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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
3-3.貴様は祖国を裏切った?
126/216

5 6 3 2 0 5 6 3 2 0 ……

 魔王海軍新型氷製戦闘艦第五〇一号計画艦起工から約一ヶ月、あるいは「ハイドラ」竣工から半年ほど遡った、二月一〇日。


 全ての始まりというのは、たぶんその日の事だったのだろうと、今にして思う。

 当然その時は、まさかあんなことになるなんて思いもしなかったのだが。


 その日は久方ぶりの休みで、家でゆっくり過ごすはずだった。


 ……と言っても御存知の通り、愛しの我が家は兵站局執務室の隣にある仮眠室である。

 通勤時間〇分というのは毎日片道二時間かけて満員電車に揺られていた身としてはその魅力に勝るものはなく、なけなしの給与を使って魔都で中古のアパートを買う、なんて気にもなれない。


 そして社畜時代に培われた生活習慣というのは、異世界に召喚された後も続いている。


 つまり何が言いたいかと言えば、


「…………休みなのにいつも通り早起きしてしまった」


 やけに古臭い振り子時計を見れば、まだ朝の六時半。

 緯度の高い魔都グロース・シュタットにおいては太陽ですらまだ眠っている時間だというのに、俺と来たら……。


 某メガデウスのドミナス曰く


『昼過ぎまでゆっくり眠っていても良い。それが自由な人間というもの』


 らしいが、どうやら魔王に召喚され職業選択の自由もなく兵站業務に従事している人間は対象外らしい。

 まぁ、いい。


 社畜に染みついたこの悲しむべく生活習慣の唯一良い所は「二度寝の素晴らしさ」を世に知らしめるということにあると思う。


 と言うわけで諸君、私は寝る。自由な人間だから昼過ぎまで――、


『アキラちゃん! ちょっとアキラちゃん起きてるー? おーい、アーキラちゃーん!』


 寝たかった……。


 扉を何度も叩く音、そして安らかな二度寝の時間を妨害する少し甲高い声。


 畜生め、モーニングコールを頼んだ覚えはないし、よしんば頼むにしてもソフィアさんに優しく起こされるかヤヨイさんに眠る俺に乗っかって起こしてほしい。


 レオナは帰れ。


『あ、これ鍵ないじゃん! 入るねー!』

「入るねー、じゃねぇよ……」


 いや本当に、帰ってほしい。


「あ、起きてる起きてる。ソフィアちゃんの言う通り早起きだね」

「だからと言って本当に入るのはよした方がいいと思いますが……」


 無情にも扉が開け放たれ、俺の部屋に入ってきたのはレオナと、本日当直のソフィアさんの二人。

 ソフィアさんだけ残してレオナはさっさと帰って。


「あの、すみません、アキラ様。止めたんですが……」

「いや、いいですよ。レオナに起こされる前にはもう目が覚めていたんで」


 それにレオナが来てから二度寝するための眠気は高度一万フィート彼方まで飛んで行ってしまったようだ。

 起きるしか選択肢がない。


「で、朝っぱらからなんだ? どうせ大した用事じゃなさそうだけど」

「ちょっと人間のアキラちゃんに見てもらいたいものがあってね」

「……ほほう」


 兵站局の俺としてではなく、人間の俺として、か。

 また何か面倒事を持ってきたんだろうな、とここで直感した。まぁそれも日常茶飯事だけど。


 とりあえず女性二人の前で着替える訳には行かないので一旦外に出して、いつものスーツに着替えて兵站局執務室へ出る。


 執務室には数人の局員と、申し訳なさそうに立つソフィアさん、そして局員の誰かの机の上に、見覚えのある機械を載せているレオナの姿があった。


「ちょっと待ってね。最近使い方がわかってきたところだから。えーっと、確か……」


 レオナがそう言って設置準備しているのだが、俺は説明される前からその「機械」が何かわかっていた。


 機械はそれほど大きくなく、さりとて小さくもない箱状のもの。

 箱の上には金属線が四重の菱形を作っていて、箱の正面にはダイヤル型のつまみがいくつかあった。


 レオナはそのつまみを操作している。


 そこまで説明すれば、たとえ寝起きでもわかると思う。


 そしてレオナが準備を終えたのだろう。

 箱からザリザリした砂嵐のような不快な音と一緒に軽快な音楽が流れてきたのである。彼女は満足したように胸を張りドヤ顔して――、


「ふふん。これは先の人類軍に対する小規模攻勢作戦で鹵獲に成功した――」

「ラジオだな。無電源且つ人類軍の科学力から見るに、鉱石ラジオだろう」

「…………」


 ――説明しようとしたところで俺が邪魔してドヤ顔キャンセルしたら何とも言えない表情で固まった。

 ちょっと面白い。


『そ……はNRBC、お昼の……スの時間で……最初は、王国陸海……が…表したところによりますと――』


 そしてNRBCというラジオ放送局のニュースが流れてきた。


 雑音が多く聞き取りにくかったが、王国とやらが魔王軍を撃退したとか、連邦とやらの政治が混乱しているだとか、どっかの帝国で共産主義が勃興しているとか色々流れてきた。


 人類軍も大変なようだ。


 魔都が朝の六時半で、NRBC放送局が昼のニュースを流したと言うことは、時差は六時間以上。

 経度が六〇度の差があるということだから、かなりの遠隔地の放送ということになる。短波放送だろうか。


「……アキラ様、あの、一人で考え込んで一人で納得されても何が何やらなのですが」

「あぁ。すみません」


 というわけで、二人にこれが「ラジオ」という名の機械だと説明する。


