人族に似ているなぁ……。


 クレーメンスさんは、とりあえずエリさんと組ませることにした。

 経理は数字と睨めっこするのだが、時々違算が出てくるし、金銭を扱うという関係上不正の問題が常に付きまとう。

 それに対するチェックともあれば憲兵らしくていい。


「そうしている間に兵站局のやり方に染めて黙らせるということでしょうか」

「ソフィアさん、それは言わない約束です」


 ……っと、そうだ。ソフィアさんで思い出したけど、もうひとつ重要な事があった。

 クレーメンスさんの出勤日を決めていない。ソフィアさんみたいに働き詰めにしたら、好感度下がって監視が厳しくなったらまずい。


 一応、魔王軍内から異動してきた人だから準幹部待遇で仕事もそういう感じに割り振るから良いとして、問題は出勤日である。


 できれば業務量が多いエリさんやソフィアさんを補佐できる日程がいいのだが……。


「どうします?」

「アキツ局長殿と同じでお願いします」

「……えっ?」


 ナンデ?


「お忘れですか? 私はアキツ局長の監査に来たのですよ?」

「ソウデシタ……」


 なんてこった。これから毎日私はこのクレーメンスさんと昼も夜も一緒にいなければならないのか。なんとも面倒なことに……。


「わかりました。とりあえず、他の職員との日程を考慮して、後で改めて日取りを教えますので」

「よろしくお願いします、局長殿?」


 なんとも憎たらしい笑顔のまま、眼鏡を突きあげるクレーメンスさんであった。



 しかし彼女の働きぶりは流石というかなんというか、憲兵隊よろしく生真面目で正確で、かつとても面倒なことになった。


「リーデル殿、この書類の書式が間違っているのでは? それにインクの色が薄くところどころ判別が難しくなっています」

「え、あ、そうですね。で、でもこの程度のことで止めていては――」

「規則は守るためにあるのです。それにこの決裁は六月分の兵士の俸給に関する書類であるからして、適当では許されません」

「仰る通りです……」

「それとこの書類のサイン、事前に決められたインクを使用していません。このインクは青四番ですが、指定されたインクの色は青二番です」

「うぅ……」


 大丈夫かアレ。

 いくら元憲兵隊でエリさんより従軍経験が長いとは言え、新人であるはずのクレーメンスさんがあそこまで言っちゃうのは。


 そこまでされると、士気も下がるし能率も落ちる。と言うわけでジェスチャーで彼女を呼ぶ。


「クレーメンスさん」

「はい、なんでしょうか」

「もうちょっとお手柔らかにお願いできませんか」

「いえ、規則ですので」

「いや規則でしょうが、あまり厳しすぎると業務効率が……」

「規則に従ってから、初めて効率云々を言えるのです。結果が良ければいいという話ではございません」


 それはまぁ、そうなんだけども。


「えーっと、ですね。例の訓練規則の時は本当に申し訳ないしやりすぎたかなって気もするんですよ? でもだからと言ってこんな仕返しというのは――」

「別に、その件に関しては気にしておりません。それにかねてより不正が多く、立場上追及できなかった憲兵隊組織の改革の一手となった告発をしていてくれたアキツ局長殿には感謝していますので」

「え、あぁそうなんですか。なら……」

「でも規則は規則ですので」

「……」


 あぁどうしよう、なまじ相手が正論を言っているのだからどうにも反論ができない。

 その上、彼女の基本理念である「遵法精神」に全く悪意が籠っていない。


 そんでもって、貸し借りとかそういう概念がない。

 まぁあんなことやって貸し借り云々を主張する立場でもないのだけれど、これはちょっと面倒なことになりそうだ。



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