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兵站局に来た新人さん 後篇

 さらに二日後。

 今俺は、ワカイヤくんと共に馬車に乗っている。魔像牽引であるものの、荷降ろし係の輸送隊員がいるので二人きりというわけではないけれど、あまり仲の良いとは言えないワカイヤくんと一緒にというのは精神的に疲れる。


 その上、


「こんなことしても意味があるとは思えません!」


 同行者がこんなことを言うのである。元気だなー。


「まぁ、走ってたらわかるさ」


 現在、この馬車は俺の作ったルートの上を走っている。


 馬車にはタページ陣地に運ぶ食糧などの物資が積み込まれているが、この輸送隊が運んでいる食糧全部合わせても平時一週間分の食糧しかない。


 タページ陣地に常駐する人員は現在三千名。

 魔王軍兵士が一日に使用する物資の重量は概算で十キロ、魔王軍の単位二十二リブラだ。つまり三千名だと六万六千リブラ。

 この荷車の積載重量一万五千リブラだから、五台確保してようやく一日分になるのである。一週間分確保となると、三十五台が必要になる。その他予備の物資や輸送隊用の物資なんかもあるため、全部で四〇台。


 鉄道が如何に重要な発明品かわかる。

 あと段ボール。軽くて丈夫で空にしたら折り畳みが可能で再利用も容易とか神過ぎる。そんな梱包材が欲しい。レオナかヤヨイさんあたりに頼めばできるかな……。


 目的地までは二日の距離がある。

 それまでただ黙っているわけにもいかないので、ギスギスしながらもコミュニケーションを取る。本当のところは何もすることがなくてつまらないってだけなんだけどね。


「ワカイヤくんってなんで軍に志願したんです?」


 とりあえず当たり障りのないことを聞いてみた所、突如としてワカイヤくんが立ち上がる。動く馬車の中で!


「魔王陛下に忠誠篤き真なる臣民であれば、誰だって志願します!」

「うん、わかったから座ろう?」

「座りません! 人間にはこの気持ちわからないでしょうが、誇り高き魔族というのは――」


 と、ここで車輪が石を踏んだのか、馬車が縦にガタンと揺れる。

 座っている俺や、固定された荷物たちはいいが、演説しようと馬車の中で立ち上がると言う暴挙に出たワカイヤくんはその縦揺れに耐えられず、


「ぶべっ」


 綺麗に転んだ。

 うん、その気合が空回りする感じ、君らしくていいんじゃないかな。


「ワカイヤくん。座りましょう。あと気を付けないと舌噛みますよ」


 サスペンションなんてないんだから、この馬車。

 が、ここでへこたれないのがワカイヤくんの良い所であり、悪い所である。


「うぅ……でも、男の子はここで泣いちゃダメです。男の子はいつだって立ち上がり前に突き進むべきだっておじ様が――」


 ガタンッ!

 ぶべっ!


 あぁ、今回もダメだったよ。こいつは話を聞かないからな。


「三回目行きます?」

「……アキラサマ局長様に免じてここでやめといてあげますね!」


 あ、はい。ありがとう。


 時々石が転がっているが整備された街道を行き、石造りの橋を渡って川を超えて、二日かけてタページ陣地に到着した。馬車の乗り心地はよくないので、とても疲れる。


 しかしついたらついたでまだ仕事がある


「よっしゃああああ新鮮なメシだああああああああ!」

「野菜だ! 野菜があるぞ!」

「煙草もあるぞ! これがねーと集中できないんだよなぁ……」

「酒は、酒はないのか!? 安酒でもいい!」 


 補給部隊が到着したと同時にドッと集まる兵士たちである。

 この兵士の波を捌きつつ、ついでに荷も捌く。兵達にも荷下ろしの手伝いをさせるが、それは輸送隊の仕事の範疇か。


 兵站局は別の仕事をする。今回はワカイヤくんの現地研修みたいなものでもあるため、彼にやらせている。


「兵站局のアルパ・ワカイヤです。食糧一週間分、輸送完了しました。えーっと、受領のサイン願います」

「はい。確かに。次はまた一週間後?」

「えーっと……」


 ワカイヤくんが固まった。輸送の予定を全部覚えてとは言わないけれども、日程表くらいは持ち歩いた方がいいよ。


「次の予定は一週間後です。ただ荷の内容が変わったので、二週間分を運びます」

「ということは、今度からは半月ごと?」

「そういうことですね」


 そう言うと、指揮官はガックリと肩を落とした。

 タページ陣地は新設された陣地であるものの前線から離れた所にある。さらに周辺には娯楽のある村落が少ないため、輸送隊が持ってくる物資だけが何よりの楽しみだったそうで。


