表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
3-2.艦(フネ)ができるまで
119/216

海軍は新型艦とフラグを建築中のようです

 どこの業界、あるいはどこの世界でも、迷惑な客というのはいるものだ。


 運送であれば、三時から四時指定の荷物を四時に届けたら不在で、その後、


「三時に来なかった方が悪い!」


 とクレームが来たり。


 小売であれば、


「受験合格祈願商品を買ったのに受験に失敗したから返金しろ!」


 という理不尽極まるクレームが来たり、それはもう例に挙げるのも憂鬱になるほどクレーマーというのは存在する。


 それに対する有効な方法は「うるせぇ!」と文句を言って客を黙らせることである。

 お客様は神様であっても、クレーマーの場合は邪神とか貧乏神とか死神とか疫病神の類なのである。


 まぁそれが許されないという風潮があるんですけどね。特に現代日本。なにが苦情はラブレターだこんちくしょうめ。


 しかし今や俺はそんな日本の謎文化とは無縁な異世界に居る。理不尽なクレームの処理をするために一日中駆けずり回る必要もない。


 ……と、そう上手く問屋が卸さないのが、この魔王軍という組織である。




 第五〇一計画艦の起工から三〇日。


 工程表通りに進んでいるのであればそろそろ枠組みが出来る頃である。

 その後に魔導機関やら発動機を載せて艦体作成、要は氷漬けを行う。


 こればっかりは完全にファンタジーに足突っ込んでいるので説明できないが、艦体作成が終われば後は細々とした艤装作業になるのだそうで。


 どんなに遅くても五〇日目には進水できると言うことらしいので、生産性は確かに抜群である。

 問題は戦えるかであるが。


 ま、なるようになるしかないか。

 初めてのことだから多少の遅延や混乱があるのは当たり前と見て仕事を片付けよう。


 さて、今日海軍工廠に運ぶべきものは何かな――、


「局長さん局長さん」

「なんですユリエさん」


 褐色肌で小柄で字が汚いユリエさんが、鉄棒のように執務机の上によじ登ってきた。いやあなたそこまで背低くないでしょうと突っ込むのは野暮である。


「海軍工廠から要請だぜ」

「要請? ここ一ヶ月、割と頻繁にこっちから声掛けても何も反応が返ってこなかったのに、今更来たんですか?」

「そうみたいだな。内容はまだ知らんけど、たぶん大事なことじゃね?」


 大事なことなら声掛けてるときに言ってくれればいいのに。

 ま、もしかしたらこれがあって返事がなかったのかもしれないし連絡があるだけマシだろう。今回は大目に見……て…………、


「…………」

「……局長さん? なんで局長さんが氷みたいに固まってんだ?」

「…………」

「おーい、局長さーん。返事しろーい」


 どこか遠くでユリエさんの声がする。

 いや、実際は眼前に居るのだが、それよりも、そんなことよりも、重要というか目を疑うと言うか窓から投げ捨てたいものが手元にあるわけで……。


「あば、あばばばバばばBAばば馬場ばババばばば」

「何もしてないのに壊れた」




 しばしの発作と若干の痙攣を経て、数分後には魂を何とか現世に呼び戻すことに成功した。

 ソフィアさんが右肩甲骨を打撃してなかったら多分治ってなかっただろう。


「局長ってば、古い魔道具みたいですわね」

「こっちの世界でも壊れてるものを叩けば直るんですね……」


 でも最新の機械は叩くとより壊れるから良い子のみんなは真似しちゃダメだぞ。


 ふと、気付いたときにはソフィアさんとエリさんもこちらに集まってきた。

 そりゃ兵站局の長が突然発狂したらそうなるだろう。いつもであれば「大したことないですよ」と言って終わりなのだけど……。


「で、なにがあったんですの?」

「……ゆゆしき事態です」


 そしてとても面倒な事態である。


 原因はもちろん海軍工廠からの要請だ。曰く、


「『建造途中であるが設計に不備・欠陥が見つかったので、設計変更をする。兵站局には材料の調達を頼む』という内容が海軍工廠から」

「……それのどこがゆゆしき事態ですの?」


 あ、うん。みんな設計変更くらいは予想してたんだね。だいぶこの仕事に慣れてきたんじゃないかしら。


 それはそれとして、設計変更である。


 どこぞの(IT)業界では最早お馴染みであろう、急な仕様変更である。


