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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
3-2.艦(フネ)ができるまで
120/216

海軍工廠に来たけど事務仕事しかできません

「――ですから、これだけの設計変更を盛り込んでおきながら、工期を維持なんて無理ですよ」


「兵站局長の言うことは理解できるが、状況は逼迫しているのだ。ただでさえ人類軍に対抗できそうな鉄鋼艦が撃沈されてしまったのだ。ここで氷製艦の建造が遅れたら……」


「長官、無茶を仰らないで下さい。ミサカ設計局の試算によれば、このような設計変更をすれば数ヶ月単位で工期が遅れると――」


「ではいくつかの工程を省略しよう。例えば防毒区画の気密試験とか――」


「ちょっと! それだと艦の性能が落ちるじゃないの! だいたい、試験すっ飛ばして実戦配備したらどんな不具合出るかわからないわよ! 設計変更した意味ないじゃない!」


「試験省略はともかく、艦性能の縮小も視野に入れるべきですね」


「ダメよ! これ以上の性能低下は許されないわ!」



 みなさんこんにちは。

 いえ、もうすでに「こんばんは」の時間かもしれません。


 第五〇一号計画艦の設計変更に伴う工期変更の要請、遅々として進みません。


 論点を整理すると、海軍工廠長官は「一刻も早く船が欲しい」と言い、開発主任のレオナは「性能ダウンは許されない」と言い、兵站を統括する俺は「工期延長」を主張している状況です。


 ここで注目すべきはやはりレオナの主張である。


 いつものマッドが発症した……というわけでもないらしい。


「人類軍相手に艦性能で追いつくためには、性能を下げることは許されないわよ。アキラちゃんがよくても、戦うのは艦に乗っている兵なんだから」


 ということである。


 無人兵器のゴーレムではいくらでも性能妥協は出来るが、有人兵器となると話は別か。

 それに、レオナ曰く「この艦は戦闘能力より生存能力重視なの!」ということらしい。


 実際、要目を見た所、水中防御システムの装着に伴っていくつかの武装や航空艤装が減らされていることがわかった。


 つまり、レオナは最初から妥協しているのだ。珍しく。


「だからこれ以上は無理!」


 無理なもんは無理!

 Ah、むーりー、むりだよー。


 と、歌いながら踊るレオナである。どっかで見たことある。


 しかしそうなると、やはり工期を延長するしかない。

 事前にヤヨイさんに今回の件について意見を求めた所、現状の態勢では八〇日の工期延長が見込まれるとのこと。


 それをゼロにしろというのはなかなか無茶な話だ。


 さらに八〇日の延長で済むという保証もない。


「現在、この第五〇一号艦建造の為に余所から多くの工員を雇っているんですよ。彼らにも本業はありますから、契約の延長を承知してくれるかはわかりません。仮にしてくれたとしても、長期の契約となるとさらに人件費が嵩みます」

