兵站局に来た新人さん 前篇
みなさん、おはようございます!
この度魔王軍に志願した駝人族のアルパ・ワカイヤです!
偉大なる魔王陛下の御為に、なにか力になれないかと志願しました。体力もそんなにないし強くもないけど何か役に立ちたくてはるばる故郷から魔都にやって来ました!
両親には「おいばかやめろ」「絶対無理よ。あなたちょっと走っただけでぜえぜえ言うじゃないの」とか言われましたけれど、僕そんなにひ弱じゃないですよ! 採用試験のとき、ちょっと試験官の人に「逆にすごい」って褒められましたし。
ちょっと配属先決定の時に他の人より時間がかかったけれど、たぶんきっと引っ張りダコだったんですね。どんなもんですか!
僕の配属先は、なんでも最近新設された「へーたん局」とかいう部署らしいです。
これできっと僕も前線で魔像を操り魔法を繰り出して蛮族な人類をバッタバッタと薙ぎ倒す、そんなことができるんでしょうね! 僕、まだ魔法全然使えないんですけどたぶん大丈夫です! 必要な事は軍内で教えてくれるからって採用の人が言ってました!
早速今日からへーたん局で働きます。僕の忠誠心を見せるんです!
「たのもー!」
耐魔金属製のドアを思い切り開けます。こういうのは第一印象から攻めないとダメですからね。僕の元気の良さを見せつけます。
へーたん局はいくつもの机が並んだお部屋です。多くの方々が何か紙に書き込んでいます。たぶんここが部隊の司令部なんですよ!
部屋の奥にいた、たぶんここの隊長さんとその秘書さんが会話をしていました。局長さんの方はともかく、秘書さんの方はとても美人さんです! 銀色の髪がキラキラしています!
僕は扉の近くにいた人の案内で、その人たちの下へ着任の挨拶に来ました。
「はじめまして! 僕――じゃなかった、私は、この度魔王軍に志願したアルパ・ワカイヤって言います! 魔王陛下に忠誠を誓う一魔族として、精一杯研鑽に励むつもりで――」
「ふわああぁ! いらっしゃぁい! よぉこそぉ、兵站局へ! どうぞどうぞ、ゆっぐりしてってぇ! いや待ってたよ! やっと新人さんが来てくれたよぉ! 嬉しいなあ……! あ、なんか飲む? 色々あるよ? これね、せんぶり茶って言うんだって、ヤヨイさんに教えてもらったんだよ!」
僕の気合の入った挨拶がよくわかんない人の言葉の羅列で阻止された! こ、これが洗礼と言う奴ですね……負けませんよ!
「アキラ様、落ち着いてください。待望の新人なのはわかりましたから」
「あ、ごめんなさい。つい」
「全く……。コホン。それはさておき、ご苦労様です。私は、兵站局局長秘書兼副官のソフィア・ヴォルフ。ワカイヤさんの兵站局着任を歓迎いたします。で、こっちは――」
はぁぁ、ヴォルフさんは綺麗な御方ですねぇ……。見惚れてしまいます。声は凛として綺麗で、口調も丁寧で御淑やかで、それに仕事ができる雰囲気の素敵な御方です。
僕、一目惚れしてしまったかもしれません。決めました。僕、この御方の心を射止めてやります!
おかげで局長さんの紹介全く聞いて無かったですけれど、まぁ問題ないと思います。女神様のことに比べればどうでもいいことですから。
なにせヴォルフさんと比べて局長さんは見ただけで変な人ってわかります。獣人でもないし、魔力のオーラを感じません。きっとゴブリンの仲間に違いないですね!
「……なんか失礼なこと考えてない?」
「いえ、なんでもありません!」
僕の完璧なポーカーフェイスから心を読むなんてなかなかやりますね。油断できない人です。
「コホン。ではアキラ様、ワカイヤさんの研修についてですが……」
「それについてはソフィアさんが見てやってください。今はそれほど大きな仕事もないですし」
「……畏まりました」
おぉ、しかも何たる幸運! アキラサマ局長というお方の御配慮によって、女神様が僕の研修をしてくださるそうです。やりましたよ、お母様!
「ではワカイヤ様、早速準備――の前に皆に挨拶しましょうか」
「はい! あ、あと僕のことは『アルパ』で大丈夫です! 様もいりません、ヴォルフさん!」
「いえ、これは口癖のようなものなので……気にしないでください。あ、でも私の事はソフィアと呼んでください」
名前で呼び合って好感度を上げる作戦が失敗ですね! でもめげません。それにヴォルフさん――いえ、ソフィアさんが名前で呼でいいって言いました。これは脈ありです。異性にそんなことを言うなんて、そうに決まってます!
思い出してみれば、お母様は小さいころから僕の事を「かっこいい」って言ってくれてました。もしかしたらソフィアさんも僕に惚れたのかもしれませんね!
