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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
3-2.艦(フネ)ができるまで
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起動式

 IT業界でも建築業界でも造船業界でもそれ以外の業界でも、仕様というのはなるべく早く確定させた方がいい。

 具体的にどう作ればいいのかが早めにわかれば、それを基に工程表を作成し労働者を配置し効率よく生産する、と言うことができる。


 ……とは言うものの、これはかなりノウハウが必要なものでもある。


 プログラミングにせよ家にせよ船にせよ、一品物の商品は最初から明確な答えが存在するわけではない。


「顧客が本当に必要な物」を、過去の事例から推測し設計図と言う名の答えを導き出す必要があるわけだ。


 そして今回は魔王海軍初の近代的外洋艦。

 人類軍の建艦技術がどれほどかは知らないが、魔王海軍に先んじて鋼鉄船を造り上げたのだ。陸戦兵器の発達度合からすれば、弩級戦艦くらいならもう作っていてもおかしくはない。


 そんな人類軍の艦艇に追いつくべく建造開始した魔王海軍の船は、野心的すぎた。


 氷製戦闘艦の前例なんて当然なく、木造船のノウハウにも対応できない。海軍が要求する内容は時を経る度にコロコロと変わり仕様が決定しない。


 しかし納期は守れと無茶を言う。


 ハッキリ言って、地雷顧客である。

 これが民間企業なら受注拒否するところだが、ところがどっこい我らは同じ軍隊。魔王ヘル・アーチェ陛下を仰ぐ同志なのだ。


「だから、協力しましょう」

「……ま、腹の探り合いばかりでは胃がもたれますからな。それに船が出来ることの方が大事ですしね。お互いに」

「そういうことです。レオナも、いいよな?」

「……これ以上の性能低下を要求してこなければ手伝ってあげる」

「保障はしかねる」

「えー……」


 まぁ、補給線、いや補給戦の問題を考えたら人類海軍とまともに制海権争いをしてほしいし、性能はこちらとしても下げたくはない。


 輸送船団とそれらを管理する兵站局の胃袋のためにも。


 ソフィアさんと海軍工廠事務員との協力により、工員の配置を能力ごとに割り振って見直し、というのは既に終了している。


 無論、最初は配置転換による混乱が見られたが、やはり熟練の造船技師は違う。数日で慣れてくれた。


 それ以上に重要なことも決定した。部署ごとの責任者を設けたのである。

 兵站局と海軍工廠事務員だけでは、造船技師たちの労務管理を網羅できないというのが最大の理由だが、現場において直接見て技術的・労務的な立場で指揮監督する者の存在はやはり大きい。


 どれだけ効率化できるかが彼らの仕事となる。


「左舷第四ブロックですが、現在工程表から五日程の遅れが出ています。作業を急がせてはいますが、不慣れな者も多く……」

「余裕のある部署から人員を回した方がいいですね。ソフィアさん、どこが今手隙ですか?」

「手隙と言えるかはわかりませんが、艦尾ブロックが一番順調ですね」

「では艦尾ブロックから数名、移動できるかどうか……。責任者の方、お願いできますか?」

「二、三人程度なら大丈夫だ」

「わかりました。ではルゴール技師とディディ技師を――」


 そして彼らとは数日ごとに協議の場を設け、互いの進捗状況を報告し合っている。

 どこがどれくらい進めたか。予定通りか遅れているか、それとも早いか。

 割り振った人員がミスマッチを起こしてないか。

 予算を超過していないか。


 今後の予定などを話し合いながら、海軍工廠が仕様を決定してない部分は取り敢えず後回しにしたり、無駄を極力減らしたり。


 無論技術的なことは兵站局にはわからない。

 だから兵站局は全体を見て、各部署の責任者の中から適当な人を技術的な責任者に押し付け――げふんげふん、任命して、皆を引っ張ったり、話し合ったりしながら前に進む。


「カルツェット先生。艦尾ブロックのザルツと申しますが、艦体骨格部の構築に関してはこういう風にした方がいいんじゃないでしょうか?」

「うん? っと、あぁなるほど。確かにこうした方が強度を維持したまま三〇人時くらい削減できるかな……。この発想はなかったわねー」


 そしてノウハウが溜まれば、効率的な製造法が見つかることもある。


 その方法をまた会議で周知させて実行に移してみて、実際に問題ないかを探る。それを繰り返していけば、加速度的に効率化が図れる、というわけだ。


 …………ふぅ。


「アキラ様? どうかしました?」


 円滑に回るプロジェクトをボケッと見ていたら、ソフィアさんが俺の顔を覗き込む形で声をかけてきた。


「いや、久々に仕事したなって」

「……いつも仕事してないみたいな言い方ですね」

「あぁ、いやぁ、そういう意味ではなく……」


 なんて言えばいいだろう。そう、頭の中でぐるぐると悩んでいたら、ソフィアさんは「冗談ですよ」と前ふりしてから、


「でも、わかる気がします。私たちのおかげ――と言ってしまうのは自画自賛なのでしょうが――こうして見ると、仕事したような気分になります」


 と続けた。


 俺たちがいる海軍工廠の事務室の中から、乾ドックが一望できる。第五〇一号計画艦はそこで作られ、既に骨格が完成間近。これなら船を造っている、ということがわかる。


「……いよいよ来週ですね」

「えぇ」


 建造開始から一〇七日目となる来週、この第五〇一号艦にとって最大のイベントが待ち構えている。

 それは第五〇一号艦の補機であるA号艦政本部式六三型魔石燃焼発動機と、主機にしてレオナが開発し魔都から専用の艀を作って搬入したX号カルツェット式六九型魔導機関を、艦体中央部に設置し、氷漬けにする作業である。


