起工する前に必要なもの
艦隊材料の大半が氷だとしても、調達べきものは多い。
オリハルコン、ミスリル、鉄、銅、木材は勿論必要だし、各種装備のことも考えると氷以外で構成される部分は多いものだ。
兵站局としては、これをどこから購入するか、質や価格、納入時期、保管場所その他諸々を鑑みて決定する。
特に時期に関してはシビアだ。
なにせ建造日数は二〇〇日。工程表を見ながら、どの時点でどの種類の材料がどれだけ必要なのかを考慮しなければならない。
「五〇一号艦は、確かノルト・フォーク海軍工廠でしたよね?」
「はい。現存する海軍工廠の中では最も大規模かつ、戦線から遠い場所です」
「え、えーと、か、海軍工廠というだけあって街道とか、あと河川輸送路も整備されてまふ。それに、戦線と反対方向ですから、前線に負担を増やさなくて済む……かも、です」
と、ソフィアさんとリイナさん。
彼女らからの報告を聞き、工程表を見てなんの物資をどれほど輸送するかの指示を出す。足りない物はエリさんとユリエさんに調達させる。
基本的な流れはこうなる。
「では、最初の工程表十日間分の材料を運ぶとしましょう。まず最初は……」
「枠組みからですね。竜骨、肋骨の部分は頑丈なオリハルコンなどの金属を使用します」
「さすがにそこは氷にできませんか」
「強度と、あと魔力の問題がありますから」
魔王軍の造船は、当たり前だがブロック工法ではない。たぶん人類軍側も技術的に無理だろう。
だからドック内で竜骨を作り、そこから枠組みを作り板を付け――という、昔ながらの方法で造船することになる。
今回の第五〇一号艦の場合、外板や甲板その他の材料を氷とし、それ以外の枠組みとなる部分にオリハルコンを使用する。
建造日数二〇〇日の内、その半分以上がこの枠組み作りだ。
それはソフィアさんが言ったように「強度」と「魔力」の問題。
魔力をよく通すオリハルコンを枠に使えば、氷による艦体造成及び修復に便利だから、とかなんとか。
魔法理論は意外と奥が深い。
まぁとにかく、最初は骨の部分だ。
「オリハルコンの必要量は?」
「確か一インケ四方ので、竜骨の全長は――」
そう言ってソフィアさんは資料をパラパラとめくり必要量の概算数値を求める。
そして提示された量は、多くの「0」を付き従えていた。
「……え、そんなに?」
「船ですからね……」
わかってはいたが、やはり造船というのは大変である。
この量のオリハルコンを調達するとなると、かなりの額になる。なにせ白金並に価値のあるものだからな。
「まぁ、とは言え純オリハルコンではありません。魔力導線に使うものですから、最悪鉄の周りにコーティングするように貼るだけでもいいらしいですし」
「レオナの要望書には『なるべく純度高くしてね!』って書いてあるけどな」
「たぶん魔都中のオリハルコンをかき集めても足りませんよ?」
でしょうね……。
ま、純金の延べ棒をトン単位確保するのと、金箔でコーティングした鉄の棒をトン単位確保するのとでは、後者のほうが楽に決まっている。
兵器は大量生産してナンボなのだから、ここは生産性重視。
「海軍と設計者がそれでいいと言っているのであれば、オリハルコンは最低限で構いません。あとは技術的ブレイクスルーを待ちましょうか」
「最低限量であれば、兵站局で確保しているオリハルコンで事足りますね」
「ではそれの加工と輸送の手配をしましょうか。詳細はソフィアさんに任せます」
「畏まりました、アキラ様」
ソフィアさんが早速手続を始める。艦体材料ひとつ運ぶのにこれだけの壁があるのだから、先が長いのなんの。
しかも、造船にあたってはまだまだ必要な物がある。
必要な「物」というより、必要な「者」なのだが。
「局長、今大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫ですよ。例の件で?」
「そうですわ」
丁度いいタイミングで、エリさんが説明しに来た。
船を造るにあたって必要となる「者」の件。とどのつまり、造船技師たちである。
ちなみに「造船技師」で検索するとかなり上の方に世界で最も有名な鼠が出てくる。ハハッ。
船大工とも呼ばれる彼らは熟練工でもあり、造船において重要な存在だ。
勿論、海軍工廠にだって腕利きの熟練工はいるだろう。
だが今回は、今までにない技術で作る特殊な新型戦闘艦だ。今まで木造船しか作ったことがなくても、彼らが持っているノウハウは必要なのである。
なお、殆どがドワーフやハーフリングとなる。
「今回は特殊な船ということでかなり確保が難しかったですわね。木造船しか作れない、作りたくないと言う方もいらっしゃいますし」
「さすが頑固なドワーフ、と言ったところですかね」
「そんなところですわね。しかし彼らの協力は不可欠。ですので、かなり俸給を高く設定せざるをえませんでした」
「まぁそれは仕方ありません。人件費ケチったところでロクなこと置きませんから」
人件費を削るのは最終手段である。そして最終手段というのは何度も使うものではない。
ブラック企業がその反面教師となるだろう。
「それで、どれだけ確保できましたか?」
「八九名。海軍工廠の熟練工と足し合わせて一五〇名程になります」
「それだけいればまずは十分です。作業員全てを熟練工とする必要もありませんから」
熟練工とそうでない工員を足し合わせれば五〇〇人程になる。
その五〇〇人をどのように動かせば効率が良いかを、工程表を参考にして生産計画を立てる。
質を重視するのであればこれでも足りないのだろうが、経済性というのもあるし、海軍工廠では今回の新型戦闘艦だけを作るわけでもない。
