冒涜的な船
機関が起動し、艦体が一気に組み上げられたことによって機関起動と共に乾ドックへ注水が開始された。機関の起動式の数日後に進水式を行うという、地球ではあまり聞かない工程を経て第五〇一号艦はようやく艦となったのである。
「と言っても、まだまだ艤装作業があるんですけどね」
「船にはなっても軍艦にはまだなってない、ってことですか」
「そういうことです」
しかし工程表の半分にして造船において最大の難物である特に何もなく無事に氷の精製が上手くいったこともあって、兵站局の仕事は七割方終了している。
いや、信じてたよ? レオナの技術が本物だってことは知ってたからね? うん。
進水式は魔王ヘル・アーチェ陛下の立ち会いの下、多少のハプニングを除けばつつがなく行われたし、魔王海軍期待の新星第五〇一号艦の竣工までの九〇日は主に艤装作業に費やされることになる。
兵站局に残された仕事と言えば、海軍工廠での艤装作業のために材料・部品を供給するだけの簡単なお仕事くらいなものだ。
建造は軌道に乗っているし、もうここにいる意味はないだろう。
……たぶん。
だ、大丈夫だよね?
いくらマッドのレオナとは言え、いくら迷惑顧客の海軍工廠とは言え、ここで大波乱が待っているわけないよね?
「そこまで不安に思う必要性はないでしょう」
と、ソフィアさんはそう言ってくれるが。進水式の後に一、二波乱がありそうで怖い。
しかし資料を見直しても、作業状況を見ても現在の所問題はないし、海軍工廠も進水した船の設計変更なんて無茶は言い出さない。
レオナも問題なく魔導機関が動いてることに満足しているみたいだし。
あとは本当に竣工を待つことだけだろう。
「……そう言えば、第五〇一号艦の名前ってどうなったんですか?」
ソフィアさんがそう言って資料から目線を外した。
第五〇一号艦はあくまでも計画艦名であるから、正式な艦名が別途つくはずだ。
塹壕突破兵器「タチバナ」や魔像「アルストロメリア」の命名規則を決めたように、海軍艦艇にも命名規則がある。
まぁ今回の場合は海軍所有なのだから海軍が勝手に決めればいいと思います。魔導航行型内航用実験艦の名前は「ミハエル」だったことを見るに、たぶん人名由来だと思うが。
「でも、命名って普通は進水式の前にやりますよね?」
「……あぁ、まぁ、確かに」
魔王海軍には進水式の時に艦体に酒を叩きつける風習はなかったが、名前を付ける風習はあったはずだが……。
もしかして「アルストロメリア」「タチバナ」の時と同じようにまた変な諍いがあるんじゃなかろうか。
「…………ちょっと聞いてみます?」
「そう、ですね。資料に記載する艦名を把握しないといけませんし」
これが最後の一波乱になってほしい。そう願って海軍工廠へと赴いたのである。
で、結論から言おう。
名前は決まっていた。
第五〇一号艦の艦名は「ハイドラ」となった。
予算が承認されれば二隻目以降も建造が予定されており、予定艦名は「クトゥルフ」「ツァトゥグア」「ゴル・ゴロス」となっている。
勝手に名付けるならば「旧支配者級氷製戦闘艦」だろうか。恐ろしい。
なかなか正気度(SAN)が減りそうな艦名ではあるが、氷製戦闘艦という存在自体が冒涜的だし、それに魔王軍だから人間の正気度を削ったところでさしたる問題とはないだろう。
ここに一人いるけれども、些細な話だ。うん。
アイディアロール入ります。
0 1
…………問題なのは、進水式でそれが公表されなかった理由である。
それは、俺らが海軍工廠事務室に入った時自然と明らかになった。
「いったい誰がこの失態の責任を取るんだ!」
「陛下の御前で初歩的なミスだと!? しかもそれを隠したまま進水式を終えるなど、どういうことなのだ!?」
「命名担当者は誰だ! これは大逆罪にも類する大問題であるぞ!」
お分かりいただけただろうか。
なに、深い理由などなかった。
そこにあったのはただの「単純なミス」である。
進水式の途中、乾ドック内に注水する前に発表されるはずの艦名「ハイドラ」が、司会役の兎人族が陛下を前にして極度の緊張状態に陥ったために飛ばしてしまったそうである。
その肝心の兎人族は、事務室の端っこでガタガタと震えている。たぶん事務室の空気に触れて正気度が一気に五削れたからであろう。
これがただの進水式ならただのミスで済まされるのであろう。
だが今回は陛下の行幸があったと言う点で他とは異なる。ヘル・アーチェ陛下の絶対的な存在が却って問題となってしまったわけだ。
「……なんとまあ」
くだらないというか、なんというか……。戦艦の建造が遅れた責任をとって自殺する国もあれば、些細なミスで罵倒される魔王軍もあるのか。
そんなことを責め立てる意味が一体どれだけあるやら。
いや、もっとくだらないのは今こうして責任の押し付け合いを始める海軍工廠連中なのだが。クトゥルフかと思ったらパラノイアでござるの巻。
「そもそも彼を司会に任命した者は、確か貴様だったな!」
「それを言ったら、彼の直接の上司は君ではないか! 私に何の責任がある!」
「陛下にお近づきになれるチャンスだとたぶらかした責任だ!」
「そんなことは言っていないぞ!」
うーん、この不毛。
事務室で口論しているのは数名の幹部だけなのだが、その険悪な空気が事務室全体に広まっていることに驚きを隠せない。
別に名前なんて後から発表すればいいのに。竣工式もあるんだから。
「……どうしますか、アキラ様?」
「どうもこうも……海軍内の話ですからねぇ……」
全くもって、最後の最後まで無能を曝け出す部署である。もう知らん。
よし。こうなったらもうこの工廠の存在意義なくす海軍工廠新しく作ってやろう。ノルト・フォーク海軍工廠ごと面倒を失くしてしまえばいい。
技術的難易度は高いだろうがブロック工法の研究もさせよう。フォード式生産とバレンティン・ブンカーを組み合わせれば二〇〇日とは言わず枢軸のトラウマ週刊空母も夢ではない。
と、その前に。
さすがに端っこで震えている兎人族の人は、いくらミスをしたとは言え可哀そうだ。
彼のフォローだけはしてあげよう。
そういうわけで俺は彼に近づき、罵倒合戦の幹部に気付かれぬようポンと肩を叩いて小声で伝えた。
「クビになったらウチに来てください」
「アキラ様。それフォローになってません」
え? 再就職先を予め用意してあげるのが一番だと思ったんだけど、ダメかな?
なおそれから十日の後、兵站局に兎人族の新人事務員が来たことをここに書いておこう。
ついでにこのことを魔王陛下に報告したところ、ノルト・フォーク海軍工廠の幹部数名のクビが飛んだことも記しておこう。自業自得である。
(今回ネタにしましたけれどTRPGやったこと)ないです。
いつかはTRPGやりたい……




