ヤヨイさん、増える
夕刻。ミサカ設計局前。
「すっかり遅くなってしまいました……」
「まぁ、結構連れ回されましたからね」
あれから、俺とソフィアさんはミイナさんに連れ回され商店街を一周させられた。
当然のことながらソフィアさん提案の製図台は却下され、よりコンパクトなプレゼントが選ばれたわけである。
そして今日の昼から、ミサカ設計局の局員、もといミサカ・ヤヨイに心酔する親衛隊主催による
『天の使いにして神聖かつ可憐な少女ミサカ・ヤヨイ生誕祭』(招待状の原文ママ)
が執り行われることになったわけだが……。
「なんか静かですね」
親衛隊主催の誕生日会なのに、扉の向こうが静かである。
「どう思います、ソフィアさん」
「……そうですね。『主催者の暴走ぶりに主賓が怒って局員が葬式状態』に賭けます」
「じゃあ私は『ゲストの到着が遅れたけど気にせず先に始めて酔い潰れて死亡』に賭けます」
「ミサカ様の前でそんなことをするような彼らとは思えませんが」
「ヤヨイさんが怒るようなことを親衛隊がするとも思えませんけどね。ともあれ、答え合わせと行きましょう。負けた方が夕飯奢りということで」
「いいでしょう」
と言ってもソフィアさんって賭け運強いから、今回も彼女が勝ちそうだ。そんなことを思いながら、設計局のドアを開けた。
静かな局内を歩き、食堂にたどり着いてみたら……、
「「「「…………」」」」
局員が全員物言わぬ物体と化していた。
ある局員は痙攣しながら天を仰ぎ、ある局員は豪華で若干乾いた料理が乗った机の上に突っ伏し、ある局員は床に「ネギ」と血で書き残して倒れている。
いったい何がネギなんだ。
って違う。いったい何が起きたんだ。
まぁたぶん全員生きてるだろう。
肺は膨張と収縮を繰り返してるし、俺らの気配を察知した数人の局員が秒速五センチメートルの速さで首をこちらに動かしている。
下手なホラーより怖い。
「………………あぁ、兵站局の……」
掠れた声で呼びかける犬人族の涙を流しながら目を死なせてる男性局員A。
「……なにがあったんです?」
「…………ははっ。なんてことねぇよ……ただ……」
「ただ?」
「生誕祭を豪勢にしようって調子乗っちまってな……準備が終わってミサカさん呼ぼうとしたら『誰とも会いたくない』って……嫌われて……あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝」
あ、やばい。封印されていた記憶が蘇って発狂したらしい。
「どうやら賭けは私の勝ちのようですね」
そしてソフィアさんは彼らの無様な状況を見やって、心底どうでもいいと言った風で溜め息を吐きながらそんなことを言うのである。
まぁ、同情はする。
狐ロリから嫌われたら切腹したくもなるだろう。それが男という生き物の救われざる性だ。
「で、今そのヤヨイさんはどこに?」
俺が聞くと、痙攣したせいで喋れなくなった局員Aは人差し指を震えさせながら上を差したのである。
とりあえず、戦時医療局の誰かを呼んでこいつらの容態を見させるか。
「あ、もしもし? ガブリエルさん? お忙しいところ申し訳ないんですけど、戦時医療局で暇してる人何人かミサカ設計局に寄越してくれます? いや怪我とかじゃなくて……心の怪我と言いますか。とにかく精神科かロボトミー手術出来る人ください」
たぶん何人かは助からない奴いるんじゃないか?
親衛隊の奴らは戦時医療局連中に任せるとして、俺とソフィアさんはヤヨイさんの様子を見ることにする。
彼らも反省しているようだし、どうにか説得して我らが天照大神を外に出さないと。
プレートに「ヤヨイ」と可愛らしい文字で書かれた部屋の扉を、何回か叩いた。
「ヤヨイさーん。いますかー? 私です、アキラでーす」
反応がない。
寝ているのだろうか。それとも俺も嫌われたのだろうか。
しかし数分待ったところ、ガチャリ、と静かに扉が開いた。十五センチほどの扉の隙間から、ヤヨイさんが顔だけを見せてくれた。
「……アキラさん?」
彼女の目は少し赤く、そして若干困っているような表情だった。
そこまで下の奴ら騒がしかったのか?
