お菓子な戦争
番組の最後に重要なお知らせが!
さて、チョコレートの代替品を決めるために魔都の菓子職人・料理人その他に告知をしたのだが、その前段階で困ったことがある。
実は魔王軍内には、無類の甘いもの好きの方がいる。しかも大好物はチョコレートだそう。
そのお方に、今回の件がばれた。
「……ないのか?」
「ないです」
「これっぽっちも?」
「ないです」
「倉庫を片っ端から調べればあるいは――」
「陛下、現実を見ましょう」
というわけで、ヘル・アーチェ陛下がたいそうゴネている。ゴネたところでカカオ豆が空から降ってくるわけでも、寒冷地の魔都で栽培可能になるわけでもない。
ユリエさんがあんなにも「カカオ豆不足」という問題に頭を抱えていたのはこれが理由でもある。陛下の機嫌を損ねては確かに一大事だ。
だから陛下には現実を受け止めて欲しい。君主なんだから。さもないとうちの部下が腹を切りかねない。
「クソッ。どういうことだ。私の数少ない楽しみが……」
「……そんなに好きなんですか」
「当たり前だ!」
と、ここから陛下のチョコ愛が語られる。チョコの歴史は1000年前から始まり、改良を重ねて今の形になったとか、まぁ色々だ。概ね地球のチョコの歴史と一緒だったからカットするけど。
要約すると、
「チョコが食べたい! 甘々のミルクチョコが猛烈に食べたいのだ!」
ということである。
この結論が出るまで30分かかったことをここに付け加えておく。
「無理ですね。多少はストックがありますが、元々が前線部隊向けのレーションなので陛下の取り分はありません」
「なぜだ! 私は魔王だぞ! 偉いんだぞ!?」
「気持ちはわかりますけど、前線で疲弊している兵のことを思ってください」
「くっ……!」
いやほんと、チョコが大好きすぎるよこの御方は。
しかしこうもチョコ大好きっ子な人の場合、大抵は引き出しとか押入れとかにチョコを隠し持っている物だと相場が決まっている。
きっと執務机の近くにはチョコが隠されてるだろうから、しばらくは大丈夫だな。
「…………」
と、露骨に目で訴えてみる。陛下は俺の心読めるのだから、その真意を理解してくれるはずだ。
「……やらんぞ? これは私のだ」
「そういう意味じゃないです。第一、いらないです」
「そうか!」
うわ、凄い嬉しそうな顔したよ陛下。
陛下もその不自然さと、俺の言いたい事を理解したのか、二度三度咳き込んでから「まざそれはそれとして」と話を流した。きっと内心では「それとして」で済まないのだろうけれど、今は陛下の理性が勝ったことを喜び突っ込まないことにする。
「で、どうするのだ? 公募した、とソフィアくんから報告があったが」
「ソフィアさんの報告通りです。兵站局は料理に関しては詳しくありませんので、専門家に任せます」
無論、兵站的な側面から評価を付けさせてもらう。
最悪MREみたいなことになっても構わない。
審査をするのは、魔王軍戦闘部隊士官数名、親衛隊一名、輸送隊から一名、他後方部隊から適当に数名、そして兵站局からも俺とユリエさんが審査員となる。
審査と言う名のただ飯になるだろうから他の連中のことも誘ったのだが、ソフィアさん含む女性陣は一様に「いえ、遠慮します……」と目を泳がせながら自分の脇腹の感触を確かめ、男性陣は「甘いのはそんなに得意じゃないので」と男らしく答えたため、参加者は俺とユリエさんだけになった。
ユリエさんのお腹周りのことを気にしないのか? と問われるとぐうの音も出ないが、女性からの意見というのも必要だと思ったのだ。
だから許せユリエさん。機会があったら現代日本のダイエット術教えるから。納豆ダイエットとか朝バナナダイエットとか。
「……ちなみに審査会、いつだ?」
「…………まさか陛下、審査員になるとか言いませんよね?」
「まままま、まさかそそそそんなことはなかろう。いくら私が甘味が好きだからと言って、審査会に私が出たら混乱がで出るだろう?」
「えぇ、そうですね」
陛下が審査員になって、もしどこかの店をボロクソに評価したら、たぶんその店の従業員は全員もれなく首を吊るだろう。それほどまでに陛下の言葉は意味を持っているのだ。
逆もまた然り、である。
だから出るな。お願いだから。兵器選定の時とはまた違うんだから。
「安心しろ、私は審査をしない。大丈夫だ」
「本当ですね? 嘘吐きませんね?」
「私は生まれてこの方、嘘を吐いたことはないぞ」
「それ絶対嘘ですよね? 何回か経験があるんですけど」
「私の記憶にはない」
あぁ、ダメだこれ。嫌な予感しかしない。
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そして悲しいことに、嫌な予感というものほどよく当たる。告知から暫く経った頃に審査会を開いたのだが、まぁその会場に陛下がいるのだ。
いや、正確に言えば陛下じゃない。
あえて言うなら存在Ⅹと言ったところだろうか。彼女はいつもの格好ではなく、お忍びの姿なのだから。
……まぁ、溢れ出る威圧感と禍々しい角と鮮血に染まる髪は、誰がどう見ても魔王ヘル・アーチェなのだが。
「あの、陛下。帰るなら今のうちですよ」
「何を言ってるんだアキラ。私は魔王ヘル・アーチェではないぞ?」
下手くそか!
