起工!
魔導機関専用の艀はなんとか完成した。
ただ輸送機械であるこの艀は、当然輸送隊の持ち物となるわけで、となると当然、建造予算や維持費は輸送隊持ちである。
そして今や輸送隊は、兵站局の下位組織である。
つまり、海軍の新型戦闘艦の建造を承認したら自分たちの予算が減ったわけで……。
「これで駄作だったら目も当てられない……」
「海軍と開発局を信じるしかありませんね」
全然信用できない海軍と開発局を信じるしかないとは、かなり絶望的である。
それはそれとして。
艦体材料と人員、建造予算その他諸々必要な物を確保したならば、いよいよもって起工――とはならない。
海軍工廠にもスケジュールはあるし、当然俺らにもある。
それは年末年始の魔物をまず片付けなければならない、ということ。海軍も兵站局も、新型戦闘艦になんて構っていられないのである。
年末年始前一週間は、兵站局は準備で動けない。
年末年始後一週間は、海軍や造船技師たちは二日酔いとか後片付けで動けない。
なんだろう、この格差。いや今更だけれど。
それが終わればあとは平常運転。節分もバレンタインもない魔王軍においては、一月中旬以降は普段通りの戦争が始まるわけだ。
そして一月十三日。
「――この栄えある記念日に集まってくれた諸君、そして準備を重ねてきた関係者諸君に、私はこころより感謝する」
ノルト・フォーク海軍工廠のとある一角で、ささやかな儀式が行われた。
ささやかと言っても、出席者は魔王ヘル・アーチェ陛下を筆頭に、魔王海軍司令官、ノルト・フォーク海軍工廠長官など多くのお偉いさんが集まっていた。
起工式、である。
船と言うと進水式ばかりに目が行くが、起工式を行う場合が往々にしてある。作業員の安全祈願や、まだ見えぬ艦へのロマンを語る場としての式典だ。
そんな中で、ヘル・アーチェ陛下は一同の前で拳を振るうのである。
「――まだ形もなっていないこの艦が、どのようなものになるのかはわからない。だが君達の力で以ってすれば、必ずや良き艦ができると、私は信じている」
陛下の後ろには、ノルト・フォーク海軍工廠の乾ドックがある。
演説にある通り、まだ起工前と言うこともあって何もない。だが二〇〇日後には、魔王軍初の氷製戦闘艦が出来るのだ。
凄く……不安です。
陛下は良い艦ができることを期待してるようだけど、個人的には無理だと思います。承認したはいいが、氷山空母ならぬ氷製戦闘艦が成功する姿が目に浮かばない。
「――そして、私はここに、第五〇一号艦の起工を宣言する!」
その陛下の一言で以って、ついに造船開始となるのである。
作業員はそのまま作業開始。
レオナも海軍工廠の技師たちと共に暫くは造船に関わる。一方で、乾ドックにおいて陛下を含め俺らにはやることがない。
やることと言えば――、
「未来の栄光ある船に!」
「魔王陛下の船に!」
「人類海軍を海へ叩き落とす未来の英雄に!」
「「「乾杯!」」」
海軍工廠敷地内にあるホールみたいなところで、祝宴会を挙げることだ。
お偉いさんが集まったら、とりあえず酒を飲んでコネをコネコネするのはどこの世界でも同じなのである。
問題はなぜか、俺やソフィアさんも参加させられていることだ。
立食形式なのでまだ気負う必要がないのが救いである。
「でもこんなことをするくらいなら、早く帰りたい……」
「そうは言ってもすっぽかす訳には参りませんよ、アキラ様」
俺とソフィアさんは、会場の端っこで適当に飯を食べつつ他人に関わらないように必死に気配を消すことに忙しかった。
あんなことを言っているソフィアさんだが、彼女も彼女で「理屈はわかっているけれど感情的にはさっさと抜けたい」という顔をしている。
人が来れば営業スマイルをばら撒くが、ソフィアさんってば営業スマイル下手だね。
いっそムスッとしてた方が好感持てるよ。
「アキラ様にそれを言われたくはありません。アキラ様は先程から明らかに嫌そうな顔していますので」
「実際、嫌ですからね」
「そこをなんとかして、そう思わせない表情をするのですよ」
「そう言われてもなぁ……」
いつものスーツではなく、着方がイマイチわからない軍服を着て――というか、ソフィアさん曰く「着られている」らしい――マナーもわからず逐一ソフィアさんから突っ込まれながら食べる飯はとても味気がない。
なんだよ、こんなにおいしいのにバクバク食べちゃダメなのかよ。残ったらどうするんだ。
「基本、捨てます」
「勿体ねぇなぁ……」
人が苦労して確保したものを、そんなゴミみたいな扱いをするなんて余程大した根性をしていますね?