「……これで失敗したら全ては水泡に帰します」

「比喩でもなんでもない、というのが恐ろしいですね……」


 まったく、氷製戦闘艦なんて作るもんじゃない。


 でも、この艦体が出来上がれば、もう放っておいても完成するだろう。




---




 そしてあっという間に七日が過ぎた。

 艦体中央部には慎重に設置された補機二つと、主機一つが鎮座している。


「補機は従来の魔導理論で作られた信頼性の高い機関、主機は私の考案した新理論を基に作られた機関よ」


 レオナ率いる魔王軍開発局が設置作業と調整作業の陣頭指揮を執りながら、レオナが俺の脇で機関の説明をする。


 たぶん仕事上必要となるから、と言うよりは「私の考えた機関の素晴らしさを理解しなさい!」という思惑があると思われる。目が爛々なんだもの。


「わからないと思うけど一応聞く。違いはなんだ?」

「うん。まずはね、補機たる魔石燃焼発動機はその名の通り、魔力が封じ込められた魔石を燃料にして、そこから魔力を得て推進力を得るの」

「使う魔石は?」

「高品質のものがいいけど、機関の構造上、なんでもいいわ」


 なるほど、蒸気機関車と一緒か。

 あれは燃やせればなんでもいいから、石炭の他に重油、軽油、灯油、木炭、電気、果てはニトロなんかをぶち込んでも動く。


 しかし出力を上げようと思うとそれに伴い巨大化させる必要がある。

 船という限られたスペースにおいては、外燃機関のような魔石燃焼発動機はその空間的余裕に制限を受け、そこが出力の限界点となるらしい。


 そこで同じ大きさでも数倍から数十倍の出力が期待できる、レオナ考案のファンタジー機関の出番と言うことらしい。


「ふふん! このレオナ・カルツェット様が考案した新型機関『X号カルツェット式六九型魔導機関』は魔王ヘル・アーチェ陛下が如何にしてその強大な魔力を得ているのかを、私が長年研究してついに突き止めたものよ!」


 曰く、レオナはヘル・アーチェ陛下の力を魔導学的に再現することを生き甲斐にしている。


 その結果があの超巨大魔像こと「マジカルスペシャルレオナちゃん(略してマスレ)であった。しかしそれでもあのマスレには不満で、更なる研究を重ねていたところである。


 兵站局が設置されて予算が削減されても、レオナお得意のゴネを利用して研究が続けられていた魔王陛下再現研究のもう一つの成果が、この魔導機関と相成ったというわけである。


 なるほど、ということはあそこでレオナの要求を呑んでレオナの狂気に付き合ったかいがあったと言うわけか。

 研究ってのはどう繋がるかわからないものだね。


 このⅩ号カルツェット式六九型魔導機関の特徴は、燃料を必要としないことである。燃料を必要としないなんて、兵站的にはなんと美味しいことだろうか!


 ではどうやってエネルギーを調達するのか。簡単である。レオナが噛み砕いて原形をとどめないくらい簡単に説明したところによると、


「言うなれば『無から有を生み出す機関』である!」


 らしい。しかも理論上は無限に出力を得られる。


 ……なにその夢の機関。

 人類軍どころか、現代の地球人類すら手に入れてない技術じゃないか。


 無論、機械の耐久性の問題で無限の出力は得られないが、それでも従来型の機関を上回るパワーを得られるのである。


 そしてさらに驚くべきことに、二つある補機は予備の出力装置と言うこと以外にも、この魔導機関のスターターの役目も果たすそうだ。


 当然異なる二つの機関を積むのだから運用上の問題、特に整備上の問題が噴出するのは目に見えているが、燃料が必要とならないのは大きい。


「なるほど。海軍工廠で機関の現地生産が出来ない理由がよくわかった」

「でしょ? ぶっちゃけ、魔都の生産設備も不足なのよねー。もうちょっと規模の大きい工廠があればもっといい性能の機関ができるのに……」


 ……ふむ。


 今回かなり無茶をして海軍工廠改革をしたけれど、今後また同じことをやらかす可能性があるのならいっそ新しい海軍工廠を建設してしまうのも手だな。


 海軍力増強はどの道避けて通れないし、となれば手狭なノルト・フォーク海軍工廠を改良するよりも思い切って大規模な海軍工廠を新設した方が却って効率が――、


「って、アキラちゃん! そんなこと言ってる場合じゃないよ! そろそろ始めるよ!」


 と、色々と考えていたらレオナが現実に引き戻した。

 どうやら、最終調整作業が終了したらしい。


「え? お、おう。いよいよか」

「うん。いよいよ、この骨組だけの船が氷に覆われることになるわ!」


 レオナはそう言って自信満々にない胸を張ると同時に声を張り上げて、指示を出した。


「これより、艦体造氷作業を開始するわよ!」


 レオナの指示により、開発局員を中心とした造氷要員たちがせわしなく動く。それ以外の工員は氷漬けに巻き込まれないように退避。


 最初に魔石燃焼発動機を作動させ、そのエネルギーを利用して魔導機関を始動。初めての起動であったが、出力が安定したことをレオナが確認。

 そして、いよいよその時が来た。


「――凍結、開始!」

「了解。艦体凍結作業開始」




 世界初の氷製艦が誕生した瞬間である。



本当は魔導機関始動シークエンスを書きたかったけれど、長くなりそう&竣工式まで取っておきたいということで今回はお預けです。

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