「あの陛下、ばれてます。隠すくらいなら姿を堂々と晒してください。正直に言いますと鬱陶しいんで」
「なん……だと……?」
というわけで、魔王軍新式レーション審査会を始めます。
特別ゲストはヘル・アーチェ陛下ですが、陛下の御言葉は審査に「一切」影響はありませんので、えー、みなさん緊張しないように。
絶対無理だろうけど。
今回はいつぞやの新兵器比較試験のような一大イベントではないので、粛々とやる。
応募点数24点。その内10点がプロの菓子職人、6点が料理人、4点が普通の一般人、4点がその他からの応募。
ちなみに、陛下が出ることは殆どわかっていたので、調理過程は親衛隊監視の下行い、念入りに識別魔術と毒見を行っておりますので安心して食べてください。
ただし、味については保証しません。
一点目。
「えー、まずは魔都三番街の菓子店『ラガーディア』ですね」
俺とユリエさんを含む審査員9名+1名が『ラガーディア』の菓子の前に集まる。そして『ラガーディア』の店主らしき狸人族の男性がゴマをすりながら話しかけてきた。
「あー、いや、まさか偉大にして壮麗にして華麗・耽美なる魔王陛下に私めのお菓子を口にしていただけるなど光栄の至りであります。つまらぬものでございますが何卒――」
「ゴマすりなげーと減点するぞ」
「……」
ユリエさんの一喝で口を「~」の字で閉じる店主である。よかった、ちょっと面倒だなと思ったところなんだ。こういう時、やっぱりユリエさんは頼りになる。
「で、なんだこれ?」
「あっはい。こちらは当店で既に販売されている菓子を多少軍隊向けに改良したものです。商品名は――」
で、その後は粛々と食うだけだ。
ユリエさん以外の審査員は揃いも揃ってオッサンで、そのオッサンたちがもそもそとお菓子を一斉に食べている様子はシュールに違いない。
ちなみに陛下は審査員ではない事と、陛下の発言が与える影響がやばいので「黙って食え」という趣旨の言葉を最大限遠回し且つ美麗的に伝えてあるので、陛下ももそもそと食べている。
出品されたお菓子の種類は色々だ。
ブロック状の菓子、ゼリー状のもの、蜂蜜状のもの、チョコレートの代替品ということで必死にチョコレートの味と形に似せて盛大に失敗したであろうものまで、見て食べて飽きない。
それぞれに対して、味、栄養、生産性、耐久性、耐熱性、携行のしやすさ、梱包のしやすさ、輸送のしやすさを考慮して点数を付けていく。
が、今回の審査会の趣旨を理解してない奴も中にはいた。
「十五点目。魔都十一番街の高級料理店『ティータボロ』から……って、これは……」
そこにあったのは、高級料理店のデザートにありがちな、見た目にこだわった高級デザートである。たぶん素材にもこだわっているんだろう。食べても美味しいのであろう。
「気付きましたか、綺麗でしょう? この飾り付けができるのは『ティータボロ』だけでございます。こレを見ればどのような兵もさぞ士気が――」
「次行きましょう。飛ばします」
「なぜですか!?」
時間の無駄だからです。
「お、お願いだ! 一口だけでもいいから食べてくれ! も、もう店が!」
「なに宣伝しに来てるんですか」
必死に縋りつく鼠人族のシェフである。鼠が料理店、なんかそんな映画を昔見た記憶がある。
彼の口ぶりから推測するに、店は経営破綻寸前なのだろう。残念だと思うがこちらも仕事だし、まさかこんな高級デザートを兵糧にするわけにはいけない。
ここは心を鬼に――、
「あ、アキラ? あの、私はアレを食べてみたいのだが……」
おい魔王。
「陛下、時間がないですしお腹に溜まりそうなのでさっさと次行きましょう」
「……」
陛下がしょんぼりしているが、気にしないで次の菓子に。
「十六点目。魔王軍開発局――えっ?」
思わず目を挙げると、そこにいたのはクアッドテールといういつもの謎髪型をした狂気の皮をかぶった魔術研究者の姿があった。
「やっと来たわね! 待ちくたびれたわよ!」
「レオナ!? ナンデ!?」
「当然、応募したからよ! 2000万ヘルの予算が貰えるんでしょ!?」
そういう理由なのかよ!