「次からは何を楽しみに生きて行けばいいのやら……」

「ハッハッハ。なるほど。なら、兵站局に任せてくださいよ。なにか娯楽も一緒に持ってきますよ」

「本当に? え? 女でもいい?」

「娼婦って意味ならちょっと無理ですね。でも慰問団くらいなら呼べるかもしれません」


 慰問団というのは、文字通り慰問をする団体。

 前線の兵士のために歌ったり踊ったり演劇をしたり、まぁ色々やって娯楽を提供する専門集団みたいなものである。


 娯楽の少ない戦地で暮らす兵にとって、慰問団はとてもありがたいもの。当然どこもかしこも引っ張りだこだし、慰問団の人たちは基本民間人なので彼らの予定にも合わせなければならないし、最前線だと戦死の危険もあるから難しい。


 だから、慰問団が来ると泣いて喜ぶ奴もいるのだ。


「よっしゃあああああ! うちに初めて慰問団が来る!」


 ほら、こう言う風に。

 もしかしたら来ないかも、なんて言える雰囲気じゃない。あらゆる伝手で慰問団を確保せねば。


 その後、陣地の指揮官と話し合って、入用なものを聞いたり、復路に何か積むものはないかを聞く。よくあるのは手紙、空になった瓶や木箱、色々あって後送される兵士なんかだ。


「どう? 初めての現場は?」

「……私の案を採用したら一日早く到着できましたよ! 現実の見えない誰かさんのせいで――」

「あぁ、はいはい。その話ね」


 そうだった。それが主題だった。


 うーん、ちょっと待ってね。今計算してるから。

 荷車の重量がこれくらいで、積載可能重量がこれくらいで、復路の重量が――っと。うん、数台は空荷になるな。


「よしわかった。俺たちの馬車、復路はワカイヤくんの案でいこう」

「はい! ……え、はい?」

「うん? なんでそこで首傾げるの。君の案採用したのよ?」

「え、あ、うん。急だったので、つい。ふふん、やっと僕の偉大さに気付いたんですね!」


 うん、偉い偉い。

 積むもの積んでさっさと帰りましょー。




---




 翌日。

 タページ陣地で一泊し、輸送隊を二つに分ける。

 一つは往路と同じコースを行く列、もう一つはワカイヤ案で帰投するコースである。


 ワカイヤくんの計算が正しければ、俺たちは別路を行く輸送隊より一日早く魔都につく。いや、空荷であることを考えるともっと早くつくだろう。


 そのことはワカイヤくんも承知しているので、


「これで僕の優秀さが証明されるわけですね、アキラサマ局長様!」


 と不思議な呼び名を続けたままそう豪語する彼である。もう訂正するのも面倒になったし彼の大言壮語にいちいち反応するのも嫌になってきた。

 リイナさん、これを一週間教育してたのか。大変だっただろうなぁ。


 さてそんなワカイヤくんだったが、タページ陣地を出て一時間もせぬうちに黙りこくることになる。


 なぜって?

 喋ったら確実に舌噛むくらい馬車が揺れてるからさ!


「アワ、ワワワワワワ、アワワワワワアワワ」


 もうさっきから口を開けばこれしか言ってない。


 不採用理由その一。街道の未整備区間が長い。

 砂利道を通り越して岩石道になっているワカイヤルートは、馬車が常に揺れている。空荷だからまだいいが、もしこれが貨物満載だったら……、おぉ、想像したくない。


「でで、でも、ここここれくらいなら緩衝材をおおお思い切り使えばばばばばばば」


 頑張って喋るワカイヤくんだが、うん、緩衝材もタダじゃないんだ。ホイホイ使いたくはない。瓶詰の破損防止に使うだけでもかなりの量になるんだから。


 じゃ、不採用理由その二以降を見ていこうか。



 その二。


「空転するぞ! 踏ん張れ!」

「魔術使える奴は道の上の落ち葉を風魔術で除去しろ、はやく!」


 急峻+落ち葉のダブルパンチで車輪が空転する。



 その三。


「じゃあ、今日はここで野営ですね」

「あの、局長様。この鬱蒼とした森のど真ん中で? え、ここ街道ですよね?」

「そうだよ」

「……」

「男は根性ですよね?」


 熊どころかモンスターが出る勢いで不気味な森を突っ切らなければならない。怖い。



 うん、問題だらけだね!


「全く、誰ですかね。こんなルート考えたの。現実見えてないんじゃないですか?」

「…………」


 ワカイヤくん、ノックダウン。


「いえ、どれも大したことではありませんよ! 確かにつらい部分もありましたけど、地図上ではここからは平坦な道! ここから巡航速度で走っても魔都には彼らよりはやくつきます。何も問題ありません!」

「うわー、ポジティブだなー」


 ま、確かに今までの問題はまだ小さな些細な問題だったし、頻発する問題でもなかった。


「問題はこれからなんですよ、ワカイヤくん」

「そんなわけありません! もしあったら、それはインボーです。ソフィアさんを自分の手籠めにするための……!」

「想像力があってよろしい」


 でもね、こんどの問題はもっと現実的なものだから安心してほしい。

 不採用理由その四は、そこから一時間経ったところにある。


「ワカイヤくん、ついたよ」

「…………」


 黙って口を開けて、その「問題」を見ている。


 今目の前にあるのは、橋だ。別ルートを行く輸送隊もこことは別の橋を使ってこの川を越える。ワカイヤくんの策定したルートでは今見ている橋を使う……予定なのだけれど。


「見ての通り、ボロボロです」

「…………」


 元々立派な石橋というわけではない、簡易的な橋だった。それでも軍用馬車が通るには十分だったのだが、街道自体が整備されてない上に使い勝手が悪くいろいろ問題があるこんな街道にかかる橋など、使う奴はいない。


