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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
3-2.艦(フネ)ができるまで
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ぬりぬり

ヤヨイさん成分が最近少ないと言われたので。


 魔王軍における兵器開発のもう一人の雄、ヤヨイさんと会うことになった。


 話題は例のパンジャンドラム、もといタチバナについてなのだが、それ以外にも「進捗どうですか」と聞いたり、納豆食ったりほうれん草のおひたしを食うためなど、色々な用がある。


 あと最初に言っておくが浮気ではないぞ。断じて。


 もののついでだし、設計局には他の男がいる。

 ロリ一人と助手の女性数人と、あとはむさいオッサンばかりというミサカ設計局に関して何かあるのではないかと不安がる紳士諸君もいるだろうが安心してほしい。


 オッサンは全員紳士である。ついでに親衛隊でもある。

 もうひとつ言うと設計局所属の女性もその親衛隊に入っている。


 まぁレオナと違って彼女は突飛な事をして部屋を爆破したりはしない。

 憲兵隊が設計局の監査に来たとき納豆を見て「これはなんの兵器だ!?」と大騒ぎになるくらいである。


 だから大丈夫、安心。


 そう思って設計局のドアを開けると、そこにはロリが、


「と、届か……もうすこし……!」


 頑張って背伸びをしていた。


 ……。


 …………。


 ………………ハッ。


 いかんいかん。余りにも愛おしくてつい呼吸が十七・五秒程止まってしまった。危うく死ぬところだった。


 一〇秒以上も入り口で息止めてる奴がいれば、そりゃ怪しまれるだろう。

 ヤヨイさんはすぐにこちらの存在に気づき、怪訝な顔をしていた。


「……あ、あの……なに?」

「いや、えーっと、ヤヨイさんはなにしてるのかな、と」


 間違ってない。

 何やってるんだろう、この可愛い動物。要件後回しにしてもうちょっと見ていたいなぁ……。


 と思っただけだ。疾しい気持ちなんて、ない。


 そんな俺の考えに気付かず、ヤヨイさんは言葉を別の意味で解釈したらしい顔になった。


「あ、そう言えば……もうこんな時間。ごめんね、まだご飯の準備が――」

「あぁいや、大丈夫ですよ。別にご飯が主題ではないんですから」


 時々忘れそうになるが、設計局へは仕事をしに来てるのだ。仕事しろ、俺。でもその前に。


「で、何をやっているんですか?」


 気になったので問うてみた。


 これが普通であれば、ロリが手の届かない場所にある物を取ろうと頑張って背伸びしていた、と考えると思う。


 しかし今回の場合は少し違う。


 彼女の右手には刷毛はけがあり、左手にはバケツがあるのだ。で、バケツには謎の緑色の液体。その液体からは妙な臭いが漂っている。


 ……エイリアンの体液かな?


 パンジャンドラム開発者ならそれくらい持っていてもおかしくないと思ってしまうあたり、かなり毒されている。いや探せば魔族の中にもエイリアンみたいな奴はいるかもしれないが。


 が、そこはレオナと違って安心安全のヤヨイさんである。


「あ、うんとね。これに塗ってるの」

「まぁ塗ってるのはわかりますけど、その液体はなんです?」

「サティポロジアビートルのほんのちょっぴりの体液を集めて煮詰めたものだよ」


 それはそれで問題じゃないか……?


「あー、なんのために?」

「んー……まぁアキラさんなら言ってもいいかな。えとね、海軍さんに頼まれて……」


 おおっと。ここでも海軍の名前が出てきたか。


 曰く、海軍から設計局に「実験艦を作っている段階で喫水線より下になんか変な虫がつくようになった。乾ドックで掃除すれば取れるけど面倒だ。最初からその虫がつかないような何かを開発してくれないか」という要請が来たようだ。