いやしかし、ここで偏見を以ってはダメだ。レオナは、言うなれば理系女子だ。偏見だが、理系は料理がうまそうに見えるし、科学実験のように正確に調味料を入れるタイプだろう。
だから問題ないはずだ。
たとえ目の前に出された菓子が一年裸で放置した消しゴムみたいな見た目をしているとしてもだ!
「自信作だから、食べてみて! おかわりも用意してあるから!」
「お、おう。いただきます」
とりあえず、手に取る。うわぁ、感触も消しゴムだ。割る感触もそのままだ……。誰がそこまで再現しろと言ったんだ。彼女消しゴム知らないはずなのに。
でも食べてみたら意外と美味しいやつかもしれない。匂いからしてちょっと不吉だが、納豆とかくさやみたいに「食べたら美味しい」という可能性があるかもしれない。
よし。いただきます。
がぶり。
もそもそ。
「…………」
「どう?」
レオナが精一杯の笑顔を向けてきたので、率直な感想を言います。
「……吐きそう」
「はい!?」
「カニの食べられないところみたいな味がする」
「どういうこと!?」
口直し、口直し!
なにか甘い物――隣にあった! ティータボロのお菓子! 一旦戻って食うぞ!
審査員全員が同じことを考えたのか、一斉に戻ってティータボロのお菓子に文字通り食いついた。さすがに本当に吐き出す奴はいなかったが、なんという不味さだこれは。
「なぁレオナさん、これ、なに? 食い物?」
「食べ物以外の何があるのよ!」
「……焼いてない煉瓦?」
だいたいあってる。
「これはね、魔族に必要な栄養をたくさん詰め込んだのよ! 魔力回復に役立つケージ、プーアーヌ茶、体力回復に役立つオオラコ、タイハソウ。防腐効果がある翠魔石を粉末にして――」
「待て待て待て! ヤク漬けじゃねーか!」
「身体にはいいわよ?」
「魔石入ってるのに!?」
開発局謹製、ヤク漬けメイトは無事0点。
残りは開発局のメンバーが責任もって食べました。陛下には食べさせずに、ティータボロのお菓子を食べさせました。
「おいアキラ、これ美味いぞ!」
「えぇ、まぁ美味しいですけどもこれは不採用です」
じゃ、次行こう――って、また知り合いだ。
「予算、とる!」
「ヤヨイさんもレオナと一緒か……」
キツネロリこと、ヤヨイさんである。グッと拳を握って準備万端といった姿。
十七点目、ミサカ設計局からの作品。
黄土色をした、直方体の物体。その中には豆の皮らしきものが混じっていた。
「……これってもしかして、羊羹?」
「ん。小豆が手に入らないから、大豆で作ってみた」
おー。大豆の羊羹か。「納豆羊羹」とか言い出さなくて良かったわ。
この世界に来てからは羊羹は食べられなかったから、実に数年ぶりということになる。
食べてみると、俺の知っている小豆の羊羹とは違う風味の、しかし羊羹とわかるそれが口の中に広がった。甘すぎず、かと言って薄いわけでもない。独特の食感と、この腹持ちの良さ。
さすが旧日本軍で人気だった嗜好品なだけある。
「ど、どう?」
ヤヨイさんは上目遣いでそう聞いてくる。これをされると強く言えないことを、彼女は知っていてやっているんじゃないだろうかと最近思う。が、だからと言って強く言えるかと問われれば「無理」である。
まぁそれがなくても、正直に言うけど。
「『私的には』美味しいです。満点です」
「やった……! ……って、あれ?」
うん、さすがヤヨイさん。俺の言葉の意味することを理解してくれているようだ。
さてここからは、ヤヨイさんにとって、そして日本人だった俺にとって少々沈鬱になる言葉が続く。
ではまずユリエさん、率直な感想をどうぞ。
「……オレ、これ無理」
「ふぇ!?」
さっきまで満面の笑みを浮かべていたヤヨイさんの顔が一瞬で悲哀に満ちた。その目には涙も垣間見えたが、今は耐えてほしい。
では他の審査員の声も聞こう。
「先程の開発局のものよりはマシだが……なぁ」
「私は好きですけどね、こういうのは。ただ好き嫌いは別れるでしょうな」
