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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
3-2.艦(フネ)ができるまで
124/216

接続、点火!

 監査役の人が兵站局に来て胃がキリキリと痛むようになったり、

 レオナが変な物を見つけて兵站局に押し入って来たり、

 ヤヨイさんが無事誕生日を迎えて順調に歳を取ったりと、なかなか悲しいことの連続が起きつつも、新型戦闘艦建造開始から二〇八日目の八月九日を迎えた今日、ようやく一番艦「ハイドラ」が完成した。


 当初予定より八日も遅れてしまったが、途中で設計変更があったと思えばむしろよく八日で済んだと感心するところである。


「で、なんでアキラちゃんがここにいるの?」

「兵站局に居づらくて……」

「?」


 例の監査役のせいである。しかも俺に対する罰であるからして、これ以上ないほどに嫌味な人選を陛下はなされた。


 なんだか職場の空気が重く感じるし、ソフィアさんはなんか最近不機嫌だし。


 退役してぇなぁ……救世主として召喚された時点で死ぬまで陛下にこき使われる運命だけど。


「それで『ハイドラ』の竣工式の視察を名目に逃げてきた、と」

「だいたいあってる」

「だらしないなぁ……」


 ほっとけ。


「ま、いいわ。私には関係ないし」

「予算減るかもな」

「陛下にチクって監査役もう一人増やす?」


 やめてくださいしんでしまいます。




 旧支配者級氷製戦闘艦一番艦「ハイドラ」


 機関・武装・建造方法その他、至る所に新機軸を盛り込んだこの船は氷で出来ている。外洋航行を前提としているため「氷のせいで寒い」という点以外では居住性に優れており航続距離も長い。


 防空用装備として、また索敵用として飛竜四騎の発着艦設備も整っている。


 地球風に分類するなら航空巡洋艦と言ったところだろうか。


 そんなハチャメチャな船が、なんと二〇八日で建造終了したのである。ノウハウがある今、二番艦以降はもっと工期が短縮されるだろう。


 それに将来の海軍力増強を見込んで新たな海軍工廠を作ることが既に決定されている。

 となればもう月刊空母なり週刊護衛空母なり日刊駆逐艦なりが実現できる。


 かもしれない。


 いや、人類軍にかなり押し込まれているとは言え未だ人界北大陸の半分を支配している魔王軍なのだ。国力はあるのだから実現させてほしい。


 そして今日のハイドラの竣工式はその第一歩となるのである! というかなれ! 海上輸送路の安全確保と兵站局の仕事軽減のためにも!


「……ところでレオナ」

「ん?」

「なんでハイドラが入渠しているんだ?」


 目の前に鎮座するは、海軍の希望が入渠している姿だった。

 進水式終わっているのだから喫水線より下は海になっていないといけないのだが、どうしてこうなったのだ。


「あぁ、それは簡単よ。艤装作業中に荒波にもまれて喫水線より下に損傷があったの。大した傷じゃなかったけど、一応検査の為に竣工式前に再入渠したのよ」

「なるほど。で、異常は?」

「ないわ。艦体の傷も氷で自動修復できた。ま、結果としてはいいデータが得られたわね。私たちが乗り込んだら、ドックに水入れるわ」


 怪我の功名、という表現が適確だろうか。


「とりあえず乗るわよー」というレオナの声に先導され、俺は初めてその海軍の、いや全魔王軍の希望に乗り込むこととなった。


 こんなのが希望とか絶望するって?

 いやいや、救世主として召喚されたのが事務仕事しかできない一般人というよりはマシじゃないかな?


 夏でもない限り全員冬服着用という逆焼鳥製造機と化したハイドラの各部署の点検ついでにレオナや水兵の案内で艦内を巡った。


 しかしこの寒さは、冬大変なのではないだろうか。冬の北海航路で金属に触れただけで皮膚が凍りついて離れない、なんて某女王陛下の船みたいなことは起きないだろうね?


 まぁいい。


 艦外では起工式、進水式と同じく竣工式が執り行われている。

 尤も、さすがに三度目となるとみんな飽きるし暇じゃないし進水式の方が本番だったので、人は少なかった。


「アキラちゃんはあっちじゃなくていいの?」

「俺は一度艦橋で船が出港するところが見たかったからね」

「なるほど。確かに出港にはロマンあるからね! それにもっとロマンがあるわよ、この船には!」


 と、レオナがグッとポーズ。

 今回ばかりは、レオナのロマンに共感せざるを得ない。こんな氷の船、ロマン以外になにがある。



 一時間後。


 艦内探索が終わったところで、出港の時間が来た。

 そしてついでに、驚愕の情報が入ってきた。


「艦長、大変です。人類軍と思われる飛行物体が複数、ここに向っているとの情報が……」

「なんだと!? しかし、ここは前線から遠く離れているのだぞ!? 確かなのか!?」

「確かです。繰り返し、通信が入ってきています!」


 ……完成直前、いや完成したばかりの新型戦闘艦が出港しようと言う時に飛来する敵航空機、というのは些か出来過ぎている気がするが……。


 いや、もしかしたらそれが狙い?

 新型戦闘艦竣工の情報を、人類軍が掴んだ? でもどうやってそれを……?


