仕切り直しの誕生日
一週間後。
改めてミサカ設計局で「ミサカ・ヤヨイ生誕祭」なる誕生日会が開かれた。
前回の反省を踏まえたのか、親衛隊、もとい設計局局員は絢爛豪華な催しにすることはやめたらしい。
なお先週の乾いた料理はスタッフが責任もっていただきました。美味しかったです。
そんなことより、
「遅れましたが誕生日おめでとうございます、ヤヨイさん」
「あ、ありがとう……。あと、服も……ありがと」
着慣れない、仕立てたばかりの服にもじもじとするヤヨイさんが可愛い。
服は尻尾が二つになったために、主に袴と下着の構造が変わった。だが基本デザインは一緒。
せっかくだしデザインも変えた方がいいのかとも思ったが、仕立屋はヤヨイさんがよく着る和服風衣装に不慣れだったのである。
別に洋服風のヤヨイさんもいいとは思うけど、そうなるとヤヨイさんから拒まれるんじゃないかなと思い断念。
ともあれ、無事ヤヨイさんが歳を取り、成長したことは嬉しき……うん、嬉しい事だよ。子供が成長することはいいことさ。
「アキラ様、このような場でそんな沈鬱な表情をする理由は何ですか?」
「ナンデモナイデス」
ソフィアさんに若干心を読まれつつ、誕生日会はつつがなく進行する。
ちなみに酒はない。局員が暴走しないためであり、ヤヨイさんの教育上の問題もある。
「ちょっと、きになる」
「お酒は二十歳になってからですよ」
「別にそんな決まりはないんですけどね」
ロリにお酒は飲ませちゃだめなの。ヤヨイさんには健全に育ってもらわないと。
「それで、結局尻尾が増えた原因は何ですか?」
「あぁ、それは古い文献によると――」
と、ソフィアさんが説明しかけたところで、横からズイッと割り込みがあった。
頭に四つの尻尾が生えているレオナ・カルツェットである。
「純粋な狐人族は魔力・妖力が高いからだよ!」
「…………」
そして台詞を奪われたソフィアさんがムッとした表情になり、
「なんで連れてきたんですか」
と小声で俺に耳打ちしてきた。
距離が近いから小声にしてもレオナに聞こえるだろうが、たぶんわかっててやっているだろう。
ホント、この二人は仲良いよね。見てて微笑ましい。
「どこで生誕祭の情報掴んできたのか、なんか来たんですよ」
「この天才レオナ様を呼ばない方がおかしいのよ! 私だってヤヨイちゃんの誕生日祝ってもいいじゃないの!」
いや、確かにレオナとヤヨイさんは知らない仲じゃないだろうが、表向きは魔王軍開発局の技術側トップとミサカ設計局の技術側トップなのだ。
普通は警戒して招待状送らないだろう。
でも、レオナはそれを意に介さず勝手に来た。ヤヨイさんにしてみれば憧れの人だし、歓迎していたからいいだろうけれど。
「で、なんだっけ? 魔力が高いと尻尾が増えるの?」
「うん、そうそう。魔力が高まると、魔法の威力も高まる。そして威力の高い魔法を使うと、どうしても魔法廃熱が身体の中で発生する。その廃熱の処理システムが、狐人族の場合は尻尾なんだと思うよ。で、魔力の弱い狐人族は尻尾を二つにする理由はないってこと。だからヤヨイちゃん以外は尻尾がひとつなんだと推測するわ!」
「『思う』とか『推測』って……。どうですかソフィアさん、当たってます?」
古い文献とやらに書いてあるだろう、と思って話題を振ったが、
「さぁ……」
と返された。え、知っているんじゃないの、と思い首を傾げると、
「文献にはそこまで書いてませんでしたね。ただ魔力が高いと尻尾が増える、と言う記述があっただけですから」
「……なるほどね」
少ない情報からヤヨイさんの尻尾増殖現象を推測できるとは、流石と言った方がいいのか?
「実に興味深いと思ったのよね。魔法廃熱処理システムは私の魔像ちゃんでも試行錯誤しながらやっているから。もしヤヨイちゃんの身体を解剖してそのシステムを解析すれば私の研究に一役立ちそうね……じゅる」
「ひっ」
「安心してヤヨイちゃん。痛いのは最初だけ――って痛ッ!」
「おいレオナ、脅すのはそこまでにしろ」
ヤヨイさんがビビりすぎて俺の腕を掴んで離さなくなってしまった。
「冗談よ、冗談」
「レオナが言っても冗談に聞こえねぇわ……」
開発局の謎の扉を開けると解剖室とかありそう。
ハッ、まさか開発局の局員の数が少ない理由ってもしかして――
「はいはい。主賓を差し置いて盛り上がるのはやめましょう。誕生日会で主賓が涙目なんて見たことありませんよ」
確かに。
真面目に祝おうではないか。誕生日は二〇歳より手前であれば喜ぶべきものであり祝われるべきものである。
なおそれ以降はだんだんと近づく「三〇代」の恐怖に慄き、それより先は悟りが開かれる。
「とりあえず、私からヤヨイさんへプレゼントです。気に入ってくれればいいですが……」
とソフィアさんはカバンからそれを手渡した。
「……時計?」
ゼンマイ式置時計だ。
アンティークなデザインで、ところどころ凝ったつくりをしている。正確な時計とは言えないが、工芸品としてみれば文句なし。
製図台を渡そうとしていたこと思えば、だいぶ進歩したと思う。
「今更必要ないかもしれませんが……」
「ううん。嬉しい……ありがとう」
言って、ヤヨイさんは笑顔をソフィアさんに向けた。たぶん、嘘偽りはないだろう。
それを見たソフィアさんは一瞬顔を赤らめて、
「一所懸命に選んだ甲斐があるという物です」
と答えた。
「……アキラ様の気持ちがわかった気がします。この笑顔は卑怯です」
そしてなんか変な事言った。
ヤヨイさんは聞き取れなかったようで首を傾げて疑問符を頭の上に浮かべているようだが、君は知る必要のないことさ。
とりあえずソフィアさんには「ようこそ」とだけ伝えておこう。
と、その時、レオナがポンと手を叩いた。
「あ、そうだ。私もちゃんとプレゼント用意したわよ!」
「ゲッ」
「待ってなにその反応」
「いや絶対碌なもんじゃないよね?」
骨格標本(本物)とか使い方間違えると爆発する機械とかじゃないよね?