「それをなんとかするのが君たちの仕事だろう」


 いや、そうなんだけれども。


 でも成果に対しては相応の報酬を支払わなければならない。

 社員の仕事に対する忠誠心を手っ取り早く上げる方法は報酬と福利厚生であるのだ。


 どう頑張っても、金はかかる。


 海軍工廠が工期延長に納得しれくれない以上、結論は出せないだろう。

 結局、第一回目の会議では「結論は先送り」「各々の部署が改善する」という結末を出して終わった。


 いや、地獄の始まりと言った方がいいだろうか。


 会議室を出て暫く、ずっと黙っていたソフィアさんが口を開いた。


「……大丈夫ですか?」

「大丈夫……ではないですけれど、何とかするしかないですよ」


 そうしか言えない。


 絶対何とかなる、なんて言えるはずはない。

 会議の結論ではないが、改善する余地のあるところを少しずつ改善する努力をするしかないのだ。


 その上で「やっぱ無理でしたー」と二回目だか三回目の会議の席で言ってしまえばいい。うん、そうしよう。その方がいい。


「……まぁ、そういうわけなので、ソフィアさんも手伝ってくれると嬉しいです」


 ちょっと前の俺だったら一人で根を詰める所であっただろうけれど。今は頼れる副官殿が隣に居てくれる。


「畏まりました、アキラ様。微力を尽くします」


 その副官殿は、笑顔で俺の提案を受け入れてくれた。




---




「人が減って仕事が増える」


 社会人になると、そんなことは日常茶飯事だろう。

 海軍工廠からの注文というのは、まさにそんな感じである。


 プログラムだろうが造船だろうが、設計変更には多大な労力を使う。

 当然仕事は増えるのだが、それに応じた納期延長・人員増強が成されない場合が多い。


 そういうとき、精神力や個々人の努力だけでは何とかならない。


 じゃあどうすればいいのか。

 答えは簡単で「One for All , All for One」の精神である。


 一人じゃ何とかならないのであれば、組織で考える。一人で解決困難だと思ったら組織で考えてあげる。それが「組織」の利点だ。


 三人寄れば文殊の知恵。海軍工廠、開発局、兵站局が寄れば魔王の知恵とも言う。


「というわけで何とかしますよ」

「あの『何とか』と言われましても、具体的な指示がないと動けませんが……」

「なに、そう難しい話じゃありませんよ。私たちが何度も通ってきた道じゃないですか」

「?」


 ふむ? 忘れているのかしら?


 非効率で回っている組織を兵站局によって合理的な組織に改編する、というのは兵站局最初の仕事だったじゃないか。


 書類を作るところから始めただなんて、書類に埋もれながら仕事している今となっては信じ難い事だろうが。


「まずは海軍工廠がどうやって回っているか、ですよ。何分陸軍の方で手がいっぱいでしたからこちらの方は何もわかりませんからね」


「……そうなると、海軍工廠全体を組織改革させる、ということになりますが?」


「まぁ、最終目標はそうなりますね」


「なぜそんなことを?」


「決まってます。何回も同じことされては困るからですよ」


 ヤヨイさんが言っていたように、このノルト・フォーク海軍工廠は評判が悪い。

 新参者のミサカ設計局でさえ知っていた曰くつきの顧客だったわけだ。


 だが魔王海軍に残された数少ない有効な海軍工廠であるからして、今後も長い付き合いとなるだろう。その度に今回のような問題を起こされたら困る。


「ですから長期的な改革をこの海軍工廠で行ってしまおうかと」


 そして海軍工廠の改革が成功したら、その後ろ盾と実績を基に。海軍にも色々と文句を言ってじわじわと兵站局の権限を拡大していこう、というわけである。


 よし、いけるな!


「アキラ様がそういうことを決断する時、大抵は上手くいかないんですけれどね」

「何か言いましたかソフィアさん」

「いえ、なにも」


 ソフィアさんから何も文句がなかったので、早速作業に映るとしよう。


 とりあえず、ここまで来て「やっぱり無理」というのはいただけない。

 コンコルドじみた話ではあるが、予算を使っている以上なんらかの成果は残さないといけないのだ。


 世の中駄作兵器と呼ばれた兵器は多い。でもそんな駄作兵器の中から次代の傑作兵器が生み出された例もまた多い。

 だからとりあえずの話として、第五〇一号艦の建造中止はあり得ない。DC-10から脱落した部品を踏まなければ順調なフライトが待っている。はず。


 工期通りなら二〇〇日、延期しても一年以内には竣工なのだからやってみる価値はある。


 そう自分に言い聞かせながら、海軍工廠の仕事を第三者目線で見る。


 海軍工廠長官に頼み込んで海軍工廠内の様々な資料や文書を閲覧できた。陸軍と同じように兵站局が来るまで文書らしい文書がなかった海軍工廠も、今ではすっかり紙の山を築いている。


「書式が雑ですけどね」


「兵站局の介入がなかったせい、というわけでしょうか?」


「たぶんそうでしょう。これはもう、兵站局にも人員増強が必要ですね」


「『にも』ということは、海軍工廠への増強はもう確定事項なのですか?」


「そうです――と、言いたいですが、そうはなりません」


「……増やさないのですか?」


「さぁ、わかりませんね」


 俺がそう言ったら、ソフィアさんの頭の上に疑問符が浮かべた。ついでに首を傾げて、銀の髪を揺らしている。


 こんな格言を知ってる?