 細かい部分の変更であれば日常茶飯事だ。

 何も問題はない。

 それこそ半日そこそこで終わる作業も多いので、早めに言ってもらえれば対応できる。


 が、今回は違う。


 建造途中である第五〇一号艦に欠陥があった、というよりは設計時には想定していなかった事態が戦場であった、というのが正しい。


 人類軍の攻撃により、海軍が持っていたなけなしの内航用鉄鋼艦が沈没した。喪失理由は謎の水中爆破――恐らく機雷か魚雷か、そんな類のものなのだろう。


 喫水線下の破損など衝突事故か衝角攻撃でしか想定していなかった魔王海軍は、これを重く見て水中防御の充実を図ることを決定。


「あの」レオナ・カルツェット主導で設計を変更した。


 具体的な変更箇所と方法については専門外なので説明は省くが、これによってほとんど作り直したほうが早いレベルでごちゃごちゃと変わっているのだ。

 無論、それに伴って材料も変更となる。


「変更要目を見る限り、カルツェット様が『どうせ変更するなら便乗して他のところも変えてしまおう』と考えたのでしょうね。だから余計に変更部分が多いです」


 と、ソフィアさん。


「しれっとレオナさんの魔導機関にも手が加えられてるし、これ完成するのか?」


 そう言って天を見上げるユリエさん。


「作れば作るほど細かい所が気になって一向に作業が進まない、典型的なパターンですね」


 そして最後に、民間で事務経験の長いエリさんの経験談で〆られた。


 呑み込みが早くて助かるというかなんというか。

 問題なのは、設計変更だけではない。いや、むしろこちらの方が本題とも言える。


「極めつけに……海軍工廠が『工期変更は認めず』と言っているんですよ」

「……は? 設計変更で工数が増えたのに、ですか?」

「はい。戦局が悪化する中では一日の遅れも許されないとかなんとか……」


 こんなことを言う海軍に、何故か既視感があるのは気のせいではない。

 大量の設計変更と戦訓対応を施し、悪化する戦局から無理言って完成を急がせる。


 どっかで聞いたことがある話だ。



 昔々、大和型戦艦という世界最強――かはともかく――最大の戦艦があった。


 同型艦は大和・武蔵の他に、一一〇号艦、一一一号艦の建造が予定されていた。

 しかし戦争が勃発し、紆余曲折を経て一一〇号艦が空母「信濃」として再設計されるに至る。


 信濃の当初の竣工(完成)予定は一九四五年二月。


 だが戦局が悪化し、持てるリソースを損傷艦の修理に回したため竣工予定日が一九四五年一月に変更。

 しかしさらに戦局が悪化して、戦訓に対応した設計変更により竣工予定日が一九四四年一〇月に変更。


「信濃がいなければ戦争に負ける」

「信濃が日本を救う」


 という「お前らそんなに死にたいのか」と言いたくなるほどフラグを積み込んで未完成空母信濃として完成したこの艦は、十日後に結構あっさり沈んだ。


 魔王海軍は、今その轍を踏もうとしているのは、と疑わざるを得ない。


 え、もしかして救世主として召喚された意味が問われているのだろうか。


 建造自体は海軍工廠が行う。だが材料調達や追加人員と予算の確保は兵站局の管轄なのだ。


 海軍工廠が無茶をすればこちらにもしわ寄せが来て、魔王軍全体の兵站効率にも影響を与えるだろうことを考えると、兵站局が率先して海軍工廠のブレーキとならなければならないのは明白。


「それで、どうするんですか?」


 エリさんがそう問いかけてきたときには、もう心の中では結論は決まっている。

 防水隔壁を閉めても隙間から水が流入する艦を作ってはならない。


「どうするもこうするもないですよ。こんな無理をやらせたところで未完成の軍艦が完成するだけですから」

「つまり、工期延長の要請ですか?」

「そういうことですね。とにかく私は海軍工廠に出向いて先方と話しますので、誰か私と一緒に……」


 俺がそう言いかけたところで、ソフィアさんが片手をあげて「それでは私が行きましょう」と言ってくれた。


 さて、あとは居残り組に仕事の割り振りと引き継ぎを済ませて、行くとしようか。


 ……もし交渉に失敗したら、残業地獄が待っている。あぁいやそれはいつも通りかもしれないけれど。

大和型ネタが多い本章ですが、実は当初予定外であったことをここに告白します(

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