「残念だけど碌な物よ。はい、これ!」
と、レオナが怯えるヤヨイさんに差し出してきたものは、見覚えのある物だった。
ただしヤヨイさんがそれを見るのは初めてである。
「……なにこれ?」
ロリと言っても研究者であるヤヨイさんは、すぐにその謎の物体に興味津々である。
「ふふん! それは『らぢお』っていう、人類軍の発明品よ!」
なんでレオナがドヤ顔するんだろうか。
持ち込んだラジオは明らかに兵站局に持ち込まれた時のものと同じものなのだ。あと「ラジオ」の発音が怪しい。
「らぢお……らじお……?」
一方ヤヨイさんは、最早レオナや目の前の料理やケーキに目もくれず、貰ったラジオを叩いたりつまみを操作したりしている。
そしてその操作が功を奏し、スピーカーから音声が流れてきた。
『――――により――と、キ――・バーグ下院議員を含めた―――は――月――日付けで離党届を提出――』
どうやら、どっか国の電波を拾ったようだ。
ただかなり遠いのだろう、ノイズが酷く内容は殆ど聞き取れない。
「人類軍の、魔導通信機……かな?」
「惜しいですね。それは受信専用なんですよ。あと魔導じゃないです」
「ふにゅ?」
かわいい。
前にレオナらに説明したラジオの説明を、ヤヨイさんにもする。
「……面白いね。言葉がわかれば、情報収集も捗る」
「ですね。とは言え、軍事上の機密を電波に垂れ流すようなことはないでしょうが」
「え、でもこの前、なんか『らんすーほーそー』っていうのがあるとかなんとかアキラちゃん言ってなかったっけ?」
「乱数放送? まぁ、言ったけど、あれは暗号化されてるからな……」
と、ここでも不思議そうな顔をしていたヤヨイさんに乱数放送の事も話した。そしてそこで、レオナがあることに気付く。
「あ、もしかしたらまたあるかも。乱数なんちゃら。時間的に」
「ん? あぁ、そうだな。あれは定期的に放送されるもんだしな。まぁ、チャンネルが変わってたり時間が変わってたりすることもあるだろうけど」
だがそんな不安をよそに、乱数放送は今日もまたいつも通りに流れたのである。
というわけで急遽第二回乱数放送鑑賞会が開催された。
いつもの時間、いつもと同じ周波数で、不思議で不気味な音楽と音声と共に、淡々と数字が流れてきたのである。
先ほどのニュースと違うのは、音声はノイズが少なく明瞭であるという点だろうか。
「……怖いね」
そしてヤヨイさんの感想の一言目は、そんな言葉だった。
「ま、確かに夜中に聞きたくはないですね」
「うん。でも、面白かった」
ヤヨイさんはアマチュア無線にハマるタイプらしい。
その後もラジオをいじったり、俺からラジオや電波について「あれはどうなってるの?」「これってどういう意味?」「こういうことできないの?」などなど、ヤヨイさんから質問攻めにあった。
俺は電波の専門家でもアマチュア無線家でもないから明確な答えは持ち合わせていなかったが、応えられる範囲で彼女の質問に答えた。
特に熱がこもっていた質問は、
「発信場所とか特定できないの?」
である。
「あるにはありますよ」
「なに?」
「無線方向探査による三角測量です」
電波にはベクトルというものがある。
そのベクトル、つまりどこから来てどの方角に向おうとするかがわかれば、それを逆にたどれば発信地の方角がわかる。それを二か所以上で行えば、三角測量の要領で正確な場所を特定できるのである。
とは言え、この方法は魔王軍で使えるだろうか。
何せ電波は目に見えるものではない。無線方向探査に必要な道具もあるわけでもない。そもそも電波に関して、俺も含めて魔王軍は無知だ。
「だから、それは難しいと思いますよ」
と、一応答えておいた。
だがヤヨイさんの瞳の奥に眠る好奇心というのは、そう簡単に消える物じゃないことはわかっているつもりだ。これはレオナを間近で見て、一大決心して新兵器を作り上げようとしたときの顔である。
ラジオを触るヤヨイさんの二つの耳と二つの尻尾が、楽しそうに動いていた。
あぁ、これはまた面倒なことになりそうだ。
無線方向探知(艦長スキルLv.4)