また今後この船を増産するのであれば未熟な工員を使わなければならないのだから、全員が精鋭でない状態で作った方が後々のためにもなる。
一品物はかえって使いにくいし。
「まぁ、なにもかも初めての試みですからね。やって始めてみないとわからないことも多い……今はこれでいいということにしましょうか」
「はい。では、彼らの当分の住居と物資食糧の手配を」
「給金もね」
人を動かせば、物も金も動く。それを確保するのも兵站局の仕事。
「勿論ですわ」
そんなことは朝飯前と言わんばかりに、エリさんは笑顔で頷いてみせた。この様子なら任せてしまっても大丈夫だろう。
さて、こっちも仕事をしないと。
兵站局の仕事は五〇一号艦だけではない。通常業務もあるのだから、それもやらなければならないのだ。
本来であれば兵站局側の責任者を誰かに指名して任せて、俺はたまにその補佐をすると言う方法がいいのだろう。
実際、こう言ったビッグプロジェクトは指揮統率の経験を積ませるのにいい機会だ。
だが今回は、俺が責任者となっている。
なぜかって? それは――、
「ア――キラちゅわ――――ん!」
こいつの世話があるから。
リイナさんじゃ扱い切れないし、エリさんやソフィアさんだと脳の血管がブチ切れるだろうし、ユリエさんに至ってはレオナの思考に乗っかってさらに暴走するだろうからである。そして他の準幹部ではまだまだこういったビッグプロジェクトは経験不足。
だから俺がやるしかない。
と言っても、俺もこいつを扱い切れる自信があるわけではないのだが……他よりマシ、という消去法なわけである。
「何の用だ。てか、海軍工廠にいなくていいのか」
「まだ起工してないからね。私はここで、魔導機関の調整と実験中。あ、それとアキラちゃん。魔導機関の輸送手配大丈夫?」
「輸送路はともかく、問題は輸送手段だよ。既存の艀じゃ巨大な魔導機関を搭載できない」
今回の新型戦闘艦第五〇一号艦(仮名)において中核となる機械が、レオナの作った魔導機関となる。
この魔導機関はとても巨大である。
既存の魔力反応発動機の数倍の大きさがあり、エルフの大魔術師が使う収納魔術を含め、通常の輸送手段では運べないのである。
聞いて驚け、魔導機関の重さは約二〇〇万リブラ(約九〇〇トン)だ。
そんなもの運べるものがあるだろうか? いや、ない。
「今の所、手段は三つある。まず一つ目は、分解して運ぶ方法だ」
考え得る限りでは最も現実的な案だと思う。大きすぎて運べないのであれば、運べる大きさにまで分解すればいい。
単純な話だ。
ただし、レオナは腕で大きくバッテンを作った。
「構造が複雑だから、一度分解して再度結合するのが難しい。最悪、壊れるかも」
うん、ここで「構造を簡単にすればいい」と言えばいいのかだいぶ迷ったが、言わないでおこう。簡単に言わないでよ! って絶対言いそうだから。
「じゃあ案その二――は、俺がやだ」
「え、なにそれどういうこと?」
「うん、単純に魔導機関を載せられる程の巨大な艀を作るってこと」
最初のが「魔導機関が艀に合わせる」ものだったのに対し、今度は「艀の方が魔導機関に合わせる」というものである。
ただしこの場合は、船を造るために船を造ると言う悪夢みたいなことが起きる。
規格外品輸送の需要がなければ、一回使ってはい終わり、となる可能性もあるのだ。だから嫌だ。
「……じゃあ、最後の手段は?」
「現地生産」
これは五〇一号艦の補機である魔力反応発動機で行っている方法だ。
ある程度艦体が出来上がったところで機関の生産をする、あるいはすぐそばで作って枠の中にはめ込む方法である。
ノルト・フォーク海軍工廠では魔力反応発動機の生産実績があるし、それによる戦闘艦建造ノウハウもある。
だから魔導機関も行けるのではないか、と踏んだわけであるが……。
「やったことないからなぁ……。それに、発動機より重いのよこれ。できるの?」
「できなきゃ困る」
魔都で作って海軍工廠まで専用の艀で運ぶ、というのは効率の面から言ってやりたくはない。
できれば最初から海軍工廠で全部やってほしい。
発動機を作るための設備はあるのだから、ある程度生産設備を改修すればできる……というか、できてほしいなぁ。
「海軍工廠の生産設備見てないから何とも言えないわね。私としては第二案を押すわ!」
「運んでみたら重すぎて転覆、っていう危険もあるんだけどね」
「それはやめて!」
いや魔導機関専用に作ればたぶん転覆はしないはずだろうが、レオナに第三案を選んでもらおうとなんとなく脅してみた。
「ま、そういうことだ。やっぱりお前は海軍工廠に行くべきだよ。それから判断してくれ」
「えぇ……開発局に残って研究がしたーい!」
「んじゃ今回の計画は凍結ということで」
氷の戦闘艦だけに、計画凍結。
「なにバカ言ってんの! 私がそんなことでへこたれる訳ないじゃないの!」
「できればへこたれて欲しかったが……まぁいい。行って来い」
「アキラちゃんついて来てくれないの!?」
なんで俺がついて行かなきゃいけないの?
数日後、結局俺はレオナと共に海軍工廠の視察を行う羽目になった上に、
「こんなチャチな設備で私の最高傑作が作れると思ってんの!?」
という台詞を彼女から聞くことになった。
生産設備の改修でどうにかなる問題ではなく、一から作ったほうが早いという結論に至ったため第三案は廃案。
とりあえず専用の艀作ります、はい。材料調達しなきゃ……。はぁ……。
感想とかで色々コメントがあったのでQ&Aその他を下記の割烹に書きました。別に読まなくても大丈夫です。
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