全員海に投げ捨ててやろうか。
「まぁ肥料にしたりしているので、一概には言えませんね」
「肥料にするくらいなら最初から捨てないで欲しいんですけどね」
「こう言ったものは『見せる』ためにありますから」
全くもって上流階級のすることはわからない。これだけ偉くなれば少しは理解できるのだろうか。
あまり理解したくはないが……。
そんな風に、仲良く二人で楽しくもない会話をしていたら、それを見かねたのか、とある方が近づいてきた。
こんなところで俺らに話しかけようとするのは、疑いようもなくヘル・アーチェ陛下である。
「盛り下がっているようだね、二人とも。華美なパーティーは嫌いかい?」
「えぇ、まぁ。しがない下層民としては少し苦手です」
「何を戯けたことを。それでも君は立派な魔王軍の幹部であるのだかから、もう少し胸を張りたまえ」
「いえ、胸を張るほどの実績を残しているわけでもありませんよ」
「相変わらず殊勝な事だな」
言って、陛下はフッと微笑むと、ソフィアさんにも話を振る。
「どうだい、ソフィアくんの方は」
「……そうですね。アキラ様と似たような感じです、陛下」
ソフィアさんはこちらを一瞥した後、営業スマイルもなにもなく正直に答えた。
海軍工廠長官には作り笑顔で楽しそうなこと言っていたのに、彼よりもっと偉い陛下には直球で答える。なかなか妙な会話だ。普通逆だろうに。いや俺が言える話でもないけれども。
だが陛下はそれを意に介さず、むしろそれが求めていた答えであるかのように笑って見せた。
「ハッハッハ。なるほどな。やはり君たちはいいコンビだよ。公私共にな」
「何を言っているんですか……」
別にそのことは否定しないが、ここで言う話でもないと思います。
だが、陛下はここがどんな祝宴の場であろうと関係なしいようである。
「しかし困ったものだな。二人が二人とも祝宴会の類が嫌いというのでは、結婚披露宴は開けないではないか」
瞬間、ソフィアさんが咽た。俺も少し危うかった。
「けふ、けふっ……! へ、陛下! なにを……!」
「うん? 開くつもりだったのかい?」
「そ、そうではなく! け、結婚なんて、まだそんな……!」
彼女は顔を真っ赤にしながら、必死に陛下に言い返すものの、どうにも言葉に力がない。
「おいおい。年頃の二人が男女の関係にありながら結婚を意識しないというのはどういうことなのだ。まさかアキラ、君もその類か?」
え、急にこっちに振られても困る。
これ「ある」と答えても「ない」と答えても地雷を踏みつけるんじゃないか?
そもそも俺とソフィアさん、恋仲にあるとは言っても、「男女関係」と言われるような関係にはまだ発展しては――。
「おい、アキラ。それは本当か」
しまった! 回答を逡巡してしまたせいか陛下に心を読まれた! んでもってソフィアさんからは「何を考えていたんですか!?」という悲鳴も聞こえてきた。
言えるわけないよ! そんな、キスどころか手を繋ぐことさえもまだなんて――、
「まだなのか!?」
また読まれてしまった……。
ダメだ。もうリカバリーできない。ソフィアさんもソフィアさんで何のことなのかを察したらしく、黙ってしまった。
「やれやれ。ヘタレヘタレというのはわかっていたが、ここまで来ると君が男なのかがまず不安になって来たな」
「一応地球生物学上では男のはずです……」
いいじゃんか別に、奥手でも。草食系男子なの俺は。
「開き直ってどうする。まったく……」
言って、陛下は頭を抱えて溜め息を吐く。
だがその顔はどこか楽しそうで、なんだか子供の成長を眺めている母親気分という感じだ。
「まぁ、二人ともいい大人なのだから、こちらからなにか手出しすることはやめておこう。付き合い方に関して強制はできんからな」
「そう言っていただけるとありがたいです」
陛下からの介入があるとやりにくいのも確かである。
どうせ長寿の獣人と寿命凍結処理された人間なのだから、ゆっくりでもいいじゃないか。
その後この件に関して深く話すことなく、陛下は次の話し相手を求めて「じゃ、また後でな」と言い残して去る――その間際、ずっと黙ったままのソフィアさんに語りかけた。
「ソフィアくん。君の思考はなるべく読み取らないようにしているが、そんなに想像力豊かに考えていたら勝手に漏れ聞こえてしまうよ?」
陛下がそう伝えると、ソフィアさんは数秒固まった後、前回以上の挙動不審になった。
「へ、はい? ……え、あの、ちょ、違います! 違うんです!」
「なに。安心したたまえ。むしろそれが自然の反応だよ。ただ一つ言うと、あまり張り切りすぎるものよくないと思うがね」
「何を言っているんですか、陛下!」
何を言っているんだろう。私も気になります、陛下。
しかしヘル・アーチェ陛下は俺やソフィアさんに答えを教えてくれることはなく、今度こそ本当に去って行った。
爆弾だけばら撒いて後はどうぞご自由に、って言われても。あたりに不発弾が埋まりすぎててどう動いた方がいいものか……。
とりあえず聞いてみる。
「……何考えてたんですか?」
「…………内緒です」
彼女はそう言うと、ぷいっと顔を背けてしまった。
……うーん、もしかしたらソフィアさん、いつまでも草食な私に絶望しているのでは……。とすれば、ここは勇気を出そうか。
いつまでも顔を背けたままのソフィアさんの手を取って、手を繋いでみた。
彼女の手は少し冷たく、それに驚いた様子だった。けれど、数秒後には手を握り返してくれて、手も少し暖かくなっていた。
ただ、結局ソフィアさんはこの日顔を背けっぱなしで、会話にも余り乗ってくれなかったけれど。
失敗だっただろうか? 難しいね……。
ソフィアさんが何を考えていたのかはご想像にお任せします。
あと全く、えぇ全然本文と関係ないのですが、人間と獣人の間にも子供は作れる設定。長寿な生き物程生涯出産回数減少の法則に従い、獣人は子供が出来難いです。
全然関係ない話ですけどね!
【お詫び】投稿してから気付きましたが、兵站に関することを全然書けてませんでした。申し訳ありません