「どうしたんですか? 何かありましたか? 局員の皆様は反省しているようですし、降りてきて大丈夫だと思いますよ?」
と、ソフィアさんは「局員がヤヨイさんに迷惑をかけた」という前提で説得を試みる。だがヤヨイさんは首を横に振ると、
「ち、違うの。別にあの人たちが何かしたわけじゃなくてね……」
「そうなんですか? では、いったい……?」
「…………えっと、廊下、誰もいない?」
ソフィアさんの疑問に、ヤヨイさんは答えず質問で返した。どうやら立ち聞きを警戒しているらしい。
「局員は全員下で死んでますから大丈夫ですよ」
「……じゃ、二人とも入って?」
ヤヨイさんに促されて、俺とソフィアさんはヤヨイさんの部屋に入る。
彼女の私室に入るのは当然初めての事であるが、中は年齢相応の内装に不相応の製図台やら道具やら資料やらが置いてあった。
だがまぁ、そんなことは今回重要ではない。
最も目を惹くべき対象はヤヨイさん自身である。
彼女はいつもの巫女風の服を着ていたのだが……
は い て な い。
しかもパンツを、と言う意味ではない。
パンツも袴も、という意味である。
ヤヨイさんは他人に見せてはいけないところを、顔を赤くしながら白衣の裾で必死に隠していたのだ。
「え、ちょ、ヤヨイさん!? なんて格好してるんですか!?」
「だ、だって……!」
だっても何もない。男を部屋に招き入れるべき格好をしていないじゃないか。
一体何があったと言うんだ。ネギか、ネギのせいなのか!?
数秒遅れて、ソフィアさんの冷たい手が俺の目を覆い隠した。
残念と言うべきか当然と言うべきか定かではないが、俺の視界は真っ暗あるいはソフィアさんの掌紋のみとなった。
「いったいどうしたんですかミサカ様。そんなはしたない……って、あれ?」
「え、何? 何があったの?」
ソフィアさんの様子がおかしくなった。クソ、手が邪魔だ!
「と、とにかく何か隠せるものを……そこの布団にくるまるなりなんなりしてください。さもないと、またアキラ様を蹴り倒してしまうかもしれません」
え、ちょっと何怖いこと言ってるの。またソフィアさんの白いのが見れるの?
「アキラ様も変な事考えないでくださいね?」
「あっはい」
そして久しぶりに心を読まれた。
数分して、ようやく視界が晴れた。
暗闇に慣れた目を再び慣れさせなければならなかったが、それも数十秒して問題なくなる。
で、ソフィアさんの指示でヤヨイさんの下半身は無事毛布で隠されることになった。
その一方で、ソフィアさんが、そして騒動の原因たるヤヨイさんがあんな風になった原因も、やっと明らかになったのである。
「尻尾が二つ……? あれ? ヤヨイさんって確か……」
ヤヨイさんの狐尾が、二つに増えた。
元は他の狐人族同様に狐尾がひとつだったはずだ。
「…………昨日までは何ともなかったんだけど……」
ヤヨイさん曰く、数日前から違和感はあったらしい。
で、今日朝起きたら尻尾は二つに増えていて、何がどうなってるのかわからないヤヨイさんは部屋に閉じこもった……わけでもなく、
「ふ、ふたつになったせいで着れる服がないの……!」
「あー……」
ということらしい。親衛隊連中と顔を合わせたくない理由はこれか。嫌われたわけじゃないらしく、彼らも安心するだろう。問題は彼女の方。
「あ、アキラさんどうしよう。私おかしくなったのかな……」
「うーん、違うと思いますけどねぇ……」
確かに狐尾が二つ以上生えてる狐人族は魔都でも見たことはないが、狐の尾が増えることなんて別におかしいと感じない。ヤヨイさんは純血の狐人族らしいし、そう考えると増えることもあるだろう。
『すみませーん、誰かいま――ゲェ!?』
そんな時、丁度いいタイミングで階下から誰かの呼び声が聞こえた。たぶん俺が呼んだ戦時医療局の人たちだろう。素早い仕事に感謝しよう。
「ソフィアさんはここでヤヨイさんと一緒に居てください。私は下に行ってヤヨイさんも診てくれるよう頼んでくるので。あとついでに買い物に行ってきます」
「買い物、ですか?」
「えぇ、まぁ。ヤヨイさんの新しい服でも買ってあげようかと。いつまでも下半身裸というわけにもいかないでしょう?」
「あぁ、なるほど。そういうことですか」
ソフィアさんは納得し、ヤヨイさんはちょっと涙目になりながら「ごめんなさい」と謝った。別に謝る必要はない。
ただちょっと誕生日プレゼントを今更買ってこようというだけだ。まぁ尻尾が2本生えた魔族用の服なんてないと思うから、仕立て屋を呼ぶことになるだろうが。