兵站局の人達に挨拶を済ませた跡、早速僕は準備を始めます。
軍服をキッチリ着こなして、軍靴もキッチリ磨いて、少しぶかぶかの帽子もなんとかかぶって見せます。あとは魔王軍標準装備の槍を持って、よしOK! 完全武装で行軍準備完了です!
「ソフィアさん! 準備出来ました!」
「あ、はい。随分時間が…………えっ?」
ソフィアさんが目を丸くしました。えっと、なにかおかしいんでしょうか? それとも惚れ直したんでしょうか?
「……ワカイヤ様、それはなんです?」
「えーっと、やっぱりぶかぶかな帽子が変なのでしょうか? でも僕お金ないから今からもう一つ取るのはちょっと……」
「あぁ、いえ、そうではなく……」
そう言ってから、彼女は頭を抱えました。
どうやら僕、一発目からやらかしちゃったようです。うぅ、好感度ダウンです。絶対ダメな奴だと思ってますよ……。
「うぅ、ごめんなさい……」
「ま、まぁまぁ、大丈夫です。やる気があるというのは素晴らしいことですから……」
ソフィアさんの話によると、ここ兵站局は「戦闘以外の後方業務」を請け負う部署らしいです。騙されました。僕、採用の人に騙されました。
何が「兵站局は人類軍との戦闘に大いに貢献する素晴らしい部署」ですか。紙とペンとインクでどうやって戦えって言うんですか。そんなものより棍棒の方が強いに決まってます!
でもそんなこと口が裂けても言えません。ソフィアさんはこんな地味なお仕事を誇りを持ってやっているに違いありませんから。そんなこと言ったら、嫌われちゃいます!
「私たち兵站局の仕事は、先程も言ったように後方業務です。戦闘ではない、ということで軽視されてますがこれでも立派な軍務ですから気を抜かないようにしてください」
その後、ソフィアさんが手取り足取り丁寧に仕事を教えてくれました。一生分の文字を5分で見た気がしてとちょっと眠くなりましたけれど、これがソフィアさんがいつもやっている仕事と思えば苦もないです。
僕の仕事は人手が不足していた「管理」の部門になりました。ソフィアさんから一通り仕事内容、文書の書式、ルールなんかを教わった後、兵站局管理部門の長であるリイナ・スオミさんの下で働きます。
スオミさんもソフィアさんとは別の意味でお綺麗な方でしたし、ちょっと優しくて、それで僕に緊張しているのかオドオドしていたけれど、でも僕はソフィアさんを選んだのです。だからごめんなさい!
スオミさんの指示で、まずは簡単な仕事から覚えていきます。
倉庫の管理、特に在庫の管理ですね。足りない物品があれば余所の倉庫から融通するなり、渉外担当の人に発注を頼みます。少ないお金の中でやりくりする様は、ちょっと変わったゲームみたいで楽しいです。
三〇分もすると耳から煙が出ますけど。
「さ、最初から無茶しちゃダメですよ。わ、私も最初も頃は全然できなかったから……」
「はい。でも、僕頑張ります! はやく認められたいんです!」
特にソフィアさんに!
あのような御方は、きっと仕事の出来る男と言うのに好感を持つタイプですからね。頑張りますよー!
僕が来てから数日が経ちました。
小さな失敗は何度もしましたけど、その度にソフィアさんたちから「まぁ新人のうちに失敗しておく方がいいですよ」と言ってくれました。本当に優しいです。
うぅ、へこたれている場合じゃないです。
「男を見せろ、ソフィアさんの為に、頑張れアルパ! そしていつか――」
「ほえ? ソフィアさんがどうしたですか?」
「うわああああ声に出してたああああああああああ」
し、失敗した! スオミさんの前だからまだギリギリセーフでしたけれど、つい口に出してしまいました!
「もしかしてワカイヤさん、ソフィアさんのこと――」
「い、言わないください! こ、ここ、心の中でちょっと慕っているというだけであって疾しいことなんてないですから本当ですから!」
ここは、全力で否定します。ここでばらされちゃったら僕の計画に響くんです。向こうから言い寄って来て、うん、僕も実は好きでした、というのが最高の――、
「そ、そうか。なら良かったかな。ソフィアさんは局長様と付き合ってるから」
「……えっ?」
なに? どういうこと? チョットナニイッテルカワカラナイ。
「あの、それって――」
「ふにゅ? あ、でもこれあまり言わない方がいいよね。ご、ごめんね。今の話忘れて――」
「無理ですよ! どういうことですか、付き合ってるって!」
「ふぇぇ! わ、ワカイヤさん! 声! 声抑えて!」
スオミさんの衝撃的な告白によって、つい大声を上げてしまったようです。周りがなんだなんだと見てきます。
確かに落ち着いた方がいいです。ちょっと仕事して――あ、無理ですね。怒りか何かわかりませんけれど、ペンを持つ右手の震えが止まりません。
「スオミさん、真実を教えてください。どういうことなんですか」
あの麗しく天使のような御方が、まさかアキラサマ局長と交際しているなんて許されることではありません。壁があったらアキラサマ局長とやらを壁に叩きつけますよ。
「ま、まぁ普通はビックリするよね。プライドが高いことで有名な狼人族のソフィアさんが、まさか人間の局長様と付き合ってるなんて……えっと、ご、ごめんね?」
「……今、なんて?」
「…………えっと、ごめんなさい?」
「その前です! 人間がどうのって――」
人間! 偉大なる魔王陛下、僕ら魔族獣人亜人の忌むべき敵!