 地球におけるラジオ放送の開始は一九二〇年代。

 この世界の人類軍の科学力からするとやや未来技術という感じだが、受信機の普及レベルによっては公共放送があってもおかしくはないだろう。


 まぁそれでも「放送」はまだまだ軍用の域を出ていなさそうだ。ここから後何年経てば渋滞情報が電波に流れてくるだろうか。


「で、そのラジオがどうしたんだ? まさかこれだけの為に叩き起こしたんじゃないだろうな?」


 もしそうだとしたら俺はレオナを全力で殴る。


「あ、うん。そんな掴みかかってくるような顔しないで。ちゃんと理由はあるから」

「それはちゃんとした理由か?」

「……それは、これを聞いた後で納得してほしいかなって。私は人類の言葉わからないから、それを理解できるソフィアちゃんとアキラちゃんに聞いて欲しいのよ」

「はぁ……。ラジオ放送はちゃんと聞こえたが、新聞と変わらんぞ?」


 俺はそう言ったが、レオナは眉をひそめて、頭をポリポリとかきながら話した。


「いやぁ、もっと奇妙な放送があるのよ」

「奇妙? 言葉が理解できないのに奇妙だと理解できたのか?」

「うん。それくらい奇妙なの。なんていうか、淡々としすぎてるというか……。とにかく聞いてて」


 奇妙で、淡々としてて、ラジオ放送……。

 それってもしかして……。


 色々と考えていたところ、レオナが再びつまみを動かして周波数を変える。


 そして数分後。変えた先のラジオ局から、その奇妙な放送が流れた。


 まず流れてきたのは、音楽である。ただしAメロ、Bメロという通常構成の曲ではなく、壊れたオルゴールのような音色で曲の一節だけを繰り返し流すだけというもの。


 その妙な曲を数回流した後は、女性の声が聞こえてきた。レオナの言う「奇妙」で「淡々とした声」で、


『5 6 3 2 0 5 6 3 2 0 5 6 3 2 0 5 6 3 2 0 5 6 3 2 0 5 6 3 2 0 ――』


 と、ひたすら同じ数列を読み上げたのである。


「どうやらこれは数字ですね。意味のある数列とは思えませんが、同じ数列を繰り返し流しています」


 と、人類軍の言葉を理解できるソフィアさん。


「意味ないの?」

「えぇ。ひたすら『5 6 3 2 0』と言っているだけで――あっ、今ちょっと数字が変わりましたね。でも五桁の数字を二回繰り返して、それを淡々と言っているだけで――」


 彼女が説明する傍ら、俺は天を仰いだ。

 なんていうか、恐らく始まったばかりであろうラジオ放送に交じって、もうこんな放送を早速電波に流すというのは、人類軍も結構逞しいというものだ。


「アキラちゃん? なんでそんな顔してるの?」

「あぁ、うん、ちょっとな。この放送に覚えがある」

「本当に!? これなに! 数字だけ流してるってソフィアちゃん言ってたけど、もしかして何か裏があるの!?」

「ある――と、言われている」

「はい?」


 この数字だけを延々と流し続けるラジオ放送は地球にも存在していた。発信者不明、発信目的不明、受信者不明、内容不明。


 何もかも「不明」で、ただその存在だけが知れ渡っている謎の怪放送。



 人々はそれを「乱数放送」と呼んだ。



「……なにそれ?」

「さぁな。でも別名『スパイ放送』とも呼ばれているよ」

「つまり人類軍がどこかにいるスパイに向けて、情報を渡しているってことですか?」

「理解力あって助かります、ソフィアさん」


 一般人には意味の理解できない数列を、敵国に潜入中のスパイが乱数表を基に解読して情報を得るシステムとされている。

 携帯電話普及前の世界において、大規模な受信設備を持てないスパイにとって、ラジオというのは貴重な電波受信機だ。21世紀になっても運用している国があるとかなんとか。


 構造が簡単で、便利で、小型。

 短波放送なら小出力の電力でも惑星の裏側まで電波は届く。スパイには打ってつけの連絡手段なのだ。


 とは言え、その放送の異常性からこれらの情報が公にされるわけがなく、全ては推測である。情報機関ではなく麻薬密売組織によるものという説もあるし。


「いずれにせよ、私たちには理解不能ということですか」

「そういうことです。この放送が、我々に関係する放送なのかわかりませんし」


 というか乱数放送なんていっぱいあるから特定のしようがない。


「でもさ、人類軍が魔王軍にスパイなんて無理じゃない? だって潜入しようにも、人間だってのは見てすぐわかるし、ばれたら身動き取れないじゃないの」

「ま、確かにそうだな」


 レオナの言う通り、魔族や亜人から見れば人間はすぐに区別がつく。実際俺も魔都に降りた途端に色々面倒なことになるし。


 そう考えると、この放送は人類軍同士の内ゲバと言うことになるかな……。


 などと色々と話していたら、いつの間にか放送は終わっており、ひたすら砂嵐の音しか聞こえなくなっていた。


「うーん、なんだか消化不良……」


 レオナは不満たらたらだが、俺にとっては久しぶりに面白い放送が聞けたので、たたき起こされたことは不問にしてやろう。



 ということで俺は二度寝する。

 敵襲以外では起こさないように。



【解説】


乱数放送(Number Station)


ひたすら数字を読み上げる謎のラジオ放送。

説明するより実際聞いてみた方がわかりやすい。動画サイトで「乱数放送」あるいは「Number Station」と検索するとヒットします。

目的は不明ですが「スパイへの連絡手段」というのが有力です。

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