『九人の妊婦を集めても、赤ちゃんは一ヶ月で生まれない』


 何か仕事が遅れているとき、ただ人を増やせば解決すると言うわけではないことを端的に表した言葉である。

 なぜ仕事が遅れているのかというのを俯瞰的に見なければ、対策の講じようがない。


 労働における仕事量の単位に「人時」「人日」「人月」というものがある。

 例えばある仕事量が「一〇〇人時」であれば、「一人で作業すると一〇〇時間で終了し、一〇〇人で作業すると一時間で終了する仕事量」という意味になる。


 これを説明すると、大抵の人は


「じゃあドンドン人を雇えばいいんだね!」


 と短絡的な結論に飛びつこうとするが、実際はそうではない。


「短絡的で悪かったですね……」

「え、いえ別にソフィアさんを貶してるわけじゃないですよ?」


 いかんいかん。ソフィアさんがちょっと拗ねてしまった。


 コホン。

 えーっと、なんだっけ? ……そうそう。


 新人と言うのは、当たり前だが右も左もわからない。

「言わなきゃわからない」のが新人である。

 一を知って十を知る新人なんてそうそういないのだ。


 それに今回の第五〇一号艦の場合、既存の艦艇と製造方法が根本的に異なるため、専門家であっても素人、みたいなところがある。


「おかげで、手探りで仕事をしているみたいですね。設計変更前の時点で、既に工期の遅れが見られます」

「新技術の弊害、ということでしょうか?」

「そういうことです」


 新人を教育する暇もないし、能力もない。


 これが単純に人員増強すればいいと言う問題ではない、と言う点。


 では人を増やせないと言うのであれば、どうすればいいだろうか。


 答えは単純で、一人当たりの仕事量を増やすのである。


 どうやって仕事量を増やすのかは、色々ある。どこぞのブラック企業のように残業残業サビ残業三昧という感じに労働時間を増やす。


 教育とかマニュアルとか、そういうもので労働者の質を底上げする。


 仕事自体を見直して、工数を削減できるところを削減して、間接的に一人当たりの仕事量を増やす。


 そして「得意な事をやらせる」である。


「それは、当然の話では?」

「……まぁそうなんですけれども、言うは易し、とも言います」


 今回の場合はどれが最適だろうか。


 第五〇一号艦の建造日数増加問題は、新技術導入による弊害と起工後の設計変更によるものである。

 労働者の能力の問題ではない……ように、見える。


 だから人員の増強は必要、という理屈が出るのはわかる。

 しかし単純に増強すればいいと言う問題ではない。どこにどれくらい増強すればいいか、というのを判断しなければならない。


 そんなことを考え、話し合い、時々ソフィアさんの淹れてくれた珈琲を飲みながら、丸三日、労務関係の書類をソフィアさんと検討したところ、ある問題が見つかった。


「……画一的ですね、これ」

「アキラ様も思いましたか」

「えぇ。さすがにこれはダメですね」


 それは工員たちに対する仕事配分である。


 適当なのだ。


 工員たちを所属番号順あるいは名簿順で適当に仕事を割り振っているのである。つまりAさんは名簿の一番上にいるからaの仕事してね、みたいな。


「既存とは違う建造方法だから、適当に決めてしまった……そんな所でしょうか。一応、手先が器用な種族はその特性が活かせる仕事に割り振られているようですが……」

「でもそれにしたって適当ですよ」


 魔族は人間と同じように得意、不得意がある。

 それは種族ごとに違うし、個々人によって違う。


 そして労働においては、その得意、不得意が重要となる。つまり得意な奴に得意な事をやらせておくのが最も効率が良い。


 言うなれば、経済学おける「比較優位」だ。たぶんみんな中学か高校でやっただろう。


 AはXという仕事が得意でYという仕事が苦手だ。BはAよりもXをもっとうまくやる。でもBはYという仕事の方が得意。


 こう言う場合、AはなにをしてもBに勝てない無能……と断じられてしまうかもしれない。けれど分業と言うことを考えたら、AはXを、BはYの仕事をすれば効率は最大化される。


 無論、ことはそう単純ではない。

 海軍工廠で働く工員の数は三桁に上るし、得意科目が偏ることもあり得るだろう。誰が何を得意とするのかも判断しなければならないし、それを調べるのも手探りになる。


 ノウハウがまだ構築されていない段階でこれらの仕事を行うのは、結構きつい……。


「しかしやらないわけにはいかないでしょう?」

「まったくもって仰る通りです。でも私たち二人では限界があるので、海軍工廠の事務員か、可能であれば兵站局からも人を呼びましょう」

「畏まりました。では私は兵站局に連絡を取ります」

「頼みます」


 まずは第一歩目としておこう。一歩目から偉く急な坂道で舗装もされていないような気がするのだが。

いわゆるひとつの働き方改革

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