 艦長の言う通り、ここは前線から遠く離れている。偵察衛星なんてあるはずもないのに、どうやって……。


「――あ、たった今近くの基地から飛竜が緊急発進した模様です!」

「それでも間に合うかどうか……止むを得ん。出港時間を早める。全艦、出港準備!」

「諒解!」


 予定よりも慌ただしい旅立ちになりそうだ。こりゃ来るんじゃなかったな。

 敵の目標がこの新型戦闘艦だったら、俺は死ぬかもしれんし。


「大丈夫よ、アキラちゃん」


 そんな不安を読み取ったのか、レオナが珍しく俺を元気づけようとした。


「この船、私が設計したから!」


 訂正。ただの自慢だった。そして不安が増した。

 その直後、艦長の声が艦内に響く。


『達する。艦長のチャールストンだ。人類軍が我が艦を攻撃せんと長躯してやってきたと友軍から通報があった。故に予定を早め、ただ今より出港する。諸君の訓練通りの働きに期待する。――総員、戦闘配置』

「総員戦闘配置! さっさとしろ!」


 途端、艦橋を含めた艦内全て、海軍工廠全てに緊張が走った。


 式典は当然中止。海軍工廠全体に空襲警報と思われる警報音が鳴り響く。

 ハイドラ艦内も戦闘配置命令を報せるベルが鳴った。


「カルツェットさん、アキツさん。すぐに退艦してください。この艦は危険です」


 近くにいた士官が俺たちにそう言ってくるが、レオナがすぐにそれを拒否した。


「無用の心配よ。それに今退艦したら、この艦の出発が遅れるだけ。今は一刻を争うのだから、出港に専念して!」

「右に同じ」


 命惜しさは確かにあるが、今それは最優先事項ではない。

 それに目の前で出港するところ見たい。


「……諒解しました。全力を尽くします」

「頼むよ」


 俺はそう言って、あとは彼らに託すことにした。

 その数秒後、また各部署からの報告が次々と上がってきた。


『こちら機関室、配置につきました』『魔力砲点検終了、各砲異常なし』『飛竜格納室、問題なし!』『ドック内注水完了。ゲートオープン』『通信設備、正常に動作』『こちら魔石庫。搬入率三〇%ですが出港に差し支えなし』『艦内環境制御装置、オールグリーン』『主機及び補機の点検終了、異常なし』

「艦長、出港準備完了しました」

「出港用意。ガントリーロック、解除」


 艦が僅かに揺れた。ハイドラが支えを失い、再び船に戻ったのである。何かが軋む音が、艦内に響き渡る。


「補助機関、始動。魔力充填率一〇――三〇――六〇――八〇――」

「補機、両舷微速前進〇・五」

「いや、海が荒れている。少し上げた方がいい」

「諒解。補機、両舷微速前進。〇・六」


 その号令と共に、ハイドラがゆっくりと前に進み始めた。

 機関始動は艦体材料作成の時以来二度目だが、どうやら訓練は十分なようだ。みんな慣れている。


 ハイドラは狭い入口を抜け港内に出る。港内なのにもかかわらず既に海は荒れており、さらに大荒れであろう港外に出ようとハイドラは前へ進む。


「補機、第二戦速へ」

「中央魔導機関への閉鎖弁開放。魔導機関へ魔力注入開始――魔導機関炉心圧上昇、魔力注入率九〇パーセント」


 港外へ出ると、艦は波に揉まれて左右上下に大きく揺れる。ちょっと酔いそうだ。


「補機、最大速力へ」

「諒解」

「航海長、主機の始動と同時に発進だ」

「任せてください。現在、補機最大戦速で航行中。発進まで、あと一分」


 ……うん? なんか変な動詞が聞こえたような。気のせいかな……?

 チラッと横目でレオナを見たが、相変わらず目をキラキラさせている以外は変化なし。


 嫌な予感してきた。


「魔導機関魔力注入率一二〇パーセント。フライホイール始動!」


 機関長と思しき士官がそう言った瞬間、補機の音からさらに別の音が重なった。

 恐らくそれがレオナ渾身の一作、魔導機関のエンジン音なのだろう。


 レオナの目も一層キラキラし出している。


「魔導機関点火、十秒前!」


 航海長が力強く言い、そしてそれと共に魔導機関の音も一層力強くなる。

 高音と低音が重なり合う独特の音響が艦橋にも響き渡り、それなりに大きな声を出さなければ会話も成立しない程になっている。


「――八、七、六、五、四、三、二、一、――フライホイール接続、点火!」


 瞬間、文字通り音が轟き、


「――ハイドラ、発進!」


 航海長が手元の操縦桿を引き上げ、そして文字通り、ハイドラは「飛んだ」のである。前方の視界から水平線が消え、えっ……?


「上昇角四〇度、高度五〇ヤルド。各部点検、異常なし!」

「安定翼展開」


 …………。


「飛んだ!? なんで飛ぶんだこの船!?」

「え? アキラちゃんの世界にも人類軍にも『飛行船』があるって聞いたけど……?」

「そういう意味じゃないんだけど!?」

「そんなことより、感動しなさいよ! 全長一四二ヤルドの巨体が私の機関のおかげで飛んでるのよ! 実用上昇限度四〇〇もないけど!」


 あぁ、邪神様。いたら返事してください。恨みますから。


「飛行テストの後、可能であれば人類軍飛行物体の迎撃に移る。進路転換、二二〇!」

「諒解!」


 ……これ、人類軍はリアル正気度チェックをやる羽目になるだろう。




---




 その後、人類軍航空隊は、空に聳える氷の城に慄いたのか、正気を失ったのか、戦果を挙げぬまま全機撃墜された。


 ハイドラにとっては華々しい初陣であり、人類軍と俺にとっては悪夢の始まりである。




 ……にしても。

 どうしてこんなことになったのだろうか。

 何故この船が飛んだのかもそうだがそれ以上の問題である。


 なぜ竣工式当日に、図ったようなタイミングで人類軍が攻撃してきたのだろうか。


 その答えは「もしかしたら」という接続詞と共に、俺の頭の中に既にあった。

BGM:元祖某宇宙戦艦のテーマ


というわけで、造船編終了です。

そして次章は少し時間軸が遡る予定です。監査の人の話とかロリの成長とか人類軍とかその辺の話をば。


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