そんな人間が、兵站局の局長だって!?
「あ、そうだよ? もしかして、し、知らなかったの? 魔都では結構有名な話だから話さなかったけど、ごめんなさい。それも言えばよかったかな……」
「大丈夫です、スオミさんは悪くありません! そ、そんなことより大変です! 人間が魔王城にいて普通に仕事してるなんて異常ですよ! すぐに憲兵隊に連絡して――あぁ、ソフィアさんが危ない! ただちに戦闘準備を――」
「ああああ、落ち着いて! 落ち着いて、ね! あぁ、こういう反応久しぶりだからどうやって止めればいいんだっけ!」
数分して、落ち着きました。はい。
「えっとね、局長様は、魔王陛下によって異世界から召喚された救世主? らしいの。だから陛下とは敵対してないから、問題ないの」
「でも、人間は弱いくせにプライドだけが高くて、狡猾で卑怯で詐術によって魔王陛下を騙している憎むべきだってお父様が言っていました!」
きっとそんな人間と付き合っている女神ソフィア様も騙されているに違いありません。奴らはすぐそういうことをするんだっておじい様も言ってましたよ!
「うーん、他の人間のことはあまり知らないけど、局長様に限ってそれはないんじゃ――」
「わかりませんよ! これは、危機なんです!」
僕、こういうお話何度も見たことがあります!
人間に騙され捕まった麗しの姫君が、王子様によって助けられる――そんなお話。あれは事実を下にした物語だったんです。今、まさにこれがそうなんです!
ソフィアさんは、騙されているんです! きっと暴力とか圧力とか、そういうのがあって望まない交際を強いられているに違いないんです!
けど、何か理由があって離れられない。おばあ様が言ってました。家庭内暴力がなくならないのは、自分がなんとかしなくちゃという思いが強いからだって!
可哀そうに、あんなに洗脳されてしまって! あの素敵な笑顔の裏には、あんな苦労があったなんて。
惚れてる場合じゃありません。僕が王子様になってソフィアを助けないと、きっと大変なことになります!
「えっと、何か凄い勘違いが進んでる様な――。あ、あのねアルパさん、よく聞いて?」
「大丈夫ですスオミさん。僕にはわかってます!」
「そんな風には全然聞こえないよぉ……」
スオミさんはそう言いましたが、僕はやります。どうか見ててください。いつか僕がソフィアさんを解放してあげますから。
でもどうやって洗脳を解きましょう。僕にはなんの力もないし、罠を張ろうにも人間の方が狡猾なはず。
「――えっ? トゥニさん来れないの? 道端でバルナの皮を踏んで滑って昏倒? 大事を取って一週間お休み? ふぇぇ、困るよぉ……今とんでもないことになってるんだからぁ……」
そんな時、スオミさんのこんな声が。
通信魔道具で会話しているようですね。内容はどうやら、トゥニという鼠人族の方が休むということらしいです。かなり仕事が出来る方なので、確かに痛手かも。
「うん、うん。で、でも仕方ないですよね。わ、わかりました。こっちは何とかします。えっと、トゥニさんの仕事、結構いっぱいあるけど頑張る。うん。わかった、お大事に――」
「それだ!」
「ふにゃ!? ち、ちょっと、急に大きな声出さないでよ!」
それですよ! スオミさん!
仕事です。仕事を頑張ればいいんです! 仕事して、僕の能力を見せつけて、僕の信頼度を高めて、そしてアキラサマ局長に取り入るなり糾弾するなりすればいいんですよ!
我ながらなんとナイスなアイディアでしょうか!
トゥニさんがいない穴を埋めたとあれば評価があがるに違いありません! それにソフィアさんも僕のことを見直してくれて、僕を選んでくれるはず!
そうすれば、あの悪辣なる人間の鎖から解放されますね!
「スオミさん! トゥニさんがやっていたタページ陣地の輸送路策定作業、僕にやらせてください!」
「ほい!? だ、だめだよ。あれ結構難しいんだよ! もっと簡単な奴やってくれるだけでも嬉しいから――」
「大丈夫です! 見ててください!」
「全然大丈夫じゃないよ――――!!」
見ててくださいソフィアさん。きっと、あなたを助けます!
駝人族のアルパ・ワカイヤはアルパカのフレンズ(♂)です。まぁご覧のようにちょっと……だいぶ……変な子ですが生ぬるい目で見てください。フレンズによって得意なことは違うし。