 なぜ開発局ではないかと言えば、まぁたぶん開発局は船自体の設計に忙しかった、と海軍が判断したためだろう。

 レオナならそんなの片手間の作業だと思うが、数ある部局に仕事を割り振って不公平感をなくすのも重要だ。


 にしても、喫水線より下につく変な虫か。たぶんフジツボのこと言ってるんだろうな。


 フジツボはかなりの難敵だ。

 なにせ現代の駆逐艦や空母もこのフジツボに悩まされている。乾ドックに入って整備ついでにフジツボ掃除をしている。


 でもそれは地味に手間のかかる作業だから、最初からつかないようにしたい。

 そう思うのは人として当然の事だろう。魔王海軍でも同じことを思った、と。


「変な虫が嫌がる毒物を塗ればいいかな、って思ったんだけど、水に溶けなくて長持ちする塗料がなかなか見つからなくて……」

「それでサティ……なんとかビートルの体液を?」

「うん。毒性強くて非水溶性だから」

「なるほどねぇ……」


 そう言えば、大和型の艦底部はフジツボ対策で緑色になっていた、なんて話が昔あったな。結局は勘違いだったらしいけれども。


 でもこの世界では緑色になるのかもしれないのか。ヤヨイさん次第では。


 いや、その前になんとかかんとかビートルが死滅しそうだけど。たぶん三万匹ぐらい殺しているんじゃないだろうか。



 話を戻そう。


「それで、試しにこの鉄板に塗ってるんだけど、手が届かなくて……」

「脚立とか、他の局員に頼めば……」

「それがね、見つからないの……脚立もどこか行っちゃったし、他の人も見当たらないし……」


 ヤヨイさんはそう言うと、シュンと尻尾と耳を垂らした。


 いや、うん、言いにくいのだが、脚立云々はともかく他の局員ならさっきから俺たちの右斜め後ろから壁に隠れながらこっちを観察しているんだ。


 親衛隊の奴ら、いい趣味してやがる。


「じゃ、私が塗りますよ。私ならたぶんギリギリ手が届きますから」


 俺がそう言った瞬間、右斜め後ろから一瞬殺意が漏れた。そんなにヤヨイさんを困らせたいのかお前らは。


「で、でも……」

「いいっていいって」

「でも、あまり雑に塗ると抵抗が増えるし正確なデータが取れないから、難しいよ……?」


 …………。

 うん、俺に繊細な仕事を期待しないでほしい。


「やっぱりヤヨイさんが。私バケツ持ってるので」

「え、でもそしたら届かな――」

「それは大丈夫です。腹案があります」


 言って、ヤヨイさんの背後に回って屈んだ。


「腹案? なにそ――って、えっ、ちょ、アキラさん!?」


 そして慌てるヤヨイさんの股の下に潜って、そのまま立ち上がるのである。


 ま、要は肩車だ。


 こうすれば十分な高さを確保できる上にヤヨイさんが丁寧に塗料を塗れるわけだ。

 まさに完璧な計画である。


 ただひとつ憂慮すべき点があるとすれば、それは並々ならぬ殺気を右後方から感じることだろうか。


「さ、始めましょうか」

「え、あ、あの、だ、だめ!」

「早くしないとこのまま町に出ちゃいますよー」

「もっとだめー!」


 と言うわけで、ちょっと顔を赤く染めたヤヨイさんを肩車しつつ鉄板にサティポロジアビートルのほんのちょっぴりの体液を煮詰めた液体を塗るとしよう。


 俺が殺される前に。


 で、ただ塗るだけでは暇なので言葉を交わすだけで終わる仕事は片付けるとしよう。


「海軍と言えば、今新型戦闘艦作ってるの知ってます?」

「知ってる。確か、レオナさんがつくってる……」

「そうそう、氷の船」

「無茶な設計だよね。大型船の設計したことないけど……」


 よかった。あれが無茶だと評価するまともな人もいるんだと少し安心した。


「あれだと喫水線下にあるオリハルコンの枠が破損した時に魔力伝達が出来ない。改良の必要があると思う」

「あ、そっちか……」


 どうやら氷の艦体についてはどうとも思っていない様子。


 しかしヤヨイさんが気付くていどのこと、レオナが考えてないとも思えない。たぶん対策はあるのだろうと思う。

 まぁ、野心的な設計だとかなり不安だ。


「で、その海軍から新型戦闘艦の装備に関して追加注文があるらしいんですなんですけど大丈夫ですかね? ていうか氷の艦体だとフジツボ対策しなくて済むと思いますけれど……」

「一応、鋼鉄船も作るって。失敗した時の予備として」

「なるほど」


 B-29とB-32みたいなもんかな?

 野心的な設計と保守的な設計の兵器を同時に作って、完成度の高い方を生産すると言う。それを行う暇くらいは海軍にあるのかね。


「で、注文って?」

「あぁ、そうでした。確か――」


 その他、色々。


 陸軍が運用しているタチバナの増産計画に関して、生産性向上のための設計変更の要請、兵站局が使用している卓上魔導計算機の改良、化学兵器サリン対策の道具の開発状況など、口頭で済みそうなことは終わらせる。


 あとは塗り塗りしてヤヨイさんを降ろして、サインやら書類やらを貰う。


 ただまぁ、やはり年頃の女の子を肩車するというのは無茶があったらしい。


「あ、あのね、やっぱりそろそろ降ろして……」

「ん、まだ三分の一が……」

「大丈夫、明日、明日やるから……!」

「中途半端だから終わらせた方が」

「いいから!」


 顔を真っ赤にしながら俺の頭がポコポコと叩かれるようになったので、彼女を降ろしてあげることにした。

 まぁこれ以上は右後ろの連中が脚立を持ってきてくれるだろうし、命が危ない。


 これからはヤヨイさんに迷惑にならないような観察を心がけたまえ。


「そう言えばさっきの話……。レオナさんの船って順調なの?」

「まぁ、今のところは順調ですよ?」


 レオナのことだから一悶着どころか三〇悶着くらいはありそうだけれど。


「えっと、気を付けてね」

「……何がです?」

「あの、えっと、なんて言えばいいかわからないんだけど……」


 そう言って、ヤヨイさんは両手の指をこめかみに当てて何か悩んでいる。はて、何か頭痛の種があると言うことなのだろうか。


 数十秒ほどして彼女の言葉を待つと、返ってきたのは絶望の一言。


「海軍さん、あまり評判よくないから……」

「……はい? え、どういうこと?」



GWなんてなかった(ずっと仕事だった人)

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