 故に橋を使う者は少なかった。当然整備なんかもされることはなくご覧の有様に。


「老朽化したこの橋の耐荷重は概算で二万リブラ。馬車自体の重さ、牽引する魔像の重さ、そしてその馬車に入れている物資人員を考慮するとかなり厳しいです」

「……嘘だ。何かの間違いだ」


 確かにそうかも。ちゃんと検査しているわけじゃないから、もしかしたら空荷の馬車でもきついかもしれない。


 輸送路の策定作業が難しいというのはまさにこれにある。

 地図上一見すると最も効率の良いルートは、勾配や橋の耐荷重などの制限という壁の前に机上の空論と化す。地球の場合だと、高さ制限や鉄道貨物駅のキャパシティ、貨物港の水深や空港滑走路の地盤や長さ、航路の制空権・制海権なんかにも左右されてかなり大変だ。


 地図を見るだけでは、わからないことである。


 ワカイヤくんの一連の言動を見ていてわかったことがある。


 彼、よく「お母様が言った」「お父様はこう言ってた」という言い方よくするじゃない?


 まぁいろんな人に愛されてるんだろうなと言う微笑ましいものである一方で、その愛が行き過ぎて彼の想像力がおかしいことになってるのだ。


 想像力に欠けていたり、あるいは明後日の方向に向いていたり。

 今回の事もそうで、文字通り「机上の空論」に想像の翼を羽ばたせられなかったのである。


「ワカイヤくんは、現実を見ていないんだよね」


 俺がそう言うと、彼はその場でうずくまってしまった。

 いつまでもうずくまられても困るので無理矢理馬車に乗せて、魔都にまで連行した。


 その後彼が口を開くことはなかった。

 なお、俺らの空荷馬車列は、別ルートを行っていた輸送隊とほぼ同時に魔都に到着した。



 ……ワカイヤくんにとって初めての挫折経験が上手く作用しなかった場合、その時はソフィアさんの意見を採用するかな。


 まぁ、どうなるかは彼次第だ。




------




 拝啓 お母様、お父様、妹のスリへ


 お元気でしょうか。

 僕は、ちょっと元気がないです。


 魔王軍には無事入れました。体力のない僕でも問題ない、兵站局と言う場所で事務仕事をしています。


 机の上での仕事は、結構きついです。

 この間大きな失敗をして、ちょっと怒られました。


 寮に戻った時、ちょっと泣いちゃったのは内緒です。


 失敗したのが悲しいというより、今までの自分の不甲斐なさに泣きました。



 僕って、結構ダメだったんだなぁ、って。


 人の話はよく聞くし、書いてあることはよく読みます。でも、目の前のことは見えなかったみたいで。

 もし僕が上司さんの立場だったら「なんだこいつ、クビにしよう」とか思ってたかも(笑)。



 でもでも、僕の上司さん――あ、アキラサマって言うんですけど――は、怒るということはしなかったです。

 それとなく、気づかせてくれたというか。まぁ最後は鳩尾に思いきり石ぶつけられたような気がしましたが(笑)。


 でも、おかげでなんかすっきりしました。


 もっと頑張らないとダメだなって。

 アキラサマ曰く、僕は井戸の中の蛙って言うらしいです。あるいは高山の天辺にいるアルパカとも。


 僕、今度からちょっと落ち着いて周りを見てみます。


 まだまだ失敗も多いけど、みんな優しいです。

 ちょっと言葉がきつくなるけれど、その後「これを糧に次に生かしてくださいね」と言って赦して(?)くれます。


 いつか本当にみんなに認めてくれるように、僕、頑張ります。


 だからこの手紙は、決意表明というか、そういうものです。お母様たちにこんな手紙書くなんてどうかしてるかもしれないけれど、これで退路を断っていこうかなって。



 あ、そうそう。

 僕、好きな人が出来ました。


 でも、告白する前にフラれました。

 けれど冷静になったあとでその人たちのことを見ていたら、これは無理だなとも思いました。


 諦めの良さも、男の子には必要ですもんね!



 それでは、今回はこの辺で。兵站局に入ってから「紙も貴重品!」っていう精神を教わったので、これ以上長く書いたら怒られちゃいそうです。



 年末にそちらに帰ります。

 そのときはいっぱいお土産話するので、覚悟しといてください!



 敬具






 追伸。


 でも僕の好きだった人、お相手の人とまだキスどころかろくに手を繋いだこともないらしいです。

 これでも交際って言うんでしょうか? もしかしたら僕にもチャンスが……。

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