「なんで豆を甘くするんです? 普通はスープの具にするものなのに」
「嫌いではないですが、これを『嗜好品』として全軍に供するのはちょっと……」
という次第である。
餡や羊羹などの、豆を甘く煮た菓子というのは日本人、あるいは狐人族以外の評価は賛否両論なのだ。
豆を甘く煮るという習慣がないから、食感が嫌い、皮が歯に挟まるなど、理由は色々だ。地球でも、特に欧米の人がそれに当てはまる。勿論、好きな人が多いのも確かだけれど。
魔王軍でも、恐らく好き嫌いの割合は半々と言ったところになるだろう。
だが魔王軍全軍に均等に配る糧食、しかも兵の士気に関わる嗜好品が「好き嫌いの分かれるお菓子」では些か問題がある。
「というわけで、たぶん無理です」
「あぅぅ……」
ヤヨイさんには強く生きて欲しい。あと残った羊羹、これ終わったら全部ください。
特になんの面白味もなく審査会は終了。
数日、点数を集計し、それを下に議論をし、そのいずれの段階でも陛下が口を挟まないという厳正なる審査の結果、無事に代替品が決まった。
代替品はチョコとは全く違うブロック状のお菓子……まぁぶっちゃけると、某塚製薬の某栄養補助食品のようなものが選ばれた。
生産準備が整い次第、新しい嗜好品として全軍に供給することになる。とてつもない軍需となるだろうから、この店の未来は保障されたも同然だろう。
めでたしめでたし――で終わらなかった。
それから数ヶ月後のこと。
「お、お土産買ってきましたぁ!」
当直だったため遅出したリイナさんが、そんな言葉と共に兵站局にやってきた。彼女は大きな紙袋を抱えている。
「なんですか、それ」
「え、えっと、今魔都で人気のお菓子らしいでふ、です。なんか凄い行列で、予約も随分先まで埋まっているらしくて、わ、私もやっと買えたんですよ」
「へー。そんなのがあるんですか」
「え、っと、はい。どうやら、ヘル・アーチェ陛下が褒めて、こっそりお忍びでその店に通っているっていう噂が……。それがきっかけになったらしいんです」
陛下、なにやってるんですか……。お忍びできるほど、あなた変装うまくないでしょう。
リイナさんが袋をおろし、中から一個ずつ取り出す。さすがに兵站局員全員分はないので、ありがたく幹部・準幹部だけで頂戴することにした。
ふふふ、食べたければ出世するがよい。
しかしこのお菓子、どっかで見たことのあるような……いや、食ったことあるな。どこだっけ……。
「なぁ局長さん、オレ、これ食ったことあるぜ」
「えぇ、そうですね。でも記憶が曖昧というか……記憶と違うと言うか」
「あ、オレもそんな気がしたぜ。そうだな、味が足りないよなー」
そう言いつつ、黙々と食べる。
なにか舌に感触が足りない。いや、このお菓子自体は本当に美味しんだけど……。
あっ。
思い出したかも。
ユリエさんを見れば、彼女もほぼ同時に思い至ったらしい。
「「煉瓦の味が足りない」」
「ほえ?」
「あの、お二人とも何の話ですか……?」
リイナさんの持ってきた紙袋には、オシャレな字体で「菓子店 ティータボロ」と書かれていた。
拙作「魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません」が、この度ツタヤ×リンダパブリッシャーWEB小説賞A部門にて、なんと「 大 賞 」を受賞したと共に、書籍化が決定しました。
URL:http://www.redrisingbooks.net/taishou20170330
書籍は年内発売予定です。詳しいことは何も決まってませんので、決まったらまた改めて報告させていただきます。
今回栄誉ある大賞を受賞できたのも、読者の皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。
そしてこれからも、アキラくんのリア充ぶりゲフンゲフン、物語をよろしくおねがいします。




